第168話 守護天使、ネトゲ廃人の何度目かの絶体絶命を嘆く

「やれやれ……やっとここまでたどり着いたか」

 俺の動かしたモブ兵士に導かれて、シャント…山藤は森のとば口にあるリズァークの夜営地までやってきた。

 ただし、後ろ手に縛られて。

 その縄の先を持っているのは、別の兵士だ。早い話が捕まったのだが、文句も言えなかった。

「まあ、いいか。命があっただけ」

 ピンチに継ぐピンチを仕掛けながら、脱出できるようお膳立てしきれなかったことを、自分で自分に言い訳するしかなかった。

 リズァークがヴォクスと一騎打ちしている辺りから、いや、それ以前に、テヒブに入れ知恵をされているときから、モブ兵士を動かしたり鎧巨人を誘導したり、何かと大変だったのだ。

 テヒブがシャントを殺しても構わないと告げたときには、さすがに焦った。山藤なら、100%命がない。

 だが、リズァークはあっさり答えたものだ。

《構わんぞ、逃がしても。俺としてはな》 

 敵の敵は味方ということだったのだろう。すると、テヒブは「この場で死んでも見つからない」と意味不明の答えを返した。

 リズァークも怪訝そうだったが、俺もちょっと戸惑った。だが、こういう言葉はウラの意味がある。現国のテストで出そうな問題だった。

 早い話が、「殺す気がないなら、死んだことにして逃がしてやれ」ということだ。

 テヒブに促されて、リズァークは不敵に笑った。

《ただでは逃がしてやれんぞ?》

 使い道があるという意味だったろうが、テヒブはあっさり、必要なものはやれと答えたのだった。

 俯瞰画面で確認すると、リューナを連れたままだった。さっさと城の背にある山に隠れてしまったが、何の目論見があるのかはさっぱり分からなかった。

 何にせよ、シャント…山藤については紳士協定が成立したわけだったが、確かにタダでは逃げられなかった。

「それにしてもリズァークは……」

 徒労感に苛まれる俺としては、ボヤかないではいられない。

 鎧巨人を3体屠ってまで、シャントを城の外に送り出したリズァークの力と技と意外な侠気おとこぎには目を見張ったが、その腹には一物があったのだった。

「助けといて囮にするかね?」

 逃がしたわけではなかったのだ。

 もともと、城へ攻め込めばヴォクスが鎧巨人と共に追ってくると踏んでいたのだろう。そこを部下と待ち伏せをして、城の入り口辺りに入ってくるのを、1対複数で袋叩きにするといったところか。

「まあ、部下が先にやられちゃったからな」

 だから、そこにいたシャントを使ってヴォクスの注意をそらすことにしたのだ。

 そうやって、簡単には倒せない吸血鬼に不意打ちをするはずが、正面から戦う羽目になって組み敷かれてしまったわけである。

「ヴォクスも引っかかんなよな……」

 よほどリューナにご執心だったらしい。

 意外と冷静さに欠けていた不老不死の怪物にも、俺は悪態をつかないではいられなかった。

 リズァークはといえば、口先三寸で、こうたぶらかしたものだ。

《あの娘、ここに潜り込んだ小僧が連れていったぞ》

 城を焼かれたうえに女まで奪われるのは、ヴォクスのプライドが許さなかったのだろう。忌々し気にこう言い捨てた。

《この勝負、預けてやる》

 暗がりを逃げていったシャント…山藤を追うかのように、ヴォクスは姿を消したのだった。

 そして間もなく、テヒブの去った後の暗がりをじたばた逃げていった山藤は、ヴォクスに捕まった。俺が罠を仕掛けるまでもない。

「まあ、よくやったほうだな。」

 とっさに短剣と木の棒で十字架を作って切り抜けた点については、山藤を褒めてやってもいい。

「だが、そう簡単に逃がしてやっては……」

 達成感が残るだけだ。このゲームをクリアしたときに勘違いして、妙な自信でこの世界に残ると判断されてはたまらない。

 そこで俺が罠として使ったのは、鎧巨人だった。

 こいつを前にして戦えずに硬直しているモブ兵士を、マーカーで動かしたのだ。長柄の斧でちょっと攻撃してから、逃がしてみる。案の定、鎧巨人は追ってきた。予定外の成果だったのは、1人逃げると、雪崩を打ったように他の兵士も逃げ出したことだ。それまではお互いにその場の空気を読んで、逃げるに逃げられなくなっていたらしい。

