第98話 フリークライミングと勘違いと
分からないことを考えるのはやめた。テストだって、分からない問題は飛ばすしかない。
だから僕は成績が悪いんだけど。
とにかく、テヒブさんが夕べここにいたことだけは間違いない。それが分かっただけでもよかった。
だから、分かっていることから考えることにした。
……テヒブさんがいたんだとしたら?
今、いないってことは、たぶんリューナを探しに行ったんだろう。男たちが連れて行ったんなら、きっとそうだ。
……それなら、この洞穴から出ていったはずだ。
何かと戦った足跡があるんだ。出ていった足跡だって、探せばきっとあるだろう。僕はそう信じて、ちょっと薄暗くなった洞穴の中を這いつくばって探した。
……あった。
僕の裸足の足跡に混じって、靴の跡がうっすらと見つかった。だいぶ僕が踏んで消しちゃったみたいだったけど、洞穴の外へ出てったらしいのは分かった。
でも、その辺りはもう石ばっかりで、僕の足跡も残ってない。テヒブさんがどうやって山道へ戻ったのか、やっぱり分からなかった。
……ダメか。
考えるだけ、無駄だった。僕の頭じゃ、無理に決まってる。
……仕方ない。
僕はその場にへたり込んだ。立ってるのも面倒臭くて嫌だった。
……どうにもなんないよ。
崖が登れなくちゃ、道にも戻れない。リューナを助け出すなんて、絶対に無理だ。
……どうせ、僕なんか。
そう思うと涙がぐっと込み上げてきた。鼻水で息ももできない。苦しくて、グェイブを放り出して横になって、泣いた。
……テヒブさんみたいなジャンプ力ないし。
家の壁の高いところに掛けてあったグェイブを取ったときのテヒブさんを思い出して、余計に悲しくなった。
テヒブさんがいなくなったのも、僕じゃリューナを助けられないのも。
そこで、はっとした。
……ジャンプ?
テヒブさんならできるかもしれない。
……この崖の上に跳び上がったんだ!
僕は洞穴の入り口辺りの崖に駆け寄った。何か、テヒブさんなら蹴ってジャンプできるところがあるかもしれなかった。
思った通り、ところどころ、デコボコしたところがある。
……つかんだら、登れないかな?
試しにやってみた。
グェイブを上着の背中に突っ込むと、刃の付け根がうまいこと襟に引っかかる。自由になった手をかけると、しっかり握れるところもあったし、やっと指が引っかかるぐらいのところもある。
結構、筋力使ったけど、何とか洞穴より高い所まで登れた。
……やった!
登り切れるんじゃないかと思って、上を見たのが失敗だった。靴のない足が滑って、背中から石の上に落ちてしまった。
……痛っ!
グェイブの刃が後頭部を守ってくれたけど、柄のところで背骨の辺りを思いっきり打った。
ちょっとの間、のたうち回ってたら痛みは引いた。でも、腕の力は疲れて出なかったから、寝ているしかなかった。
だんだん、空の青色が暗くなっていく。
……日が暮れるんだ。
夏休みの終わりごろ、全然やってない宿題を片づけるのに疲れて横になっている時みたいな気分だった。やっと起きられるようになったときは、この辺も近くの山かなんかの影で暗くなっていた。
……急がなくちゃ。
立ち上がってみたけど、やっぱり足がふらつく。近くの大きな岩にもたれて休んだ。
……これだ!
同じくらい大きな岩が、いくつも転がっている。だから、谷川が見えないのだ。
試しに僕は、目の前の岩によじ登ってみた。ずいぶんと高い。でも、隣の岩には渡れそうだった。
……よっ、と!
うまくいった。同じやり方で、その隣の岩にも、また隣の岩にも乗れた。最後の岩にたどりつくと、そこはもう崖の真ん中ぐらいだ。
……今度こそ。
崖の出っ張ったところに手をかけて、素足の指を凹んだところに突っ込む。力を込めると、身体が持ち上がった。
……この調子だ。
そう思った時、下から吹いてきた冷たい風でゾクっとした。そっちを何となく見ちゃったけど、それがいけなかった。
……高い!
風が冷たいのは、谷川から吹いてきたからだった。もし落ちたら、もう上がって来れないかもしれない。もしかすると、またケルピーに狙われるかもしれない。
……やばい。
思わず硬直したせいか、手が思ったように動かなくなった。指をかけるところは見つかったけど、力を入れるタイミングを間違える。
……しまった!
手が滑ったけど、慌てて他のところをつかむ。でも、そっちに気がそれて、今度は足を踏み外した。
……落ちる!
