第120話 ネトゲ廃人、元の木阿弥となる

 やっと落ち着いたリューナと一緒に、僕は子どもたちを連れて、壁の崩れたところから村の中へと戻った。地面に落ちた松明は全部消えて、辺りは真っ暗だった。もう、大人たちはどこにもいない。

 グェイブのぼんやりとした光で、足元は何とか見える。この光なら、夜道を照らせそうだった。

 これで子どもたちを家まで送ろうかと思ったけど、それは結局やらなかった。村人たちに嫌われている僕たちが連れて行ったら、何となくまずい気がしたからだ。どう「まずい」のか、僕にはうまく説明できないけど。

 それに、「送ってあげる」と子どもたちに言おうにも、僕は言葉が分からないし、リューナはまたしゃべれなくなってしまっている。そのまま2人で、何もできずに突っ立っているしかなかった。

 すると、子どもたちはみんな、同じことを言って走り出した。

「……、グェイブ!」

「……! グェイブ、……!」

「……!」

 小さな子を連れた女の子だけは、ちょっと元気がなかった。

「……」

 じゃあね、っていう感じかもしれなかった。

 いちばん年上らしい男の子は、何も言わずに女の子についていく。試しに、僕は同じ言葉をかけてみた。

「……!」

 男の子も、ヤケクソ気味に答えた。

「……!」

 リューナをちらっと見てみると、真剣な顔が子どもたちの方を向いていた。僕の手を、ぎゅっと握り返してくる。温かかった。

 テヒブさんの家の場所は、だいたい覚えていた。僕が歩きだすと、リューナもついてくる。

 ……これからは、僕一人でリューナを守る。

 そう思うと、どんなことでも我慢できる気がした。夜道は暗かったけど、別に怖くなかった。

 前は、暗い道の向こうにぽつんと明かりが見えると、ちょっと前はワイト《人型の悪霊》やウィル・オー・ウィスプ《鬼火》じゃないかと気になった。でも、今は違う。

 ……来るなら、来い。

 そう思っていると、遠くで光るものが本当に見えてきた。緊張してグェイブを握りしめたけど、火とか、ゲームでよく見るオーラとかみたいには揺れてなかった。

 リューナが身体を寄せてくる。すべすべした腕の感じにドキっとしたけど、その分、緊張のドキドキは治まった。僕はなるべく息を落ち着かせて歩きながら、その光が近づいてくるのを待った。

 そのうち、心配した僕がバカだったのが分かった。暗い中に見えたのは、まだ明かりがついている村長の家だったのだ。

 ……こんなところ!

 何回も閉じ込められた所なんか、もう見るのもイヤだった。急いで通り過ぎようとしたけど、ガクンと腕を引っ張られた。

 身体がぐるんと回って気が付くと、僕はリューナに手を引かれて、また村長の家の庭まで入り込んでいたのだった。

 ……何のつもりだよ!

 わざわざ捕まりにいくリューナの気持ちが分からなかった。

「リューナ! 待ってよ、リューナ!」

 呼び止める僕の声を、リューナは聞きもしない。

 テヒブさんの家にいた方が安全なのだ。村の男たちがまた押しかけてきても、僕がグェイブで守ってみせる。

 それなのに。

 家の入口までやってくると、リューナは思いっきり戸を叩いた。その向こうでは、どたどた階段を下りる音がする。

 そのうち、戸が小さく開いて、あの村長が顔を出した。

「リューナ……テヒブ!」

 悲鳴を上げたのは、僕をテヒブさんと見間違えたからなんだろう、たぶん。背は同じくらい低いし、それっぽい小さいのがグェイブを持って立ってれば、そう思われても仕方がない。

 戸が閉まって、2階の窓が開いた。僕が捕まってた辺だ。そこから顔を出した村長が、大騒ぎを始めた。

「……テヒブ! テヒブ! ……テヒブ!」

 名前を1回叫ぶたびに、家の中からカンカンカンと甲高い音がする。家族の誰かがフライパンか何か叩いてるみたいだった。

 近くに家なんかないから、そんなの聞こえるはずがない。こんな夜中に起きてくるヤツなんか絶対いないだろう。でも、だからってわざわざ、こんなところに残ってやる必要もない。僕はリューナの手を引っ張り返して、村長の家の庭から出ようとした。

