第21話 守護天使も対戦相手なしでゲームはできない

 週の頭に沙羅が転校してきてから、いろんなことが起こりすぎた。スマホだのアプリだの異世界転生だの、ああだこうだと振り回され過ぎた。

 気が付いてみれば、もう金曜日の朝なのだ。気が付きついでにもうひとつ挙げると、いつの間にか、窓際の席から沙羅が消えていた。あれっと思って教室を見渡しても、用を足して戻ってくる数名を除けば、あとは背筋を伸ばして授業を待つ連中ばかりだ。

 その中を、沙羅がのこのこ他クラスの男子に見送られてやってきた。席に戻るや、廊下で愛想を振りまきながら去っていく奴らに笑顔で手を振って応えている。何だかムカついて、俺はせかせかと窓際に歩み寄った。

「どこ行ってたんだよ」

「待ち合わせでもしてたっけ?」

 沙羅は上機嫌だった。男どもに囲まれてそんなに嬉しいかと腹の中で毒づきながら、とりあえず聞いてみた。

「あいつら誰だよ」

 よく考えれば、俺には全く関係ないことだった。沙羅には答える義理などない。それでも、答えは素直に返ってきた。

「昨日知り合ったの」

 バス停で傘を差しかけてきた連中だろうと思ったが、だからどうだと聞かれても答えようがない。俺はちょっと考えてから、凄んでみた。

「……誘ってないだろうな」

 白状すると、この場で思いついたことだった。何となく、沙羅が他クラスの生徒まで転生させることはないような気がしていたのだ。沙羅は沙羅で、心外だとでも言うように口を尖らせた。

「このクラスが限界。それ以上は面倒見切れないんだってば」

 予想通りの答えだったが、ここで引っ込むのは格好悪い。俺は聞きたくもないことにこだわらなくてはならなかった。

「お前がそうでも向こうが」

「妬いてんの?」

 机に頬杖ついた沙羅の質問は素直で、嫌味のかけらもなかった。答えに困った俺は、まともに答えないで粘るしかなかった。

「ばらすなよ」

 さすがにここまで念押しされるとムッとくるのか、眉根を寄せた沙羅はきっぱりと言い切った。

「それはこっちの台詞です」

 俺の負けだが、感情に任せて食ってかかった見苦しさは何とかごまかした。咳払いひとつして気持ちを落ち着けると、ようやくのことで本来あるべき話題を切り出すことができた。

「あの十字架、お前の仕掛けか?」

「そう。リューナが閉じ込められる前に」

 沙羅は得意げに、よく気付いたわねと片目を閉じてみせる。手間暇のかかることだ。俺はいささか呆れながら、同じ目的を持つ対戦相手に根本的なことを尋ねてみた。

「なんでそこまでご都合主義を」

 山藤……シャント・コウを支えてやるという点では、俺も沙羅も同じことをしている。対戦しなくてはならないのは、連れ戻すか、異世界に留めるかという点が違うからだ。

 もし、自分の王国を治めるためだけにクラスの連中を利用しているんなら、それを放ってはおけない。許せない、というのとは違った。俺は彼女を憎んではいなかった。

 俺の気持ちを察したかのように、沙羅はその手で魂を抜き取った同じクラスの生徒たちと同じように背筋を伸ばした。

「転生したいって思うのは、何か心に満たされないものを抱えてる人たちなの。そういう人たちを動かすには、手っ取り早く欲しいものを与えてやればいいのよ」

 その言葉には、どこか人間そのものを見下す視点があった。やはり、お姫様だからだろうか。そこで気になったことを、俺はひとつ聞いてみた。

「そうしてきたのか? 今までも」

 沙羅は、いろんな意味で転校生だ。この高校へは別の高校から来たのだし、この世界には「異世界」からの転生の記憶を持ってやって来た。問題は、以前いた高校でも「異世界」へ送り込んだ同じクラスの生徒をめぐって、こんな戦いをしていたのかということだ。

