ローレライの火種 16

カルミアと話したことなど大したことではない。ごく自然的かつ合理的な話し合いだった。ときおりカルミアサイドにつく美青年たちなどに邪魔をされかけた。されど彼が軽く無言のまま見つめれば、勝手にたじろいでくれる。






 彼は強い。その強さを偉ぶることなく、自分の事すら興味なさそうに他人を見る。その人形を前に感情をぶつけられるほど、美青年たちは強くなかった。戦闘面、社会的立場において彼に勝っていても、その手段を用いる気さえさせないのだから、勝負すらさせてくれない。




 勝負にならない以上、彼は負けない。






 平和的に終わるのだから問題はない。彼もカルミアもお互いにメリットのある話なのだ。だから否定されようとしたら、彼は子供相手だろうと本気で指導しただろう。他の生徒にやったことなど手ぬるいものだ。争いをさせず、仲たがいで結束を奪った。確かにやり口は外道であるが、それ以上に平和的に進められる手はない。




 彼じゃなければ、やったかもしれない手段がある。




 効率をもとめるならば、見せしめというやり方。




 見せしめで誰か一人を犠牲にする。その誰かは、何でもいい。とにかく目立つ見せしめでいい。その一人を徹底的につぶし、次に他の一人を犠牲に。歯向かう物を一人ずつつぶしていけば、誰だって逆らわなくなる。




 そういう手段を彼は知っているし、実際にやろうと思えばできた。だが、彼はやろうとはしないし、たとえどんな命令をされてもする気はなかった。




 誰か一人を犠牲にして、誰か一人を壊すやり方。破滅までさせてしまえば、恐怖が先行するだろう。次は自分の番という恐怖が伝染し、それこそ会話のない学園になるだろう。疑心暗鬼どころじゃない。他人を身近にいれることが弱点につながり、孤独の道を歩むことになる。人と人がつながらなければ、人間というものはなりたたない。人は人の間に生きてこそ、人間なのだ。人間じゃない、人ごときが、世界を歩めるほど甘いものはない。




 皆を犠牲にし、一人も壊すことなく、軽い痛みを全体に与えるやり方。悪いことしたものたちを浅く、広く罪を明らかにし、誰もが無関係じゃないという思いを感じさせる。そのやり方は他人に対し疑心暗鬼を呼ぶことになる。だが、ぎこちなくても学園には会話があるだろう。疑心暗鬼により、今までの友好関係がなくなるかもしれないが、新しい友達とめぐり合うチャンスがあるかもしれない。かつての友を信じられずとも、新しい誰かを信用できるかもしれない。その新しい友は今回の痛みの事件をしり、軽々と悪口をいわないだろう。だから関係が悪化することも少ない。






 彼はそうして、平和的に解決させた。






 一人をつぶすくらいなら、皆に薄く被害を与える。






 これは前の世界で国がやっていたことだ。




 よくやられる手段として、税金。




 税金というものを特定の一部の人間から取るのでなく、全体から薄くとっていく。大企業から税金や、大金持ちから税金をしぼりとって、使い潰すのでない。それらからある程度しぼったら、庶民から薄くとるやり口で補填する。金持ちや大企業を税でつぶせば、世界と戦えない。税金が高いところから、有能な人間は逃げていく。




 利益があるから、環境を保全できる。利益があるから投資できる。利益があるから市場を健全に保てる。利益を企業は取れるから、その利益のために国の法に従う。利益がないところの市場に従う国などはいない。市場や利益は税で奪うことはできても、税で保護することなど一切できやしない。一時しのぎになっても、その場限りで終わってしまう。大企業や金持ちを優遇するしか道はない。だが、大企業はともかく、金持ちの負担額は大きなものだ。庶民が稼げない額を税で収めてくれる。




 負担率で考えれば、収入の割合から見ても大したことはない。だが額でみれば、凄まじい金額になる。金持ちからも企業からもとる者ではない。それらが裕福になれば、勝手に競争が起きる。




