第172話 守護天使の目の前でネトゲ廃人が追い詰められる
山藤にしては、よくやったほうだ。子供たちのカンがよかったのも、救いだった。大人たちがジタバタと騒ぐ中、子供たちは叫びながら敷地のあちこちに散った。
《リズァークだ! リズァークが来た!》
村長の家の辺りの大人たちに、それを聞いて いる余裕はない。山藤の荷車を引いてきた馬が暴れて、それどころではないのだ。
最初は大人たちの間をちょろちょろとネズミ花火の如く駆けまわっていた子供たちだったが、やがて誰も聞いていないのを察したのだろう。道へと飛び出すなり、喚きながら駆け出した。
《リズァークが来たぞ! リズァークが来たぞ!》
道が二股、三ツ又になるたびに、子供たちは2人、3人と小隊をつくって効率よく分散していく。そのうち、1人ずつが村のあちこちでリズァークの襲撃を告げて回るのだろう。
山藤はというと納屋の奥に引っ込んで出てこないし、村人たちは相変わらず馬を抑えようともせずに逃げ回っている。
そういえば、この村の農作業で馬を使っているのを見たことがない。いない馬のなだめ方を、村人が知っているはずもなかった。
山藤耕哉がシャント・コウとして動きはじめない限り、どうにもならない。だが、村人がここまでテンパってると、モブとして操りようがなかった。
ないない尽くしの中で俺ができることは、「待つ」ことだけだった。馬が暴れている中でに、あの山藤を外に出したところで蹴られて大怪我するのがオチである。
……いや、馬に蹴られて死ぬのは俺のほうかもしれない。
山藤とリューナの恋路を邪魔しているのだから。
そんなことはどうでもいい。とにかく、何もしない山藤よりも、小さい身体で駆けまわる子供たちを見ていた方が精神的には健康でいられるだろう。
村全体を俯瞰してみると、子供たちの動きがよく分かる。分かれ道ごとに人数を割いていくうちに、ひとりひとりがリズァークの名前を叫びながら村中を駆けまわるようになった。
その道という道は家々の間を巡りながら再びひとつ、またひとつと交わっていく。狭い村なので、子供たちはそれほど時間をかけることなく、村外れの水車小屋の前に在る橋のたもとに集っていた。
《じゃあ、みんな、行くよ!》
音頭を取るのはククルだ。再び子供たちは分かれ道ごとに散り散りになって、村人たちの追い出しにかかる。
目指すは、村の反対側にある壁だ。たくさんの大人たちがそこを目指せば、村長の家で騒いでいる村人たちも気づいて後に続くだろう。
もうそろそろ、画面に村長の家を映してもいい頃だ。
……いくら何でも山藤だって何か行動を。
起こしていると思ったのが甘かった。シャント・コウこと山藤の姿は、影も形も見えない。
逆に、大人たちが動いていたといえばそうだった。
ネガティブな方向で。
馬に怯える村人たちは、その扉に向かって、また壁に突っ込んで大穴を空けた荷車に向かって殺到していたのだった。
これでは、山藤が外に出られない。誰か、モブにできるのが1人でもいれば、なんとか馬を誘導できるかもしれないのだが。
しかし生憎と、ひとり残らず我を忘れて扉に手をかけ、その中に入ろうとしている。どうしようもない。
……待てよ? 「我を忘れて」?
そういうときは何かひとつのことに心を奪われているものだ。では、もし、それがなくなったら?
俺は、最初の1人が扉を開けるのを待った。納屋に足を踏み入れた瞬間、その姿をタップする。思った通り、逆三角形のマーカーが灯った。人間、ホッとすると一瞬、放心状態になるものだ。
俺はモブに納屋の扉を背中で閉めさせた。その中に入っているので、外の様子は分からない。ただ、喚く声だけが聞こえる。
《開けろ! 開けろ!》
《まだ馬、暴れてる!》
《あっちだ! あっちへ行こう!》
声と足音が場所を移したのが分かった。たぶん、荷車が壁に開けた穴のほうへ行ったのだ。
……チャンス!