でも、何かがガクンと止めてくれた。グェイブの長い柄の先が、崖に引っかかったのだ。
……助かった。
足の裏を擦りむいたみたいだけど、流されるよりはよかった。僕はもう一回、足の指の先を崖に引っかける。下を見ないようにしてよじ登ると、手がしっかりしたところをつかんだ。
……もう少し!
落ちないように、足だけじゃなくて、服の腹まで崖にくっつける。腕と足に最後の力を込めると、僕の身体は緩い斜面に転がった。
ほっとして息をつくと、土の匂いがした。
……やっと、着いた。
辺りには、木がたくさん生えていた。僕はそれを頼りに立ち上がると、背中のグェイブを杖にして、山道を探して歩き出した。
やっとの思いで道を見つけた時には、もう薄暗くなっていた。
……リューナは、どこだ?
いくらヴォクス男爵から隠すためだといっても、こんな山奥にいるのを知られたら、逆に守れない。
……霧とかコウモリになって飛んで来たらどうするつもりだ!
村の連中のバカさ加減に、何だか腹が立ってきた。裸足だし、膝は笑ってるし、もう体力は限界だったけど、それでも歩くのは速くなった。
道がだんだん細くなる。足の裏にあたる小石も増えてきて、痛かった。
でも、僕は確信した。
……ここまで来れば、リューナを閉じ込めたところは絶対見つかる!
周りは暗くなってきたけど、もう引き返すわけにはいかなかった。足下は、グェイブの光が照らしてくれる。
その、ぼんやりした光を頼りに歩いていると、いきなり何かが目の前を横切った。
「うわああああ!」
思わずグェイブを振ると、手応えがあった。何か斬ったらしい。
でも、そんなに大きくはなさそうだった。
……何だろ?
グェイブの光で照らしてみて、ウッと吐きそうになった。
コウモリの死体が、ピクピク震えている。慌ててそこから逃げて、もっと先へと歩いていった。
……これがヴォクスだったら、楽なんだけど。
いくら何でも、そんなに簡単に片付くわけがなかった。もしかすると、もうリューナを襲っているかもしれない。
……少しでも早く見つけ出さなくちゃ。
でも、日は暮れていくばかりだった。僕はグェイブをかざして、小屋っぽいものがないか周りを見てみた。
何にもない。いろんな木がごちゃごちゃ生えているだけだ。RPGなら、絶対
そうなったらグェイブで戦うしかないんだけど、村の男たちが助けを求めてきたら、守りきれるかどうか分からない。
……放っておいてもいいんだけど。
それじゃいい気分はしないだろうし、死体が見つかってから僕のせいにされても困る。
でも、どれだけ歩いても、誰にも会わなかった。
……何で?
それはそれで変な話だった。村の男がみんなこっちへ来たっぽいんだけど、こんなに暗くなったら普通、帰るだろう。
……残るとしたら、リューナの番人くらいじゃないか?
そいつだって、2人きりになったら何をするか。
……お前らが雨の中でやったことを、僕は許さない。
心に固く誓いながら、僕は更に山奥へと歩いた。グェイブの光のおかげで、もうすっかり日が暮れているのに、転ばずに歩ける。
でも、村の男たちには、松明が必要だ。
……そうだ、松明!
ヴォクスに襲われたリューナを縛って連れてくるときも、男たちは松明を持っていた。閉じ込めるときだって、番をするヤツは持っているだろう。それなら、どこかで火をつけてかざしているかもしれない。
……暗くなってるんなら、すぐ見つかるだろう。
グェイブを地面に置いて、光の来ないところにまで歩いてみる。でも、そんな光はどこにも見えなかった。
……もっと山奥のほうか?
どこまで歩かなくちゃいけないのか見当もつかないけど、リューナを救うためなら、やらなくちゃいけない。
そう思って、グェイブが光るところまで戻ったところで、あっと思った。
……こっちじゃない?
松明が見えないってことは、この辺にはリューナを連れてきた村の男たちがいないってことだ。
……じゃあ、今、どこに?
普通に考えたら、帰ったんだろう。
……じゃあ、リューナは?
どこかに閉じ込められていると思ってたけど、それは誰に聞いたってわけでもない。僕が想像したことだ。
……最初から、ここにはいなかった?
そうかもしれないという気がして、僕は来た道を戻り始めた。足は痛いけど、急いで帰らないと、リューナがたいへんなことになりそうな気がする。
でも、身体が重くて思い通りに動かない。
……これ、ケルピーの呪い?
そんな心配をしている場合じゃなかった。僕はグェイブにしがみつきながら、暗い山道をよたよたと歩き続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます