第135話 ネトゲ廃人、詐欺に引っかかる

 荷物はそんなに多くはないけど、片手には金貨の袋を持っているから、結構、かさばっていた。木槌をもう片手に持つと、杭は肩にかつぐしかない。十字架は、脇の下に挟んだ。

 そうなるともう、自分で何をどう持っているのか分からなくなった。

 脇の下は汗だくになって、ちょっと風を入れようとすると十字架は滑り落ちそうになる。杭は重くて、すぐに肩が痛くなる。木槌は、持ったままだと、手がしびれてくる。

 時々、身体の右側で持ってるものを左側に移して担ぎ直したり、持ち直したりしたけど、その度に何か1つはなくしてしまったような気がして慌てた。

 とくに、財布を持ってるのか持ってないのか分からなくなって、手の中にあるのを慌てて確かめたりした。

 村の男が1人、ふらふら歩いてきたのは、そんなときだった。太陽は空のてっぺんまで上っている。村長のところでは昼ごはんが食べられるけど、暑さで参ってそれもできずに、家に帰ろうとしているのかもしれなかった。

 すれ違ったところで足をもつれさせて、ぶつかってきた。荷物がぐらついて、手から滑り落ちそうになった。

 ……おおっとお?

 落としたら、また拾うのが大変だ。なんとか荷物と身体のバランスを取ったけど、片手に持った財布の感覚がなくなって、代わりにそこへ男の手が当たりそうになるのが見えた。

 ……ええと。

 もうどっちの手で持ってるか分かんなくなって、右手にも左手にも力を入れた。木槌が汗で滑って落ちそうになったけど、何とか耐えた。

 でも、ふらつく男はいきなり、背中のグェイブに手を伸ばしてきた。

 ……危ない!

 わざとじゃなくても、グェイブは持ち主でない者が触ると吹っ飛ばしてしまうのだ。僕は慌てて逃げたけど、また手の感覚がなくなって、財布を落としそうになった。

 ……しまった!

 そっちに気を取られたとき、男の手は杭に当たった。肩から落ちそうになる重い棒のバランスを、どうにか身体を振ってキープする。

 脇の下が甘くなって、十字架が地面に落ちた。棒を縛り付ける紐は古かったから、ちぎれるかもしれなかった。

 それに手を伸ばした僕は、木槌を持っているのをすっかり忘れていた。地面に転がった2つを拾おうと思って、僕は仕方なく、杭を担いだまま、財布を地面に置いた。

 そこへ、さっきの男が頭から倒れてきた。熱中症にでもなったみたいだった。それに押しつぶされた僕は結局、杭も落として地面に這いつくばることになった。

「痛てててて……」

 僕が日本語で言ったことは、異世界でも伝わったみたいだった。男はよろよろ立ち上がると、僕が落としたものを拾い始めた。

「あ、やりますやります!」

 拾ってもらって当然って気もしたけど、昔から僕は、こんなことをつい言ってしまうほうだ。だから、小学校でも中学校でもナメられたのかもしれなかった。ただし、言うだけで手はなかなか動かせない。もしかすると、それも邪魔者扱いされた原因かもしれなかった。

 でも、これは人に任せるわけにもいかない。僕は妙に動きの遅い男を押しのけるようにして、杭や十字架を拾った。

 男は見かけよりもずいぶん鈍くて、僕よりも不器用だった。何しろ、木槌を拾おうとして、道の反対側へ蹴ってしまったりしたのだ。

 そこへ男の子が1人、通りかかった。僕の顔を見て、ぷいと横を向く。どこかで見たと思ったら、おとといの晩、ククルたちと一緒にいた年長の子だった。

 僕は木槌を指差して、呼んでみた。

「……拾う!」

 これも聞きかじりの異世界語だったけど、通じなかったのか無視されたのか、男の子は何のリアクションもなく歩いていく。仕方なく、自分で木槌を拾いに行ったら、男が遠くを遠くを指差してみせた。

 ……こういうのが、まだあるってことだろうか?

