第169話 ネトゲ廃人、脱出を前に立ち往生する
「やられた……」
後ろ手に固く縛り上げられて、そのロープも、森の木に括りつけられてしまった。目の前には、松明で照らされたいくつもの三角テントがあって、何人も兵士が出入りしている。
もう、逃げられない。
現れたのは、松明を持った兵士と、ハルバードで武装した兵士だった。ハルバードはこっちも持ってるけど、軽いグェイブを振り回すのがやっとの僕に、こんな重いポール・ウェポンを、しかも木と木の間が狭い森の中で使えるわけがない。
一撃もできずに武器を叩き落とされて、僕はあっさり降伏した。というか、その時はやる気が完全になくなっていたのだ。
でも、今は違う。僕の周りを、何人もの兵士がうろついているのを見ているうちに、諦めるどころか頭が冷めてきた。何とかしようと焦っているうちは見えなかったものも、何もできないでいると目に入ってくるみたいだった。
「こいつら、武器持ってんだよな」
言葉にした方が、考えがまとまる。だいたい異世界だから、日本語でつぶやいても分かりゃしない。
「で、僕はロープが切れない」
やることは1つしかなかった。
よく見ていると、僕の見張りに来ているらしい兵士はいつも1人だけだ。じっと待っていると、周りに兵士が誰もいなくなるときがある。
チャンスは、そこにあった。
交代でやってきた兵士は、最初のうち、落ち着かないで僕の周りをうろうろ歩いている。
「まだだ。他の兵が見ている」
思いついたことをすぐやりたくてうずうずする自分に、そうやって言い聞かせる。
「今だ!」
そう思ったけど、また1人やってくる。
「行ったか……」
狙いを定めて膝を曲げたけど、また1人来たので伸ばした。
「いつになったら……」
こっちへ来るときの角度も問題だった。ハルバードの刃が僕に届くような場所と向きでないと意味がない。
そのうち、どこかで物音がして、テントの中と外の兵士たちがそっちへ一斉に動き出した。
「やった!」
見張りが1人きりになる瞬間を待って、その足元に爪先を引っかける。
「……ハズレ?」
僕の足を、気付きもしないでまたいだそいつも、音につられて行ってしまった。
いや、まだ間に合う。
こなくそ、と心の中でつぶやいて、僕は後ろの木からロープでつながれたまま、スライディングで足払いをかけた。
兵士は、豪快にすっ転んだ。ハルバードが、地面に転がる。
本当は、ハルバードの斧の先が僕の頭越しに落ちてくれればよかったのだ。それでロープが切れることはなくても、少しでも傷つければ、引きちぎるチャンスはできる。
でも、これではダメだった。兵士が気づいてハルバードを拾ってしまったら、今度は斧が頭のてっぺんに降ってくるかもしれない。
「やっちゃった……」
自分でそう言わないと、計画の失敗で頭がパニックになりそうだった。もう、絶対に、逃げられない。
ところが、信じられないことが起こった。
「え……?」
兵士がハルバードを拾わずに、さっきの音で騒ぎが起こっているらしいところへ行ってしまったのだ。
「何で?」
分からないことを考えているヒマはなかった。僕は足を思いっきり延ばして、爪先にハルバードの柄を引っ掛けた。
「落ちるなよ……」
引き寄せる途中で滑り落ちた。それだけじゃない。僕から見て、縦向きになってしまった。足が引っかけられない。いったん、柄を蹴っ飛ばして回転させるしかなかった。
爪先で引っ掛けては回し、回しては引っ掛けを繰り返しているうちに、どうにかハルバードは僕の足元まで来た。
「あとは……」
脚とカカトと尻で、斧の刃が向こうになるように、後ろへ後ろへと送ってやる。斧の付け根が尻に当たったら、今度はそこを前へ前へとこすってやる。
そのうち、斧の刃が上向きになって腰骨に当たったので、手首を下ろしてロープを押し当てた。
「切れた!」
あとは、手首のロープだ。この固い結び目も斧の刃にこすりつけると、あっさりと解けた。両手が楽になったところで、ハルバードを拾う。どうせ使えないけど、ないよりマシだ。
何があったのか、兵士たちはまだ戻ってこない。僕は、音の聞こえた方からなるべく遠いところへと歩きだした。
「見えてないよな……」
テントの陰から覗いてみたけど、兵士の姿はない。さっきは邪魔だったテントが、身を隠すにはいい感じだ。あとは、村への道を探すだけだった。
「あれ……」
テントの向こうにもっと背の高いのが見えた。でも、三角じゃなくて、屋根っぽい。リズァーク専用のかとも思ったけど、本人は戻ってないはずだ。
「堂々と通ったって、別に……」
カラ元気を振り絞って、自分を励ます。とにかくここを抜け出さないと、村に戻れないのだ。
ところが、覗いてみると、そこにあったのはリズァークのテントじゃなかった。
「馬車?」
妙に毛深くてガッシリした馬が、テントのついた車につながれていた。脱出には、これ以上に便利なものはない。
「見張りは……」
当然、いた。馬車の前に、ハルバードを地面に立てた番人がいる。他の兵士が動いても、それには惑わされなかったらしい。
これを、どこかへ動かさなくちゃいけない。遠くの何かに気を取られてくれればいいんだけど。
「できるかな……」
ハルバードを、槍投げの選手みたいに構えてみる。どこまで飛ばせるか分からないけど、他の兵士がいないところで何か起これば、番人も自分で様子を見に行くだろう。
「せーの!」
思いっきり、投げてみた。全然飛ばずに、近くのテントに穴を開けた。でも、見張りの兵士にはそれで充分だったみたいだった。ちらっと覗いてみたら、走って行く足のカカトの辺が見えた。
「よし、行ったな」
僕はダッシュをかける。自分の足が遅いのはよく分かってるから、今から走らないと間に合わない。
なんとか馬車にたどり着いたけど、すぐ乗り込むのはやめた。こういうのは初めてだから、怖かったのだ。それに、まだ見張りがどこかにいるかもしれない。それから、さっきの見張りが戻ってくるかもしれない。
そうっと、そうっと周りを歩いてみた。
馬車の反対側には、もう広い道があった。ここを通れば、村に戻れる。帰る家はないけど、ここや森の中やヴォクスの城より安全だ。
ただ、問題があった。僕は馬車に乗ったことがない。
馬の後ろには、というか、馬車のいちばん前には、座れる場所がある。馬の口から伸びてる紐みたいなのも、そこに置いてあった。たしか、これを持って「はいよ~!」とかやるのをアニメなんかで見たことがある。
やるしかなかった。見つかる前に、逃げなくちゃいけない。
でも、慣れない所に座って、使いかたも分からない紐を持ったのがいけなかった。
「わ……!」
馬がヒヒーンと鳴いて暴れ出したのだ。よく見たら、馬の口の辺りから伸びてるもう1本の紐が、杭につないであった。
降りてほどきたかったけど、もう絶対に馬車には乗れない気がした。困っているうちに、兵士たちの騒ぐ声が聞こえてきた。
「落ち着けよ……落ち着け!」
もしかすると異世界語で言えば伝わったのかもしれないけど、とにかく馬は暴れた。当然、他の兵士たちにも気づかれる。どこかへ行っていたのが、ぞろぞろやってくるのが見えた。
「囲まれちゃった……!」
手に手に松明やハルバードを持った兵士たちが、馬車の周りを取り囲んでいた。それでも人は余っているみたいで、道まで塞がれてしまっていた。
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