第166話 ゴーレムと、森の怪物と
今だ!
ゴーレムは、普通の兵士が戦って倒せる相手じゃない。最後の1体が倒せなくて、ムダな戦闘が未だに続いている。
その向こうには、さっき抜けてきた森が、城を包む炎に照らされていた。そこが目標だ。
そんなに足は速くないけど、こんなところ、さっさと抜け出すに限る。僕はなるべく兵士たちが戦っている場所から離れて、どこから森を出てきたのか探すことにした。
来る時はトローガーとの戦いでパニックになっていたし、今は今で散々な目にあった後だから、そこがどこなのか全く思い出せない。入る場所を間違えたら、今度は帰る道も分からなくなってしまう。
割と慎重に歩いて探したつもりだったけど、よく覚えていない木と木の間とか、枝だとか、葉っぱだとかに気を取られて、足下に注意していなかったのがいけなかった。何かの弾みで足がつまずいて、僕は太い木に思いっきり顔面をぶつけてしまったのだ。
「痛っ!」
声を上げたのもよくなかったかもしれない。我慢していれば、発見されるのも遅くなっただろうから。
《逃がさんぞ、小僧》
いつの間にか、ヴォクスが後ろにいた。
すると、リズァークはもう死んだのだろうか? もしかすると、もう下僕になってるとか?
どっちだっていい。とにかく、ヴォクスが来るのが早過ぎる。
だいたい、何でこんなに狙われなくちゃいけないの? 僕、そこまで重要人物?
何が何だかさっぱり分からなかったが、とりあえずは、この場を切り抜けることを考えなくちゃいけない。
「いや、でも、僕なんか」
一応、笑ってみせたけど、振り向かなかったら意味がない。ヴォクスの怒りを鎮めることはできそうになかった。
《それだけに許せん》
雑魚キャラにコケにされたのが相当頭にきているらしい。
でも何で? 城を燃やしたの、僕じゃないのに!
「あの、火事のことでしたら……」
一応、弁解はしてみる。やるだけムダだとは分かってるけど、こうやって時間を稼ぐしかない。逃げるタイミングを間違えたら、それこそエナジードレインと下僕化が待っている。
でも、次の一言で、僕の手足は止まった。
《あの娘はどこだ》
リューナのことだ。
こっちが知りたい。テヒブさんが炎の中から救い出した、というか連れていってしまったんだから。
でも、ということは、つまり、ヴォクスはそれを知らないってことだ。
どうする? 正直に答えるのは何か損な気がする。でも、ウソをついたって何の得があるのかよく分からない。
ちょっと迷ったけど、そのおかげで、考えているヒマなんかなかったことを思い出すことができた。
「さあ、どこかな」
ちょっとヒーローっぽく答えてみる。別にウソはついてないし、知ってるようにも聞こえるだろう。
《連れていけ》
誰がそんなこと、と思ったけど、冷たい両手で強引に肩をつかまれて、身体をヴォクス向きにひっくり返された。
真っ赤に光る眼が、僕を見つめている。一気に、気が遠くなっていった。
それでも、頭の中ではファンタジーRPGのデータが駆け巡る。
確か、これは
今しかない! 操られないうちに!
もう、準備はできている。スクラマサックスと木の棒は、身体の前でクロスしてあった。
それを、思いっきりヴォクスの前に突き出す。
《おのれ!》
そう言いながらも、肩の冷たい感触はなくなった。気が付くと、もうヴォクスの姿はない。
「助かった……」
急に力が抜けて、その場にへなへなと座り込む。
危なかった。連れていけって言われたって、リューナがどこにいるかも知らないんだから、どうすることもできない。もしかすると、その場に突っ立ったままでいるしかなくて、知っているふりをしているのがバレたかもしれなかったのだ。
ようやく気持ちが落ち着いて、背中でもたれた木を確かめてみた。
見たことがあるような気もするし、ないような気もする。でも、ここでもたもた迷っている場合じゃなかった。
とにかく、逃げるしかない。
緊張で握りしめたままだった木の棒は、捨てることにした。逃げるのには邪魔なだけだ。森の中にはさっき倒したトローガーみたいなのがいるかもしれないけど、僕の手には魔法がかかっているかもしれないスクラマサックスがある。
「行こう!」
覚悟を決めて、ひとりで森の中へ踏み込もうとしたときだった。
いきなり、誰かが僕を横へ突き飛ばした。
「え……何?」
後ろからどっとやってきたのは、リズァークの兵士たちだった。悲鳴を上げながら、先を争うようにして森の奥へと駆け込んでいく。
一瞬、ぽかんとしたけど、どうしてこんなことになったのかはすぐ理解できた。
鎧ゴーレムが、兵士たちの群れを追いかけていたのだ。
もともと、勝てるわけがない。リズァークのグレートソードが
そのリズァークの姿は、まだない。本当に、ヴォクスにやられてしまったのかもしれなかった。
それなら僕も、さっさとここを離れないと死ぬ。だいたい、リズァークが助けてくれるつもりだったのかどうかも分からないのだ。
よく見ると、兵士たちの何人かまだ、ハルバードを持っていた。松明は誰も持ってはいない。足元よりも、生き残ることのほうが大事なのだ。それは、僕にも分かる。
それに、武器を持っている人が他にいれば、森の中でも安心だ。トローガーみたいなのだったら、リズァークの兵士たちでも倒せるだろう。ここに来られたっていうことは、もう戦っているかもしれない。
兵士たちに混じろうとすると押しのけられるので、最後についていくことにした。鎧ゴーレムは動きが遅いから、兵士たちの群れよりも、かなり向こうにいるのが見える。兵士たちと逃げることぐらいはできるはずだ。
ところが、その読みは甘かった。
最後の1人には、それなりの焦りがあったのだ。集団行動が苦手で、中学校の修学旅行でも高校までの避難訓練でも、いちばん最後についていくのがやっとだった僕なら、そのくらい気づいてもいいはずだった。
「ちょっと、押さないで!」
僕はゴーレムに向かって突き飛ばされた。そうなるとは思ってなかったので、つんのめって転んだら、スクラマサックスが手からすっぽ抜けてゴーレムの方へ飛んでいった。
まずい!
ここは立ち上がって逃げるか、武器を拾うか。
アドベンチャーゲームだったら、選択肢がウィンドウに現れるところだ。でも、カーソル合わせてEnterキーを押すまで、時間は無限に保証されている。
現実は、そうはいかない。鎧ゴーレムは、一歩、また一歩と迫ってくる。タイムリミットは、コイツが目の前に来たときだ。
逃げるのが早い。でも、武器はなくなる。もし、リズァークの兵士が僕に襲いかかってきたら、どうすることもできない。
でも、武器を拾っても、ゴーレムに勝てるとは限らないのだ。
逃げる!
そう思って立ち上がったけど、振り返ったとき、無理だってことが分かった。
兵士たちが、森の中から戻ってきていたのだ。
「何で!」
その答えは、すぐに出た。森の中から、聞き覚えのある吠え声が聞こえてきたのだ。
オーガーみたいな、トロールみたいな、あの……トローガーの!
挟み撃ちだった。逃げ道はもう、ない。這ってでも、武器を拾いに行って戦うしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます