第155話 ネトゲ廃人、AVG的に罠を看破して正面突破する

 両手が楽になったところで、思い切って下りてみた。思った通り、足を踏み外しそうにはなるし、必死で岩を掴んだ手も滑る。それでも、そこにしがみついて何とか下りることができた。

 そこは砂地になっていて、足下に丸太が見えた。堀の向こうまで続いているのは、足場になってるからだろう。足を乗せてみたけど、何だか途中で足が滑りそうなくらいつるつるしていた。 

 ……渡れるかな?

 そーっと足を先に伸ばしてみたところで、壁の穴の奥から光が差すのが見えた。照らされないように、背中を土の壁にぴったりつける。

 ……見つかる!

 ちらっと振り向いてみると、カンテラか何かの光みたいだった。こっちを照らしていた影が背中を向けたとき、その身体が小さいのに気が付いた。

 ……テヒブさん?

 城の中を見回っているみたいだった。壁の穴は確かに抜け道かもしれなかったけど、下手に入り込んだら捕まっていたかもしれない。

 ……いや、もしかしたら。

 AVG的に考えてみる。テヒブさんが見回っているということは、ここから忍び込んでくるヤツがいるってことだ。

 ……つまり、見つかる前提でってこと?

 そういえば、カンテラの光が見えたとき、丸太の向こうの砂地に足跡が見えた気がする。何で覚えていたかっていうと、右と左の足が互い違いに城へと向かっているのがくっきり見えたからだ。

 ……罠だ!

 壁の穴へと入っていく足跡しかないってことは、誰も出てこなかったってことだ。きっと、秘密の抜け穴を見つけたと思って忍び込んだヤツは、そのまま吸血鬼ヴォクス男爵に殺されるかなんかしたんだろう。

 ……じゃあ、誰が?

 そんなことは、この際どうでもよかった。こんなところにじっとしてたって仕方がない。

 もう、入り口は正面しかないってことだ。

 目の前には、下りてくるときに足を掛けた石が、まだ土の壁から突き出ている。今度は、上るために同じことをした。

 ……滑りそう!

 足を踏ん張って、もっと上の石を掴むために、背伸びして腕をを伸ばす。でも、それがいけなかった。

 僕の身体の重さで、踏まれた石が抜け落ちる。足場を失って落ちそうになったところで、思いっきり手を伸ばした。

 ……引っかかった!

 なんとか石にぶら下がれたけど、僕の体重で土が崩れかかった。それでも何とかしがみつくと、石は落ちずにそこで止まった。何とか膝で這い上がって、足を引っかけることができた。 

 さらに上へと手を伸ばしながら、バラを咥えた歯を食いしばる。

 ……痛い!

 ぬるっと滑る感触は、たぶんトゲで唇が切れて血が出たんだ。それでも踏ん張ると、身体が上がっていった。

 ……もう少し!

 背中のグェイブの光で、堀の端っこが見えた。指先を引っかけたけど、そこまで這い上がるのは結構、力がいる。

 ……バラが……。

 血に濡れているらしい唇の先にくわえて、何とか落とさないように身体を持ち上げる。でも、そう簡単にはいかなかった。

 ……手が滑った!

 慌ててもう一方の手を伸ばす。手に触った地面の感触にほっとする余裕もなく、僕は足元の土の壁をじたばた蹴った。

 そこから、どうやって這い上がったのか覚えていない。気が付くと、僕の身体は固い土の上に転がっていた。

 ……助かった。

 口の中いっぱいに、鉄の味が広がった。それが喉の奥に流れ込んで来て、僕はめちゃくちゃ咳をした。それだけじゃ足りなくて、とうとう、鼻からも何か噴きだしてきて、顔が濡れた。

 べたべたして気色悪かったけど、そんなことに構っているヒマはなかった。僕は立ち上がるとバラを手に、さっき来たコースを逆に戻る。

 ネトゲで鍛えたカンが働いていた。

 ……この先は、危ない!

 無理だと思ったら、その先へ進まないほうがいいのだ。安全なルートを戻って、別のところでレベルを上げてから、また挑戦すればいい。

 ただ、ネトゲと違うのは、どこでどうやればレベルを上げられるか分からないってことだけだ。

 ……いや、そもそもレベルなんて、どうやって測るんだ?

 だいたい、僕のなんか絶対、大したことない。レベルなんてものが分かったとしても、見るのはイヤだった。

 レベルが分からないんなら、あまり危ないことはしないほうがいい。手間はかかっても、いちばん確実な方法をとったほうがいいのだ。

 だから、僕は抜け道を探すのはやめて、城の正面に戻ってきた。入り口は、そこしかない。

 ……待つ! 待つしかない!

 僕はグェイブを地面に突いて、その場にあぐらをかいた。実を言うと、ちょっと意地になっていたりする。

 堀の向こうにある跳ね橋が下りなかったら、ゲームオーバーだ。ヴォクス男爵はコウモリに変身できるんだから、それはあるかもしれないってことは分かってた。

 でも、諦めたら、自分でゲームを捨てることになる。確かに僕はゲーマーだけど、負けない限り、ミッションクリアを投げたことなんかない。

 ……負けたときは、投げるしかないけど。

 ネトゲの中なら絶対無敵最強なんてプレイヤーには、そう簡単にはなれない。時間だって金だってかかるのだ。

 でも、これはネトゲじゃないし、金がかかるわけじゃない。かかるのは時間だけだけど、そんなのはニート並みに平気だった。

 ……どうせ僕は。

 そう思えば、なんてことない。ゲームは投げ出さないけど、人生はとっくに投げ出してるのだ、僕は。 

 ……あ、何か今、うまいこと言った。

 待ちくたびれて、ヘタレたことを考え始めたときだった。

 ギイ、という音がして、目の前に何か大きなものがゆっくりと下りてきた。グェイブの光だけじゃよく見えなかったけど、頭の中にはネトゲのイベントでよく見る場面が浮かんだ。

 跳ね橋が下りたのだ。思わず駆け寄ったけど、頭の真上に来るのが分かって、慌てて退いた。足が堀の端で滑って、また転んだ。

 ……痛ってええええ!

