第141話 ネトゲ廃人、ネトゲ廃人を自覚する
気が付くと、僕のすぐ目の前にリューナが倒れていた。辺りはもう、薄暗くなっている。
「リューナ……」
まだふらふらする足を踏ん張って、ぐったりした身体を抱き起そうとする。でも、そこでいきなり、僕は横っ面を張り倒された。
「……!」
聞こえたのは、男の怒鳴り声だった。また地面に転がされた僕の手元には、グェイブがある。それを杖にして、僕はまた立ち上がった。
僕を殴った男を、別の男が呻きながら後ろから抱き留めた。
「……!」
すると、その間に女の人が割って入った。その声で、さっき叫んだのはこの人だと分かった。
「こいつ、リューナを……」
聞き取れたのは、それだけだった。でも、だいたい何が言いたかったのかは分かる。この女の人は、僕がグェイブを使ってリューナに乱暴しようとしたと思ったのだ。
……じゃあ、この男どもはどうなんだよ。
あの雨の中で、この村の男たちがリューナにしようとしたことは忘れない。吸血鬼を倒すために、どれだけ手を貸してくれたとしても、あれだけは絶対許さない。
そいつらがどんな顔をして僕を見ているか、周りをぐるっと確かめてみる。
男たちだけでなく、女たちまでもが何人も、僕を睨みつけている。ただ、村長とおかみさんだけが、おろおろと村人たちをなだめていた。
僕ひとりが、悪者だってことだ。男たちが僕をここまで責めるのは、自分たちがやったことをごまかしたいからだし、女たちが男たちを責めないのは、仲間内でケンカをしたくないからだ。
そこらへんは、現実世界の学校とそんなに変わらない。集団の中で誰かをいじめるのは、みんな、自分がかわいいからってだけのことだ。
異世界に来たって、そこから逃げることはできないんだろう。きっと。現実と違うのは、グェイブのおかげで殴らずに済んでるってことだけだ。
……いいや、もう、誤解されたって。
村の人たちはリューナをかばうように、僕から引き離した。リューナはまだ、呆然と辺りを見回している。
ふと、僕と目が合った。
「シャント……?」
リューナのつぶやきは、それっきりだった。女が1人、僕との間を遮って歩きだした。
「待ってよ、僕は……」
こんなときに、聞いて覚えただけの異世界語なんかいちいち思い出していられない。日本語で言うしかなかったけど、伝わるわけがなかった。いや、異世界語で言ったって無視されただろう。
辺りはどんどん暗くなっていく。リューナを連れた村人たちの姿は、一歩遠ざかるごとに、ぼんやりと見えなくなっていった。時々、村長夫婦は僕のほうへと振り返ったけど、どんな顔をしているか分からない。
吸血鬼退治を引き受けて見直されたと思ってたけど、僕は結局、こうなるしかないみたいだった。
……現実世界でも異世界でも、ダメな奴は結局、ダメになるんだ。
そう思うと、何もかもイヤになった。これで、全部が元に戻る。僕は村の人からの信頼を全て失って、ひとりで吸血鬼と戦わなくちゃいけなくなる。
でも、そこで1つだけ、僕をフォローしてくれる声が聞こえてきた。
「その娘、私のものだということを忘れぬよう……」
頭の中にギンギン響く声。
吸血鬼ヴォクス男爵だった。
空を見上げてみると、コウモリの小さな影が飛び回っている。さっき、テヒブさんを吹き飛ばしたので終わりかと思っていたけど、まだ僕を見ていたのだ。
村人たちが立ち止まった。どうやら、ヴォクスの声が聞こえたみたいだった。暗い中でも、僕を見ていることは分かる。たぶん、僕が話しているにしては声が変だってことに気が付いたんだろう。
そのうち、リューナがつぶやいた。
「ヴォクス……」
悲鳴が上がったけど、それは他の人の声だった。村長夫婦を含めた村人たちがしゃがみ込んだところに、空を見上げるリューナの影だけが残った。
でも、リューナの声も震えていた。本当は怖いんだってことは、すぐに分かった。それを、一生懸命こらえているんだろう。
その気持ちを押しつぶそうとするみたいに、ヴォクスのギンギン声はまだ頭の中に響き続ける。
