第151話 ネトゲ廃人、精根尽き果てる

 暑い中を夕方まで歩き回って、僕は道端にへたり込んだ。この村を隅から隅まで歩いてみたけど、リューナはどこにもいなかった。分かったのは、ここが周りを山に囲まれた行き止まりの場所だってことだけだった。

 今まで何で知らなかったのかって話だけど、知らなくたっていいことだ。

 あと、思い当たるのは今朝の山道だけだけだ。でも、谷川で水を浴びてから村長の家にある方へ歩いていって、また戻ってくるっていうのもなんか変だ。

 ……どこに行ったんだろう。

 クタクタになって道の上でひっくり返る。真っ赤な空を、灰色の雲が流れていた。

 ……もう、無理かな。

 そう思って頭を横に転がすと、村の人が帰りはじめた畑の向こうに2階建ての家が見えた。

 テヒブさんの家だった。

 ……何で気が付かなかったんだろう!

 僕がバカなネトゲ廃人だからだ。この村の中でリューナが姿を隠すとしたら、ここしかないっていうのに。

 僕は地面に突いたグェイブにもたれて、テヒブさんの家までやってきた。周りを歩いてみたけど、窓も閉まっているし、物音もしない。思い切って、中に入ってみた。

「リューナ!」

 台所には、誰もいない。

 2階へ上がって窓を開けてみたけど、リューナはいなかった。そとを眺めてみたけど、村の人たちが帰っていくのが見えただけだ。

 ……やっぱり、ダメか。

 そう思ったとき、下で家の戸がドンと鳴った。見下ろしてみると、女の人だった。

 ……リューナ?

 慌てて階段を駆け降りたけど、戸を開けたところにいたのは知らない人だった。でも、放っておけない。

 僕は無理に立ち上がる女の人に肩を貸した。

 歩きだしたのについていくと、そのうち、迎えに来たらしい男の人が手を女に向けて差し伸べているのが見えた。

「ああ、すみません」

 日本語じゃ意味分からないだろうけど、気持ちが伝わればいい。とりあえず女の人を預けようとした。

 ……え?

 女の人は、僕にしがみついて動かない。

「ちょ……ちょっと?」

 大人の女の人の、柔らかい身体の感触にドキっとした。思わず腕を引き剥がすと、そのまま、目の前にドサッと横倒しになる。

「大丈夫ですか? 起きてください!」

 助け起こそうとしたら、ふらふらと立ち上った。

「無理しないでください」

 声をかけたけど、日本語だったからか、返事もない。男の人が助けてくれないかと思ったけど、手を大きく広げて通せんぼしている。

 ……もしかして、ストーカー?