 装備は、全然足りなかった。男はゆっくり歩きだすと、また遠くを指差した。

 木槌を指差して首を横に振ってみると、男も同じことをした。「はい」っていう意味だ。

 僕は男についていくことにしたけど、そこで地面がザっと鳴った。何かかが駆け去る足音がしたから振り向いてみたら、さっきの男の子が走って行くところだった。

 よそ見するなとでもいうかのように、男が目の前に回り込んでくる。僕も早く装備を揃えたかったから、先を急ぐことにした。

 男が僕を連れていったのは、細い杭がたくさん積んであるところだった。

 ……これを売ってやるってことか?

 確かに、軽そうな杭だった。さっきの杭がもし使えなくなったら、いや、そうでなくてもヴォクスはたぶん、見つけにくい所に眠っているから、僕の他に何人も杭を持っていれば、探し出して倒すのが楽になる。

 ……即、買いだ。

 そう思ったとき、邪魔が入った。

 財布から金貨を出そうと思ったとき、ふと、いつの間にか戻ってきていた男の子が目に止まったのだ。何か後ろに隠して、僕のほうをじっと見ている。

 男が首を縦に振ると、男の子は何か抱えて去っていく。すると男は、僕に向けて首を横に振った。OKのサインだが、何がOKなのかはよく分からなかった。

 すると、男は杭の積んである辺りに行って、その中の1本を指差した。

 ……これがおすすめってこと?

 ますますわけが分からない。黙って立ったまま見ていると、男はまた戻ってきた。杭の山を指差すと、背中を何度も強く押す。

「分かったよ、買うから、買うから」

 困ったときには日本語で言うしかない。たまに、なんとか伝わることもある。この男の場合は、僕が財布を出そうとするとすぐ、杭のほうへと背中を押すのだった。

 そこで気が付いた。

「ただで持ってっていいってこと?」

 首を横に振ったのは、OKってことだ。僕は杭の山に駆け寄って、1本ずつ確かめた。なるべく長くて、丈夫そうで、軽いのがよかった。

 細い杭の中で、ちょうどいいのが何本かあった。選んだのを抱えて行こうとすると、男は紐を差し出してくる。僕は日本語で言った。

「ありがとう」

 こんな当たり前の挨拶が、異世界語で言えないのは何だか寂しかった。リューナンに何をしてもらっても、感謝の気持ちが伝えられない。現実でも異世界でも、人が話してるときによく聞いていなかったのを、今さらながら後悔した。

 これから改める決意を込めて、杭を両手に持った紐でくくる。

 だが、僕はそこでたいへんなことに気付いた。

 ……財布は?

 こういうとき、やることは現実でも異世界でも同じだ。自分の身体を、胸から尻から触ってみるけど、それらしい感触はない。当たり前だ。手に持ってたんだから。

 でも、どこでなくしたか、全然分からない。念のため、服の中を覗いてみたけど、見つからなかった。

 つい、目の前にいる男を疑ってしまったけど、目が合ったところで顔をそらした。やっぱり、いきなり犯人扱いするのは気が引ける。

 でも、財布はこの男に会った後になくなったのだ。ちょっと胸が痛んだけど、僕は気力を奮い起こして、男がどこかに財布を隠してないか、じっと見てよく確かめた。

 男はそこで、ハッと僕を見つめた。顔がひきつっている。

 ……やっぱりそうか。

 そう思ったけど、証拠もないのに疑うのはやっぱりまずい気がしたし、問い詰められるほどの異世界語は知らなかった。

 迷っている隙に、男は走って逃げた。

「待て!」

 全速力で追いかけたけど、僕の足では無理だった。

 ……やられた。

 道理で気前がいいわけだ。それによく考えてみると、1本担ぐのがやっとの杭を、これ以上持てるわけがない。

 ……それも計算に入っていた?

 そう思うと腹が立ってきて、帰ってくるまで待つことにした。

 暑い中で家の前に座り込んでいると、やがて男が1人やってきた。

「返せよ、お金!」

 言葉が分からないので日本語でしか言えなかったけど、キレて怒鳴ったせいか、だいぶ相手は引いていた。これで人違いでなかったら、絶対に金貨の袋は戻ってきたはずだった。

 そう、さっきの男は、この杭の持ち主じゃなかったのだ。

 ……だまされた!

 完全に頭に来て、僕は杭も十字架も木槌も、全部放り出して走りだした。こうなったら、この村の中を徹底的に探すしかない。

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