第154話 守護天使もネトゲ廃人の活躍を追う
引っ越しやら転校やら、唐突な話を次々に繰り出されて、その上、家族水入らずのクリスマスパーティとは……。
やりきれない。
自分でも食ったか食わなかったかよく分からない夕食を済ませて、俺は2階へと駆け戻った。
スマホを手に取ったが、沙羅からのメッセージはない。映っているのは、森の中へとふらふら入り込んでいくシャント…山藤の姿だった。
グェイブの光で何とか足元は見えているらしいが、俺の心配はそんなところにあるのではなかった。
……何でわざわざ!
何が棲んでいるのか、分かったものではないのだ。自分から危険を背負い込んで痛い思いをすれば、それはそれで現実世界に帰ろうという気も起こすだろう。
だが、昼日中だって、山の渓流で
何に出くわすか分からない。殺されたり食われたりしてしまったらゲームオーバーだ。転生は別のキャラで最初からやり直しとなり、俺も山藤も、今までの苦労は水の泡になる。
そこで俺は、画面を俯瞰視点にしてみた。一縷の望みに懸けたのだ。
……あった。
森の向こうには、CG処理された闇の中に、山藤みたいなネトゲ廃人でなくてもそれとわかる、中世ヨーロッパ風の城が浮かび上がっていた。
もちろん、吸血鬼ヴォクス男爵の城だ。これなら、まだリスクを冒す価値がある。
……願わくば、出くわすトラブルが命を落とさない程度にあらざらんことを。
その考えは、甘かった。
森の奥から聞こえる咆哮に、怖気づいたらしく、山藤が踵を返して走りだす。
《来るなあああ!》
叫ばなければよかったのかもしれない。山藤の逃げる先にはもう、何やら毛むくじゃらの巨大な怪物が、棍棒を手に立ちはだかっていた。もと来た方へと引き返しても、すぐに回り込まれてしまう。
……言わんこっちゃない!
へっぴり腰でグェイブを構える山藤に、怪物の太い腕が振り下ろされる。悲鳴を上げた山藤だったが、棍棒はどうにかグェイブの柄で防いだ。
それでも、身体は前へとのめる。その上へ棍棒が振り下ろされるが、山藤はグェイブを杖に突くことしかできなかった。
……パワーが違い過ぎる!
助けてやるのは沙羅の仕事だとは分かっていたが、何とかしてやりたかった。だが、俺の手駒となるモブはいない。
黙って見ているよりはマシだと思って、沙羅にメッセージを送ってみる。
〔何やってる!〕
もちろん、すぐには返事がなかった。何もできないもどかしさを噛みしめながら、山藤の様子を確かめる。
だが、その前に聞こえたのは、さっきの咆哮だった。
……やられる!
俺は山藤の無残な最期を覚悟した。できれば、見たくない。思わず目を閉じる。
だが、耳に響いたのは人間の叫び声だった。
《やったぞおおおお!》
見れば、グェイブを背中まで刺し貫かれた怪物を前に、山藤が絶叫している。
……生きてるよ。
一安心したが、その分、聞こえるはずもないツッコミが腹の底から一気に込み上げてきた。
「喋んな!」
親父の栄転を前に、クリスマス婚記念日を待つ両親が階下にいる。思わず口を押さえたが、うるさいだのなんだの、難癖を付ける声が聞こえることはなかった。
代わりに響いたのは、メッセージの着信音だった。
〔私の勝手でしょ〕
その返信は、遅すぎた。意外なことではあったが、山藤は自分で怪物を倒してしまったのだ。結果として心配なこともあったので、一言だけで応じておいた。
〔こっちも済んだ〕
次のメッセージまでは、少し間があった。
〔私の気も知らないで〕
それっきり、沙羅は何も言ってこなかった。俺も、それを気にしている暇はなかった。さっき間が空いたときから、獣の遠吠えらしきものが聞こえていたからだ。
山藤は、怪物の身体からグェイブを引き抜くと、森の奥へと駆け出す。
……あれ?
