ローレライの火種 15

 アーティクティカの立場は向上した。人間性という評価としては学園全体の2割程度から好印象。8割から悪印象である。上級貴族であるが故の嫉妬や、貶めたいやつらのイメージ策略の成果。その成果は数の暴力をもって、アーティクティカの立場を悪くするはずだった。下の立場のものが大きく動き、やがて立場の上のものが見かねて動く。




 下級貴族が、平民が、アーティクティカより下の上位貴族が。




 アーティクティカを悪役にする。




 それを仕掛けたのは誰か、カルミアだ。






 カルミアはベラドンナを悪役にし、学園だけの関係で今後を左右させるまで物事を進行させるつもりだった。学園の関係を軸に、ベラドンナの力を将来にかけて削いでいく。最低な侯爵、弱者いじめ、忠誠を求めるだけで、義務を求めるだけで、保護をしない。






 そのイメージ戦略。




 そのカルミアが作り上げたイメージをもとに、上の立場、王族をもって確固とした悪とする。ローランドをコレクションとしたのは感性によるもの。本当に要求すべきなのは、ローランドによるベラドンナの立場の悪化。




 ローランドが自らの婚約者、ベラドンナに対し悪と断定。その悪との婚約破棄。それは盛り上がるだろう。その事実は国が、人の不幸が大好きな善良なものたちが大いに盛り上げることだろう。悪は処罰といった当たり前の善意が、ベラドンナを、アーティクティカを弱くするだろう。






 そしてローランドと結ばれて、自分の立場を確固たるものにする。




 そういう物語だった。




 子供の悪知恵であるが、子供だけの問題ではない。大人もそれに乗っかろうとしたのだ。アーティクティカという貴族の立場の強さ。ローレライにおいて、バルキア王、アーティクティカ侯爵がメインであり、外交も同じこと。バルキア王が病に伏せている今、アーティクティカがこの国のメインなのだ。






 それが邪魔でしょうがない。






 それが目障りでしょうがない。






 外も内も、アーティクティカが障害だった。






 学園の貴族の子供は親をみて行動を開始する。学園という閉じられた環境で、閉じられる前の実家での親の言動を思い起こすのだ。アーティクティカに嫉妬、もしくは憎むもの。そして、親のために、家の為に、カルミアが起こした事件を利用する。






 逆にアーティクティカの立場が悪くなる要因が少しでもあれば、貴族の大人たちはどんどん策略を高めていく。ローレライの内側における浸食の手を強く伸ばしていくのだ。だが貴族の大人たちは馬鹿ではない。それが無理なことなど理解している。王族も侯爵も立場が不安定になることだけはない。






 でも、やる。




 一人ではない。




 アーティクティカ以外の貴族がやるのだ。




 同時に、その貴族には他国の補助も入っている。名目的には他国の補助とはならないが、遠回しに商人を通す物品、金銭のやりとり。またローレライでの内部調略に関し、成功した場合、それなりの立場を他国が保証するといったもの。






 残念ながらローレライの貴族は汚染されている。自国の貴族が勢力拡大のために、別の弱い貴族を傘下にいれることもしている。自分たちの勢力を高め、より強大にしていこうと画策しているのだ。






 学園の子供はそれをみて、アーティクティカが邪魔でしかないのだ。逆に平民がアーティクティカに対し、同情的、もしくは支持者になったのは何もないからだ。ローレライにおける使い捨ての資源、その資源に補助したり、調略の駒として重要視されていない。土地も持たず、権力ももたず、ただ国を生かすために税や命を国に捧げるための生贄。




 他国にとってローレライの平民なんてそんなもの。






 アーティクティカが亡くなれば、奴隷の価値ぐらいでしかない。貴族は逃げ道など幾らでもあるが、平民にはローレライにしかいない。王族もローレライにしか立場はない。アーティクティカほどであれば、どこにでもいける。






 だがアーティクティカは忠義の貴族。




 国を裏切らず、王族であるならばそれは主人。その徹底した立場の表明こそ、寝返りの調略すら打たれないのだ。そのアーティクティカだからこそ、平民は慕うのだ。








 そのアーティクティカが何もせずに受け止めるとでも思ったのだろうか。反撃もせずに、受け止めるとでも思ったのだろうか。学園の子供たちは、貴族平民問わず、アーティクティカが何もしないと思ったのだろうか。






