第89話 ネトゲ廃人、脅迫後に墜落する
棒とか鎌とかの武器を持った男たちは、ぞろぞろと遠い所を歩いている。水分ないので、こっちは倒れそうだ。
あいつらはたぶん、僕が逃げたことを報告に行くんだ。ていうことは、たぶん、そっちにリューナがいる。
僕はそう確信して、男たちの後を追った。自慢じゃないけど、足は遅い方だから、引き離されるかもしれないけど、追いつくことは絶対にない。
だから、見失わないようについていくのが大変だった。
その間に見ていると、男たちは1人、また1人と別方向に行ってしまう。大人が集団行動できないなんて、なんか変だ。
そう思いながらどれくらい歩いただろうか、僕は見覚えのある場所に来た。
橋のかかった小川と、そのほとりの水車小屋だ。異世界転生して3日目、朝から山の木の切り出しに駆り出されたときに見たんだっけ。
ということは、男たちは山の中に入ってったんだ。
……リューナは、ここに捕まってるのか?
ヴォクス男爵から隠そうとしているのかもしれない。ホラー系の
そんなら、僕のやることはゲームと同じだ。捕まったヒロインを助けて、吸血鬼を倒すだけだ。
……大丈夫だ、グェイブがあれば。
夕べの戦いで、ヴォクス男爵を傷つけることができたのはこの武器だけだ。テヒブさんがいなくなったから、使えるのは僕しかいない。
それに、吸血鬼の倒し方を知っているのは僕だけだ。僕がやらなくちゃいけない。
……まず、リューナを探さなくちゃ。
AVG的には、見つけたヒロインを守って吸血鬼と戦うっていうのが最高の展開だ。吸血鬼倒して助け出すってのもアリだけど、そこまでの甘々イチャイチャがないとつまらない。
でも、そのためには男たちの後をつけなくちゃいけない。でも、気づかれないように間を空けて歩いてきたもんだから、水車小屋の辺りに来たときにはもう、みんな見失っていた。
……仕方ない、このまま行くか。
この間、木の切り出しで歩いた山道は、何となく覚えていた。だいたい、奥の方へと続く1本しかない。さっきまでは1人ずつ別方向に行ってしまったけど、もう別行動のしようがないだろう。
それなのに、どこまで行っても誰も見つからない。リューナを捕まえてある場所は、そんなに遠くにあるんだろうか。
歩きすぎていい加減に疲れてきた。とにかく、暑い。暑すぎるからいけないんだ。この間、木を切ったあたりは陰になるところが全然なかった。その辺を過ぎると、やっと日陰に入れたけど、汗はだくだく出てくる。
遠くから水の音が聞こえる。道の端っこから先は山の斜面だから、その先に水車小屋に続く川が流れてるんだろう。水を飲みに行きたかったけど、生水を飲むとお腹を壊すと聞いたことがあるから、やめた。
……このまま倒れるんじゃないか、僕。
中学生の頃、夏のグラウンドで全校朝礼があるたびに、誰か倒れた。僕はやったことなかったけど、初めてそうなりそうだった。
目が回って、頭がガンガンする。
……もうだめだ。
そう思ったとき、眼の前がふうっと暗くなった。
でも、僕は倒れなかった。道のすぐそばの斜面を滑って、男が1人、原始人みたいな短い棍棒を手に現れたのだ。
身体は小さい。それほど、たくましくもない。
僕と目が合うと棍棒を振り上げたけど、中学の途中までやった剣道でも、こんな不格好な構えは見たことがなかった。
早い話、こいつは僕より弱い。たぶん。だいたい、分かりやすく膝が笑っている。
笑いたいのはこっちの方だった。試しにグェイブを突き出してみると、慌てて後ずさる。これはチャンスだった。
近づいてみると、僕から目を離さないで、後ろ向きに歩いて逃げる。
……完全にビビり入ってる。
おんなじペースで進んでやると、そいつの足は斜面を削った道の端っこで止まる。ちょっとずつ横歩きで道沿いに逃げようとするけど、逃げられるわけがない。
グェイブを横に動かすと、そいつの顔は引きつった。棍棒が手の中から落ちる。
……ざまあみろ。
リューナが閉じ込められたり連れて行かれたりするのを、黙って見ていたこいつらだ。このくらい、たいしたことじゃない。
……あんな暑いところに閉じ込めたり、怖い思いをさせたりしてきたんだ。一瞬グェイブを突き付けられたぐらいで、ビビってんじゃないぞ!
