第62話 ネトゲ廃人、夏休みの工作に励む
僕はもう一度、ゆっくりと言った。
「リューナ……テヒブさんは……」
最後に見た辺りを指差すと、絶叫と共に、後を追うかのように駆け出した。
「だめだ!」
手を掴むと、折れそうに細いくせに、ものすごい力で振りほどかれた。
「だめだよ!」
ポール・ウェポンを放り出してリューナに追いついた僕は、背中からリューナを抱き留めた。
胸の感触でドキッとしたけど、そんなこと気にしている場合じゃない。もがくリューナを抑えようとしてむしゃぶりついているうちに、足がもつれて地面に倒れ込んだ。
……危ない!
僕にしては珍しく、とっさの判断が働いた。地面に落ちた背中の激痛と、リューナの胸が覆いかぶさってくるのは同時だった。
どっちみち、息が苦しいのも同じだった。
げふげふと咳き込んでいると、リューナが僕の身体の上に起き上がった。暗かったから顔は見えなかったけど、震えながら泣いているのは分かった。
「ア……。ア……!」
泣き声にしては、様子がおかしかった。喉の奥から絞り出してるみたいな声だ。僕が身体を起こすと、リューナが呻きながらしがみついてきたので、また地面に倒れ込みそうになる。僕は腕を突っ張ってこらえた。
何も見えない。でも、温かい。リューナの肌と、頬に触れる涙。
僕はもう一度、同じことを囁いてみた。
「テヒブさんは帰ってくるよ」
リューナはやっぱり答えなかった。耳のすぐそばから頭に響く、呻くような叫びしか聞こえない。
「アー……! アーッ……!」
やっぱりおかしい。僕はリューナの肩を掴んで、全然見えない顔を正面から見つめた。
「リューナ! しっかりして! リューナ!」
せめて、「シャント」とか「テヒブ」とか言ってほしかったけど、返ってくるのは呻き声だけだった。
「ア……。ア……」
何となく分かってきた。声は出るけど、言葉が出ない。つまり、元に戻っちゃったってことだ。
僕の名前を呼んだってことは、リューナはもともとしゃべれなかったわけじゃないみたいだ。っていうことは、たぶん、しゃべれなくなったのは吸血鬼に襲われたせいだろう。
そして、今度も。
……ヴォクス男爵め!
僕は、すすり泣くリューナを抱き起した。かける言葉は思いつかなかったから、同じことを言うしかなかった。
「テヒブさんは帰ってくる」
リューナは、微かに首を振った。それは「はい」のサインのはずだったけど、僕には「いいえ」みたいな気がしていた。
……僕が守るよ。
そう言いたかったけど、口に出す自信がなかった。
言っても、分かるわけがないのに。
何か、ヘコんだ。
リューナの背中を叩いて家に向かうと、ヴォクス男爵と戦うのに使った棒が落ちていた。こんな近い距離でも、身を守るのにはないよりマシだ。リューナに渡すと、それを杖にして歩いていった。
……よっぽど参ってるんだろう。
さっき放り出したポール・ウェポンを持って家の中に入ると、僕はまず言ってみた。
「リューナ……上」
これは通じたらしく、リューナは棒を僕に渡すと階段を上がっていった。
ゆっくり休めばいい。とりあえず2階の窓も閉めておけば、ヴォクスがコウモリになって入ってくるのだけは止められる。
そう考えて、気がついた。
……テヒブさん帰って来ないの、前提じゃないか。
自分の弱気に腹が立ったけど、用心はしないといけない。僕はポール・ウェポンの光を部屋の隅に当てて、役に立ちそうなものを探した。
ニンニクくらいないかと思ったけど、見つからなかった。
あったのは、長い方の棒だけだった。
……そうだ!
手の中には、短い方の棒がある。縦横に組んで縛れば、十字架になる!
ヒモかなんか落ちてないかと思って探したけど、リューナは床をきっちり掃除してしまっているから、そんなもの見つかるわけがなかった。
……どうしようか。
外へ出て探すのも危険だ。ポール・ウェポンのぼんやりした光の中できょろきょろしていると、使えそうなものが1つだけ目にとまった。
……夏だし、いいよね。
僕はシャツを脱いで、棒を十字架の形に組んだ棒に縛りつけた。
その十字架を持って2階に上がる前に、一応、家のドアは開かないようにしておくことにした。テヒブさんが帰ってきたら、たぶん声で分かるだろう。
ドアと戸口には、金具のストッパーがつけてある。テヒブさんがやっていたのを真似して、開かないように固定した。
階段を上ると、ポール・ウェポンのぼんやりした光の中に、リューナの姿は見えなかった。もう寝たんだろう。
部屋の中でまず目についたのは、開いたままの窓だった。 外は真っ暗だった。遠くの家の明かりも見えない。もうずいぶん、夜も遅いのだった。
……ここさえ閉めてたら。
霧になったって侵入できるんだけど、そういう問題じゃない。この世界で、吸血鬼と戦う方法を知ってるのは僕だけなんだ。
リューナが襲われたのは、僕の責任だ。
……責任?
今まで使ったことのない言葉だった。
言われたことはあるけど。
去年の文化祭が終わった後のホームルームだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます