第163話 守護天使の心労と煩悩
燃え上がる城を前にして、俺はもう何人目かになるモブを動かしながら、どうやってシャント…山藤の脱出ルートを設定しようか考えあぐねていた。
「なんとか、ここに誘導してだな……」
その、誘導手段が今はなかった。
まず、最初のモブは、闇に紛れて現れた巨大な鎧に一撃で撲殺されていたのだった。
「あれを忘れていたんだよな……」
跳ね橋の裏にいた、城の衛兵だ。たぶん、生身の人間じゃない。自動操縦のロボットみたいなものなんだろう。
「何で山藤だけ……」
てっきりボコボコにされると思っていた山藤は無事に通過できたのに、リズァークの兵士だけは容赦なくやられるってのが分からない。
「あいつら、どこに……」
最初のモブが吹っ飛ばされたときは何が起こったのか分からずに、ただ次のモブを探して視界をグルグル回転させるしかなかった。すると、鎧がもう一人二人殴り飛ばして、また闇の中に紛れて消えるのが見えたのだった。
そこだけではなく、中庭のあちこちで、同じことが起こっていたのである。松明を持った兵士たちは、片っ端から動く鎧に撲殺されていた。
吐き気を覚えながらもモブを探し回ったが、一人残らず地面に転がされた。よく見れば、橋の袂にも三人ばかり横たわっていたのだった。画面がCG処理されているというのに、最初によく見なかった俺がバカだったのだ。
「とりあえず、リューナが無事でよかった」
それだけが救いだった。山藤にとっては生身の異世界彼女でも、俺からすればただの二次元キャラだ。
「……こっちがネトゲ廃人になってどうするんだ!」
自分にツッコんでる場合じゃなかった。まだ、山藤はヴォクスに吹っ飛ばされたときのまま、堀の下で立ち往生しているはずだ。
「俺も立ち往生だったけどな」
モブを失ったとき、俺は城全体を俯瞰して考えてみたのだった。
崖を登らせて、ヴォクスとリズァークが戦っているど真ん中を突破させるか? それは危険だ。巻き込まれて死ぬおそれがある。
塔の中へ戻すか? いや、さっき水の中にはまったばかりだ。下手すると、本当に溺れる恐れがある。それに、リューナが目を覚ましてまた山藤を襲うかもしれない。
堀の向こうでは、まだリズァークは殺戮を繰り返しているように見えた。随分と手勢も減っているだろうから、兵士を皆殺しにして戻ってくるのは時間の問題だと俺は考えた。
その一方で、中庭に向かっている松明の光もあった。鎧たちは、それを待ち構えるかのように、中庭のあちこちに潜んでいた。
油断させて誘い込み、やってくるそばから仕留めていくようになっているということは、容易に判断がついた。
それならば、方法はあった。
俺は別動隊の一人をマーカーで捉えて、その場に待機させた。他の兵士は、のこのこ中庭に入っていったが、案の定、あちこちで鎧たちに捕まっていた。
それが、チャンスだった。
俺はその間を縫って、リューナが倒れた塔に向かってモブを動かしたのだ。鎧たちは兵士を撲殺するのに手いっぱいで、その場所のどれからも離れた地点を選んで通過する、残りの一人を追っているヒマなどなかった。
俺は本人も知らないうちに仲間を見殺しにさせて、難なく塔の前にたどりついたわけである。
ありがたいことに、鎧たちには、倒した兵士たちが落とした松明を消すという知恵はないようだった。その炎は、中庭のあちこちに揺れている。
草ぼうぼうの地面にも、城の壁を這う蔦の蔓のそばにも……。
あとは、そこにズームインして階段を下りるだけだった。松明とハルバードを手にしたままのモブをドラッグして、螺旋階段を前進させた。
CG処理されているとはいえ、足もとは暗かったが、それでもどこやら明るくなってはいた。それが何かと探してみれば、グェイブだった。
どう頑張っても、俺ではどうにもならないことである。山藤が見つけて、自分で何とかすべきものだった。
さっき見た地下室にようやくたどりつくと、そこにはまだリューナが横たわっていた。抜け穴の向こうを見ると、堀の向こうではシャント…山藤が突っ立っていた。
こっちに戻って来られては困るので、俺はわざと松明の光を見せた。兵士がいると分かれば、崖をよじ登って逃げるしかないからだ。だが、それはもう少し後になってからでないと危険だった。
問題は、リューナだった。ここで目を覚まさせないと、危険だった。俺の目論見では、やがて城が炎に包まれることになっていたからだ。
俺が塔の中に入るときには、城の中庭では雑草の茂みに、壁では蔦の蔓に、松明の炎が燃え移っていた。
火の手が上がったのにヴォクスが気づけば城を守ろうとするはずだから、山藤が逃げるチャンスが生まれるという読みがまずあった。だが、リューナにしても、何とか目を覚ましてやれば、逃げる算段ぐらいはするだろうと踏んでもいたのだ。
だが、リューナは静かに横たわったまま、目を開けようともしなかった。無防備に倒れたときの姿勢で、豊かな胸元をくつろげて、美しい脚を投げ出していたのである。
仕方なく、俺はリューナの自己防衛本能に訴えることにした。心が痛んだが、ハルバードの柄で突いてみたのだ。武器を掴んだ手をドラッグして動かすのは大変だったが、何とか当てることはできた。
でも、反応はなかった。CG処理された画面にも、煙がうっすらと流れてきたのは分かった。
起こさないと、焼け死んでしまうことは間違いなかった。俺は焦って考えた末、最終手段に出た。
松明とハルバードを落とすと、モブの手足を四苦八苦して動かして、両肘と両膝を突かせたのだ。
リューナに、のしかかるように。
豊かな胸の谷間がアップになったとき、俺の鼓動も高鳴ったが、別の意味の動揺だと思いたかった。
滑らかな喉元や唇や、まぶたは動く様子がなかった。一か八かの計略が裏目に出たかと、俺は後悔と共に覚悟した。
だが、そのとき、意外な救い主が現れたのだった。
《何をしとる!》
小柄な、黒い影。テヒブだとすぐ分かった。
画面は急にぐるんと一回転が、俺は安心した。いろんな意味でリューナが危機にさらされているのを発見したテヒブが、助けに来たのだった。
次の瞬間、画面に映ったのは抜け穴の向こうで、堀の上から松明をかざしている兵士たちだった。俺はその中の一人をマーカーで捕まえると、塔の抜け穴を確認した。
リューナの無事を確認したつもりだったのだが、そこで見たのはとんでもない光景だった。
炎の噴き出す抜け穴に、シャント……山藤が突進していったのである。そのバカさ加減には呆れかえったが、放っては置けなかった。その近くにモブはいなかったので、打つ手があるとすれば、城の内部の兵士を動かすことしかなかった。
再び城の全体を俯瞰すると、意外なことに、リズァークの兵士たちと戦っているヴォクスは、まだ城に戻れないようだった。それどころか、鎧たちまでが城の外で兵士たちを撲殺していた。
チャンスだった。俺は燃え盛る城の中の兵士にマーカーを移動させて、シャント…山藤のいる塔の前まで移動させたのだった。
「やっと、来たか!」
炎が噴き出す入り口から、あちこち焼け焦げた狩人の服をまとった小柄な影が、ふらふらと現れた。リューナも連れていなければ、グェイブも持ってはいない。
「来い……もともと何も期待しちゃいねえよ!」
俺はモブ兵士に、ハルバードを振り上げさせる。このくらいのピンチは、演出してやる必要があった。
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