第97話 ネトゲ廃人のAVG的推理
ケルピーの呪いがかかったらどうなるかなんて心配してる暇はなかった。助かったんだから、とにかく、この山の中のどこかに閉じ込められているリューナを探し出さなくちゃいけない。
……急がないと。
……暗くなる前に、連れて帰るんだ。
……ヴォクスからは、僕が守る!
僕は谷川の岸に沿って、岩とか石とかがごろごろしているところを歩き出した。服が濡れていて重いけど、脱いだら邪魔になるから、着ているしかなかった。
……風邪ひくかな?
……いや、まだ暑い! 濡れてるぐらいがちょうどいい!
確かに、川のそばが涼しくて気持ちいいのは、その上を風が吹いてくるからだ。日はまだ高かったし、頭もじりじり熱かった。
……何か、バランス悪いな。
足下が結構、ふらついていた。
ケルピーから逃げるので疲れ切ってたからだろう。やっぱりグェイブに捕まらないと倒れそうだった。
そのグェイブにしたって僕がもたれると、杖にした柄の先は石の上を滑った。何度も転びそうになって、僕はグェイブを石の間に突き直した。
……危ない!
その石だって、柄をがっちり支えられるわけじゃない。思ったよりぐらついて、僕はグェイブにもたれたままバランスを崩した。
……おっと!
倒れそうになったところで、ちょうど目の前に大きな岩があった。しがみつこうと思ったけど、両腕を広げるタイミングを間違えて、僕は顔面から岩に衝突した。
……痛ってええ。
鼻の下を確かめてみたけど、血は出てない。ぶつけたところをさすりながら、先へ行こうとして気が付いた。
……行き止まりだ。
この岩の向こうには、あの谷川が流れている。これ以上、歩いていくことはできなかった。
……どうしよう。
崖を登っていけないかと思ってよく見ると、すぐ目の前には僕の身長くらいの高さの
……ここかもしれない!
「リューナ!」
僕は思わず駆け込みそうになって、はっと気づいた。
……モンスター絶対出てくるだろ、ファンタジー系RPGなら!
とりあえず、足下の石を拾って放り込んでみることにした。
かつん。
洞穴の周りの崖に当たって跳ね返ってきた。
……コントロール悪いな、僕は。
あまり勢い良く投げると狙いを外すから、僕はまた別の石をアンダースローで投げた。
石は洞穴に入ったけど、音もしない。
……奥まで入らなかったんだな。
僕はグェイブを構えて、洞穴にちょっと近づいてみた。
……さっきので反応ないってことは、そんなに大きなのはいないよな。
もう一回、石を拾って投げてみる。
……かつーん!
今度は、割と大きな音が響いた。
何も出てこない。
……よし!
僕はグェイブを構えたまま、洞穴の中に入っていった。外からの光が差し込んできているから、中がどうなっているかは分かった。
思ったより狭かった。人が1人入れるくらいで、折れた枝が隅っこに溜まっている。
……あれ?
その辺りに、どこかで見たものがあった。穴の開いた太い木と、鋭くとがった小さな枝だ。
僕はそれを拾ってみた。
……焦げてる?
歴史かなんかの教科書で見た、縄文時代とかの火のつけ方を思い出した。
……何でこんなのがここに?
ふと足下を見て、僕は焼け焦げた木の枝が洞穴の入り口近くにたくさん散らばっているのに気付いた。
……火を焚いたんだ!
すると、誰かが夜をここで過ごしたことになる。僕はもう一度、外に出てみた。
でも、やっぱり誰もいない。
……もしかして、リューナ?
今朝、連れて行かれたリューナは、ここに連れて来られたのかもしれなかった。そして、後ろに谷川が流れているのを思い出したとき、僕の頭の中でも何かが閃いた。
……そうだ、吸血鬼は流れる水を渡れない!
この弱点を考えると、リューナを隠すにはもってこいだ。でも、ニンニクとか十字架とか、吸血鬼の弱点を知ってるのは僕だけのはずだ。
……流水とか白いバラとかみんな知ってるんだったらメチャクチャ面白くない!
だいたい、霧とかコウモリとかに変身されたら意味がない。確か、村の人はそれも知らないはずだ。だったら、リューナをここに置いておくはずだ。
いないってことは、見張りの男が別のところへ連れて行ったんだろう。
……じゃあ、どこへ?
周りをぐるっと見たけど、谷川の流れは激しいし、その向こうはやっぱり崖だった。横切れるくらいなら、僕だってケルピーから逃げきれたかもしれない。
……谷川に沿って上っていったんだろうか。
でも、歩いて行けるくらい岩や石が転がっているのは、僕がケルピーに放り出された辺りまでだ。そこだって、やっぱり崖の下になっていて、山道まで登っていけるような道なんかない。
……じゃあ、どうやって?
ここを抜け出した方法を考えているうちに、眩しい日差しの下でも、濡れた服がいい加減、冷たくなってきた。
このままじゃ、リューナを探し出す前に、風邪で熱を出して倒れるかもしれない。
……とにかく、服を乾かそう。
洞穴のすぐ外に木の枝を積んで、僕はリューナがやったように火をつけてみた。意外とうまくいって、枝はすぐ燃えだした。
……誰も見てないよな。
気になったので、僕は洞穴の中で脱いだ服を、腕だけ出して火の上にかざした。焚火が暖かかったので、谷川から吹いてくる風で冷えることはなかった。火が弱くなると、服をその場に置いて、洞穴からなるべく太い木の枝を持ち出して燃やした。
そうやって乾いたのから着ていって、洞穴の中にあった木の枝がなくなった頃には、いつでもここを出られる服装になっていた。
……どうやって?
もし、リューナがここから連れて行かれたんだとすると、山道に上がる方法があるってことになる。
外に出て確かめようと思ったけど、さっき消した焚火の跡を裸足で踏む気はない。谷川でケルピーと戦ったとき、今まで履いていた靴は流されてなくなっていた。
洞穴から顔を出して見上げると、崖は結構高い。
……たぶん、リューナじゃよじ登れない。
そう思った時、僕は別のことに気が付いた。空が眩しくなくなったのだ。
……日が暮れる?
僕は慌てた。焚火の跡を踏まないように、足下を見ながら外へ出る。
その時、僕が初めて気付いたことがあった。
……足跡?
洞穴の入り口から洞穴の中へまっすぐ引きずられていて、何か押し出そうとして踏ん張ったような感じだった。
……何か入ってきたんだろうか?
何か恐ろしい獣とかモンスターとかが入ってきて、それを押し出そうとしたのかもしれない。でも、入ってきた足跡は僕のだけだった。
……追い返したんだろうか?
そうかもしれないけど、足跡が全然ないっていうことで思いついたことがあった。
ファンタジー系RPGとか、AVGのパターンだ。ヒロインが密室で襲われた時なんかは、たいてい、こういう展開になる。
……吸血鬼とか。
コウモリとか霧になってやってくれば、足跡は残らない。それに気が付いたとき、嫌な予感がした。
……まさか。
考えるのが怖かったけど、僕は洞穴の中を、木の枝の他に何かないか探してみた。
……あった。
ビリビリにちぎれた布の切れ端が散らばっていた。洞穴の外で確かめてみると、なんか見覚えがある。
もとの服がどんなだったか頭に浮かんだ時、誰が着ていたかも自然に思い出せた。
……テヒブさん?
でも、こんなところにいるはずがなかった。テヒブさんは夕べ、吸血鬼ヴォクス男爵と戦って消えたはずだ。こんなところで一晩過ごす時間があったら、僕やリューナが村長の家に閉じ込められるのを絶対止めてくれただろう。
僕は、洞穴の外へ出て姿を探した。
でも、谷川の向こうの崖の上にも、速い流れの中に見える岩の上にも、こっちの崖の上にもいなかった。
……どこへ行ったんだろう?
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