第156話 意外な大逆転
俺はシャント…山藤が難なく城に侵入するのを、拍子抜けして眺めていた。
苦労させるための罠を張らせるモブもいなかったし、そもそも、そんなことをしなくても、放っておけば一人で四苦八苦する羽目になるはずだったのだ。
ところが、跳ね橋は難なく降り、そこを渡れば鎧を着た戦士たちが黙って通してくれる。
俺だってリューナは救い出したいし、山藤が死ぬのも見たくない。だが、ここで下手に達成感を与えてしまっては、妙な自信と共に異世界へ居つかれてしまう恐れもある。
こいつは、あくまでも山藤耕哉だ。シャント・コウではない。異世界のヒーローではなく、ただのネトゲ廃人にすぎないのだ。
何か仕掛けができないかと、スマホ画面をぐるぐる回して視界を一周させてみたが、やはり人影はない。四方の壁と四隅の塔に囲まれた暗い中庭が、画面のCG処理で何とか見えるだけだ。
庭の中心では、片翼の天使像が天を仰いでいる。この城の主、ヴォクス男爵は吸血鬼だったはずだが、意外な趣味だった。
そこから放射状に伸びているレンガの小径は、塔と、城門の正面にある屋敷に続いている。山藤は、天使像の向こうにある屋敷に向かって歩きだした。
……まあ、それが当然の判断だな。
急がば回れというが、それは確実な手段が遠回りな場合だ。それほど強くも賢くもない山藤は、寄り道しないで目標へとまっしぐらに向かった方がいい。
念のため、ステータスを確認してみる。
グェイブ
狩人の服 白いバラ
生命力、精神力、筋力……心も身体も疲れている。それなのに、「辛抱強さ」は下がっていない。意外だったのは、もともと大して高くはないとはいえ、「格好良さ」がもとのままだということだ。
頑張るヤツは、それなりに見栄えがするということなのだろう。
だが、俺は一抹の不安を感じていた。さっき抜け穴から入ろうとした塔の窓で、一瞬だけ何かが光った気がしたのだ。
……何だ?
俯瞰視点で確かめてみると、やはり何かが塔から現れて、凄まじい勢いで天使像へと迫っていた。
……テヒブ?
直感を裏付けるかのように、どっと吹く風の音がした。
《うわああああ!》
スマホの中から悲鳴が聞こえたので、慌てて天使像の辺りを拡大する。だが、庭の中央にはもう、何もなかった。
ただ、山藤が天使像を抱いて仰向けに転がっているばかりだ。それを見下ろしている影がテヒブだと分かったとき、察しがついた。
……1人と1体まとめて吹っ飛ばした?
山藤も、それに気付いたらしい。どうにかこうにか天使像の下から起き上がると、目の前に出現したテヒブに向かってグェイブを構えた。
だが、テヒブの猛攻の前には手も足も出るわけがない。右から左から振り下ろされ、また横薙ぎに斬りつけられる剣を、グェイブの柄で弾くのが精一杯なのだ。
それも、山藤がトロいのではない。もともとが超人的なのに、吸血鬼の下僕として人間ですらなくなったテヒブの剣技だ。これを凌いでいることのほうを褒めてやるべきなのだ。
だが、そこは山藤のことだ。長続きするわけがない。すぐに疲れ切って、グェイブを操る動きは鈍る。ましてや、フェイントなどを掛けられた日には……。
……抜かれた!
振り上げたグェイブの柄は間に合わず、頭上に剣が降ってくる。テヒブの技と吸血鬼の力なら、山藤を立ったまま唐竹割りにすることなど造作もないだろう。
俺は思わず目を閉じた。いくらスマホ画面が小さいからといっても、そんなスプラッタ映画はごめんだ。
だが、聞こえてきたのは山藤の悲鳴でも、身体が地蔵倒れに転がる音でもなかった。
甲高い、金属音。
剣は、山藤の足下に落ちていた。
……何で?
テヒブが山藤を仕留めなかったのも不思議だったが、山藤が身動きひとつしないのも歯がゆかった。
……さっさと逃げろ!