「そこらへんは、どこも同じか」

 異世界のその他大勢諸君には、心から同情申し上げる。

 現実世界でもよくある、同調圧力だ。

 それから解放されると、人間、本音が出るのは早い。森のとば口にたどり着いた山藤をモブで突きのけると、他の兵士もそれに倣った。

「血も涙もないな……」 

 俺はこう踏んでいたのだった。

 いくら山藤を殿しんがりに据えたとはいっても、森の中なら生い茂る木々が邪魔になるから、図体のデカい鎧は追ってこられない、と。

 それなのに、どうしたわけか戻ってきた兵士たちに森への入り口もふさがれ、山藤は窮地に陥った。

「まさか武器がすっ飛んでいくとは……」

 拾い上げたところで鎧は目の前、無謀にも斬りつけた短剣の刃は折れ、木の棒なんぞはハナッから問題にならない。

 これで兵士たちがパニックに陥っていなかったら、逃げ道はなかっただろう。

 不思議なのは、そこだった。

「結局、何があったんだ?」

 現に、山藤は大した怪我もなく、野営地の中でうずくまっている。実際、俺は森の中に入られて姿が見えなくなっても、心配はしていなかった。ヴォクスの城までやって来られたのだから、帰れないわけがないと思っていたのだ。

 ただし、問題があるのには気付いていた。

「さすがに明かりがないのはまずかったが」

 今さらながら口にするのは、言い訳めいている。グェイブが足下を照らしていたのに思い至ったときには、慌てて森の向こうの野営地からモブ兵士を1人動かしたのだった。

 俺の方からは、松明の光とスマホアプリのCG処理で、森の中の小道が見えた。ここを通れば迎えに行けると判断したのだが、問題は山藤よりも、俺自身に起こったのだった。

 野営地にいる兵士は、少ないとはいえモブだけではなかったのだ。後を追ってきた他の兵士に咎められたのは失敗だった。

《持ち場を離れるな》

 俺には返事ができなかった。森の中へとモブ兵士を歩かせるしかなかったが、当然、制止された。

《おい、危ないぞ、待て》

 力ずくで止めなかったところを見ると、友人か何かだったのだろう。暗い小道を松明もなしに追ってくたのは、このモブを心配していたからだとも取れた。

《どこへ行くんだ》

 それにも答えようがなかった。ただ歩くだけだったが、この兵士は長柄の斧を杖に、ひたすら追ってきた。これで山藤が見つからなかったら、森を通り抜けるまでついてきたことだろう。

 だが、この兵士はこの兵士で、モブが動き出した理由を納得したようだった。

《あれか……》

 CG画面に映し出されたのは、やはり長柄の斧を杖に、木の幹を探り探り歩いてきた山藤だった。兵士はやにわに声を立てた。

《ホーイ……》 

 山藤は返事もしないで、じりじりと近づいてきた。兵士は鎧の懐に手を突っ込みんで何かを確かめると、一言もしゃべれないモブに告げた。

《そんなら、俺が行く》 

 そのまま山藤に歩み寄ると、長柄の斧に付いた穂先を突きつけた。山藤も慣れない武器を構えたが、あっさりと叩き落とされた。ガックリと崩れ折れると、もう身動きもしなかった。そこで兵士は懐からロープを取り出すと、山藤を後ろ手に縛り上げ、ここまで連れてきたのだった。

 またしても絶体絶命だが、まだ有難いのは、山藤が出入りできた森から、鍛えられているはずの兵士たちがまだ戻ってこないことである。

「何やってんだ、早く逃げろ!」

 聞こえるはずもない。俺にできるのは、モブを使って追い立ててやることだけだ。

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