 そんなわけはない。




 だから数を纏めた。




 貴族の立場を利用した報復を前に、貴族の数を用いて防衛に回る。貴族の子供同士、手を組んでいる。誰か一人が悪くなれば、全員で団結して事に当たると。




 それは前面に出されている。わかるように、カルミアの邪魔をしなかったこと。アーティクティカから距離を置いたことで証明している。






 だからどこかで安心していた。




 貴族なんて、自分より上の立場の貴族なんて、階級しか誇れない。所詮貴族の階級など、その先祖がすごかっただけの飾り物。そう古臭い実績が今に通じるわけがない。一人でも排除すれば、全員が敵に回る。




 全員を敵に回しても勝てるだろうが、その結果がもたらすローレライの被害を考えれば手を出せない。




 忠義者アーティクティカ。




 その言葉は国や王に忠をなした、武の家。




 今の優しい貴族の世が生み出した甘えでしかない。






 どうせ、何もできない。








 そのまとまりを彼が叩き壊した。集団の強さとは数でしかない。貴族も平民も仲良く手をつなぐ建前で、貴族同士が結束して強者に立ち向かうだけだ。その集団ですら勝てるかわからない強者がアーティクティカ。






 だが集団でいる間は負けることが無い。戦いすらおきないのだ。それを無情にも叩き壊した。やり方は簡単。






 結束した貴族の団結を壊すこと。






 互いの悪口の暴露。貴族による貴族の悪口。貴族による平民への悪口。その内容を暴露されでもすれば、嫌でも結束は弱まる。あの事件以降、貴族同士は表向き取り繕っているが、裏では警戒している。信用を他人に持てないのか、どことなく距離を置いた感じがあった。




 平民も同じ。




 弱者は弱者で群れて、負け犬の巣窟となる。負け犬の巣窟は、生産性を上げるのでなく、他所を自分のところに引きずり落として、負け犬にかえていく。




 その負け犬の連鎖も止めらせた。誰も信用せず、距離を置くのだ。本当の敗北者はごくわずかで、その弱者の感染は心の壁が防いだ。




 だが孤立する連鎖が強くなった。負け犬が負け犬を作ることもない。貴族が更なる結束を高め、強者になる未来もない。ただの孤立。ただの一人。一人の立場は、一人だけのものになっただけだ。








 その連鎖は止まらない。




 誰がやったか、彼がやった。




 でも本当にやったのは自分自身。貴族の子供が誰かとコミュニケーションをとるために、その場にいない貴族の悪口をいった。逆に悪口を言われた貴族と仲良くする場合は、その場にいない別の貴族の悪口をいう。誰もがやり、誰もが自分の悪口を言われている。






 こんなギスギスとした環境で仲良く手を取れるわけもなかった。






 自分が悪いことを自覚し、されど他人が悪いと責任を転嫁する。この際彼への敵対意志は少なくなった。それ以上に隣人が信用できなくなった。距離感が生まれたのだ。




 彼よりも隣人。




 友人と思われていたものが自分の悪口を言う。その友人の悪口を言っていた自分のことを棚に上げ、勝手に失望という感情を作り上げる。






 彼は悪であるが。




 この学園において、彼は敵じゃなくなった。




 敵は身近。かつての友達。されどかつての友達とは未だ形だけの仲を良くする。貴族同士、実家同士の付き合いがあるからだ。貴族の実家、自分の家を、親の立場を守るために愛想笑いをさせられる。その精神負荷もあるため、団結力は弱くなりすぎた。








 もはや学園の生徒は彼へ数で挑めない。アーティクティカに数で挑めない。一人で立ち向かい、一人で敗北する未来を約束させられた。それでも、悪口をいう隣人を許し団結しようとするかもしれない。でも結局裏切られる、自分だけが馬鹿を見るかもしれない。その不安で結局崩壊するのだ。








 彼は知っていて、やった。




 家同士のつながりなど、結局人間関係の延長戦でしかない。それは前の世界も今の世界も同じこと。人間関係を疎かにするものに、未来はないのだ。










 貴族の階級だけで問題を流すのでなく、環境という場をバラバラにする。携帯という文明の利器は見せず、ただ異質なスキル、魔法に見せたように彼は演出した。




 人は未知を恐れる。




 同時に未知を未知じゃなくそうとする。自分のわかる範囲の常識で勝手に枠決めをしようとする。だから彼の携帯利用は、魔法とスキルと勝手に勘違いされるし、彼もそうなると思って演出した。




