第59話 魔法の武器がネトゲ廃人を呼ぶ

「ぐあああああ!」

 呻くヴォクスを見ると、腹から見覚えのある刃が突き出ている。

 テヒブさんのポール・ウェポンだと気がついたところで、本人の声が吸血鬼の後ろから聞こえた。

「ヴォクス……、……、……、……、ヴォクス!」

 吸血鬼の代わりにテヒブさんが答えてくれたみたいだった。繰り返されたヴォクスってのが名前らしい。あとのは何だか分からない。

 そのヴォクスのギンギン声が、テヒブさんに聞いた。

「お前は……」

「……、テヒブ・ユムゲマイオロ」

 それがテヒブさんのフルネームらしい。

 武器がヴォクスの腹から消えると、リューナの身体が床にどさっと落ちた。

「リューナ!」

 僕はそっちへ慌てて駆け寄ったけど、テヒブさんが戸口の外へ駆け出した。消えたヴォクスを探しに行ったんだろう。

 あのポール・ウェポンは、魔法が掛かっている。ファンタジー系RPGでは、アンデッドとかワー・クリーチャー獣人にダメージを与えられる武器のひとつだ。

 ヴォクスが逃げられたのは、これを引き抜いちゃったからだろう。

 ……僕はどうしよう?

 テヒブさんを助けたいけど、武器がない。この部屋の中に銀の燭台でもあればいいんだけど、地味な暮らしをしてるっぽいから、たぶんない。

 それっぽいものを探しているうちに、部屋の隅で目についたのは部屋の隅の棒だった。

 RPGの知識をフル検索して、やっと思い当たることがあった。

 ……杭の代わりになるんじゃないか?

 僕は短い方を取った。不利かもしれないけど、使い慣れたやつのほうがいい。

 戸口から飛び出すと、日が沈んだ山の向こうからはぼんやりした光が差していた。その中で、テヒブさんが戦っているのは何とか見える。

 ……すごい。

 暗い上に技が速すぎて、武器が全然見えない。霧になれば逃げられるはずのヴォクスが戦わざるをえないのは、ダメージを食らい続けているからだ。それでも倒れないのは、RPGで言ったらものすごいHP《ヒットポイント》があるからだろう。 

 おまけに、実体化してしまってもヴォクスは強かった。時々、テヒブさんの武器が見えるのは攻撃が弾き返されるからだ。

 しかも、素手で。

 ……勝てるんだろうか?

 オンラインRPGだったらどうなるか考えてみた。

 攻撃力が同じだったら、くらうダメージもたぶん同じだ。

 ……ということは?

 HPの少ない方が先に死ぬ。

「テヒブさん!」 

 叫んだって聞こえるはずがなかった。聞こえたって邪魔なだけだろう。テヒブさんは、小さい身体でめちゃくちゃに速いヴォクスの腕をかいくぐっては、そのたびに刃や柄を叩き込んでいるらしい。

 でも、ときどき手や足が止まるのはヴォクスの爪が当たってる証拠だ。身体が小さいから、その分、体力ではたぶん負ける。相手はゾンビなんかと違ってハイクラスのアンデッドだ。

 方法があるとすれば……。

 それをテヒブさんはやってのけた。

 ……やった、クリティカルヒットだ!

 影の中に飛び込むと、ポール・ウェポンがまたヴォクスの腹を突き抜けたのだ。

「……。」

 ぜえはあという息の中で、テヒブさんが何か言った。

 絶対、何か格好いいことのはずだけど、言葉が全然分からなかった。

 だが、ヴォクスの言うことだけは頭に響いた。

「お前も逃げられんということだ」

 ……武器を引き抜かないつもりだ、テヒブさんは!

 そうすればヴォクスは逃げられないけど、テヒブさんの武器は吸血鬼の弱点を突いていない。

 それができるのは、僕だけだった。

 ……棒を心臓へ!

 杭にはなってないけど、チャンスは今しかない。棒を構えてヴォクスの後ろに回り込む。心の中で「うおおおおお!」と叫んで、猛ダッシュをかけた。

 でも、ヴォクスはやっぱり吸血鬼だった。僕なんか全然問題にならない。

 テヒブさんが力ずくで引き剥がされると、ポール・ウェポンも抜けた。振り向きざまに投げ飛ばされたその身体が飛んでくる。

 僕とテヒブさんがもつれあって転がった後には、棒とポール・ウェポンがあっちとこっちで別々に落ちていた。

 ヴォクスの声がギインと頭の中に響く。

「異界の小僧よ、また相手になってやろう」

 身体を起こそうとしたとき、すっかり暗くなってもまだ日が沈みきっていなかったのか、霧に包まれてヴォクスが消えるのが見えた。

 消えたのはヴォクスだけじゃなかった。

 テヒブさんは僕の落とした棒を拾うと、何も言わずに闇の中へと駆け出していった。

「テヒブさん……」

 すっかり夜になってしまって、その後ろ姿は見えなくなくなっていた。それでもポール・ウェポンのある場所が分かったのは、暗闇にぼんやりと光っていたからだ。

 このまま放っとくわけにもいかない。拾い上げようと思って近づいたけど、手が止まった。

 ……限定魔法がかかってたんだっけ。

 触ると吹っ飛ばされるわけだから、誰も盗んだりはしないだろう。

 ……置いてくしかないかな。

 そう思って、家でテヒブさんが帰るのを待つことにした。リューナだって、あのままにしちゃいけない。

 でも、歩き出そうとしたとき、どこからか声が聞こえた。

「お前が使え」

 まるでポール・ウェポンに呼び止められたような気がしたけど、テヒブさんの声にも似ていた。

 でも、その姿はどこにもない。

 もう一回、ポール・ウェポンに近づいてみた。ちょっと迷ったけど、手を伸ばしてみることにした。

 ……吹っ飛んだって死んだりしないし。

 どれだけ手を近づけても、何も起こらなかった。明るくはないけど、はっきりとそこにあると分かるくらいに光る武器は、簡単に拾えた。

 ……何で?

 そんなことをぼうっと考えていると、すすり泣きの声が聞こえてギクッとした。

 振り向いてみると、リューナだった。頬を伝う涙が、ポール・ウェポンの光に輝いていた。

「テヒブさん、帰ってくるよ、リューナ……」

 どう言っていいか分からない言葉が交じっていたし、どういうか考えてる余裕もなかったから、日本語で言った。

 そのせいかもしれないけど、リューナは返事をしなかった。

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