第162話 ネトゲ廃人、魔法の武器を捨てる

 階段に足をかけたところで、足下がぐらりと揺れた。

「うわっ!」

 火事のせいだか何だか知らないけど、階段が随分脆くなっていた。それでもぐっとバランスを取って、更に登り続ける。

 でも、弱くなっているのは他の段も同じだった。2、3歩登ると、もう崩れてくる。

「わっ! また!」

 今度は本当に転げ落ちそうになったけど、そこを必死で踏ん張った。足に力をこめたまま、その勢いで次の段へと進む。

 早くこの塔から出ないと、このまま焼けて死んでしまう!

 でも、俺は簡単には逃げられないようだった。バチバチいう炎の音の中で、兵士たちが騒ぐ声がする。

「逃げる! ……!」

 異世界語で分かるだけでも、僕はまだ追われている。もっと速く走って上がろうとしたけど、また足下が崩れた。

 割れた石の隙間に、足が挟まっていて抜けない。火の勢いが凄いから、リズァークの兵士もなかなか近寄れない。それが分かってるから、よけい焦る。

「今が、チャンス、なのに!」

 もがいていたら、挟まれた足が抜けた。立ち上がると、またそこから階段が崩れる。ボロボロになって、もう踏む場所もない。

 大した高さじゃないけど、兵士は追ってこられなくなった。

「ざまあみろ……」

 急いで登ると、下の方で金属の擦れる音がした。怖くて振り向けないけど、たぶん、剣を抜いたのだ。

 腰の辺りで、ひゅんと音がする。階段の残骸が危なくて足を踏み出せない兵士が、何とか武器のリーチで仕留めようとしているらしい。

 僕は僕で、踏んだら崩れるかもしれない階段に足をそろそろ乗せた。

 崩れない。何とか先へ進めると思ったら、それは甘かった。僕の前を邪魔しているものがあって、そこから先へは行けない。

 すっかり忘れていた。さっきテヒブさんに向かって振るったハルバードの斧が、壁に突き刺さったままだったのだ。

 柄を掴んで引き抜こうとする。先へ行けるし、武器も手に入る。そう考えたけど、やっぱり簡単にはいかなかった。

 熱い!

 これがグェイブだったら触れたかもしれない。でも、この炎の中では熱を持っていても当たり前だった。

 もたもたしているうちに、僕の脇を槍の穂先がかすった。

 ファンタジー系RPGではパイクっていう。柄のメチャクチャ長いやつだ。普通は広いところで密集して使うもので、ダンジョンとかこういう狭い所には向かないはずなんだけど。

 リズァークの指揮する戦闘って、どうなってるんだろう、いったい?

 それはともかく、ここでは間違ってない。というか、危ない。逃げ道は、この階段しかないのだ。

 思い切って、ハルバードを掴む。熱い! 手のひらがビリッていった。火傷したかもしれないけど、そんなこと言っていられない。

 力を入れると、本当に手の肉まで焼けるかもしれないので、斧の刃はやっぱり抜けなかった。何とか頑張って、またいで乗り越えた。

 また、耳元になんか来た。

 ヒュン!

