第165話 リズァーク無双
鎧ゴーレムから助けてくれたのがリズァークだったっていうのは、運が良かったのか、悪かったのか。
もうちょっとで、グレートソードで真っ二つにされるところだったのだ。
しかも、ゴーレムが破壊できるってことは、これも
今、僕の耳には、どこからか聞こえてくる声が響いている。
《殺しても一向にかまわん》
テヒブさんの声だった。やっぱり吸血鬼の下僕になっていたのかと思うと、もうやる気がなくなっていった。グェイブはないし、テヒブさんは倒さないとこっちが殺される相手になったということだ。
そこでリズァークが何か言ったけど、異世界語だから全部は聞き取れない。
「……逃げる。……」
逃がさないって意味だろうか?
だいたい、リズァークが僕をタダで帰してくれるわけがなかったのだ。
正直、最初に掴み上げられたときはもう完全に殺されると思った。だって、僕は村の端っこに作られた石の壁の向こうにリューナが捕まっていたとき、助けに行ったんだから。
どういうつもりかは、テヒブさんの言葉から判断するしかなかった。
《この場で死んでも見つからんしな》
殺せとそそのかしているらしい。
そいうえば、リズァークは最初に僕をぶら下げたまま、何か言った。意味は全然分からなかった。ただ、何か聞かれているのは分かったから、「知りません」の意味で首を横に振るしかなかった。
でも、よく考えたら、この世界では「はい」っていう意味だったのだ。たぶん、アレで「敵」認定だったんじゃないだろうか。
テヒブさんは、また尋ねる。
《どうする?》
リズァークはまた何か言ったみたいだった。
「……?」
僕を見て、にやりと笑う。
さっきは、もそれに合わせた。空気を読むって苦手だけど、現実世界だって、そうしないとやっていけないってことはある。
何を言われても「分かりません」、相手のリアクションと同じことをやっていれば、たぶん、何とかなると思うしかなかった。
それが、甘かったのだ。僕は目を閉じて、何の反応もしないことにした。何もしなければ、何が起こっても僕のせいじゃない。
でも、そこでテヒブさんは言った。
《必要なものはくれてやれ》
僕と勝負しろ、と言ってるんだろうか?
やっぱり、投げだされたスクラマサックスを拾ったのがまずかったのだ。確かに、一方的に何か言われて放り出されたものを見たときは、何のつもりか分からずに、ポカンとした。
でも、僕は武器が欲しかった。棒きれ一本だけでは、ヴォクスや鎧ゴーレムから逃げきれない。だから、つい拾ってしまったのだった。
目を開けると、僕はまだスクラマサックスを持っていた。捨てようとしたけど、しっかり握った手が強張っている。
リズァークは、グレートソードを手にしたまま僕を見下ろしている。
……どうしよう?
背中でものすごい音がして、思わず振り向いた。燃え上がる館の壁が、崩れて落ちていた。
この隙に、またグレートソードが降ってくる!
そう思ってリズァークを警戒したけど、まだ、剣を振り上げてもいなかった。僕が攻撃するまで待っているってことだろうか?
すると、何もしなければ死なないで済むことになる……はずがない!
火の粉が飛んできて、思わず立ち上がった。このままでいたって、焼け死ぬしかない。リズァークを突破しない限り、ここからは脱出できないのだ。
「うわああああ!」
短剣なんかどう使っていいか分からない。僕はもう片方の手に持った棒と一緒に、めちゃくちゃに振り回しながら突っ込んでいった。
……こんなんじゃ、絶対に負ける!
負けるってことは、ここで死ぬってことだ。崩れてくる館の下敷きになるのと、炎に焼かれるのと、リズァークのグレートソードにやられるのと、どれが一番マシかと聞かれると……。
どれもイヤだった。正直、死ぬこと自体が痛そうで苦しそうで怖かった。
だけど。
「え?」
グレートソードは降ってこなかった。それどころか、リズァークはムチャクチャに走っている僕のすぐ横で、鎧ゴーレムをもう1体、横殴りの一撃でふっ飛ばしていた。
何が起こっているのか、さっぱり分からなかった。殺すつもりなのか、助けるつもりなのか。
城の出口までやってきたところで、鎧ゴーレムが跳ね橋を渡ってきた。こいつがいる限り、逃げようにも逃げられない。
僕が突っ立ったままでどうすることもできないでいると、リズァークに後ろへ押しのけられた。その背中が目の前にあるので、ゴーレムは見えない。ズドンズドンという足音だけが聞こえる。
突然、リズァークがしゃがんだ。その上には、城の炎に照らされて揺れるゴーレムの大きな身体がある。
……やられた?
そうなったら、僕もおしまいだ。
でも、それ以上はゴーレムも動かなかった。鎧の隙間に、グレートソードがクリティカルヒットしていたのだ。
バラバラになったゴーレムが、堀へと落ちていく。ガラ空きになった橋の上を、リズァークは黙ったまま歩きだした。何も言わずに、僕もついていった。
お礼を言っていいのか、どうか。
どうして、僕を助けてくれたのか。
さっぱり、分からなかった。聞いてみたかったけど、もともと、言葉が通じないのだ。
燃える城を後にして、橋を渡り切ったときだった。
《やってくれたな、リズァーク!》
いちばん聞きたくなかった声が、頭の中に響いた。テヒブさんじゃない。もっと凶悪で、強力なヤツ。
ヴォクスだった。リズァークが、叫びながらまっすぐに突進する。
「……!」
横一直線に飛んできたグレートソードの一撃を、真正面のヴォクスが軽く退いてかわすのが見えた。
《わざわざ燃える城の中で待ち構えていた度胸は褒めてやる。だが》
振り抜いたはずのグレートソードが、斜め上へと飛んで頭を狙う。だが、ヴォクスがのけぞったので、刃はまた空振りした。反撃が来る。
《そんな手には乗らん!》
プライドの高い吸血鬼とは思えないようなスライディングが、リズァークの足を払った。ファンタジー系RPG的にもあり得ない不意打ちに、斜めに逆三角斬りするつもりだったように見えるグレートソードが、手からすっぽ抜けて遠くへ飛んでいった。
さっき鎧ゴーレムを3体も続けて倒したリズァークにしては、間抜けすぎる。
吸血鬼を倒せる唯一の武器を失って、しかもヴォクスの真上に倒れ込んでしまったリズァークは、あっと言う間に転がされて、マウントポジションを取られてしまった。
《王国の戦士を2人も下僕にできるとはな》
その笑い声が後ろから聞こえたのは、とっくに僕が逃げ出していたからだ。助けてもらったのにリズァークを見捨てるのは悪いと思ったけど、助けるのは無理だ。
もし、ヴォクスと戦うためにグレートソードに魔法をかけたり、魔法のかかってるのを持ってきたりしたんなら、スクラマサックスにもかかってるかもしれない。
でも、リズァークに勝てない相手と戦って、僕が生きていられるとは思えない。
RPG的にも、いやシミュレーションゲーム的にもアドベンチャーゲーム的にも、逃げるのがいちばん間違いなかった。
さっきとは、逆の方向へ。
最初に城の周りをぐるっと回ったときには気が付かなかったけど、こっち側には山の斜面があった。
逃げ込もうかとも思ったけど、この間、道に迷ったばかりだった。リズァークの兵士の戦闘に巻き込まれないように、来た道を戻るしかない。
全力で走って逃げる先では、まだ兵士たちが、城から出てきた鎧ゴーレムと戦っている。自分たちのボスがひとりで吸血鬼と戦ってピンチになっているのに、誰も助けに行く余裕がないみたいだった。
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