大きな身体に突き刺さっている割に簡単に抜けたグェイブが気になった。しかし、心配することは他にある。
何かが追ってこないか気になって、俺は山藤が去ったのとは反対方向に視点を回転させた。
……おや?
奇妙なことに気が付いた。
スマホのフレームから消えた怪物の死体は、もう、そこにはなかったのだ。不審には思ったが、細かいことは考えずに、俺は森を抜ける山藤を追った。
CG処理された画像のおかげで、森のとば口にたどりついた山藤よりも先に、俺はヴォクスの城に気付くことができた。
まず、俯瞰視点で確認できたのは、城を囲む堀だった。山藤はまず、ここにはまる恐れがある。
その内側には、正方形の高い壁があった。四隅の見張り塔を結ぶ対角線が交差する中央には、主の住居らしい大きな屋敷が見えた。
壁の内側を拡大してみると、屋敷から、白い影が現れたのが見えた。ちろちろと揺れる光に照らされた姿が、人魂を伴った幽霊にも見える。だが、この異世界に、そんな純和風の、しかもステレオタイプの幽霊がいるとも思えない。
更に視点を近づけてみると、それは燭台を手にしたリューナだった。城の隅にある塔のひとつに向かって歩いていく。
……何しに行くんだろうか?
塔の周りをよく見れば、堀の向こうで、山藤の持つグェイブの光がふらふらしていた。
……もしかすると。
偶然の一致でなければ、リューナはシャント・コウこと山藤耕哉を探しに、見張り塔の上へ登ろうとしているのかもしれなかった。
ヴォクスの手の中にありながら、たいしたクソ度胸だった。
もちろん、そんな正気が残っているのならば、の話である。
……ただ単に、ヴォクスが山藤をナメきっているだけかも。
どっちでもいい。
塔の近くを拡大してみると、窓から見える燭台の光は高いところから順に、下へ下へと移動していった。グェイブの光は、そのリューナを探すかのように、城の周りをうろついていた。
やがて、リューナが再び燭台を手に屋敷へと戻っていった頃、グェイブの光は城の門前へとやってきた。
《開けろ!》
セリフのウィンドウには、無駄な叫びが2回表示された。
《開けろ!》
堀で囲まれているような城がそんなんで開いたら、苦労しない。もし開いたとしたら、それは中へ誘い込むための罠に決まっている。
いや、もっと悪い事態も考えられる。
……どうする気だよ、おい。そんなことになったら。
俯瞰視点では分からなかったが、屋敷の中からテヒブが猛スピードで突進してくるかもしれない。
気になって画面を拡大してみると、山藤は城の跳ね橋を前に、呆然と突っ立っていた。
……どうにもならんわな、お前では。
もともと、こいつには何も期待していない。何を思ったのか、片手でグェイブを振り上げたが、すぐに下ろしてしまった。
跳ね橋が下りるのを警戒したのかもしれないが、何が出てきたところで、普通に戦って勝てるわけがない。森の中で死ななかったのが幸運だったのだ。
その上、片手で武器を振り回すなどという真似ができるわけがない。
……いったい、どういうつもりで?
空いている方の手を拡大してみると、何か持っていた。
CG処理画面で見る限りでは、何やら、白い。
……バラ?
どこかで見た気がしたが、思い出せない。あれこれ考えているうちに、山藤は堀に沿って歩きはじめていた。
《お、おおおおお……!》
小声で唸ったのは、足を滑らせたからだ。
……言わんこっちゃない。
何とか踏ん張ったが、そこからいくらも行かないうちに思いっきり転んだ。地面がとんでもなく緩くて、足がずっぽりはまり込んだのだ。
仕方なく這いずり始めたが、右手のグェイブはともかく、左手の白バラが何でそんなに大事なのかさっぱり分からない。
もっとわけの分からないことに、急に立ち上がった山藤は、堀の中に石を投げ込んだ。
……深さを測っている?
思いのほか知恵があったのに、妙に感心した。CG処理画面で確認してやろうと思って、グェイブで照らされた足元を拡大してみる。
深いが水の浅い堀の底に、城の壁に開いた穴が見えた。堀の壁……というか土の崖に突き出た石に手足をかけた山藤は、そこを目指しているようだった。
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