第167話 ゴーレムと怪物の謎
スクラマサックスを拾って立ち上がると、鎧ゴーレムはもう目の前にいた。腕を振り上げて、僕を見下ろしている。
戦うなら、チャンスは一度しかない。
腕のリーチじゃ絶対にかなわないから、鎧の隙間をスクラマサックスで突くのだ。
リズァークはクリティカルヒットの一撃で相手を倒したけど、僕にはたぶん無理だろう。できることは、ダメージを与えた隙に逃げることだけだ。
「うわああああ!」
僕は怖いのをこらえようとして叫んだ。スクラマサックスが、ゴーレムの鎧に当たる。鎧の隙間なんかには刺さりもしない。もともと、僕がクリティカルヒットを狙うこと自体が無理だったのだ。
しかも。
「折れたあああああ!」
スクラマサックスに、魔法はかかっていなかった。手の中には、残った柄を放り出して、僕は逃げだした。
その先には、トローガーから逃げてきたリズァークの兵士たちがいた。しかも、僕を追ってくるゴーレムを見て、パニックになっている。
兵士の中に潜り込もうとしたけど、押し出された。当然のことなんだけど、こっちも命がかかっている。
「助けて、助けてよ!」
日本語で泣いて頼んでも、分かってもらえるわけがない。でも、異世界語がしゃべれたって、同じことだっただろう。
押し出されたって、諦めるわけにはいかない。僕も死に物狂いで押し返し続ける。
そんなことをやっているうちに、ゴーレムは僕の真後ろまでやってきた。
「もうダメだああああ!」
思わず目を閉じたけど、拳は降ってこなかった。それでも兵士たちは、さっきまで自分たちを痛めつけていたゴーレムを目の前にして、今度はお互いに他の仲間を押し出そうとじたばたしている。もう、僕なんか気にもしていない。
それに気が付くと、その間に潜り込むのは簡単だった。
押しくらまんじゅうになっている兵士たちの身体をなんとかすり抜けていくと、今度はトローガーの吠える声が聞こえてくる。
これを忘れていた。さっきはグェイブがあったから勝てたけど、今度は武器がない。
どうやって逃げようか?
いい考えが何一つ浮かんでこないうちに、暗闇の中から巨大な、毛むくじゃらの生き物が現れた。
「来たああああ!」
思わず悲鳴を上げると、それに弾き出されたみたいに、1人の兵士がハルバードを手にして斬り込んでいった。
助かった! 代わりに戦ってくれて!
真剣にそう思ったし、ちょっと感謝もしたけど、何か様子がおかしかった。
トローガーは僕に向かって歩いてきているのに、兵士は関係ない所でハルバードを振り回しているのだ。しまいには逃げて戻ってきて、武器を僕の足下に投げ出すと、そのままうずくまった。
おかげで、目の前にいるトローガーから身を守るには、僕がハルバードを拾うしかなかった。
「ちくしょう!」
ムキになってハルバードを突き刺した。グェイブで斬ったときの、肉や内臓のイヤな感触を思い出す。それを忘れようとして、全身の力を込めた。
ものすごい声を上げて、トローガーは倒れた。あの気色悪さが、身体中を駆け巡る。
「やった……」
鎧ゴーレムに比べたら、まだマシな相手だった。
でも、吠え声はまだ、あちこちから聞こえてくる。まだ、同じのがうろうろしているのだ。早く逃げないと、せっかく倒したのが無駄になる。
兵士たちはどうしているかと振り向いてみると、まだゴーレムに怯えて、誰かを押し出そうとしている。
足下の兵士は、もういなかった。悲鳴が上がったのでそっちを見ると、何か目に見えないものから必死で逃げ回っている。
「あれ……」
何かが、おかしかった。
まず、兵士たちが怯えている鎧ゴーレムは、森の外で僕たちを待ち構えているように見える。そして、吠え声があちこちから聞こえる割には、逃げた兵士を追いかけているはずのトローガーの姿は見えない。
「待てよ?」
アドベンチャーゲームの謎解きみたいに考えてみた。
ゴーレムが待ち構えているということは、追ってこないということだ。そして、トローガーの声だけが聞こえるということは……。
「もしかして、幻影?」
そういえば、来るときに倒したトローガーの死体を、僕は確かめていない。
「すると……」
思った通りだった。足元に倒れているはずのトローガーも、いつの間にか消えている。
「ということは?」
いろんなことがいっぺんに起こって、考えがなかなかまとまらない。ただ、分かっていることといえば、たぶん、僕ひとりで逃げても安全だということだ。
まだ、兵士たちが大慌ての大騒ぎになっていた。放っていくことにしたけど、とりあえず、ハルバードだけは拾っていった。
それを杖にして、僕は森の中を歩きだした。燃える城の炎で、しばらくの間、小道はまだ何とか見えた。
落ち着いて、考えてみる。
まず、ゴーレムが森の中まで追ってこなかったのは、城と周りだけが守備範囲だってことだ。だから、無理に戦わないでいれば、魔法がかかっていなくてもスクラマサックスは手に入ったのだ。
そして、幻影のトローガー。あれはたぶん、全員じゃなくて、ひとりひとりに見えるものだったのだ。だから、兵士たちがトローガーがいないのに斬りつけたり、逃げたりしているように見えたわけだ。肉や内臓の感触も、全部、思い込みだ。
兵士たちがそれに気が付かなかったのは、たぶん、初めてトローガーを見たからだ。来るときに見えなかったのは、逃げる時とは何かが違った……それは「怖い」って気持ちだろう。
アドベンチャーゲームの探偵みたいなことを考えながら歩いているうちに、兵士が追ってくることはなかった。たぶん、まだゴーレムとトローガーを怖がっているんだろう。
余裕で歩いていた僕だったけど、困ったのは、真っ暗になってからだ。いつまでも、城の炎がいつまでも森の中から見えるわけでもない。
「どうしよう……」
来るときはグェイブの光があったけど、今は明かりが全然ない。
疲れたのもあって、身体から力が抜けた。思わず近くの木に手探りでもたれかかったけど、足が滑って転んだ。
「痛てててて……」
腰も打ったけど、手も木の表面で引っ掻かれたみたいだ。もう一方の手でさすったけど、その感触はなかなか引かなかった。
「あれ……」
気のせいか、何かで刻んだような溝があった気がした。立ち上がって、もう一度、探ってみる。
「あった……」
確かに、深くV字状に刻みが入れてあった。他の木も触ってみたけど、やっぱり同じような印があった。
「目印?」
リズァークの兵士がやってくるときに、帰りのことを考えてつけておいたのだろう。僕は、それをたどって帰ればいいわけだ。
ちょっと歩いては木を撫で、またちょっと歩いては目印を探し、という具合に歩いていったので、どこまで続くか分からなかった道が、よけいに遠くなった気がした。
だから、遠くにぼんやりと見えた光が見えたときは、それが松明だとはとても思えなかった。
「
それはつまり、近くに何か下級のアンデッド・モンスターがいるということだ。吸血鬼よりマシといえばそうだけど、武器はグェイブじゃない。使いこなせる自信がなかった。
「戦うしか、ないだろ」
自分に言い聞かせて、木の肌を探りながら歩いた。火のある方向を目指して歩いてはいけない。その先に底なし沼があるなんてトラップは、RPGのお約束だ。
ところが、人魂みたいな炎は、こっちへと近づいてきた。何やら呼ぶ声と共に。
「ホーイ……」
人の声みたいにも聞こえたから、答えようかとも思った。でも、これが罠なのかもしれない。僕は黙ったまま、木に刻まれた印だけを探り続けた。
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