第130話 ネトゲ廃人、吸血鬼ハンターとなる

 下のほうでバタンと戸が開く音がして、何だかドタバタ足音がした。外も何か騒がしくなっている。村人たちが、村長の家の中に駆け込んできたみたいだった。

 台所のほうは怒鳴り声と悲鳴がますますひどくなって、そこへ村人たちの声が男も女もいっぺんに混じる。

「……リューナ……!」

「リューナ……!」

 名前が何回も聞こえたので、リューナはどう思ってるのか気になった。

「シャント……」

 僕に呼びかける顔を見てみると、なんだか困ってるみたいだった。とりあえず、日本語で返事する。

「大丈夫だよ、リューナ」

 無理してるっぽい笑いが返ってきたけど、騒ぎのほうは全然終わらない。そのうち僕にも、何が起こってるのか、だいたい分かってきた。

 ヒステリー起こしたおかみさんと、そこでムキになった村長の喧嘩を、村人たちが止めに入ったんだろう。

 下の騒ぎは、だんだん大きくなっていった。皿が割れる音がしたところで、おかみさんの叫び声がこっちに近づいてきたかと思うと、今度は窓の外から聞こえてきた。

 それを村長の怒鳴り声が追いかけて行って、後に村人たちの足音が続く。家の中は、やっと静かになった。

 僕には関係ないけど、やっとホッとできたところで、ドキっとした。バタバタしていたせいで今まで何とも思わなかったけど、静かになったところでもう一回見たリューナの姿は、結構危なかったのだ。

 床に足を投げ出してぺったり座っている格好は、ネットでその気はなくても勝手にマウスが動いて、うっかり観ちゃったりする水着グラビアアイドルみたいだった。

 そりゃ、スカートは長い。たぶんおかみさんのお古なんだろうけど、よれよれの寝間着の襟元がゆるいのだ。

 そこから、胸の谷間が奥まで見えそうになる。ダメだと思っても、つい目がそっちへ向くのはリアルでもネットでもおんなじだ。

「シャント……」

 僕がぼーっとしていたからだろうけど、そう呼ぶリューナと目が合った。

「いや、何でもない何でもない」

 日本語でごまかして、慌てて目をそらす。でも、そこでやっと、これからどうしたらいいか考える余裕ができた

 まず、今、どうしたらいいか。

 村長のセクハラっていうか、そういう誤解でヤキモチ焼いたおかみさんのせいで、夫婦喧嘩が始まったのだ。今でも、まだ外で怒鳴り合っている。 

 ……止めに行った方がいいんだろうか。

 でも、どうやって? 

 国語の授業で習ったことわざはあんまり覚えていないけど、「夫婦喧嘩は犬も食わない」っていうのはなんとか知ってる。

 だけど村長は一応、今は僕の味方だ。止めないとまずい気がする。

 じゃあ、どうやって?

 ……グェイブとか。

 下手に触ればみんな吹っ飛ぶわけだから、普通に考えたら誰も近づかないだろう。

 でも、おかみさんが聞きそうにない。グェイブを持って間に入ったら、掴まれそうな気がする。

 ……あの爆発は、絶対いやだ。

 何で持ち主まで、痛い目に遭わなくちゃいけないんだろうか。テヒブさんなら触らせもしなかったんだろうけど。

 そんなことを考えていると、階段を女たちが上がってくるのが分かった。荒い声でわめき合っているのが聞こえる。何か怒っているらしい。

「リューナ……」

「……リューナ」

 名前を出してるってことは、何かリューナにとってまずいことが起こってるってことだ。リューナの顔つきも、ちょっと怖い感じになった。

 ドアが開くと、そこに立っていた女たちはいきなりリューナを叱りつけた。

「……! ……!」

 何を言ってるのか全然分かんなかったけど、声はきつかった。寝そべっていたリューナも身体を起こして、何か言い返しそうになる。

「リューナ、やめろ!」

 本当は日本語で優しく言いたかったんだけど、伝わるようにしようと思ったら異世界語で言うしかない。きつい感じになるかと思ったけど、仕方がなかった。

 だけど、それでもリューナは聞かなかった。

「……! ……!」

 意味は分からないけど、反抗してる感じがした。リューナがしゃべったのが意外だったのか、女たちはちょっと引いたけど、ひとり、またひとりと、部屋の中に踏み込んできた。

 ……やばい! 

 ケンカは外だけでたくさんだ。

 僕がグェイブを手に立ち上がると、女たちはいっぺんにドアのところまで引いた。外へ出られないのは、先を争って押し合いへし合いしているからだ。下手に触ると何が起こるか、ちゃんと分かっているんだろう。

 ……暴力はいやだけど。

 追い払わなくちゃいけない。とりあえず、リューナだけはケンカしないように注意して、足もとを見下した。

 ……しまった。

 僕の目は、見てはいけないものを勝手に見ていた。リューナも、胸元に気付いたらしい。

 大きく開いている。

 谷間から。

 その先へ。

 ……見える。

 最後の一瞬で、僕はハッとした。

 ……何やってんだ。

 いかんいかん。

 思わず頭を横に振ったけど、それがいけなかった。うっかり「YES」のサインをしてしまったのだ。

 慌ててリューナの顔を見てみたけど、目をそらすと真っ赤になって、女たちを押しのけて出ていってしまった。

 隣の部屋で、バタンと窓を閉める音が分かった。服が落ちる音も、何となく聞こえた気がする。ドアの動く音はしたけど、閉まる音はしなかった。

 その隙間からの光だけで、着替えるんだろう。

 ……あの服を脱いだら、その下は。

 つい、想像してしまった僕は、部屋から出ていく女たちと一緒に階段を降りていくリューナをまともに見られなかった。

 部屋に1人で残された僕は、夫婦喧嘩の声が聞こえてこないのに気付いた。窓の外は、この部屋で初めて目を覚ました時と同じ騒がしさだった。

 僕だけ、一人浮いている感じがした。

 ……僕に任せたってことか。

 そう思うことにすると、やる気が出てきた。戦うしかないってことだ。すると、武装が必要になる。

 さっき村長が置いていった、金貨の袋が気になった。これでどのくらいのものが買えるか分からないけど、とにかく、これでやっと冒険が始まったのだ。

 山藤耕哉じゃなくて、シャント・コウとして。

 ……吸血鬼ハンター、っていうのかな。

「闇に潜んで、闇を狩る者」

 つぶやいてみると、いい響きだった。なんか、格好いい。

 黒い服と鎧をまとって、闇の中で吸血鬼たちを一瞬で切り捨てるのだ。異世界無双ってヤツだろうか。

 ネトゲで見た銭湯画面が本当にできるんだと思うと、頭が急に働き始めた。

 まず、対吸血鬼装備だ。

 銀のナイフとか、魔法のかかった武器を使うのが定番だけど、僕にはグェイブがある。

 あとは、まず、ニンニク。これは最初に使って効いた。十字架も、たまたまリューナの部屋の窓格子がその形になっていたから、ヴォクスを追い払えた。

 止めを刺すんなら、杭だ。でも、マイナーなところで、結構使えるアイテムがある。

 白いバラだ。吸血鬼がこれに触ると、パワーを吸い取られる。

 ……やってやる! 僕は吸血鬼ハンター、シャント・コウだ!

 考えれば考えるほど落ち着かなくなって、とにかく、僕は金貨の袋を持って部屋を出ることにした。

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