第139話 ネトゲ廃人、とにかくやる気をなくす

 最後に引き抜いたニンニクをもらって、僕は村長の家へと急いだ。暑い中の畑仕事ですっかり疲れちゃったけど、いい気分だった。

 これで、吸血鬼と戦う準備はできた。あとは、どう使ったらいいか、村の人たちに教えればいい。

 もう、日が暮れる。村長の家から帰る何人もの村人たちとすれ違う。

 ……リューナはたぶん、夕食の準備をしているだろうな。

 お腹もすいたし、何よりもリューナの機嫌が直っているかどうか気になった。

 村長の家に着くと、まだ何人か後片付けをしている人たちがいた。早く帰りたいのか、村の人たちはせかせか動く。杭を担いだ僕は結構、邪魔みたいだった。

 ぶつかってくる人をよけながら運んだ道具を戸口に置くと、僕は背負っていたグェイブだけを抱えて台所へ向かった。

 リューナはいなかった。おかみさんだけが、かまどのそばで居眠りをしていた。勝手口から外へ出ると、手斧が地面に置いてある。いくつも転がっている木の破片は、これで割られた薪だろう。

 ……木が足りなくて、取りに行ったんだろうか。

 庭の辺りにはなかった気がしたから、僕は家の反対側へ回ってみた。誰もいない。台所へ戻ろうとしたら、その途中でパンパンという音が聞こえてきた。

 それは思った通り、リューナが薪を割り始めていたんだけど、割っていたものが問題だった。

 先の尖った、太い木。

「リューナ!」

 きょとんとして振り向いた顔を見たら、今朝みたいに怒ってないことは分かった。でも、心配なのはそこじゃない。

 杭はもうすっかり薪に割られていた。吸血鬼にトドメを刺す杭だったんだけど、狙われているリューナ本人が台無しにしてしまったのだ。

 怒るに怒れない。大事な道具を放っぽりだしたのは僕なんだから。

 せめて残ったものを回収しようと思って庭に戻ったら、十字架がなくなっていた。薪にはなっていなかったから、誰かが持って行ったんだろう。

 ……仕方がない!

 なくなる前に木槌だけでも持って行こうとしたら、拾い上げた途端にせかせかやってきたおばちゃんの足につまずいた。

 ……しまった!

 木槌は家の壁にぶつかって、割れてしまった。僕は残ったニンニクだけを持って、部屋に戻ることになった。

 どっと疲れて、ベッドに転がる。

 現実世界でも、よくこんなことがあった。小学校や中学校のころは、かなりいじめられたからだ。帰ってくると全身の力が抜けて、何も考えたくなくなるし、やりたくなくなる。

 それとよく似た感じだった。

 ……もう、いやだ。

 一日中、何やってたのか分からなくなった。明日いっぱい、働いて譲ってもらえば済む話なんだけど、それもいやになった。だいたい、それを頼めるような異世界語を、僕は知らない。

 凹んでいるうちに、お腹が鳴り始めた。もう限界だったけど、そこへいい匂いがしてきたので、グェイブを抱えて台所へ下りてみた。村長は、もう帰ってきていた。

 ……まずい。

 金貨の袋は、もうないのだ。どうしたか聞かれたら大変なことになるんだけど、よく考えたら、言葉が通じない。やがて夕食ができたので、僕はなるべく村長と目を合わせないように、いつもの豆スープを口に運んだ。

 そのうち、僕はロウソクの光が揺れる部屋の隅に、手斧を見つけた。さっき、これでリューナは薪を割っていたのだ。杭も割られて、かまどの中で燃えているけど。

 ……待てよ。

 手斧で薪が割れるんだから、大きな木を割って杭にすればいいんだ。

 ……その大きな木は、どこにある?

 スープをすすりながら考えた。人の手を借りないで、材料になる太い木を手に入れるには、どうしたらいいか。

 思いついたものが、1つだけあった。

 食事が済むと台所の明かりは吹き消されて、みんなは僕のグェイブの光を頼りにして、自分の部屋に戻った。

 最後に、廊下に僕ひとりが残される。これがチャンスだった。台所へ戻ると、手斧を持って2階へ上がる。

 窓を開けると、外は月明かりだった。「井」の字の格子がくっきりと見える。僕は、その中の1本に手斧を打ち付けた。

 パン! 

 パン!