 物を多く持つ者は強欲になる。其の強欲が更なる強欲を生む。拡大のほうへ進めば、必ずそこには庶民の手助けが必要となる。庶民の手助けが欲しがるものたちは、金を庶民に流す。その庶民は金が多い方に流れ、必ず奪い合いになる。




 彼がいた世界でもそれはあった。






 その税金のやり方を彼はした。




 全体が起こした問題を、一部にすることなどしない。一部のせいにすれば、必ず悪口をいった奴らは被害を免れようと、責任を一部の人になすりつける。人になすりつけさせないために、彼は自分を悪役にすることで叩きなおした。




 其のやり口もまた税金のやり口。






 健全な財政には薄く広い税で全体的に絞るしかないのだ。庶民には苦しい未来が待っていても、それは国の制度をしれば乗り切れるほどには、余裕がある。ただ広く薄く税をとっても、それらが厳しい人たちは必ずいる。上がいれば下がいる。下の人々は日々の生活すら苦しいものだろう。それらを補填するために、大企業や金持ちから取った税金を生活保護として施す。






 一部のせいにしなかったのも制度のやり口から、予想したからだ。被害の予想を。






 保護されていない人もいる。しかし保護されている人は多い。かつては保護されている人は、可哀想という言葉でくくられた。公務員なども可哀想という言葉でくくられていた。






 皆が裕福であったときには余裕があったからだ。だが今は皆貧乏。皆が裕福時代には給料が格安だった公務員が、今では親の仇みたいな扱いだ。公務員になるのは馬鹿という時代があった。民間で働けば多くの給料がもらえ、好景気による人手不足だから仕事を首にならない。公務員にメリットなし。今は公務員にならないものは馬鹿扱い。生活保護を受けている人は、財政の負担とまでいわれ、庶民からは自分より裕福と叩かれる。かつては裕福な時代の人々は、自分の税金で弱い人たちを守るならしょうがないと勝手に納得してくれたが、今は説明しなければ伝わらない。説明しても、理解してもらえない。






 自己責任。




 裕福時代にはなかったときの、呪いの言葉。皆で支える意識はなくなり、自分で立てという時代。




 かつては同情的でも、時代が変われば、それは敵になる。








 だから彼は守るしかないのだ。子供の未来を考え、いかに被害を少なくするかで生き残らせたかったのだ。ローレライで失うもなどない。ローレライで嫌われ者でも二度と会うことはない。だからこその彼なりの勇気。






 ただ残念なことに彼は理解されない。まず文化が違う。彼の理屈は元いた世界からの経験によるもの。ローレライにおいて平民は平和であっても、平民は所詮貴族の物。物扱いでしかない価値観の世界で、彼の価値観など意味はない。貴族だけが人間であり、強者の平民だけが人間と同等の価値を得られる世界。そんな世界で皆平等を歌おうが、皆平和を歌おうが、人類皆兄弟など歌おうが、効果はない。ただの変人でしかない。




 元の世界の価値観をこの世界で伝えることこそ、無意味。またこの世界に対しての文化的侵略になりかねない。この世界の価値観は、この世界の物。彼の元いた世界の価値観は、その世界のもの。貴族からは理解されないし、その理屈だけを平民が知ったとしても支持は得られない。貴族からも平民からも夢物語。世界の成り立ちを壊すものとして見られるだけだ。






 決して優しいとは思われない。




 決して親切だとは思われない。




 身勝手なやさしさや、親切は、価値観という言葉の前で、無力となる。




 この世界でそれを唱えれば、化け物で、歪な人形でしか見られない。




 不気味で人形のように感情が薄い彼など、人間として扱われない。もし血気盛ん、熱血漢のような人間であれば話は別だった。もしかしたら優しい人間と勝手に勘違いされるかもしれない。でも、長くは信用されないだろう。文化や価値観は、時間をかけて、多くの金や血を流し、土地を奪いあい、汚しあって、ようやく生まれるものなのだ。




 被害のない価値や文化は、ただの文字。ただの言葉。たとえ正しくても、実際に結果が事前情報と同じだったとしても、被害がなければわかってもらえない。わかってもらえた後で、その結果道理にすればよかった。その後悔が怒りに変わり、誰か一部を生贄にする。




