第131話 ネトゲ廃人、守護天使の警告を無視する
リューナを守れる立場になったんだから、僕が戦わなくちゃいけない。今まではテヒブさんやリューナが助けてくれたけど、これからは自分で何とかしなくてはいけないのだ。
……でも、どうやって?
ニンニクは確か村長の家で見たけど、他のものはどこにあるんだろうか。ネトゲ的に考えると、酒場とか市場があるはずなんだけど。
ちょっと考えて、思い出した。
そういえば、市場があったはずだ。転生して最初に現れた場所は、人がたくさんいて、店がたくさんあって、邪魔者扱いされた。たぶん、あそこだ。
……でも、どこだっけ?
体力が極限まで低下していてフラフラだったから、どこをどう歩いたか思い出せない。
誰かに聞こうかと思ったけど、言葉が通じないから無理だということはすぐに分かった。
自分で探しに行くしかないと思って、金貨の袋を床から拾い上げた。
ネトゲだとよく分からなかったけど、そんなに大きくない袋でも、リアルでは割と重い。
……すごいお金なんだ。
そう思ったところで、僕は袋の下に新しい服が置いてあったのに気が付いた。転生した次の朝からずっと着ていた服は、すごい臭いがする。
……リューナは平気だったのかな?
そうじゃないかもしれないと思うと、着替えないではいられなかった。
……この世界の人になったみたいだ。
思いっきり、グェイブを振ってみる。縦横に振り回してみると、もともとこの世界で戦っていたような気になった。
……行こう、ヴォクスを倒しに!
階段を降りると、誰もいなかった。始めに上って来る時、ただ怖い思いをするしかなかった階段だ。
……でも、今は始まりの階段だ。
そう思うと、何だかジンと来る。ゆっくりと下りると、夕べおかみさんとリューナが座り込んでいた辺りで、なぜか足が止まった。
笑えてきた。
……こんなことしてる場合じゃない。
気を取り直して階段を降りようと思ったけど、頭の中に何か引っかかるものがあった。
階段を降りた正面の壁に、日本語が大きな字で書いてあるような気がしたのだ。近寄ってみたけど、自が大きすぎる上に、かすれていて読みづらい。
……め?
いや、「あ」の字にも見える。ただの傷にしては、はっきりとしたひらがなに見えた。
「り……うさ……ている……け……?」
顔を近づけてみると、何となく「だ」に見える字が、4つ見えた。
「だめだ、り……うさ……ているだけだ?」
まだ、意味がよく分からない。もう一度、上から見直してみた。
曲がる方向のややこしい字は、線が途切れてはっきりしない。なんとか、「よ」とか「れ」だろうという気がした。
「だめだ、りようされているだけだ?」
頭の中で漢字変換しながら、読み返してみる。
「だめだ、利用されているだけだ」
また、あのメッセージだ。
夕べも、おかみさんの座っていた椅子に日本語が書いてあったから、僕はその通りにした。その結果、村長が信用してくれて、吸血鬼退治を任せてくれたのだ。
……誰が書いたんだろう?
おかみさんが書いてくれたんだろうか?
でも、絶対に無理だ。だって、リューナが男たちに襲われた雨の日、地面に一文字ずつメッセージが書かれていたけど、そこにおかみさんはいなかったからだ。
誰が書いているのか、考えても仕方ない気がした。
それよりも、メッセージが伝えようとしていることのほうが問題だ。
……村長が、僕を利用している?
僕が吸血鬼を退治すれば、頼んだ村長は村人から尊敬されるわけだけど、それは別に全然、気にしなくてもいい。リューナが助かって、僕と一緒に暮らせれば、村長がどうなったって関係ない。
じゃあ、メッセージは何で僕を止めるんだろうか?
……まずいことが起こるからだ。
すると、僕にとってまずいことってなんだろうか。
……僕が犠牲になるってことか?