「殺してはならん。傷つけることも許さん。もし、無傷で差し出さなければ、この村に住む者ども、女子供年寄りに至るまで、命はない……」
ヴォクスの声を振り払いたくて、僕は身体を揺さぶって咆えた。
「うおおおおおお!」
星の出始めた空に向かってグェイブを投げつけてやろうかと思ったけど、その寸前で村人が1人、突進してきた。
触られたら、グェイブが吹っ飛ぶ。
僕はなんとかそいつをかわしたけど、2人とも足をもつれさせて地面を転がる羽目になった。
「何すんだよ!」
僕が日本語でどなったせいか、ぶつかってきたヤツはぽかんとしている。グェイブで身体を支えて立ち上がったけど、空を見上げても、すっかり暗くなっているせいか、コウモリの姿は見えなかった。
地面に倒れた男は、ふらふらと立ち上がる村人たちの中に、膝で這いずって消えた。リューナはどうかというと、その中から弾かれたように飛び出すと、すたすた歩きだした。
「ひとりじゃ危ないよ、リューナ……」
とりあえず日本語で言って駆け寄ろうとした僕は、村人たちに邪魔された。
「どけよ……」
日本語で言うしかなかったから、通じない。仕方がないから、グェイブをつきつけた。
これで、こいつらはもう、僕に触れない。一歩、二歩と後ろへ下がると、道を空けた。
「リューナ!」
呼び止めたけど、グェイブの光に長い金髪が揺れているだけで、僕に向かって振り向く笑顔はなかった。
ちょっと走り気味に、リューナの前に回り込む。
「待ってよ、リューナ!」
何も言わずに、僕の脇を通り過ぎようとする。
現実世界でも、女子にときどきこういうふうに無視されたから慣れてるっていえば慣れている。でも、こういうときの女子はめちゃくちゃ怒っていて怖い。
何て言うか、肌に波動がビンビンくるのだ。だから、リューナには何も言えなかった。できるのはせいぜい、後ろからグェイブの光で足元を照らしてやることぐらいだった。
村の人たちは、後ろからぞろぞろついてくる。その視線も、何て言うか、背中に来た。文化祭の準備サボったときの、クラス中の視線がこれだったのだ。
でも、本当はサボったんじゃない。
確かに、劇のいい加減なファンタジー設定がくだらなくて文句つけまくったときも、遠くからの目やひそひそ言う声が痛かった。だけど、その分、せめて小道具くらいはと思って、本番2日前までは頑張ってたのだ。
徹夜してでも完璧な剣や盾を作るつもりだったけど、僕は自分で思ってるほど器用じゃなかった。作っては失敗して、作っては失敗して、気が付いたら前日の朝になってた。
大口叩いて何にもできなくて、文化祭の準備はただ、座って見ているだけ。当日も居場所がなくて、すごく辛かったけど、休んだら負けだと思って学校に行った。
みんな僕をネトゲ廃人だとか言って笑ってるのは知ってた。それでもゲーマーにはゲーマーの意地があるとか思ってムキになってたのだ。
でも、やっぱり、ダメなものはダメだった。所詮、みんなが言う通り、ネトゲ廃人はネトゲ廃人だってことだ。
村長の家まで来ると、やってきた人たちはみんな帰っていった。残った村長夫婦のほうを振り返ってみると、両方ともガックリと首を前に倒して、とぼとぼと歩いていた。
真っすぐ前を見て歩いていたリューナは、村長夫婦を待たないで、勝手に家の中へと入っていった。それにも何かプレッシャーを感じて、なかなか後には続けなかった。
それでも、外で寝るわけにはいかない。ヴォクスは今夜にでも襲ってくるかもしれないからだ。
リューナを追いかけて、家のドアを開けようとして思った。
……僕、何のためにこんなことしてるんだ?
さっきの雰囲気だと、必要とされていないっぽい。つい足が止まって、村長夫婦に追いつかれた。仕方がないから、ドアを開けるしかなかった。
そのとき、僕は目の前に書かれた日本語に気が付いた。
<これは、あなたのための闘いだ>
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