 人は被害から、後悔から自分の人生を安定させる。国も同じ。知識や理屈でわかっていても、実際に被害にあわなければ教訓と昇華されないのだ。




 与えられたものは効果が無い。




 自分たちで見つけださなければ、意味がない。






 でも、それを知っていても彼は敢行した。元いた世界の価値観を押し付けず、この世界のやり方に適した方法をもって、敢行した。被害がなければ人は理解しない。だから薄く広い被害を与えて、彼は理解させたのだ。












 その彼はカルミアと離れ、放課後の折りに貴族専用の食堂に訪れた。平民たちの食堂と貴族たちの食堂は同じ空間だ。学園における内装などは変わらない。庶民向けにはテーブルなどは材質むき出しで、簡素な椅子。食事の皿なども一般的に使用されるもの。床もタイルを張っている。




 しかし貴族向けと平民向けの空間は入り口からして違う。貴族専用の入り口。平民専用の入り口。一つの廊下を真ん中で区切り、間にポールのようなものを配置。廊下の先にある二つの扉。貴族向けは赤いカーペットを、平民向けはむき出しの床。貴族向けには警備がおり、平民向けは開け放たれた扉になっている。




 食堂も同じ。床のタイル面があっても、入り口からの区切りが内部まで繋がり、ポールのようなものは奥の壁際まで付きたたっている。ただ一定の間隔をもってあいているため、その隙間を人が入ることは可能だ。ただし平民から貴族向けの空間はいけない。貴族から平民向けの空間にいくために、開けられただけだ。






 貴族向けはテーブルクロスが引かれ、材質を隠す努力をしている。また中央には心を安らがせるための、観賞用として名高い花がいけられた花瓶が中央にそえられている。見ていて不快になるのでなく、安定を催す環境。椅子も簡素でなく、貴族の体をいたわるために、クッションなどが分厚いものを使用。






 区別はあるし、差別もある。




 食を作るカウンターも、二つ。貴族サイドと平民サイドに一つずつ。入り口手前が平民で、奥側が貴族。対面になるようにされているが、結局のところ貴族と平民は大きく区別されている。






 空間を仕切るポール。彼は平民側の空間から、ポール手前に立っていた。その視線にあるのは、少し離れた貴族側のテーブルに一人座る女性の姿。老獪の護衛が一人背後にたち、その女性は目が少し吊り上がった着丈の強そうな令嬢に見えた。




 学生服を身にまとっている。ただし足元に乱雑に転がされたカバンを見れば正体がわかる。アーティクティカの紋章である、獅子。優雅にお茶を嗜んでいるようであるが、その令嬢の横眼は確実に彼を捉えていた。




 彼も令嬢に目を向けている。






 令嬢は両目を閉じる。視線が途絶えた一瞬を前に、静寂が訪れた。其の静寂は令嬢が口を開きだす少しの間だけだ。






「お前は変わったやり方をするのね。誰かを見せしめにするのでなく、敵対者のほとんどを巻き込む形で報復した」






 それは否定も肯定もない。だが馬鹿にされているわけでもない。令嬢の答え合わせ化のような言葉を前に彼は合わせた。






「・・・はい。・・・巻き込む形にすれば、誰もが当事者だと考えると思いました・・・誰かを見せしめにしても・・・敵対者はその誰かに責任をなすりつけて、自分は関係ないと開き直ります・・・そして別の手段をもって・・・関係ない振りして攻撃してくる可能性がありました・・・」






「なるほど。でも見せしめにされた誰かの状況によっては、攻撃する可能性もないわけってこともあるわ」




「・・・人は・・・誰しも先に後悔が立つわけじゃありません・・・後悔や自分への怒りは、行動した後に生じるものです・・・動いた自分が失敗した場合。動かなかった自分が失敗した場合、成功を掴めなかった場合も含めて・・・必ず後悔するのです・・・後悔して、生贄にした誰かを見なかったことにして、元凶を叩こうとする動きも否定的ではありません」