 でも、遅かった。どうして分かったのか、村の男たちが手に棒っきれを持って道を塞いでいた。

 ……もう、こんなヤツら怖くない。

 グェイブを振り回しただけでビビるのだ。さっさと追っ払えば、テヒブさんの家にリューナと帰れる。

「うおおおおおお!」 

 さっきみたいに大声を上げて、僕はグェイブを振り上げた。兵士たちが吹き飛ぶのは見てるはずだから、こいつら逃げないわけがない。

 思った通り、男たちは泣き声を上げて逃げ出した。

 ……ざまあみろ!

 あとはリューナを連れていくだけだと思ったとき、僕はまだ1人だけ、こっちに向かってくるのに気が付いた。 

 ……まだやる気かよ。

 グェイブに触ったら吹っ飛ばされるっていうのに、それでも勝てると思ってるのがいるらしい。僕は構わないで、武器を振り下ろした。

 もちろん、斬れるわけがない。それだけで逃げると思ったのだ。

 でも、男は立ち止まりもしなかった。ただ、まっすぐ歩いてくる。そいつの頭の上でグェイブを止めたまま、僕は下がるしかなかった。

 ……これじゃ、出られない。

 男がやっと立ち止まったのは、たいして広くない道の真ん中だった。ここに来る前の世界だと、酒屋なんかの前に停まってる軽トラが何とか通れるくらいの道だ。そんなところにじっと立っていられたら、僕はそいつを倒さないわけにはいかない。

 ……どうやって?

 グェイブで斬るなんて、やっぱり無理だ。でも、このままじゃリューナをテヒブさんの家まで連れていけない。自分から村長の家に閉じ込められに行くのを、黙って見ているしかなくなる。

 ……いちかばちかだ。

 僕はグェイブを投げ捨てた。他の誰にも拾えないんだから、なくなったり、盗まれたりすることはないだろう。

「うわああああ!」

 僕はまた大声を上げて、そいつの方へ走っていった。相撲を取るみたいに、腰のへんに腕を回してぶつかる。思ったより簡単に、道を塞いでた男は背中から倒れた。

 一気にそいつの上にのしかかる。思いっきり殴ってやろうかと思ったけど、つい手が止まってしまった。

 ……ダメだ、殴れない!

 これが、昨日の昼みたいに棒を持った連中と棒で戦うんなら、まだ何とかなったかもしれない。テヒブさんに習った技があるわけだし。

 でも、素手でってのはどうも無理だった。

 普通に考えたら、このまま行くと殴り返される。慌てて立ち上がったけど、そいつは動かなかった。

 ……勝った?

 なんだか知らないけど、これでリューナをテヒブさんの家まで連れていける。道の向こうは暗いけど、人の声も聞こえないし、たぶん大丈夫だ。

「リューナ!」

 振り返ってみたら、そこには誰もいなかった。さっきまで明るかった2階の窓が閉じて、その辺は真っ暗になった。

「リューナ! リューナ!」

 村長の家の前まで走っていって、戸を叩いた。ガンガン叩いた。でも、さっきとは違って誰も出てこない。僕は、何とか覚えた異世界語を使って大声を上げた。

「出せ! リューナ、出せ!」

 そのうち、家の戸が小さく開いた。その隙間に指を突っ込んで開けようとしたら、いきなり閉められた。

 今までなら信じられないほどのスピードで、慌てて手を引っ込める。

 ……しまった。

 チャンスを逃してしまった悔しさで、僕はムキになって戸を叩いた。そのうち手が痛くて動かせなくなったので、グェイブの柄の先で力任せに殴るしかなかった。

 ぼんやりした光の中でも、戸の板がベコボコになっていくのが分かる。こんなのは、ぶち壊しても気にしなくていい。さっさと穴なんかあけて、リューナを連れ戻しに行きたかった。

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