第57話 守護天使、リア充爆発を願う
スマホの中では夕暮れ時だったが、こっちの世界はいつの間にかすっかり暗くなっていた。
それまでの間、ずっと神社の前の道で立ち止まったまま、俺も沙羅も言葉を失っていた。
……何でこういう展開?
気になっていたのは、リューナが確かに喋ったということだった。村長と男たちが撃退されるまで、そして担任をやりすごすまで頭の隅に引っかかっていたことがようやく形を取ったのである。
それが解決できないかと思ってスマホを見てみたのだが、急展開すぎる。山藤が日頃からやってるらしいネトゲとかギャルゲーとかはよく知らないが、こんなもんなんだろうか。
何でこんなネトゲ廃人ごときがこんな美少女とこんないい思いを?
俺だってこんなことないぞ! いや、想像したことすらない。
ファーストキスなんて!
自分でも理不尽なやつあたりだとは思ったが、みっともない嫉妬は抑えられなかった。
……許せん! 許さんぞ山藤!
先に
「……はいゲームセット私の勝ちお疲れ様でした~!」
ヤケクソ気味に一方的な勝利宣言を残して、沙羅は川沿いの職人町を駆け出した。
「待てよコラ!」
認めない! 俺は認めんぞ!
自分でも何が納得できないのかはよく分からなかったが、これは放置しておけなかった。幸い、沙羅は呼び止めると素直に歩を緩めたので、すぐに追いすがることができた。
「何でお前の勝ちなんだよ」
三角ベースで透明ランナーの存在を主張する子供のように、俺はムキになって食ってかかった。沙羅は呆れ顔で、軽くいなした。
「だってもう、これは確定でしょ」
妙な抑揚をつけたその口調には、ちょっと無理が感じられた。沙羅は沙羅で、シャント…山藤の運命が激変したのを受け入れられないようだった。
「何が」
分かりきっていることを更に突っ込んで聞いたのは、沙羅がこの幸運というか、山藤に果てしなく都合のいい展開をどう思っているのか知りたかったからだ。
もちろん山藤じゃあるまいし、スマホ画面の中の少女に惹かれていたわけではない。だが、いい思いをしているヤツに嫉妬しているとは、自分でも思いたくなかった。
返事は、答えになっていなかった。
「ギャルゲー的に」
俺が聞きたかったのは、俺も沙羅も何ひとつ手を下さないことで決着がついていいのかということだった。
「だから知らねえって」
はぐらかしを切って捨てると、沙羅はようやく本題に入った。
「ここまで来たらこっち戻らないでしょ」
それだけ答えて、沙羅はまた歩き出した。
異世界に転生したシャント・コウこと山藤耕哉君は、金髪で巨乳の美少女リューナと恋に落ちて、そのまま幸せに暮らしましたとさ……めでたしめでたし。
だが、そんな簡単でウマい話を見過ごすわけにはいかない。
それを改めて自分自身の理性に確認した上で、俺は文句をつけた。
「完全にタナボタじゃねえか」
たしかに痛い思いはしたかもしれないが、現実から逃げ出したツケを支払うには足りない。ただし、これは俺の個人的な理屈であって、沙羅の知ったことではない。
だから、沙羅には非難として受け止められたのも当然だった。
「私何にもしてないし」
シャント…山藤の活躍をお膳立てするのは不可能だ。ここには、ご都合主義を操るのに動かすべきモブがいない。
だが、俺は一方的にまくし立てた。
「意地でもコイツの目、覚ましてやるからな」
山藤には何の義理もない。なんだかわけの分からない力で、俺の平穏と平凡な毎日が侵されているのが許せない。俺が沙羅の挑戦を受けたのは、それがタテマエだ。
そのタテマエの後ろには、面白くないという気持ちが潜んでいる。認めたくはなかったが、沙羅には見抜かれていた。
「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて……ってね」
俺たちはもう、沙羅の家へと向かう橋の前まで来ていた。沙羅は片手を胸の前に挙げて挨拶すると、真っ黒に冷たく流れる川に渡された橋の向こうへと消えた。
夏には古い町並みへと観光客を誘えるようにライトアップされるが、冬場は欄干に小さなランプが等間隔でくくりつけられているだけだ。沙羅が通り過ぎた橋の上を、軽トラックが一台だけ走ってきた。
それをやりすごして、俺はバスターミナルへと早足で歩いた。山藤とリューナがべったりとくっついてるとこなんぞ見たくもなかったからだったが、早く着いたら早く着いたですることがなかった
売店はあるが、ここで買わなければならないほど切羽詰まったものはない。切羽詰まっているのは財布の中身だけだ。こんな田舎町にもそろそろクリスマスはやってくるが、金がなければ心おきなく見送りにできるというものだった。
教科書に目を通すなんてこともしたくなかった。下手にカバンを開けて、気づかないうちに落とし物なんかしてもつまらない。
俺は仕方なく、もう一度スマホを見た。異世界も暗くなっている頃だ。闇の中で、山藤はシャント・コウとして、リューナと上手くやっているだろうか。
……爆発せい! ライダーに倒された怪人みたいに!
子どもの頃に見た特撮を思い出しながら眺めた画面だったが、そこは予想に反して、絶体絶命の状況になっていた。
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