 乾いて止まっていた血が、また唇からにじんでいた。僕はそれを格ゲーのキャラみたいに、バラを掴んだ拳の親指を立てて拭いた。

 その時見えた花びらは、すっかりしおれていた。

 ……このままじゃ、吸血鬼に効かなくなる!

 急いで跳ね橋を渡った。一応、グェイブで足元を照らしながら走ったけど、罠はないみたいだった。

 さっきあんなに降りるのに苦労した堀を、僕はあっという間に越えていた。また、ギイという音を立てて跳ね橋が上がるのを、僕は感動で胸をいっぱいにして見上げていた。

 ……やった!

 ヴォクス男爵の城に潜入したのだ。僕の力だけで。

 現実世界じゃネトゲ廃人ネトゲ廃人ってさんざんバカにされてきたけど、異世界に来れば、ざっとこんなもんだ。

 と、いい気になっていた僕が甘かった。そのネトゲの常識で言えば、この辺で絶対、何か厳しいイベントが待っているはずなのだ。

 後ろで、何か鳴る音が聞こえた。

 ガチャリ、ガチャリ、ガチャリ。

 ……こういうときは、たいてい。

 プレートメイル全身鎧を着た衛兵が現れるもんなんだけど、振り向いてみると、思った通りだった。

 斧鉾ハルバードを構えた衛兵が、こっちへ歩いてくる。っていうか、面頬フェイス・マスクの向こうに、黄色い光がちらちら見える。

 ……鎧のゴーレム?

 ……しかも、2体、いや、3体か?

 僕も、グェイブを構えた。魔法のかかった武器エンチャンテッド・ウェポンだから、軽いだけじゃなくて、間違いなくダメージを与えられる。

 問題は、命中させられるかどうかってことだ。

 ……大丈夫、テヒブさんを信じるんだ。

 マンガみたいに、何日も前に初めて習った棍棒が急に使えるとは思ってなかった。ただ、そう思うだけで怖くなくなったのは確かだ。

 僕の前に、3体のアーマーゴーレムが立ちはだかる。身体は大きいし、武器も長い。

 ……最悪のハンデだ。

 そう思ったけど、次々に振り下ろされるハルバードは、3本とも受け止めることができた。

 でも、次の攻撃はすぐにやってくる。僕はテヒブさんに習ったことを思い出しながら、白バラを口にくわえると、グェイブを振り上げた。

 ……僕のターンだ!

 と思ったけど、そのチャンスは来なかった。負けたわけじゃない。ガーディアンの攻撃が止んだのだった。

 ハルバードを地面から立てて整列しているのを見て、ぽかんとした。

 ……何で?

 考えているヒマはなかった。ガーディアンは、ここを通してくれるのだ。いつでも斬ってくれて構わないとでも言うかのように、僕の利き腕の側に控えている。

 また唇がバラのトゲで切れるのを感じながら、グェイブを両肩に担いだ。これもテヒブさんに習った構えだ。いきなり攻撃されても、身体を振るだけで反撃できる。もちろん、グェイブの刃はガーディアンに向いている。

 ……来るか?

 心臓がバクバクいう。最初のに一撃を当てても、次のに命中させる自信はない。猛ダッシュかけても、逃げ切れるかどうか。

 ただ一つ、あてにできるのはみんなプレートメールだってことだった。動きは鈍いはずだから、なんとかなるかもしれない。

 まず、ガーディアン1体目。

 そうっと、そうっと歩く。僕のほうを兜の奥の黄色い光が見ている……ような気がする。

 ……よし、抜けた!

 2体目。地面から立てたハルバードが、何だか動きそうだった。斬りつけてきたら、身体を回転させて跳ね返すしかない。

 でも、大丈夫だった。

 ……最後の、ひとつ!

 これさえ突破すれば、とりあえず侵入成功だ。でも、そう簡単にいくわけがない。僕はもう、いつでもダッシュをかけるつもりで、それでも抜き足差し足で歩いていた。

 ……え?

 気が付くと、何かがふわっと広がった。グェイブの光だけじゃよく分からないけど、足の下がタイルっていうか、レンガって言うか、何か敷いてあるっぽい。

 庭みたいだった。

 ……ということは?

 僕は、城の中に入れたのだ。本当ならホッとするところだけど、逆に不思議で仕方なかった。グェイブを上げたり下ろしたりして、足もとを確かめて歩きながら、僕は考えた。

 そこでやっと気が付いたのは、白バラをくわえたままだったことだ。唇を触ってみたら、まだ、べったりしていた。

 ……血のせい?

 口の周りを拭った手を、グェイブに近づけてみる。

 指が真っ赤に濡れていた。

 ……吸血鬼の仲間と思ったのかな?

 とりあえず、血が流れるのはそのままにして、城の中庭を通ることにした。

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