第118話 ネトゲ廃人の一種ハーレム状態
胸が上下しているのは、息があるからだ。そこには安心できたけど、男どもが手を伸ばしているのは許せなかった。
それにはいろんな意味があるけど、とにかくこいつらのゲスさには僕もカッとなった。
「触るな!」
グェイブを思いっきり横に振ると、2人ともハルバードを投げだして、悲鳴を上げて逃げだした。
後ろから、そいつらを呼んでるらしい声がする。
「大丈夫か!」
そっちを見ると、松明とかハルバードを持った男たちが、じっと僕を見ている。
「うおおおおおお!」
全身の力を振り絞って叫びながら、さっきテヒブさんにやったみたいに、グェイブをめちゃくちゃに振り回してみせた。後ずさるのが見えたので、足を前に出しながら、また大声を上げて暴れてみせる。
グェイブが命中もしていないのに、ハルバードが1本、また1本と地面に倒れた。そのたびに、男たちはひとりずつ逃げ出した。僕が腕を伸ばしてもグェイブが届かない辺りを、壁の向こうへと走っていく。
そいつらは放っておいて、僕はリューナのそばに歩いていった。驚かさないように、そっとしゃがんで名前を呼ぶ。
返事がないから揺すり起こそうかと思ったけど、きれいな白い肌を見て、触っていいのかと思って手が止まった。
白い歯がちらっと見える口元が、かわいい。この唇で僕にキスしてくれたのかと思うと、何だか胸が熱くなった。
……そんなこと考えてる場合じゃない。
僕は耳元に顔を近づけて、もう一度名前を呼んだ。瞼がちょっと動いた。あと一息だ。
「シャントだよ、リューナ」
きらきらした目が開いて、僕を見つめた。涙が一筋だけ流れる。口元が何回か動いたけど、声は出なかった。
「……リューナ?」
突然に起き上がった身体が、僕にしがみついた。温かくて柔らかくて、いい匂いがする。でも、その手は背中が痛くなるくらいに指を立ててきた。
「離してよ、リューナ」
異世界の言葉が分からないから日本語で言ったけど、やっぱり伝わらなかった。身体がぶるぶる震えている。僕の顔に頬を寄せているから、泣いているのが分かる。
それはだんだん、ウーウーという唸り声に変わったけど、やっぱり何も言えなかった。泣きじゃくるばかりだ。
「行こうよ、リューナ」
そうは言ったけど、僕も困った。そんな場所があるわけ……。
あった。
「テヒブさんの家に」
確か、夕べ出てきてそのまんまだったはずだ。無理して、村長のところなんかにいなくたっていいじゃないか。
だけど、それはNGワードだったみたいだ。リューナは涙だけじゃなくて鼻水まで垂らして泣き喚く。耳がガンガン鳴って、頭がくらくらした。
「リューナ! リューナ!」
何回も名前を呼んだけど、全然聞いていない。こんなことになったのは僕のせいじゃないのに、肩をつかまれてガクガク揺すぶられた。
そんなの平気だけど、まずいのはリューナがおかしくなっていることだ。子どもみたいに、いや、動物園の獣みたいな声で泣く、というか吠える。
たいへんなことになった。僕じゃどうにもならない。
でも、何とかしなくちゃいけなかった。
……どうしよう! どうしよう!
考えるのとは別に、口と身体が勝手に動いた。
「落ち着けよ!」
リューナの頬が、ぱあんと鳴った。叫び声が止まる。掌が痛い。
……僕が?
殴っちゃったのだ。ビンタで。
口を開けたまま、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたリューナがじっと見ている。
「……ごめん」
絶対に分からない日本語で謝っちゃったのは、この世界では何て言うのか分からなかったからだ。
僕は立ち上がって、手を差し伸べた。
「行こうよ」
テヒブさんの名前は言わなかったけど、そこしか行くところはない。でも、リューナが手をつかんでくれないので、僕は黙って立っているしかなかった。
そのとき、足元から呼ぶ声がした。
「グェイブ!」
リューナの声ならよかったんだけど、そうじゃなかった。こんな呼び方をするのは、あの子たちだけだ。
見下ろしたところで、僕はすぐ目を背けた。あの女の子が、ない胸をさらしたまま、ぶかぶかの服を着た小さい子を連れて真っ赤な顔をしていたからだ。
「ダメダメダメ!」
思いっきり首を振ったけど、女の子は唇を噛んで、じっとうつむいている。その後ろから走ってきたいちばん年上らしい男の子が、自分は上半身が裸のまま、小さい子の大きな服を脱がせて女の子の頭から着せた。
小さい服に小さい子を押し込みながら、男の子は僕を睨みつけている。
……恨まれるようなことをした覚えはないんだけど。
だいたい、この子だって大きくうなずいている。何か知らないけど、それOKってことなんじゃないだろうか。
……待てよ。
この異世界では、確か首を縦に振るのと横に振るのは、僕のいた世界と意味が逆だったはずだ。
……ってことは?
