「異世界に召喚された僕だけが吸血鬼の倒し方を知っている」とこいつが思ってることを俺だけが知っている

第8話  プレイヤー視点の幸福

 夕暮れの田舎道でひとり取り残された僕は、自分の名前を忘れないよう、言葉にして繰り返した。

「シャント・コウ……山藤耕哉」

 普通なら口にできない、僕の心の中の本当の名前と……現実と呼ばれる世界につきあうために使っている、親が勝手につけた仮の名。

 でも、今は思いっきり言葉にしていい。周りには誰もいないから、叫んだっていいのだ。

「シャント・コウ! シャント・コウ! 僕はシャント・コウ!」

 なんたって異世界なんだから! 

 でも、こんなことがあるなんて! 何者なんだよ、綾見沙羅!


 転校生が来たからって、別に関係ないと思った。

 そりゃ、長く編んだ黒髪を制服の肩に垂らした姿は、すごく可愛かった。でも、その分、僕には縁のない世界の人だってことはその場で分かった。

 僕は所詮、人畜無害のオタクなんだ。その自覚はある。

 背は低いし、小学生のときAだった視力はネトゲのやりすぎでDのド近眼になっちゃったし。

 勉強は数学で文字式が入ってきた中1から分かんなくなったし、筋力ないし体力ないし、何やっても人の足手まといだってことは明らかだから、なるべく誰もいないところでじっとしてるのがいい。

 ただし、文化祭はRPG的なファンタジーの劇だったから、黙って見てられなかった。半端な聞きかじりの知識で台本書くなよ、セット作るなよ、武器作るなよ!

 ……だからって、僕に何ができるわけでもない。文とか書くの下手だし、手先が全然器用じゃないし、ネトゲ忙しいし。

 小道具なんか作らせんなよ! 知ってるのとできるのは別なんだよ! 

 結局、文化祭で何もできず、余計にクラスで浮いてしまったのも肌で感じてた。

 だから、綾見沙羅を見た男子が歓声上げても、僕は関係ないって思った。

 それなのに。

 彼女は、僕をちゃんと見てた。

 1時間目が終わると、男子ども、特に体育会でいい格好してる連中とか、田舎者のくせにやたら頭髪いじったり服装規定違反やったりしてる連中は綾見さんに猛ダッシュをかけた。そんなバカどもは騒いだりギャグったりして自己アピールに余念がなかったが、僕はくだらないと思って内心で笑っていた。

 でも、綾見さんが気にならなかったわけじゃない。

 図書館から借りてきた海外のエピック・ファンタジー長編の最新版翻訳を読みながら、男子どものバカ話を軽く受け流す笑顔をちらちら見ていたら、一瞬だけ目が合った。

 偶然だと思って視線をそらして、もっぺん顔を向けて見たら、趣味だの前の学校の話だのを適当に受け流しながら、やっぱり僕の顔を見ていた。

 ……何で?

 その謎は、次の休み時間に解けた。

 本を図書館へ返しに向かう廊下で、いつの間にか綾見さんが背後を歩いていたのだ。

「ちょっと、いいかな?」

 こんな可愛い、というか綺麗な女子に声をかけられるなんて初めてだったので、ちょっと戸惑った。

「今、図書館に……」

「そんなのいいじゃない」

 考えてみれば、僕の読んでいるシリーズはマイナーだ。他の人に借りられる心配はなかった。

「あ、いや……」

「私のSNS来ない?」

 行くとも行かないとも言わないうちに、僕の耳元で温かい息が囁いた。

「スマホ貸してくれない?」

「え、でも、構内で電源は……」

「いいから」

 周りを見渡しても、図書館に近い廊下には誰もいなかった。10分休みを使ってわざわざ本を見に来る者はそんなにいない。

 綾見沙羅と二人っきりだ。しかも、結構いい雰囲気だった。この空気を壊したくなかった僕は、易々とスマホを渡してしまった。

 綾見さんはスマホの表面を撫でていたが、しばらくして「はい」と画面を見せてくれた。そこには、グループチャットのエントリー画面が映っている。

「今夜、ここに来て。クラスのみんなも誘うから」

「でも、僕は……」

 何を話したって相手にされないに決まっている。

 でも、美しい転校生は実に転校生らしい一言で僕をその気にさせた。

「山藤君と友達になりたいな」

 その時は頬が火照って何も言えないまま、スマホの電源を切って教室へ逃げかえった僕だったが、内心はものすごく嬉しかった。


 結局、その晩はいつもやっているネトゲもそこそこに、グループチャットにログインした。

 次から次へとやってくる、仮面の名前たち。そのひとりひとりが誰かは、発言を見ているとだいたい見当がついた。

 僕は黙っていた。バレたら、ここだけじゃなくてリアルでも何を言われるか分からない。

 ひとり、またひとりと参加者が増え、会話も盛り上がっていく。そのうち、誰かが僕に話題を振った。

 まずい……下手に答えたら僕だとバレる。だけど、答えなかったら、それは無視だ。余計に危ない。

 どう答えようか迷っていると、突然、画面上に見慣れないアプリのアイコンが表れた。スマホが勝手にログインされ、画面に実写映画かと思うほどリアルなファンタジー世界が出現した。

 思わずそれに見とれていると美しいアバターが現れて、僕は息を呑んだ。

 純白のドレス。

 手には大剣。

 開いた胸元がまぶしい。

 何よりも、その戦乙女は綾見沙羅によく似ていた。

 姿だけじゃない。声も同じだった。

「この異世界で刺激的に生きるか、現実世界であたしの下僕のまま終わるか、どっちか選びなさい」

 しもべ……?

 ネットでは結構、高飛車なんだと思ったけど、そこが何だか身近に感じられた。

 転校してきた美少女が、実は隠れオタク。もしかすると、それが原因でみんな引くかもしれない。いや、男子は敢えて現実世界でシモベになるだろうか。

 すると、僕が彼女とだけ共有できる世界はひとつしかない。

 出現した「Yes」ボタンを、ろくに「No」ボタンも見ないで押すと、目の前が一瞬、ホワイトアウトした。 

 気が付くと、僕は中世風の服をまとって、どこかの田舎市場の雑踏に紛れていたのだった。

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