 そうだとしたら、関わりたくない。はっきり言うと、怖い。だけど、ここで逃げるのは何だか格好悪い気がした。

 僕は、男の人の前に進み出た。

「通してください」

 返事がなかった。思い切って、グェイブを突きつける。

「この人を、帰してあげてください」

 日本語で言うしかなかったけど、気持ちは通じたみたいだった。男の人は、道を空けてくれたのだ。

 もう薄暗くなっている道をとぼとぼ歩きだした女の人は、何だか家に着く途中で倒れそうだった。心配なので、僕はついていくことにした。

 でも、それをさっきの男の人は分かってくれなかったみたいで、怒鳴り声を出して追ってきた。

「オイ、……、女……!」

 なんか、やばい感じがする。僕は振り返って、グェイブの先を男の人に向けた。

そんなことしたくなかったけど、女の人をストーカーから守るにはこうするしかなかった。

「ああああああ!」

 悲鳴を上げて、男の人は逃げていった。脅すだけで済んで、僕もほっとした。でも、こんなことがあると、女の人をよけいに早く家まで送ってあげなくちゃいけなくなる。

 でも、その人は僕に背中を向けたまま、ボーっと立っているだけだった。送って行こうにも、場所が分からないんじゃどうにもならない。

 仕方ないから、異世界語で聞いてみた。日本語で言っても、理解してもらえないような気がしたからだ。

「家……ある?」

 そこで女の人は、ビクッとして振り向いた。別に、気にはならない。現実世界でも、後ろから女子に声をかけると、こういうリアクションをされた。

 でも、これは初めてだった。

「キャアアアアア!」

 顔を見て悲鳴を上げられたのは、ショックだった。女の人は僕の脇をすり抜けて、さっき来た道を走っていく。

 この慌て方は、普通じゃない。僕は追いかけるようにして声をかけた。

「どうしたんですか?」

 すると女の人は、道を外れて畑の中へ走り込んだ。何かたいへんなことになっているらしい。放っておけなくて、僕は後を追った。

 何か背の高い草みたいなものに絡まれて、急に手足が動かなくなる。僕はその中につんのめったけど、その茂みのおかげで鼻を打たずに済んだ。

 だけど、中に転がり込んだのはよくなかった。手も足も、何かトゲのあるものでめちゃくちゃに引っかかれたからだ。 

「痛っ!」

 昼間のことを思い出したとき、眼の前に白いバラの花があるのに気が付いた。

 ……バラの茂み?

 すると、ここは僕がリューナと畑仕事をした場所だってことになる。

 そこまで分かったとき、頭の中に、聞き覚えのあるイヤな声が響いてきた。

「来たか、リューナ」

 昨日聞いたばかりだったから、すぐに分かった。

 ……ヴォクス!

 すると、そこには名前を呼ばれた本人がいることになる。白いバラの花の向こうに、もっと白い肌が暗い中にぼんやりと見える。

 ちょっと遠かったけど、リューナだってことは分かった。だけど、遠いせいか、声はよく聞こえなかった。

「私……シャント……」

 聞こえたって、異世界語じゃほとんど分からなかっただろうけど。ただ、ヴォクスの返事から、何か頼んだんだってことは分かった。

「いいだろう」

 リューナの身体が、ふわりと浮き上がった。ヴォクスに抱き上げられたんだと分かったとき、何だか辛くて鼻の奥がツーンとした。

 ……こんな奴に、何してもらおうってんだよ!

 白い喉に、黒い影が近づいていくのが見える。リューナが、ヴォクスの餌食になろうとしているのだ。

 ……やめろ!

 心の中ではそう思ったんだけど、僕の身体が動かなかった。別に、魔力とかそういうのに捕まったわけじゃない。

 正直言うと、怖い。それだけだった。昨日、テヒブさんに操られたリューナに殺されそうになったばかりなのだ。

 でも、ヴォクスの影はリューナにかぶさらなかった。ゆっくり離れて、また言った。何だか、笑っているような気がした。

「いいだろう」 

 リューナが何を頼んだのかは分からない。だけど、逆らえないリューナの甘い息がヴォクスの耳にかかったかと思うと悔しかった。

 ……させるもんか、これ以上!

 そう思ったとき、僕には止める方法が全然ないことに気付いた。十字架も、ニンニクも、杭も、それを打ち込む木槌も。

 使えば間違いなく勝てるようなアイテムは全部、村長の家に置いてきたのだ。

 ……しまった!

 頼れるのはグェイブだけだけど、ダメージを与える前にパワー負けするかもしれない。ネトゲをやりこんでいると、その辺はリアルに分かる。どれだけ武器が強くても、当たらなかったら全然意味がない。

 ……バカだ、やっぱり僕は!

 ネトゲなんかにハマってる間に、もっと頭良くなるようなことをしてればよかったのだ。今さらそんなこと言っても仕方ないけど。

 なんか涙目になっちゃったところで、グェイブの光に白くにじんで見えるものがあった。

 どこかで見たことがある。

 ……花?

 思い出した。リューナと仕事をした畑で見た、あの白いバラの花だ。ということは、ここはあの畑で、僕は白いバラの茂みに転がり込んだのだった。

 トゲで手が引っかかれるのも構わずに、その花の枝を引きちぎる。グェイブで切り取ろうなんて考えは、全然浮かばなかった。

 だって、僕はどうせネトゲ廃人だから。でも、このままヴォクスの好きにさせるほどバカじゃない。

「リューナ!」

 立ち上がった時には、もう遅かった。リューナも、ヴォクスも、そこにはいなかった。ただ、ものすごい風がどっと吹き付けてきただけだ。

 ……逃がすか!

 僕は畑から飛び出して、道を走りだした。手に持ったグェイブの光が、足もとかを照らしている。

 でも、村外れの崩れた壁を抜けてすぐ、僕は何かにつまずいて、夜の道に倒れ込んでしまった。

 ……リューナ。

 もう、名前を声に出して呼ぶ気力もなかった。ひんやりとした地面に頬を寄せて、じっとしているしかない。

 リューナは自分から、吸血鬼に抱かれて行ってしまったのだ。

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