僕の怒りが通じたのか、そいつはもう逃げようとしなかった。
……僕の勝ちだ。
少年マンガのヒーローになった気分で、僕は命令した。
「行け。リューナのところだ」
そいつは首を横に振って動かない。僕もつい、カッとなった。
「行け!」
そいつは首を振るのもやめた。ただ、じっと僕を見ているだけだ。
……気色悪いな、男と見つめあうなんて。
でも、目をそらしたら、たぶん逃げられる。僕も動けなかったけど、考える暇ができた。
……あ。
そういえば、この世界で首を横に振るのは、「はい」という意味だった。カーッとなってて忘れてた。
もういっぺん、こんどは優しく言った。
「リューナのところへ行け」
でも、やっぱり駄目だった。首を横に振るだけだ。
……無理か。
通じていないみたいだった。やっぱり、この世界の言葉で「行け」と言わなくちゃいけないんだろう。
僕は、この世界の人が使う言葉を、思い出せる限り使ってみた。
「リューナ、……」
男は首を横に振ったり、顔をしかめたり、「え?」というような顔で僕を見たり、いろんなリアクションを取った。でも、全然動かない。
……どうやったらいうこと聞かせられるんだろう?
いい加減、やる気もなくなってきた。男も、暑いのか怖いのか、汗をだらだら流しながらこっちを見ている。僕は、思い出せる最後の一言を話してみた。
「リューナ、……! ……!」
男は道の向こうを眺めた。震える手で指さす。通じたらしい。僕が首を横に振って見せると、グェイブの先に立って歩き出した。
……よし!
僕は男の背中にグェイブを突き付けて、後に付いていった。
歩いていくうちに、道の端は斜面じゃなくなって、崖になった。
……結構、高いな。
たぶん、学校の屋上くらいだろう。行ったことないけど、2階から見下ろしたときの2倍くらいの高さだ。
男はいきなり立ち止まった。僕は思わずコケそうになる。
「何だよ!」
男は山の上のほうを指した。ここまで来ると、もう木は切られていない。高い木がたくさん生えていて、その葉の影で斜面は暗くなっている。
……登れっていうのか?
いくら陰になっているといっても、この暑いのに急斜面を登るのはきつすぎる。普通なら絶対にやらないんだけど、リューナを助けるためなら仕方ない。男を見失わないように、僕はグェイブをそいつの背中に突きつけながら、角度が急なのにやけに速い足に、必死でついていった。
どのくらい登ったか分かんないうちに、僕の息は上がりはじめた。こんなの無理だ。体育でマラソンやったって、僕はグラウンド1周も2周も遅れて、結局ギブアップしてしまう。
でも、ここで倒れたらリューナは見つからない。目まいがするのをこらえて、僕は斜面を登り続けた。
その途中で、男が急に立ち止まった。こっちも疲れたんだろうか。
……よかった。
そんなら、ちょっと楽ができる。僕も足を止めたけど、それが甘かった。男が斜面を駆け降りてきたのだ。
……え?
その勢いで、思いっきり蹴りを入れられた。足が地面を離れて、僕の身体は宙に浮いた。中学生の時、学校の廊下で、同じクラスのワルに遊び半分でこれをやられたことがあるのを思い出した。
あのときは床に頭を思いっきりぶつけて目から火花が出たけど、ここままだ草が生えた土の上だからそんなこともないだろう。
確かに、斜面を転がり落ちても痛くなかった。だけど、その弾みでグェイブが手から落ちてしまった。
……また?
慌てて取ろうとしたけど、その手は途中にあった木の根元にぶつかった。
……痛い!
身体はごろごろ転がって2回、3回とバウンドした。その度に、腰とか足もどこかにぶつかって痛かった。
……なん、とか、しない、と!
しばらく落ちると、身体が思いっきり浮かび上がった。削れた斜面の土が見える。
……助かった!
そう思った時、閃光と共に、僕の身体は山道に叩きつけられた。立ち上がろうとしたけど、身体は横に転がる。バランスを崩して、また吹っ飛んだ。
今度は、結構高い。
いや、落ちるところがずっと下にあるのだ。
……川?
細い川が流れている。僕の身体は、そっちに向かって落ちていった。崖の斜面がものすごい速さで下から上に飛んでいく。そのうちに、僕の目から火花が出て、何も分からなくなった。
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