第43話 歴戦の強者っぽいオッサンとの特訓

 朝早くから僕を庭に引き出したテヒブさんは、長い木の棒を腰に構えた。

 ……ちょっとハンデありすぎじゃない?

 藁を敷いただけの固い床で叩き起こされて、眠いし背中も痛い。夕べは藁のベッドを明け渡して、僕とテヒブさんは下の台所で寝たのだ。

 渡された木の棒は、まっすぐ立てると僕の方までしかなかった。これでまともに戦えなんて言われても、そんな気にはなれない。

 言われたかどうかはわからないけど、隣で寝ていたテヒブさんが起きていきなり言ったことを繰り返してみたら、こうなった。

 たぶん、「戦うぞ」と言われて「戦う」と答えちゃったんだろう。

 ……やめた。 

 僕は棒を投げ捨てた。

 昨日、リューナを襲った男たちを片っ端から投げ飛ばし、壁を蹴って軽々と僕の前に舞い降りたテヒブさんだ。まともに戦って勝てるはずがない。

 でも、ホウキ持った女をかばって僕から包丁を取り上げたんだから、素手の僕を殴ったりはしないだろう。

 ……まあ、ネットで見た無手勝流むてかつりゅうってトリックかな。

 そう思ってたら、いきなり目から火花が散った。身体がその場にすとんと落ちる。

 ……え?

 座り込んでいる暇はなかった。曲げた膝の辺りに、棒の先が叩きつけられる。

 ……待って! 歩けなくなったらどうするんだ!

 立ち上がる前に、鼻先がひゅんと鳴った。

 尻餅をついた辺りで手に触れたのは、僕の棒だった。

「戦え!」

 たぶんそう言ったか言わないかのうちに、テヒブさんの棒は頭から降ってくる。

 目をつぶって両手で差し上げた棒が、パアンと鳴った。 

 ……手が、痺れる。

 手加減なんかしてくれないことは、よく分かった。たぶん、戦わない限りは一方的にぶちのめされる。

 それに気付いたとき、遠くでバタンと音がした。はっとして横目でそっちを見たら、2階の窓を開けたリューナが見下ろしていた。

 格好悪い所は見せられない。

 僕は覚悟を決めた。

「うわああああ!」

 やけになって振りかぶって打ち込んでも、簡単に胸を突かれてしまう。フっ飛ばされた僕は、地面に転がって咳き込んだ。

 ……痛い。もういやだ。

 だけど、立たなかったらまた殴られる。戦うしかなかった。

 でも、長い棒に短い棒でどう立ち向かったらいい?

 ……懐に飛び込めばいい。

 頭に閃いたのは、ネットとかマンガとかで見たセリフだ。

 でも、相手が強すぎて話にならない。だいたい、考えている間にテヒブさんは打ち込んでくる。それが怖くて、棒を持ったまま身体をすくめた。逃げちゃいけないと思っても、勝手に足が横を向く。

 運が良かった。テヒブさんの突いた棒が、僕の棒をかすめる。上手くかわした形になったけど、打った棒はすぐに高く上がった。

 ……もうだめだ!

 また棒がパアンと鳴って、僕は目を固く閉じた。

 でも、痛くない。

 ……あれ?

 目を開けると、そこにはどこかで見た感じの男が転がっていた。僕の代わりに懐に飛び込んでしまったのだ。

 昨日、リューナを襲った連中にこんなのがいた気がするけど、見事にその報いを受けたわけだ。

 ……でも、何で?

 僕をかばってくれたとも思えないけど、助かったのは間違いない。

 テヒブさんはどうしたかと見ると、ただ茫然と男を見つめていた。やっぱり、何が起こったのかいま一つ分かっていないようだ。

 そこで家の扉が開いて、リューナが駆けだしてきた。いきなり僕にしがみついたかと思うと、同じ言葉を叫び続けた。

「……! ……!」

 どういう意味かは分からなかったけど、心配してくれていることは分かった。

 そうじゃないことを伝えようとして、ぼくは首を振り続けた。

 縦に。

 それが、この世界では「~ない」を意味するらしいことは覚えていた。

 リューナの言葉がちょっと変わった。

「……、……」

 叩かれたことを心配して、それがないと言っているみたいだった。

 でも、叩かれていないわけじゃない。叩かれても、そうなっていないって意味だ。

「痛く……ない?」

 僕がつぶやいてみてもリューナに分かるわけはなかったけど、彼女と同じ響きの言葉を話している気はした。 

 今度は、リューナが言うことを真似してみる。きっと、こういう意味だと思いながら。

「痛い……ない」

 リューナが首を横に振った。僕の言葉が通じたのだ。

 そうなると、リューナの気持ちもはっきりわかった。

 村の男が叩かれた音を聞いて、僕がぶたれたと勘違いしたのだ。

 擦り寄せる頬が温かい。それが嬉しかった。

 でも、そんないい雰囲気は長く続かなかった。

 テヒブさんが叫ぶ。

「リューナ!」

 ……まさか、オッサン妬いてるのか?

 一瞬そう思ったけど、それは違った。

 腰に棒を構えたテヒブさんは、僕をまっすぐに見つめている。棒の特訓はまだ終わっていないらしい。邪魔したのを叱られたリューナは、すごすごと引き下がった。

 僕は、何となくではあったけど棒を構えた。正しいかどうかは分からないけど、戦うしかない。

 ……やっぱり、ハンデがありすぎる。

 僕が打ち込む前に、リーチの長いテヒブさんの棒が僕に当たる。でも、最初の一撃さえかわせば、必ず隙ができるのは分かった。

 ……防御! ひたすら防御だ。

 こういうのを、パリイというんだっけ。

 僕は棒を頭の上に掲げて、身体をすくめて突進した。でも、テヒブさんが逆手に振った棒の先は地面を滑る。

 ……下から?

 でも、予想より一瞬遅れて飛んできた棒は頭の上から来た。構え直すのには、また一瞬の隙ができる。

「うわああああ!」

 叫んだのは、やけになったからじゃない。この一撃で勝たなければ、もうチャンスはないと思ったのだ。

 思いっきり突き出した棒が、テヒブさんの腹をえぐる。

 ……やった!

 声も立てずに吹っ飛んだテヒブさんに、リューナが駆け寄る。それはちょっと妬けたけど、しょうがない。

 僕は、勝ったんだ。

 どっと力が抜けて、その場にへたりこんだ。もう、こんなのはごめんだ。今度やったら勝てっこない。毎日ボコボコにされるに決まってる。

 ……だけど、また勝ちたい。

 身体の奥からジンとくる、いい気持だった。

 いきなり聞こえた悲鳴で、一気にそれは冷めたけど。

「きゃああああ!」

 びっくりしてそっちを見ると、昨日まで畑で見た感じの女の人が立ちすくんでいた。

 ……誰?

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