 今度は弓だ。本当に武器のバリエーションが多い! リズァークの兵士たちは。

 階段を登ろうったって、上からも火が噴きつけてくるんだからたまらない。なんとか壁沿いに手をついて上がりはしたけど、下から撃ってくる矢からは逃げづらくなる。

「ひっ!」

 首をすくめて、なんとか助かったりもする。そこで2本、3本と矢が飛んできて、中には袖を射抜くのもあった。

「撃つな、撃つな、敵じゃない!」

 異世界語で、こんなややこしいことはしゃべれない。現実世界の日本語でしゃべったって、伝わるわけがない。まず、螺旋階段のカーブを曲がり切ることが先だった。

 やっとの思いで、矢が飛んでこないところまで登ることができた。

「助かった……」

 袖に刺さった矢を引き抜いたけど、それを捨てると、すぐに火がつく。

「どうしよう……」

 そこで、更に悪いことが起こった。頭の上で、ガラガラと音がする。

「ひいいっ!」

 あんまり反射神経のあるほうじゃないけど、気は小さい。中学生のときは、誰かが殴る真似をしたくらいで身体がすくんだ。 

 同じように、腕が勝手に頭をかばう。おかげで、落ちてきた石は命中しないで下の方へと落ちていった。

 思わずしゃがんだところに、また石が落ちてくる。それが当たった腕が折れたんじゃないかと思うくらい痛かった。

 我慢しようと思ったんだけど、無理だった。次々に当たる石のダメージが、手の、腕の、肩の奥にジンとくる。

 僕は全身の力が抜けて、その場に倒れた。

 ……もう、立てない。

 そのときだった。崩れかかった階段の隅っこに、どこかで見た長い棒があった。先っぽでは、カーブを打った刃が炎の中でも冷たく光っている。

「グェイブ……」

 手を伸ばしてみると、その周りはひんやりと気持ちよかった。それはやっぱり、魔法の武器エンチャンテッド・ウェポンだからだろう。

 とりあえず、闘いに使うよりも、先にすることがある。どうにかつかんで、それを杖にして立ち上がる。

 でも、何にもならなかった。頭の上から、今度は壁石が畳ぐらいの塊りになって崩れ落ちてきたのだ。

「くそ……!」

 グェイブで身体を支えると、じたばた足を動かして階段を登る。もちろん、そんなことでは間に合わない。

 僕をぺしゃんこにできるくらいの大きな壁石が、頭の真上から降ってくる

 もう、ダメなんだろうか。

 さっきリューナをさらっていったテヒブさんから言われたことが頭の中に響く。

「強い武器を使うなら、その後のことも……」

 グェイブを抱えたまま、しゃがみ込んだ。壁石が、刃に当たって甲高い音を立てる。でも、魔法の武器はそう簡単に折れたりしないっていうのがファンタジー系RPGのお約束だ。

 階段の上に落ちた石の塊は、壁際で斜めに構えたグェイブが弾いてくれたものだ。その下で、僕はうずくまっていた。

「その後のことも……考えてるさ!」

 叫んではみたけど、石は結構重かった。

「おおおおおお!」

 押し返そうとしたけど、無理だった。このままじゃ、グェイブごと押しつぶされる。

「そんなら……!」

 魔法の武器の使い道としてはもったいなかったけど、グェイブの端を壁の角に持ってきた。つっかい棒にするのだ。

 なんとか、僕の身体が入るくらいの隙間はできたけど、今度はグェイブを突っ張った階段の石に、ひびが入った。

「やばっ……」

 逃げようとしたけど、グェイブも階段にめり込む。押しつぶされはしなかったけど、身体はしっかり、階段と石の間に挟まれてしまった。

 グェイブのおかげで、炎の中でも熱くはない。でも、柄はどんどん階段の中に沈んでいく。そのうち、本当に石の下敷きになってしまいそうだった。

「何とか……抜け出さ……ないと!」

 そう言いながら、石の下から這い出そうとはしている。手足を曲げたり突っ張ったりしているうちに、頭を押し出して、身体から足まで引っ張り出すことができた。

 残ったのは、グェイブだけだった。石の下に手を伸ばしても、なんとか掴むのが限界だった。

 引き抜こうとしたけど、全然、動かない。そのうち、尻が炎にあぶられだした。

「熱っ!」

 そのとき、壁石がばたんと倒れて、目の前の階段が崩れていった。もう、グェイブはどこへ行ったのか分からない。

「あれがないと……」

 諦めるしかなかった。今は、ここから脱出しないといけない。階段の上から吹き付けてくる炎が、顔をちりちりと焼く。

 袖で口から下を覆うようにして、炎の中へと突進した。全身を焼かれないように、壁際を登る。生き残れるか、黒焦げになって死ぬか、そんなことは分からない。ただ、この上には出口がある。それだけは間違いなかった。

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