 そこで、急にドアを開ける者があった。

「……シャント?」

 澄んだ感じの囁き声に振り向くと、青い光の中にリューナの金髪が光っている。僕は手斧を背中に隠して、日本語で囁き返した。

「……おやすみ」

 リューナはちょっと首をかしげたけど、にっこり笑って扉を閉めた。

 ……夜中は、まずいかな。

 あまり勢いよくやると、家の中に聞こえてしまうってことだ。ちょっとずつ、手斧を打ち付けるしかない。

 でも、それが難しかった。

 パン!

 手加減ができない。また、音を立ててしまった。ドタドタと階段を上る音が聞こえたので、僕は慌てて格子越しに窓を閉めると、ベッドに潜り込んだ。

「……?」

 ドアが開いたのが分かる。聞こえたのは、おかみさんの甲高い声だった。何を言ってるのかわからないけど、僕は寝たふりをする。

 足音が階段を下りて遠ざかっていったところで、僕はベッドから起き上がると、また窓を開けて、手斧を窓格子に打ち付けた。

 割と静かに、刃が木の部分に食い込んでいく。時計がないからどのくらいかかったか分からないけど、「井」の字そのものは固定されてなかったみたいで、簡単に分解できた。

 太い棒を外したら、この先っぽをを削るだけだ。

 ……どうやって?

 そこまで考えてなかった。明るくなってから手斧でやればいいと思ったけど、持ち出したのがバレてもつまらない。

 今のうちに棒の先を削ってしまおうとしたけど、グェイブの光を頼りにしても、重い手斧は使いにくかった。

 ……台所に包丁があったっけ。

 そっちのほうが使いやすそうだ。手斧を返しに行くついでに、取りにいくことにした。

 台所は狭いけど、グェイブで周りを照らせば、なんとか手足をあちこちぶつけないで済んだ。手斧を部屋の隅に戻すと、包丁は四角いまな板の、長い方の縁に沿って置いてあった。たぶん、リューナがそうしたんだろう。

 丁寧に片づけたのに悪いと思ったけど、2階へ持って行くことにした。

 でも、台所を出たところで邪魔が入った。

 「……!」

 何て言ったのかは分からなかったけど、声はかすれていた。グェイブの光に照らされているのをよく見たら、火のついたロウソクを長い柄の先に差した村長だった。

 手には、ナイフを持っている。

 ……あ。

 泥棒か何かと間違われたんだと分かった。顔が恐怖に引きつっているのは、グェイブのせいか、包丁のせいかは分からない。

 ……でも、そっちがいいや。

 包丁より、ナイフのほうがたぶん、使いやすい。取り替えてもらおうと思って包丁を差しだしたら、ぺたんと腰を抜かされた。

 ……しまった。

 こういうのは、突きつけたっていうんだろう。僕は台所へ戻って、リューナがやったみたいに包丁を片付けた。もういっぺん廊下に戻ったら、村長はまだ、へたり込んでいた。

 ナイフをもらおうと手を伸ばしたけど、渡してくれない。村長の手は、ナイフを握ったままガタガタ震えている。その手を思い切って掴んでみたら、ガチガチに固まっていた。

 ……仕方がない。

 かわいそうな気もしたけど、グェイブを突き付けてみた。驚いてナイフを落とさないかと思ったのだ。

 すぐに、カラン、と音がした。床にナイフが転がる。

 でも、思った通りになったと同時に、予想外のことも起こっていた。村長が、その場にばったり倒れてしまったのだ。

 ……やっちゃった。

 慌てて、耳元で声をかけてみる。

「もしも~し!」

 返事はないけど、息はあった。さらに、僕の声が聞こえたのか、家のどこかで甲高い声がする。

「……!」

 おかみさんだ。僕は急いでナイフを拾うと、階段を上って部屋に戻った。入れ違いに階段を下りて行ったのは、リューナだろう。僕も何食わぬ顔をして後を追うと、鈍く光るグェイブを背負って、おかみさんが村長を寝室に運ぶのをリューナと一緒に手伝った。

 そのとき、眠そうなリューナの顔を見ながら考えたことがある。

 ……こんなところをヴォクスに襲われたらどうするんだ?

 気が付いたら心配で仕方がなくなった。 

 ……とにかく、杭を完成させないと。

 リューナもおかみさんも眠そうに部屋に戻ったが、僕はグェイブの光で手元を照らしながら、窓枠から外した棒をナイフでひたすら削り続けた。

 眠気と不器用さのあまり指をうっかり切ってしまって、またやる気をなくすまでは。 

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