クラス全員が転生して俺と彼女だけが残された件

兵藤晴佳

プロローグ

第1話 しょっぱなから前世譚

 この山奥の田舎町も、いわゆる師走を迎えて冬支度を始めたようだった。

 昼過ぎから降り始めた雪は、高校の下校時には教室の窓の外を真っ白に染めた。さっさと帰れとばかりに終業のチャイムが鳴り響くと、僕の周りの生徒は一斉に席を立ってぞろぞろと教室を出ていった。

 2学期の期末考査はもう先週終わっていて、部活のない者は冬休みを待つばかりだった。最後の1人が教室の照明を消すと、窓際の隅っこで残ったのは、1人の女子生徒の影だけだ。視界を真っ白に閉ざして光りしずまる窓を見つめて、何やら考え込んでいる。

 俺は教室の扉を閉めると、彼女に歩み寄った。

「覚悟は決めた」

 長い黒髪をかき上げて俺を見上げた黒目がちの瞳の奥には、去年も別の教室の窓から見た外の雪明りとは違う、昏い光が宿っている。

「じゃあ、データ見せてよ、八十島やそしま君」

「こんなとこかな」

 カバンから出した俺のスマホを見せると、彼女は満足そうに微笑んだ。

「上出来よ」

「何で俺がこんなことを」

 彼女のそばにある席に陣取ってふてくされると、年の割には妙に色っぽい笑みが辺り一面に淡く匂う。

「せめてもの罪滅ぼしよ」

「お前が俺に何したってんだ」

 つい昨日、転校してきたばかりの彼女には何の貸しもない。

 もっとも、寛大な俺の言葉に礼を言う必要はないようだった。

「あなたじゃなくて、この世界に」

「今朝、これ見せられなけりゃ信じなかったよ」

 敷地内では電源を入れてはいけないと校則で決められているスマホの画面上では、妙にリアルなアバターがファンタジー系の村を歩いている。

 その顔は、さっき教室を出ていった生徒の1人だった。

 画面を撫でると、さっきまで一緒に授業を受けていた2年の同級生が別々の場所でうろついている姿が次々にスライドする。

「あなただけね、引っかからなかったのは」

 嬉しそうに、それでいてどこか残念そうに僕を見つめるまなざしは、とても高校2年とは思えないほど色っぽい。

「なんでこんなことを」

「みんな、彼らが望んだことよ」

 彼女は、異世界から転生してきたお姫様。

 クラスの連中をことごとく、彼女がもといた異世界に放り込んで下剋上させまくるのが狙いだ。

 今さっき帰って言った連中は、その魂を抜かれた抜け殻にすぎない。

 じゃあ、どうして俺だけが正気を保っているのか?

 八十島やそしまさかえだけが。

 俺にもよく分からないが、ただ、平凡と平穏を望んだからだということにしないと、ひとりでここに居残ったことが納得できない。

「どういう仕掛けになってるんだ」

 聞いてはみたが、それが分かったところでどうなるものでもなかった。


 綾見あやみ沙羅さら

 昨日の朝、転校生として紹介された彼女は一瞬で男子生徒の注目を集め、女子生徒の警戒と羨望の的になった。

 雪曇りの空みたいに冷たく重苦しい期末考査の日々を過ごした後、土日が明けてみたらいきなりの美少女だったわけだ。そんな彼女に愛想よくされて悪い気のする者はいようはずもなく、かく言う俺もその日のうちにSNSのグループに誘われてホイホイと乗り気になった。

 ところが、夜になってのことだ。

 彼女を交えたグループチャットに参加したら見慣れないアプリのアイコンがトップ画面に現れ、スマホが勝手にログインされてしまった。

 現実と見まがうほどの精巧なCGで描かれたな海や森林、城や中世ヨーロッパ風の街並みが、目まぐるしく現れては消え、消えては現れた。

 その画面に姿を見せたアバターもまたやたらリアルで、しかも綾見沙羅にたいへんよく似ていたのだ。

 胸元の開いた純白のドレスをまとって大剣を持った戦乙女。

 それが、彼女と同じ声で語りかけてきた。

「この異世界で刺激的に生きるか、現実世界であたしの下僕のまま終わるか、どっちか選びなさい」

 バカバカしいと思って電源を切ろうとしたが、「Yes」「No」ボタンが出たまま画面がフリーズして動かない。

 仕方なく「No」のボタンを押したのは、冗談でもそんなことに付き合いたくなかったからだ。

 俺は、平穏と平凡を望む。

 一山いくらの男で充分だ。なんとか大学までは出て、どうにか食っていけるところに就職できて、結婚して子供が1人か2人持てればそれで充分だ。

 だが、ボタンの下のカウンターには「1」しか入らなかった。

 「Yes」には39名。うちのクラスは40人だから、俺以外は刺激を求め、下僕になることを嫌ったことになる。

 どうにも嫌な気分でそのまま一晩寝てしまい、次の朝、彼女にアプリのことをそれとなく聞いてみたら、スマホの動画を見せられて、正気とは思えないような返事をされた。

 ……ごめんなさい。私は画面の向こうの世界から来たの。

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