彼の友人関係がおかしいなんてありえない

お味噌ちゃん21号

第1話 一日目

 実家の自室、一人の男が窓際に置かれたベットに腰掛けていた。男は見るもの全てをどん底にひきずりこむかのような絶望の表情を浮かべている。その男の手は強く紙をにぎりしめていた。


 見慣れた内容にため息をついていた。


 今回はご縁が無かった。


 そういう内容だった。


二週間前に受けた会社からのお祈りの手紙。


 また就職に失敗したということだった。


 彼は無職だった。仕事を探そうにも育ちきった性格の暗さや極度の人見知りがたたり、面接でうまくいかなかった。面接官から呆れた顔で対応されることは毎回だった。それが何回も続けば、彼の心は簡単に折れた。自分を守るために全ての人間をシャットアウトするまでには時間はそうかからない。


 きっと彼は生まれ持った無職の資格を有していたのだろう。


 人にはいくらやってもだめなものがある。それが彼には就職だった。人との付き合いが苦手な彼は特にそれが顕著に浮き出ていた。


 学生のときですら友達すらおらず、いつまでも一人だった。漫画や小説のように主人公が友人と楽しく会話したり、昼食をともにしたりという展開もなかった。


 最初はクラスメイトから義務的に話かけられたりもしたのだ。ただ、それを答えるのに全力だったため次に繋げることすらできなかった。


 小学生のときも一人。


 中学生も一人。


 高校も大学も一人。


 小学生のときは中学生になれば友達ができる、中学生のときは高校生になったら大丈夫だと信じた。高校も大学もそうやって新時代に向かう前に明るい希望を持っては、どん底に落とされてきた。


 それが悪かったのかもしれない。


 新時代に思いをはせ続けた自分。周りがリアル充実生活を繰り広げている中、今の自分はなんだと比較したとき、恥ずかしかったのだ。それから今を目立つことを拒否してきた。日常を演劇とたとえるならば、黒子に徹してきた。徹底的に目立つことを避けてきた。


 他人に見られたくなかった。こいつぼっちじゃんといわれたくなかった。


 他人に比較されたくなかった。


 いつからか彼は影となっていた。


 人と話すことはできる。


 ただ全力をかけるはめにはなる。


 誰もが彼の存在に視線を向けようとしない。置物のように。新時代に思いを寄せてずっと同じことをしてきた。そして新時代でも失敗し、同じことを繰り返す。



 ただ今回の新時代は生死がかかっている。


 仕事をしなければ人は食事を食べれない。


 いつまでも親に負担をかけたくはない。


 深いため息をつき、ベットに横たわる。


 もういやだ、いつになったら僕は仕事が得られるのか。


 先の見えない恐怖が彼を襲い、それに耐え切れず目を閉じた。




 目を覚ませば、そこは樹林だった。自殺する勇気のない彼が木々が当たり一面に広がった環境に足を運ぶはずが無い。周囲を確認しても誰一人おらず、動物たちの鳴き声が不気味な世界をつくっていた。


「・・・・・」


 声を出せなかった。


 心で凄く驚いたとき、人はわっ とか うわぁとか大体自然体で出るのに、ぱくぱくと口を開いては閉じるだけであった。


 就職活動以外、話さなかった彼の口は言葉を発するのにとまどっていた。たかが二週間前のことだというのに、人は簡単にだめになる。もちろん面接のときはまず、第一声があっということは彼の記憶にも新しい。


無職のままでいようとしたなら家族も咎めの声をだすことだろうが、一生懸命努力していた子供には何も言えない。


家族もきをつかい、何も話しかけようとしなかった。


その為彼は話す機会があたえられなく、今の無様な格好をさらすはめとなる。


 もう一度回りを確認した。誰もいないなと再度確認後


「・・・ぁ」


 少し声が出た。


 発声練習だ。とても大切な行為の一つだ。家でも発声練習はできたのだが、彼が唯一全力をださなくても会話ができる家族にまで気色悪がられたくはなかった。


「あ ぃい ぅう え お」


 震えた声だ。だが彼は声を出せた。人に聞かれたら死にたくなるようなものだが、誰もいなければこっちのものだと勇気を振り絞る。


 発声練習も簡単に行えば、大体あいうえお順はなんなく話せるようにはなる。


 声が出せるようになった以上、ここに長くいる必要はなかった。だが帰る道がわからない。踏み出そうとした足が空中で止まり、元の位置に戻った。


「どうして僕はここにいるのか」


 こういう疑問も少しは声に出していかなければ、声の出し方がにぶる。そういう恐怖が彼を襲い、口にだすことを自身に課している。誰もいないとき限定ではあった。


 疑問はつきない。ただ、思考に時間をかければいつまでもこの樹林にとらわれたままだ。立ち止まっているわけにもいかず、仕方なく適当に歩き出した。


 よく遭難したとき、動かないとほうがよいといわれる。理解できないうちに知らぬ場所に来ていた恐怖を思い出した彼は、すっかりそのことをわすれているた。それは正しい判断である。


 この森、カシックスの森は人を殺す森だ。先ほど彼が立ち止まっていた周りの草花や木々から小さな緑色の小人が現れた。一体ではない、何体も現れた。数にして8人。薄暗いこの世界でも輝く赤い眼光を持つ小人、通称ゴブリン。冒険者達はそう呼んでいる。


 ゴブリンは立ち止まっていた彼を狙っていたのだ。ただ、声を突然出す不気味さと気配のなさが獣達に警戒心を与え、手が出せずにいた。


 こんな森に一人でいる愚か者なぞゴブリン達ならば簡単に殺せるだろう。


 最初男を見つけたゴブリン達は口を吊り上げ、手に持った棍棒を握り締めた。仲間達に目配せで合図し、男の前に姿を出そうとした。


 不快な音がした。その音に驚いたゴブリン達は足を止め、耳をすます。発生源は男の口だ。そのとき男は声の練習をしていたのだ。


 びっくりさせるな人間が 


 そして襲い掛かろうとしたとき、動かなかった。足が。


 背筋が。


 指が。


 力を抜くことすらできず、棍棒を持ち上げたままだ。


 なぜだ、ゴブリン達は獲物を前にして、動けない。


 原因はわかった。ゴブリン達は皆、震えていた。がたがたと強敵にであったときのように。


 こんなときは久しぶりだ、オーガに出会ったとき以来である。


 見てみれば男は闇をまとっていた。ただ、目に見える闇ではない。男がまとうのは雰囲気だ。空気の悪さが場を包み込む。


 名は絶望。彼が社会の厳しさに打ちひしがれ、どうでもいいという諦めとあきらめたくないという意思が衝突した結果が雰囲気の悪さとして現れ、ゴブリン達はその場にとらわれてしまっていた。



 人間の顔の造形、力の有無、魔物の中でもトップクラスにゴブリンは敏感だ。美人の女性ならば襲うし、整ったイケメンであればたこ殴りにし、元の姿がわからないほどにつぶす残虐性の強い魔物ではある。自身より優れたものは犯すか破壊。理性より本能が強い。


 そんなゴブリン達をしても彼には手を出せず、見逃した。


 命を拾ったのは自分達だと息を吐き、草花が生い茂った地面に腰を下ろした。

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