第121話 守護天使、ネトゲ廃人の恋路を邪魔する
シャント…山藤の手を引くリューナがやってきたのは、あの村長の家の戸口だった。思いっきり戸を叩くと、その奥からロウソクを手にした村長がちらっと顔を出した。
「リューナ、いったい何の用だ……テヒブ!」
背格好が似ていたらからだろう。さっきシャントはグェイブを村人の前で振り回してみせたが、それでも見間違えたのはたぶん、その場にいなかったからだろう。
村の男たちはヴォクスを追って行ったのに、この爺さんはさっさと逃げてしまったのだ。
……何てジジイだ。
村長は悲鳴を上げて戸が閉めると2階の窓を開けた。そこから顔を出して、大声でわめく。
《出たぞ、テヒブだ! テヒブだ! あのテヒブが!》
テヒブと叫ぶ度に、家の中からは鍋か何かを叩くような甲高い音がした。
俺はとっさに画面をズームアウトした。
……ここは試練を与えてやる時だ。
白状すると、山藤ごときが異世界の美少女といい雰囲気になるのをこれ以上黙って見ていたくはなかった。
水車小屋の周辺に人影がないか確かめる。村はずれの壁から離れたところなら、まだ家に帰り着いていないモブがいるかもしれない。
……いた!
俺はすぐにマーカーで捕まえると、いちばん手近な家の戸に体当たりさせた。
《誰だ、こんな夜中に!》
家の主が怒って出てきたときには、俺のモブはもう遠くに移動している。案の定、追いかけられたが、十分な距離は取ってある。しかも、俺はなるべく道を曲がるようにしてモブを村長の家に向かわせていた。あの通り雨の日に沙羅が使ったピンポンダッシュまがいのトリックだ。
道すがら、俺は同じ要領で男たちを叩き起こし続けた。そのうち、村長の喚く声とカンカンいう音が聞こえてくる辺りにやってくると、追いかけてきた男たちもおかしいと思いはじめたようだった。
《何だお前?》
《いや、あいつが夜中に》
《お前らもか?》
《俺もさっき起こされたら、何かほら、聞こえるから》
《村長んとこで何かあったんじゃねえか?》
《おい、薪かなんか持ってこい》
俺がモブを操って男たちを村長の家に誘導したときには、シャント…山藤がリューナの手を引いて庭から出ようとしているところだった。
意外にもひるむことなく、その手を放した山藤はグェイブを振り上げる。
「うおおおおおお!」
根性のないことに、男どもは薪ざっぽうを放り出して逃げた。残るのは俺のモブだけだが、恐れることはない。
前進あるのみだった。
……斬れるもんなら斬ってみろ。
振り下ろされたグェイブが、モブの頭上で止まる。
思った通りだった。山藤にそんな度胸はない。俺にだってないのだから。モブを歩かせるだけで、グェイブを持った山藤は引かざるを得ない。
再び逃げ込んだ庭の前で狭い道を塞いでしまえば、リューナの手を引いての逃避行は未然に失敗する。
だが、山藤は思わぬ行動を取った。
《うわああああ!》
グェイブを投げ出して叫ぶなり、腰にタックルをかけてきたのだ。モブは倒れたが、別に抵抗する必要はなかった。
好きなようにマウントポジションを取らせてやったのも、村長の家の戸が開くのが見えたからだ。
何のつもりだったのかは分からないが、テヒブが村の男たちを追い払ったと思いこんだなら、村長も従わざるを得なかったのだろう。
シャント…山藤が殴れもしないのに拳を振り上げたときには、リューナはもう村長の家の中に消えていた。
2階の窓を閉めようとしたのだろう、村長の隣に人が歩み寄るのが見える。
……おっと!
