第76話 モトの木阿弥……ていうか絶対の危機
暑くって目が覚めたけど、最初は自分がどこにいるのか分からなかった。
……ええと。
確か、リューナの部屋の前で見張りをしてたんだ。
グェイブを抱えて。
……あれ?
僕は確か、狭い廊下で壁にもたれていたはずだった。グェイブさえあれば、村の人たちは絶対に近づいてこない。だから、リューナの部屋には誰も入れないはずだった。
それに、外から錠前を下ろそうにも、そのカギは中にいるリューナが持っている。だから、閉じ込めることもできないのだ。
僕さえいれば、リューナは安全だ。
僕がテヒブさんのグェイブさえ持っていれば、誰もこの廊下を通れない。
……はずだった。
だけど、その僕は今、広い部屋の床に転がされていた。
天井には、見覚えがある。古い材木が縦や横に組み合わされていて、板には人の顔みたいなシがびっしり浮かんでいる。
……いつ見たんだっけ。
いろいろ思い出してみて、やっと思い出した。
僕は、ここに捕まっていたんだった。
確か、ヴォクス男爵が馬小屋の中でリューナを襲って、ニンニクの臭いで追っ払った後だったっけ。
あのときは英雄扱いだったからベッドに寝かされてたけど、今度は違う。
場所が床だとかそういうんじゃなくて、もっと大変なことになってた。
手が後ろに回ったまま、動かせない。
……あ、またやられちゃったな。
それが何でかは見えなくても、この感触は覚えてる。馬小屋に放り込まれた時のアレだ。
たぶん、手枷がはまっているのだった。
……まずいよなあ。
でも、このままってわけにもいかない。
……そうだ、リューナは?
リューナのいる隣の部屋は、外からカギをかけられない。でも、僕は見張りをしてないのだ。おまけにグェイブもない。
……ってことは?
誰でも、リューナの部屋に入れるってことだ。
……まずいよ。
もしかすると、もう手枷を掛けられてるかもしれない。そう思うと、僕は居ても立ってもいられなくなった。
起き上がろうとしたけど、手が上手く使えないんじゃどうにもならない。右に左に、じたばた転がるしかなかった。
……だめか。
あきらめて、天井を眺めるしかなかった。
……どうしよう。
このまま、横倒しになってるしかないんだろうか。まるで、芋虫だ。カッコ悪い。何にもできない。のろのろ這うだけだ。
でも。
そんなら、這うしかなかった。
……どっちに行こうか?
頭のほうか、足のほうかと迷っていると、ドアをノックする音がした。
誰かが、僕を呼んでいるのだ。
……何で?
手枷をはめて、部屋にカギをかけて閉じ込めたのだ。まるで奴隷扱いだ。
おまけにグェイブも、手元にない。まだ外の廊下にあっても、取りに行けなければ同じことだ。
それでも僕は、ドアの向こうに叫ばないではいられなかった。
誰かは分からなかったけど。
「外せ! これ外せよ!」
叫んでみたけど、通じるはずがない。足音が隣の部屋に向かうのが聞こえた。
……何する気だよ、リューナに!
僕は背中の腕を伸ばしたり曲げたりして、頭の方にある壁へと這いずっていった。そこへもたれるみたいにして身体を起こす。
……いける!
あとは壁を使って立つだけだったけど、その向こうではドカドカいう足音が聞こえた。
リューナのいるところに、あいつらが入ってきたのだ。
村の男たちが。
……ここから出なくちゃ。
とりあえず、カギがかかってるに決まってるドアまで歩いて行って、身体で押してみた。
やっぱり、動かなかった。
そんなら。
「開けろ!」
思いっきり、ドアに体当たりした。手が後ろに回ってるから、腹がもろにぶち当たる。
……ぐはっ。
一瞬だけ息が詰まった。
跳ね返された僕はまた、床に転がった。扉に近づいただけで、目が覚めたときと何にも変わらない。
やる気なくしそうだったけど、もう一回やってみた。
背中に回った手で、身体をぐるっと動かす。頭を壁に向けて、さっきのやり方で立ちあがった。
隣の部屋の話し声が聞こえる。男の声だった。
「リューナ……テヒブ」
テヒブさんのことを、リューナと話しているらしい。僕は背中を壁にぴったりつけて、耳を澄ました。
テヒブさんに教えてもらったのや、村の人が話すのを聞いて覚えた言葉が聞こえてくるかもしれない。
そう思ってると、男の声でいきなり来た。
「……死んだ」
誰が?
決まってる。
僕は思わず、壁に身体を叩きつけて叫んでいた。
「やめろ!」
怒りで身体が震えていた。
……ふざけるな! 勝手に! テヒブさんを! それもリューナの前で!
壁越しに、何やらガヤガヤ大騒ぎしてるらしい声が聞こえてきた。僕が何を言ったかなんて分かるわけないけど、怒鳴ったのは分かったらしい。
隣のドアがバタンと開く音がして、廊下に何人も出ていく足音がした。こいつら絶対、ここに来る。そしたらまた、手も足も出ないのに袋叩きだ。
……しょうがないよな。
こういうのには、もう慣れた。中学生の頃から、人間扱いされないキャラにされてることは何となく分かってた。それでも殴られたりはしないだけで、この異世界よりはるかにマシだったと思う。
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