 アーティクティカは負けず、彼も負けず、周囲が勝手に自滅した。










 カルミアの敗北路線が濃厚になれば、カルミアが今度は悪くなる。自分が悪くても、勝手に協力しただけであっても、恨みはカルミアにも及ぶ。自分の友人を信用できず、かといって恨みごとは強く残る。その思いの丈は誰に向かうのか。






 カルミアだ。カルミアの策に勝手に気づき、勝手に参加した奴らが牙をむく。ただ集団ではなく、陰で勝手に行われた。協力でも団結でもない。利害の一致という形だ。






 誰かが弱くなっても切り捨てる環境。その環境になってしまった以上、犠牲が必要だ。その犠牲は首謀者が一番ふさわしい。自分が悪いが、実は悪くはないという形におさめるために、必要だ。






 彼が囲まれたように、今度はカルミアが教室で囲まれた。ただし悪意による利害の関係で募ったものたちによってだ。下級貴族もいるし、カルミアより権力は弱くても、領地のもたらす利益が強い新興貴族たち、立場が少しだけ低いだけの貴族。同等の貴族。そして、その領地に住む平民たち。






 それらが集まった。隣に並んではいるが、溝を作ったように隙間だらけ。隣に大きく手を伸ばせば、触れられる空間の開け方にて、利害の関係が始まった。






 カルミアを庇うのは少ない。少し前まで沢山いた。




 彼が仕出かす前にいたのだ。カルミアの実家の力でまとまった傘下の者たち。其の傘下は勝手に仲間内で自爆して、関係が悪くなった。その関係を元に戻すには時間がかかる。今いるのは、カルミアの個人的魅力に囚われた異性たち。容姿の整った美青年も、将来に悩む異性の後輩も。頼りになる兄貴タイプの異性だ。




 それらの異性がカルミアを後ろにするように庇う。




 利害関係で一致したものたちは、カルミアを生贄に。そのなかにはカルミアをもともと疎ましく思っていた同性もいる。このさい、ここで決着をつけようという魂胆で、この問題を利用しての排除を企む同性。あとはカルミアから拒否られた、さえない男子生徒もいる。逆恨みである。




 協力関係はない。




 それぞれの己の事情でカルミアが悪なのだ。彼を悪とした団結は、表向きであっても目的があった。共通の話題と一緒で、共通の敵がいて目標があった。共通の目標を前にした集団は、強いのだ。だが今は弱い。






 されど無視はできない。






 カルミアの実家は強くない。カルミアも強くはない。






 アーティクティカより実家は弱く、ベラドンナよりも弱い。高位貴族であるカルミアも、同様の伯爵が利害関係の集団にいれば、関係が無いのだ。






 数による弾圧。




 それがカルミアに対し、牙をむき。




 カルミアに囚われた美青年たちがそれを阻止せんと必死に庇うのだ。












「お前のせいだ、カルミア」




「そうだ、カルミアが悪い」




「カルミアが、男子を横取りするから!」




「カルミアが俺を振るから」




「ベラドンナ様を敵視するから、こうなった。あんたのせいだ」




「アーティクティカに勝てるわけないのに、勝負を挑んで、皆を巻き込んでどう責任とるのよ」




 色々な利害が重なりあっての、罵倒のものたち。貴族だからこそ、ある程度抑えている。カルミアを庇う美青年たちもそれなりの地位をもっている。だからこそ、その美青年が感情を逆なでにしないギリギリを攻めているのだ。






 アーティクティカより遥かに劣る者たちの敵意。




 アーティクティカより遥かに弱い、カルミアサイドの勢力。






 やがて言葉の罵りは、イラつきを増す。言葉は口に出せば出すほど、呪いに変わる。ポジティブな発言は、活気を生み出す。ネガティブな発言は、己の自信を狂い殺す。敵意は殺意に、暴言は暴力に。争う言葉は、戦争を生む。








 どちらかわからない、それは喧嘩になりかけた。






 だがどちらかが始めた、言葉の争いが暴力に発展しかけた。






 利害関係の集団の誰かが殺気を持ち出したのだ。だが殺気だけで美青年たちが、暴力に走ろうとした。お互い悪いし、お互いが身を守るためだ。








 そして、実際に両者が動き出した。






 その両者の間は、わずか。貴族と平民を同時に教育させる教室だ。ある程度の広さはあっても、走ればそれなりにつく。なにより生贄を求める利害関係の集団は、大した空間を作っていない。




 されど隙間があった。




 そこには自分は手を汚したくないという建前が残っていた。だから隙間を作っていたのだが、理性をなくしたものたちに意味はない。








 殺到し駆け、その隙間を埋め着く前に暗闇が両者の壁を作り上げた。触っても衝撃もない黒い霧の壁。だが突如として生まれた黒い闇の霧を前に、感情的になれるものも少ない。






 隙間に入りかけたものたちは、すぐさま自分の勢力の方へ戻る。




 気付けば両者の周りは狭められている。黒い闇が一面を覆う。自分たちの勢力、利害関係だけで集まっただけとはいえ、勢力だけを残し一面が黒い闇。壁も窓も出口も闇で覆われた。




 自分たちの敵。カルミアサイドからみた利害関係の集団。利害関係集団からのカルミアサイド。その敵が闇によって遮断されたのだ。














「これなんだ・・・この闇」




 これはカルミアサイドのものが、状況を飲み込めずに吐いたものだ。兄貴タイプの美青年。少しばかり肉食系をイメージさせ、学生でありながら大人の余裕が垣間見える。がさつな性格が制服の着方に影響し、しめるところはしめず、制服の上着は羽織っただけの形になっている。




 普段は余裕を噛ますのは、それなりに暴力に強いからだ。剣も魔法も強く、判断力も高い。ローランドよりは剣が弱い程度で魔法を加味すれば、学園一の実力を持つ。






 その生徒が状況を読み込めずに、周りを確認しているのだ。




 手で闇に触れても影響はない。




 しかし両者ともに、黒い闇がお互いの敵を隠したため、落ち着きが生まれてもいた。








 不意に訪れる別の音。その音は暗闇から遮断されていてわからないが、扉を開ける音だった。








「・・・こんにちは」






 第一声は独特の間を持った、感情のこもらない挨拶だ。だがそんな挨拶、そんな感情がないものなど学園でただ一人。この事態を生み出し、人と意識の共有を妨げた、アーティクティカがよこした異常者。






 彼だった。




 感情のない人形のような彼を、この学園で誰一人、まともだと思っていない。




 彼は危険人物である。




 暗闇の中で、扉を開けて入ってきた彼を誰もが認識した。




 暗闇の中にいるのに、彼だけが認識できていた。






 カルミアサイドからすれば、彼は何もしていない。恨みたいが、恨めない。この状況を作ったのは彼である。同時にカルミアは被害者であるというスタンス。情報は真面に伝達され、勝手に自爆しただけと正確に学園に広がっている。






 カルミアが被害者だと思うのはカルミアサイドの美青年たちだけだ。




 学園からすれば、カルミアが始めた闘争。被害者か加害者か関係ない。カルミアが動いたことによる、この状況なのだ。カルミアサイドは、それを逆恨みと断定し、状況の悪さは自分が悪いといった、自己責任方式で切り捨てている。






 彼をどちらの勢力も恨んでいるが、悪くないとも思っている。






 原因は彼でもあるが、自分たちでもある。カルミアは悪くないが、カルミアが始めた戦いという噂を排除しなかったことも責任。自己責任をもって勝手に思い込んで終わる。彼がきちんと対応してればともあるが、彼を悪いとすれば、自分たちがさらに悪くなる。




 だから自分たちの身を守るために、自己責任方式を採用している。






「・・・思ったとおりでした・・・やっぱりこうなってしまいましたか・・・」






 彼はそういって、片手で額を支える仕草をする。されど慣れていないのか、様にすらならない。不格好さが残るが、それより仏頂面にて人間らしい仕草をするのだから違和感しかない。