もっとも、そんな俊敏さなど持ち合わせていないからこそ、こんな窮地に立っているのだが。
こわごわ画面を見ると、テヒブに胸元へと飛び込まれ、軽々と投げ飛ばされるところだった。血みどろになっていないのに安心はしたものの、見通しの暗さに絶望しないわけにはいかなかった。
……だめだ、年季が違う。
テヒブは、わざと地面に剣を放り出したのだ。そこに気を取られて背中を丸めたところで、胸ぐらを掴まれて背負い投げを食ったのだろう。
だが、山藤の身体は地面に叩きつけられることはなかった。ふわりと宙を舞うと、いつの間にか仰向けに倒されていた。
……殺すつもりじゃない?
一瞬だけ期待したが、テヒブはそんな甘い男ではなかった。音もなく、山藤の身体をまたいで馬乗りになる。
いわゆる、マウントポジションってヤツを取られてしまったのだ。こうなると、あとはもうタコ殴りに殴られるしかない。相手がいくら小柄な男だといっても、山藤にこれを跳ね返せるわけがない。
……打つ手が、もう、ない。
今までは、頑張れば何とかなる状況を俺がお膳立てしていた。だが、この場はどうにもならない。せめて何とか、五分五分には持ち込ませてやりたかった。そこで勝てるかどうかはもう、山藤自身の問題だ。
しかし、俺の代わりに動いてくれるモブがいなければどうにもならない。村から連れてくるしか方法はなかった。山藤がテヒブに反撃できない限り、タイムリミットは撲殺されるそのときだ。
絶対に、間に合うわけがない。
それでも俺は、スマホの画面を上空からの広域視点に変えずにはいられなかった。
「何やってる、沙羅!」
ここでアテにしてしまう自分が情けないが、もはや俺としてはお手上げだった。村の辺りを拡大してみたが、案の定、真っ暗だった。だいたいこんな夜中にわざわざ起きて動く者がいるとは思えない。
沙羅にしても、使えるモブがいなければどうにもならないのだった。今頃は、手の打ちようがなくて、やきもきしているだろう。本来なら俺にとってコトは有利に運んでいるはずなのだが、山藤…シャントに逆転のチャンスがないのでは意味がない。
「山藤……!」
急いで視点を城に戻して、中庭を拡大する。片翼の天使が画面一杯に姿を現したところで、視界の隅に横たわる山藤の姿が見えた。
グェイブの鈍い光の中に、テヒブの姿はない。
……遅かったか。
真っ先に考えたことは、もう山藤を殴る必要がなくなったということだ。それは即ち、シャントの死を意味する。それはそれで、山藤が再び転生した新しいキャラクターに試練を与えてやれば済むことだが、もはやそういう問題ではなかった。
今まで山藤だったキャラクター、「シャント・コウ」は、恋人のリューナを吸血鬼ヴォクス男爵から救出すること及ばず、命を落としたのだ。その責任の一端は、俺にもある。
スマホの電源を切ってしまえば、そこで沙羅とのゲームは今回、俺の負けでおしまいになる。だが、どうしてもそれで割り切ることはできなかった。
「何やってる、立て、山藤!」
もちろん、聞こえるわけがない。たとえ俺が異世界で呼びかけたところで、シャントには聞こえない。そして、山藤もまた、この世界にはいないのだ。
「立て!」
無駄だと思いながら、叫んだ。このままでは、自分が許せなかった。無力な自分が恥ずかしかった。シャントを死なせておいて、このままでは沙羅にも山藤にも会わせる顔がないと真剣に思った。
「立ってくれ!」
そして、シャント・コウ…山藤耕哉は立った。
「え……?」
グェイブを杖に、荒い息をつきながら立ち上がる。
〔はあ……。はあ……〕
ほっとしながらも、おれは中庭じゅうを確かめないではいられなかった。だが、テヒブの姿はここにない。城のどこかに隠れたと見るのが自然だが、念のため、城の外も確かめてみた。やはり、人影はない。
それより広範囲にも、再び視界を広げてみた。やはり、CG処理された暗闇の中で、道を走って逃げる姿は見当たらない。
目に止まったのは、松明と思しき光の点だ。沙羅が動かす村人たちかとも思ったが、それにしては数が多い。いや、そもそも致命的な問題があった。
「何で、こっちから?」
松明の群れは、村のある方角とは反対方向から現れていたのだ。
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