俺はすかさず、それをマーカーで捕まえた。視界が一気に部屋の中へと移動する。ロウソクの明かりしかなかったが、CG処理された画面で、以前に山藤が監禁されていたところだと分かった。
家の外からは、山藤の喚く声が聞こえる。
《リューナ! 出せ! リューナ、出せ!》
そう言われても、自分の意思で入ったのだ。こちらから追い出す理由もない。
だが、村長はロウソクの燭台を持ってノコノコと歩きだした。喚き声を聞いて、やってきたのがテヒブでないことに気付いたのだろう。
だが、グェイブを持っている以上、中に入れればリューナを奪い返そうと暴れる恐れがある。俺はモブを動かして、村長の後を追った。
戸口までやってきたとき、村長はもうドアノブに手をかけていた。俺はとっさにモブを前進させ、手を動かす。押された戸は再び閉まり、その隙間から見えていた指は引っ込められた。
《おい、お前、カギよこせ》
村長が手を突っ込んだポケットは、モブのスカートにあった。ということは、俺が使っていたのは村長のおかみさんか何かなのだろう。さっきフライパンか何かを叩いていたのも、この女らしい。
それはいいとして、カギをかけられてもシャント…山藤は諦めなかった。
戸を叩く鈍い音がすぐに止んだのは、こいつの体力と辛抱強さを考えれば無理もないことだ。ところが、今度は大きな音と共に戸がギシギシいい始めたのである。
たぶん、グェイブの柄で戸を殴っているのだ。山藤にしては、なかなかやるものである。このままでいったら、本当に戸を壊してしまうかもしれない。
……しゃあないか。
そうなってしまったら、打つ手がない。ミッション完了だ。面白くないが、リューナを渡してやるしかないだろう。
山藤が向きになっているのとグェイブ自体の威力で、扉は蝶番までもがぐらつきはじめていた。
……吹っ飛ばされるのも時間の問題だな。
そう思ったときだった。階段のきしむ音がして、モブと村長の間をすり抜けた誰かが、その前に立った。ロウソクの炎に、金髪がゆらめく。
……リューナ?
やがて、扉に2つか3つの穴が開いた。蝶番の外れたところから、鈍く光るグェイブの柄が突き出される。扉は、こじ開けるというよりも引き剥がすと言った方がいいくらいの乱暴さで、戸口から放り出された。
その向こうから現れたのは、ロウソクの炎とグェイブの光に照らされた、シャント・コウの姿だった。
意地でも山藤耕哉とは呼びたくない。登場シーンが格好良すぎる。武器を片手に、もう一方の手を差し伸べて、息を切らせながらのたどたどしい異世界語で、堂々と言ったものである。
《僕、と、行こう、リューナ》
なかなか真剣で、悪い雰囲気ではなかった。だが、問題はリューナの意思である。俺が動かすモブはおろか村長も、彼女の後姿を黙って見守っていた。
リューナは答えなかった。答えられるわけがない。さっき、吸血鬼と化したテヒブへの恐怖で、彼女はやっと取り戻した言葉を失ってしまったのだ。
返事の代わりに、リューナは頷いた。
シャント…山藤の表情はパッと明るくなったが、すぐに凍りついた。リューナの仕草の意味することに気付いたのだろう。
山藤の差し伸べた手は、振り払われたのだ。
再び俺たちの間をすり抜けるリューナの唇は、固く引き結ばれていた。目には、うっすらと涙が光っている。
逃げようと思えば、シャント…山藤に守ってもらうこともできるのだ。それなのに、わざわざ村長の家にもどってきたのはプライドのせいだろうか。
まだヴォクスに狙われている上に、シャント…山藤を守るために村人全員を僭王の使いに売り渡すような真似をしたのである。わざわざ敵地に飛び込むようなことをしたのは、自分の身は自分で守るということだろうか。
いずれにせよ、山藤はいい格好して振られたわけだ。ここで潔く身を引いて、陰ながらリューナを見守るという立場に徹すれば格好いいのだが、俺はそこまで期待してはいなかった。
こういうとき、こいつは悪い意味でしか期待を裏切らない。
グェイブを脇に挟むと、招かれもしないのにすごすごと敷居をまたいだ。思いがけず目的を達した俺は黙って見送るしかなかったし、村長もグェイブを恐れたのか、階段を上がって元の部屋へ戻るシャント…山藤を止めもしなかった。
こうして、シャント・コウはリューナと共に自ら囚われの身となったのである。
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