 沙羅は再び、きっぱりと言い切った。

「そこから先はあたしのプライバシーだから」

 その言葉の響きに、俺は窓の外にふりしきる雪の冷たさを感じていた。険悪な雰囲気になりそうで、俺は笑顔を繕った。

「だから……愛想振りまくなって」

 それは、どっちかというと俺のほうだった。これはさすがに沙羅の神経を逆撫でしたようで、真顔の追及が返ってきた。

「何で? 私、八十島君の何?」

 そこへ次の授業を担当する担任が入って来て、長い顔に掛かった四角いメガネをちょいと上げた。俺と沙羅をじっと見つめて、穏やかだが気の抜けた口調で言った。

「まあ、喧嘩するほど仲がいいとも言いますしね」

 この手のコメントはセクハラだと沙羅に注意されたにもかかわらず、これだ。からかいも冷やかしもないクラスに、担任はやはり驚いた様子もなかった。むしろ当然だと思っているフシがある。

 もっとも沙羅は照れも怒りもせず、席へ戻る俺など見向きもしない。ただ、仮面をかぶるかのように例の営業スマイルを見せて切り返すばかりだった。

「そうですね。どんな関係かは、ご想像にお任せいたします」

 

 担任の授業の間、俺は悶々と過ごした。別に、喧嘩を吹っ掛けるつもりはなかったのだ。冷静に考えてみれば、沙羅が他クラスの男子生徒と関わろうが関わるまいが、山藤の魂を争う対戦相手に過ぎない俺にはどうのこうのと口を挟む義理はない。

 今朝、沙羅と話さなければならなかったのはむしろ、山藤……シャント・コウに起こった変化のほうだった。

 なぜ、シャントは解放されたのか。

 今朝、バスターミナル経由で学校に向かう途中で俺が確認したのは、彼が村長の家から出てくる前に交わされたモブたちの会話だ。相変わらず、吹き出しなしでは何を喋ってるのか分からなかったが。


《あの分なら、逃げることはあるめえ》

《しかしなんだ、あいつらいつの間にデキちまったんだ?》

《意外に手が早いな、あの男》

《ちょうどいいじゃねえか、このままリューナのそばに置いとこう》

《どうやって吸血鬼追っ払ってんのか知らんがな》

《あいつにやらせとけ、タダ飯は食わせねえ》


 要するに、2人に恋愛関係が生じたと思われているのだ。村人にしてみれば、どこの馬の骨とも知れないシャント・コウを心おきなくコキ使えることになる。その結果がきついきつい森林伐採だってことは、荷車の中身を見れば分かる。シャント・コウ……山藤がどうだったかは知らないが。

 授業中、沙羅の横顔をちらっと見たら、遠くの山が見えなくなるくらいの雪で白一色に塗りつぶされた窓を背景に、凛とした姿勢で授業に臨んでいた。

 次の休み時間には、声をかけづらいだろうなと思った。それはそれで困る。山藤……シャント・コウが山の木を伐り出したり運んだりできるはずがない。どこかで、沙羅のご都合主義が待ち構えているはずだ。

 彼女が何をやったかは、スマホを見ない限り分からない。今までは、何かというと休み時間に突っかかっていたし、そうでなくても自分から経過報告があった。思えば、没収のリスクを冒さないで情報提供に頼っていたのは、対戦相手への甘えと言えば甘えだ。

 俺の目の前では、ただ生きているだけの39名が黙々と板書をノートに書き写している。異世界に転生していったこいつらの魂を取り返すなんぞと言いながら、どこかで沙羅と馴れ合っていた自分の温さがかなり格好悪く見えて、腹が立って仕方がなかった。

 因みに、今朝の時点でのステータスはこうだった。


  生命力…10

  精神力…8

  身体…6

  賢さ…8

  頑丈さ…5

  身軽さ…7

  格好よさ…4

  辛抱強さ…3

  階級…生贄いけにえの恋人


 数値パラメータは全開だが、階級クラスには相変わらず得体の知れない名前がついている。下手に村人を怒らせることなく、辛い仕事にも耐えて、半日でいいから無事に過ごしていてほしいと願わないではいられなかった。 


 

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