「人はそこまで感情的じゃないわ」




 令嬢は頭を振るうようにし、お茶を口元に含んだ。優雅に気品をもって口元に運ぶ。それは彼がするやり方とは大きく違う。彼はただ少しずつ、ちびちび飲んでいくスタイル。それは少し雑だ。令嬢のやり方は文化にそった、ルール通りのやり方。






「・・・いいえ、・・・人は理性で殻を作っただけで、感情でしか動けません・・・理性で理屈で動ける人なんて一握り。・・・むしろ、・・・その流れこそ報復の流れを作りかねない。・・・感情が先に立つ人間の前に中途半端は」






 彼が続けようとした会話。人形のように事実を口に出していく彼の言葉を重ねるより先に令嬢が先手を打った。






「中途半端はどちらにも得が無い。やるなら徹底的にってことね。わかっているわ。お前のいっていることなんかとっくにね。でも、聴きたいのよ。お前のやり方は、独特的なのよ。独創的といっていいかもしれないわ。少なくてもローレライでも世界の歴史でも見つからないやり方」






「・・・誰でも気付きます・・・でも、気付くための下地がなかった。ローレライの人々も貴女にも気づけるわけがない・・・その下地が無いんです」






 その彼の言葉の前に、令嬢の護衛が身じろいだ。先ほどまでの護衛として、会話に混ざらないよう気配を極力まで落としていた護衛。その老獪の護衛が初めて気配を大きく表し、彼に向け、己の腰に差した剣に手をかけた。




 侮辱と捉えたのだ。




 令嬢の命令ひとつで、彼を寸断させようとする意志。ベラドンナに止める意志はない。ただ彼を凝視し、お茶を飲む手をやめた。




 その意志は彼は見抜いたが、止まれない。




「・・・人のやり方、世界にあった色々な出来事は勉強で手に入ります・・・それはかつて行われた出来事だからです・・・でもその出来事がなぜ起きたかわかりますか?・・・誰かの見解があって初めて、出来事の真相を予測できるんです。・・・一人で情報を調べられますか?・・・誰かがまとめた事件を、誰かの価値観によって組まれた情報のまとめを読んで、本当にわかりますか?・・・自分が読んだ知識は、誰かの価値観によるもの・・・それを見て納得するということは、纏めた人の価値観に染まるということなんです・・・ローレライの価値観に染まった貴方が、皆さんが、どこか新しい価値観に遭遇したとしても素直になっとくできるわけがない・・・子供のうちなら理解できる・・・下地が作られている段階だからです・・・でも大人になった貴女は、貴女が納得できる形でしか情報を信用できない・・・貴女個人の価値観が否定するからです・・・その都合のよい下地の価値観は、それから推測できる未来しか見えない・・・別の下地から生じる価値観の前では無力なんです・・・絶対にわからない」






「つまりわたくしには、聴いても無駄だと言いたいわけね」






「・・・ベラドンナ様、貴女は大人だ。・・・子供の年齢でありながら、大人なんです・・・だからこそ、気付けない。・・・若いうちに大人に上り詰めてしまった貴女は、一生気付けない。・・・子供のうちに下地をつけ、大人からその下地の上に色を塗っていく。だから子供のうちに、いろんな情報にふれなければいけなかった・・・・でも、貴女のご様子ですと・・・ローレライの下地はきちんとできても・・・それ以外の下地はない。・・・ローレライと・・世界における外交はできるかもしれない・・・でも僕のやり方は・・・貴女にわかるものではない・・・僕のやり方は」






 彼は息をのんだ。






「やり方とはなに?ここまで、言ったのだから躊躇いは許さない」






「・・・躊躇いなどいたしません・・・僕のやり方は・・・陰湿な人間が頭にうかべて、こうなればいいという妄想を・・・ただ実行しただけです・・・貴女や学園にいる皆様のような人々が思い描く明るい未来とは正反対・・・真逆の下地の人間の発想です・・・所詮は、弱者の発想です」