確か、この男の子と初めて会った時は、捕まった家族を助けてくれと言ってきたのだった。言葉は分からなかったけど、何となくそんな気がして、頷いた。
……あ。
思いっきり「ダメ」って言っちゃったのだ、僕は。道理で泣きながら頷いたわけだ。「いやだ、助けてよ」って言ってたんだ、この男の子は。
だから、僕が何を言ってもこの子たちが頷いてたんだろう。
断られたと思って。
女の子が真っ先に服を脱いだのは、そこまでしてグェイブの光を隠せば、僕が助けてくれると思ったからだろう。
僕は胸をさらしたのを「ダメ」と言ったつもりだったんだけど、この子は逆の意味にとったってことだ。
……ただの変態じゃないか、それ!
そりゃ、そういうゲームに興味がないかっていえばそういうわけでもないけどやんないし、いや、ちょっとぐらいはこっそり、でも体験版くらいで!
思いっきりうろたえたけど、冷静に考えてみると、言い訳できない状況だった。この子たちは大事な服を僕に差し出したわけだし、女の子が結局、服を着たのは僕の目が恥ずかしかったからなのだ。
……じゃあ、この子がまた、胸をさらしたのは何で?
僕がちっぱい好きで、見せれば何か頼みを聞いてくれると思ったんなら、ひどい誤解だ。
でも、やっぱりそれっぽかった。
ただし、いい意味で。
「グェイブ!」
女の子は、いきなり僕にしがみついたのだ。ちゃんと着ていない服の向こうから、ない胸の感触が分かってドキっとする。
感謝はしてくれてたみたいだ。
でも、男の子は妬いているのか、女の子を僕から引き剥がしながら、首を上下にガクガク振った。
……こっちの子には嫌われたかも。
そんなことを考えている時に聞こえたのは、現実世界と同じ呼び声だった。
「オーイ!」
パニクってたからどこを見ていいのか分からなくて、ついそっちを見ると、他の男の子の影が見えた。
兵士たちを吹っ飛ばした辺りだった。何か、手に持っている。
そこで僕は、壁の向こうからやってきたときに、グェイブの刃を隠すのに使った子どもたちの服をまき散らしたのを思い出した。この子たちは、きっとそれを探そうとしていたのだ。
僕を目で脅していた男の子は、他の子どもの影のいる方へと、自分の服を取りに駆けだした。女の子のほうは僕を見上げているけど、その目を見ても別にそんなに嫌われたような気はしなかった。
……そういえば、リューナは?
ちらっと見下ろしてみると、その目にはもう、涙は見えなかった。これなら一緒に行けるかと思ったけど、やっぱり立ち上がろうともしない。ぷいっとそっぽを向いたままだ。
……何が気に入らないんだろう?
いろいろ考えてみたけど、女の子の考えることは異世界でも、現実世界と同じくらい難しいんだってことしか分からなかった。
この雰囲気をごまかしたくて、僕は声を張り上げた。言った。
「行こう、か」
何とか使えるようになった異世界の言葉を組み合わせてみると、リューナも子供たちも誰も首を縦には振らなかった。
僕は自分から、リューナの手を引いて歩きだした。女の子は慌てながら、小さな子を連れて小走りについてくる。壁の崩れたところで振り返ってみると、兵士たちの周りを探して服を取り返した男の子たちが駆け寄ってきた。
そこで、僕にも分かったことがたった一つだけあった。
本当は死んでいる兵士たちの中にいながら、僕はこの子たちが現れたおかげで、それを思い出さないですんでいたのだ。
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