 彼が登場したときには争いも黒い闇への驚愕もない。






 利害関係で集まったものたちに、彼の視線が向けられた。虫も石も人も関係が無い。そこにあった障害物程度の無関心さが彼の目にはあり、表情にもある。






「・・・どこかでみたとおもえば・・・校庭のときにお世話になりました・・・皆さん・・・ところで・・・ここから出たくありませんか?・・・・」




 彼が手を暗闇にかざす。先ほど入ってきたところとは違う遠い方の出入り口。教室と廊下をつなぐ二つの出入り口。その暗闇に隠された出入り口を手で示す。指し示された場所の暗闇が薄くなり、同時に集団と扉を一筋の道でつなぐように、暗闇が晴れていく。その道からずれれば暗闇の中。暗闇が晴れた一筋の道と出入り口のみが日常。その周りは非日常。






「・・・・・集まった理由なんて聞かなくてもわかります・・・いいたいこともわかります・・・したいことも大体わかります・・・あえて、いいましょう」






 利害関係で集まったものたちは、団結力が無い。






 一人として自分から会話を持ち出せない。




 だが彼から目を離す愚か者もいない。猛獣を前に目を離す奴がいるわけがない。目を離せば危険な相手を前に無防備でいられるものか。




 彼は無表情をやめ。




 人形をやめ。






 死んだ感情のない目をやめた。








 氷の刃物を錯覚するほどに彼の目は薄められた。鋭い眼光は利害で集まった生徒たちを捉えた。学園の生徒が今まで味わったことのない敵意の視線。彼の視線は間違いなく敵意が宿っている。






 人形をやめた彼は、人間である。死んだ目をやめ、敵意を宿らせた彼は人間である。




「断じて認めない。やろうとすれば止める」






 独特の間はなく、彼の発言には有無を言わさない強さがあった。彼の不気味なほどの歪さを考慮して、防衛戦力たちを排除した強さを考慮しての判断。貴族も平民であっても敵であれば、必要な措置をとる。






 敵視は冷酷なまでの鋭い眼光に宿る。氷の彫刻のように冷たい表情は、人形のほうがまだ温かみがあったとさえ感じる。








 必要な措置を必要なだけ取る。時に過剰にもやる。学園で彼がした仲たがい、指導と称した脅迫。




 彼はやるといったらやる人間なのは学園でも有名なのだ。常人がやらなそうなことでもやることで有名だ。




 息をのむ音がした。




「それとも指導が必要ですか?」






 それは貴族に対する視線ではない。敵視は貴族も関係ない。こびへつらうべき平民の目でもないし、表情でもない。今までの指導が平和的であったとさえ感じるほど、棘があるものだった。




 暴言は喉元をおり、理不尽な怒りは、身を守る危機管理へと移り変わる。






 だが逆らえない。




 アーティクティカのよこした彼。




 そうじゃない






 彼だから、逆らいたくない。










 その風潮が確かにあった。だからだろう。自分勝手の利害の生贄を求める生徒たちは、ひたすら彼から視線を外さないよう出入り口へ向かっていた。自分の不利なことになると視線を泳がせるのが大体。だがこの場合において、彼から横目でも視線を外した者はいなかった。






 彼の前で死角を作るものはいなかった。




 扉を開く音がし、利害関係で集まった生徒たちは廊下へ出ていく。しかし出ていく直前であっても彼から目を離さず、また廊下を歩く音は決して彼側の道からは届かなかった。壁一枚隔てた教室と廊下の関係においても、彼に近づこうとはしなかった。








 この暗闇で彼だけは映る。




 彼が起こした行動で、生徒たちの騒動は聞こえる。








 ただ彼は先ほどの表情はやめ、まるで人形のように感情を消していた。








「・・・カルミアさん・・・その取り巻きの皆さん・・・お話しましょうか?」








 拒否はさせない。無表情で人形に戻ったとしても、先ほどの姿は間違いなく現実のもの。独特の間を白々しく復活させたとしても、それは演技でしかない。






 本質は先ほどのもの。








「・・・すぐおわります・・・すぐ」






 その彼の言葉を前に、カルミアは逆らえない。彼が軽く抑えた環境、それは間違いなくカルミアを排除する動きだった。カルミアが敵となった環境だった。その環境を言葉一つで押さえられるなど、ただものではない。相手は貴族。カルミアと同等の貴族もいたのだ。






 貴族なんて彼には関係が無い。




 だからカルミアは逆らわず。




 従った。






 暗闇が晴れ、話し合いが始まった。








 そしてすぐ終わった。


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