 ベラドンナは、彼は、互いを直視した。一歩もひけず、瞬きすら許されない。






「長いこといわれたけど、価値観の違いってことかしら」






「・・・ええ、その通りです」






 でも違う。




 彼は違うと思っている。価値観の違いという言葉で表すのは簡単。しかし当てはめられるほど優しいものではない。文化の違いまで引き上げたかった。文化と価値観の違い。環境の違いから起こるすれ違い。




 それをベラドンナはわかりやすく、勝手に自分の理解できるものに置き換えた。




 彼は事前にせつめいした。




 人は自分の理解できるように未知を勝手に貶める。自分の下地から見いだせる決めつけを、別の下地から出る情報にも当てはめてしまう。




 それを彼は否定しなかった。






 相手の意見を尊重。




 相手が子供であれば、ある程度は別の意見を織り交ぜて説明したかもしれない。だが相手は子供とはいえ、大人。年齢が子供でも精神は大人。だから彼は大人として扱う。大人として扱う以上、相手の意見を一方的に否定することは彼の価値観が否定する。




「それでもわからないわ。わたくしのやりかたであれば、お前は絶対に生贄を数人に絞って、仕事を遂行しようとしたはずなのに」






「・・・価値観の違いですので」




 ベラドンナが呈した価値観を彼は尊重し、それに合わせるようにしている。だが必死に合わせようとしているのか、会話における独特の間は通常より少し開けられている。






「わたくしの思った物事より、お前のしたことのほうが被害は少ない。学園もわたくしにもね」






「・・・支配者としての考えと、被支配者の考えは違います・・・所詮は価値観の違い。・・・やり口など幾らでもあるのです・・・効率を求めるのと・・・安定を求めるのは違うのです」






 ベラドンナは権力者として効率と安定の欲張りセットを。




 彼は被支配者として、安定だけを求めた。






「私は思うことがあるわ。お前、まともな手段をとっていない。貴族として正々堂々と叩き、貴族として鞭を振るうべきと考えているわ。アーティクティカに敵意を持ったものには処罰は必然だった。その必然をお前は消した。全体に薄く散布したせいで、重罪をかけるべき対象を見失った。誰かを重罪にし、見せしめにすることは必要だった」






「・・・未知をしらないものの発言と考えます・・・」






 その瞬間、彼の目の前に護衛が現れた。彼の視界には追い付かない速度にて、出現。気付いたときには剣が彼の眼前まで刺すように押し込まれていた。驚愕の表情も作れず、淡々とした表情で、感情も危機管理における反射も追い付かない。






 だがその一撃は止まった。




 彼の顔を破壊することなく、その一撃は振りかぶる前に止められた。ただし目先には伸びきった剣の切っ先が現れている。また剣には青い液体が付着していた。その付着した液体は少し焦げ臭い。




 護衛の剣は止まった。ただし護衛の意志によるものではない。何かに遮られるように、その剣は止められ、護衛が先に突き刺そうとしても、一向に剣は彼へ進まなかった。






「・・・天!」






 彼の感情が少し込められた声がした。ただ他人からみた声であっても、彼からすれば状況を把握しようとしたための脳キャパシティと声の割合が違うだけ。実際はその液体をみて彼は慌てている。




 老獪の護衛が一撃をもって理解したのか。






「やはり、何かいる・・・気配を隠そうとしても無駄だ!貴様、何を連れている!!」






 確信からか、その老獪の護衛は彼へと目を細めている。その剣の鋭さ、判断能力から推測するにかなりの実力者なのは彼でもわかる。眼光一つとっても彼の精神を圧迫するものだ。






 だが彼は引けない。老獪の護衛の言葉を無視し、彼はベラドンナへ語りかけた。






「・・・ベラドンナ様、これは貴女の判断ですか?」






「違うわ、でも正しいかもしれない。悪いわね、わたくしの護衛は少し剣が早いの。わたくしの敵を強制的に排除してしまう。相手が王族とか貴族ならば抑えがきくのだけれど、平民が相手だと容赦がない。これもお前の言う価値観というやつからしら」