俺は、手をかける者が誰もいなくなった扉から、モブを外に出した。庭を眺めると、まだ、馬は興奮してあっちこっち走り回っている。
下手に手を出せば、このモブは大怪我をする。それはそれで心が痛むが、背に腹は代えられない。壁のほうを確かめると、村人は荷車が邪魔になっているようだった。
俺はモブに、足もとの小石を拾わせた。馬の走るコースはデタラメだったが、俯瞰視点にすると、庭じゅうをまんべんなく走りまわっているのが分かった。
村人たちはというと、誰が最初に思いついたのか、壁の穴を塞いでいる荷車を引き出しにかかっている。
それはそれで放っておいて再びモブの視点で待っていると、馬はこっちに尻を向ける姿勢で走ってきた。
……今だ!
その尻に向かって石をぶつけてやると、馬は団子状になってもたつく村人の群れに向かって突っ込んでいった。荷馬車は引き出されたが、開いた穴には誰も駆け込めない。
仕方なく荷馬車の陰に隠れた村人たちの目の前で、馬は庭の中に向けて急カーブを切った。ほっとした顔がいくつも、雛壇の人形みたいにひょこひょこと突き出される。
《行ったか?》
《やれやれ……》
《戻ってくる!》
そんな会話が交わされたところで、馬はまた戻ってくる。村人たちはまた荷馬車の向こうに隠れたが、俺はモブに拾わせた石を再び馬の横腹にぶつけた。
馬は高くいななくと、壁の穴から納屋に暴れ込んだ。
《うわああああ!》
山藤の悲鳴が聞こえた。納屋の辺りまで行って中を覗くと、CG処理された闇の中に、何か長い棒のようなものが振り回されているのが見えた。
……グェイブ?
いや、それはヴォクスの城の中に落としてきたはずだ。俺はシャント…山藤の姿が暴れる馬の身体の陰に見えたところで、モブのマーカーを外した。
そのまま視界を、納屋の中にいるシャント・コウの頭上に移す。見えたのは、長柄の斧の先に槍の穂先がついた武器だった。
馬の蹄が、斧の刃や長い柄をけたぐっている。脚の力は相当に強いはずだが、山藤はどうにかこうにか持ちこたえている。
それどころか、立ち上がりさえしたのだ。
《うおおおおおお!》
絶叫と共にあり得ないことが起こった。あの細い腕では腕立て伏せでさえ危ないはずなのに、馬の前足が持ち上げられている。
いや、馬が自分で持ち上げたのかもしれないが、どっちにせよ、その動きは治まった。逃げるのをやめた馬は、その場に凍りついている。
その理由は、すぐに分かった。
《リューナは……どこだ!》
納屋の隅に、何か小さな生き物がバタバタと羽ばたいていた。画面のCG処理で見えたのは、大きなコウモリのような生き物である。
それが何だか分かっていたが、俺の頭の中に、それを言葉にするのを拒む何かがあった。
名前を思い出したところで、俺にはどうすることもできないが。
シャント…山藤は、さっきの武器を構えて姿を隠した。納屋の反対側の隅に大和積まれた袋の間だ。それは天井からの視点で分かったことで、ヴォクスからは馬の図体が壁になって見えはしない。
そう、ヴォクスだ。コウモリに姿を変えて、吸血鬼ヴォクス男爵がやってきたのだ。
《どこだ……答えろ、小僧!》
コウモリへの変身を解いたヴォクスは、馬の陰になっているシャント…山藤を恫喝する。気の小さい山藤なら、震えあがって声も出せはしないだろう。
したがって、返事はない。そんなことはヴォクスもハナっから分かっていたのだろう、ゆっくりと歩きだす。硬直していた馬は震えながら後ずさりを始め、やがて納屋の外へと姿を消した。
《そこか……》
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