それは、僕が何か損をするってことだ。それは何だろうか。
……追い出されるとか、元の奴隷に戻ったりするとか。
確かに、それは耐えられないことだった。
リューナと暮らせないのもイヤだし、村の男たちに殴られながら重労働させられるのもごめんだった。
じゃあ、断ればいいんだろうか。このままリューナを連れて、吸血鬼ヴォクス男爵が追ってこられないくらい遠い所に逃げればいいんだろうか。グェイブがあれば、身を守ることぐらいできるような気がするし。
でも、それでいいとはどうしても思えなかった。逃げ切る前に、ヴォクスが、いや、その下僕となったテヒブさんも追ってくるかもしれない。
結局行きついたのは、いちばんきついけど、いちばん単純な答えだった。
……戦って勝てば、リューナは助かる。
僕の考えは固まった。村長の頼みだろうが何だろうが、僕はもともとヴォクスと戦うつもりだったのだ。リューナとは引き離されるかもしれないし、また奴隷みたいな感じになるかもしれないけど、それでも構わなかった。
リューナが無事でいてくれればいい。それに、きっと何があってもリューナは僕と一緒にいてくれるような気がしていた。
臭い馬小屋に二人で閉じ込められていたときも、隣り合わせの暑い部屋の中で、壁をノックして励まし合っていたときも、テヒブさんのところで過ごした時も、僕のそばにはいつだってリューナの笑顔があった。
……負けるもんか、ヴォクスにも、村長にも!
僕は階段を降りたところにあるメッセージから離れた。
(だめだ、利用されているだけだ)
利用されていても、罠だと分かっていても、そこへ飛び込んでいくのがアニメとかコミックとかゲームのヒーローだ。僕は今、リューナを守るために吸血鬼ハンターになったんだから、逃げてはいけないのだ。
村長の家の外へ出ると、男たちがもう、荷車いっぱいに摘んだ豆を運んで来ていた。女たちがそれを争うように取り上げては、庭のいろんなところで実をちぎって豆を取り出している。
その中に、リューナもいた。
他の女たちは何人かで固まって、仲良くガヤガヤ言いながら仕事をしている。でも、リューナは庭の隅に独りで座って、実から出した豆をカゴの中に入れていた。
まるで、教室の中のイジメを見ているみたいだった。中学校の時も、こういうのはあった。でも、僕には何もできなかった。別に好きな子でもなかったし、声をかけて、つきあってるとか何とか周りからバカにされたりからかわれたりするのはイヤだった。相手の女の子だってイヤだったろう。
高校に入ってからもあったかもしれないけど、ネトゲやるようになってからは周りのことが気にならなくなっていたので、僕の目には何も起こっていないように見えた。
でも、今は違う。僕はリューナのことが好きだし、彼女を守るためには村人たちがやっていることを気にしないわけにはいかなかった。
「リューナ!」
僕はわざと大きな声で呼びかけた。庭中の村人が僕に注目したけど、そんなの平気だった。
「シャント……?」
グェイブを担いで歩いていくと、リューナは豆をむく手を止めた。男たちや女たちの視線を感じながら、僕はその足元に膝をついて話しかけた。
「僕、勝つから、絶対」
下手に異世界語を使って誤解されたくないから、日本語でしか話せなかった。通じないかもしれないけど、勢いっていうか、気持ちは分かってほしかった。
リューナは、僕をじっと見つめていた。
「……、……」
何て言ったか分からなかったけど、何となく、さっきのセクハラは許してくれたみたいな感じがした。
「僕……行く」
今度は、今まで聞いた異世界語を思い出してみた。雰囲気的に完全アウェーっぽい所に置いていくんだから、ここを離れる理由はちゃんと伝えておきたかった。
リューナは首を横に振りながら、また豆をむき始めた。それでも、返事はしてくれた。
「シャント……行く」
そんなふうにしか聞き取れなかったけど、たぶん、こういってたんだと思う。
「シャント、私のことは心配しないで行ってらっしゃい」
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