「・・・なるほど・・・つまるところ・・・護衛の独断ということでよろしいですか?」






「ええ」






 彼はそうして。




 老獪の護衛に対し始めて視線を向けた。剣は未だ彼へ届かず。だが青の液体は絶えず垂れている。






「・・・剣を引いてください」




「無理だ、引けぬ。お前を切るまでは」






 彼の声には否定の声で返してくる老獪の護衛。






「・・・剣を抜いた理由は?」




「お嬢様のため」




「・・・引けない理由は?」




「お嬢様のため」






 そうして、彼はこの世界の下地の強さを思い知る。この世界の下地とは、別の新しい下地があれば、容赦なく武力を振るっていいことなのだ。






「・・・ベラドンナ様、・・・護衛を引かせる気は?」






「引かせてほしければ、引くわ。お前に対して恨みはない。嘘偽りなくいうけれど、お前に対し敵意はないわ。ただ頭の固い老害の暴走でしかない。でも切り捨てる気はないの。この老害はアーティクティカに対し貢献をしてきたし、現にわたくしのために動いている。たとえ学園に、変なものをつれていたとしても、お前が私の為に動いた事実は変わらない。報酬とは別に引いてほしければ、引いてあげる」






「・・・攻撃に対する主人としての賠償は?」




「勿論あるわ。約束する。賠償も報酬もしっかりと払う。ただし、条件が満たされれば」








 彼はその先を言えなかった。ただ頭を怒りが浸食し駆け、それこそいきなり暴力を振るった相手にたいしそれ以上の攻撃を与えてもいいとすら思えるほどだ。




 だが彼は怒りを面に出さないよう気を付けた。極力語尾は平穏に抑えたし、大人としての立場を強調するようにした。






「・・・条件を聞かず、こちらのお願いをさせていただきます。・・・ローランド王子、カルミア様の報復に対し、一定の寛容を示していただきたい・・・それと同時に剣をお引きください。・・・」






「ではこちらの条件を。ローランドとカルミアを引きずりおろしなさい。これは報復。徹底的にね。忠義を前にしたアーティクティカへの裏切り。その裏切りは決して許されるものではない。それとゴルダ、剣を引きなさい。いい加減にしなければ、その男の恨みを買うわ。よく見てみなさい。その男の目を。わたくしを見て、同時にお前もみられている」






 彼の両目はそれぞれベラドンナと老獪の護衛を見ている。片目で一つの対象を見る器用さを彼は見せつけていた。同時にその両目の片隅にうつる青の液体すら視界におさめている。




 怒りもあるのか、彼の無表情さに熱がこもり、うっすらと赤かった。






「しかし、お嬢様。この男、姿の見えぬ何者かを」






 老獪の護衛の言葉には切羽詰まった物があった。今ならば殺せる。その意志から生じる焦り。今引けば次に剣で捉えられる絶対はない。今切っ先で捉えられている状況こそ、見えない何者かを殺せるチャンス。蒼い液体は何かの生物の正体。






「やめなさい。さすがに暴走がすぎるわ。その男の目を見てみなさい。お前だけじゃなく、私すら敵にするかもしれない強さを感じるわ。マダライ、この件は別件で謝罪する。引き続き仕事をお願いしたいわ」






 ベラドンナの表情には真摯さがあった。忠義のアーティクティカの家に恥じない真実の目。貴族にして強大な忠義さを誇る家だからこそ裏切りは許されない。




 別にベラドンナも護衛も裏切ってはいない。






 実際に彼の発言が悪い。侮辱に似たものを貴族に放ったのだ。暴力を振るわれても仕方がない。それを彼は知っている。だが彼は思ったのだ。相手は子供の年齢でありながら大人だ。だから攻撃でなく、少しばかり寛容を許すのでないかと。




 ベラドンナは寛容した。




 その護衛は寛容できなかった。






 だから暴力に走った。だが、ベラドンナという主人の発言の前に護衛は剣を引かざるを得なかった。徐々に引き抜かれる剣。されどその行為の先に彼の視界は徐々に開かれていった。

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