ローレライの火種 14

 彼はとにかく小さなことまで徹底的に介入していった。陰で行われるアーティクティカへの悪戯。落書きも、掲示板での張り紙などの風評。出回る生徒同士の人気投票、その裏で行われる嫌われ者投票なども調べていた。




 人気投票はのこし、嫌われ者投票などは容赦なくつぶした。その投票自体を集める生徒たちを補導し、教育した。嫌われ者投票なんてものは大体、自分以外の強者を引きずり落とすために行われる。自分の気に入らないものを確認するために行われる。そのなかで気に食わない結果であれば、ねつ造してでも嫌いなものを押し上げる。






 陰で行われたものは、裏でこっそりと広がっていく。




 そうなるのが目に見えている。人は人の悪い点を広げる天才なのだ。自分の悪い点を噂するものがいれば、嫌い、排除。自分が他人の悪口を言うのは容認する。




 簡単な話。




 マイナスな結果をもたらすもの事態を破壊することが一番だった。彼にとって自由主義に反するものではある。好きも嫌いも自由なのだ。形にしたければすればいい。しかし教育現場である学園でそれ自体が生産性などない。人の悪い点を見るより、人の良い点を見た方が将来は大体幸せになれる。彼の持論である。








 異世界でも、この世界でも子供のやることなど大体が似たり寄ったり。




 彼は前の世界の常識をもって、この世界に介入していった。ただし文化の押し売りなどはしない。その世界の文化を強調したうえで、彼個人のやり方は前の世界を準拠していっただけのことだ。暴力などは振るう必要はない。暴言を吐く必要もない。






 人は悪事を見られれば、黙るのだ。




 人は証拠を見せれば、黙るのだ。






 その悪事も、証拠も、人は残らないと思っている。見られたことだけが証拠にならないと思っている。だから彼は前の世界の文明を使った。






 声は形に残る。悪戯する場面や、完成された悪さは、絵として刻まれる。投票の証拠も全て抑えた。そして生徒がしでかしたもののみ処分した。処分したが、証拠は彼の手元にあった。いつでも引きずり出せるし、反省がなければ仕事として報告するのみ。






 彼の懐にある、文明の利器。世界に触れるために、人々と遠くでも会話できる現代の神器。携帯電話だった。それも折りたたみ式の携帯電話だ。画面は折りたたんだ側の上部。流通される、スマホなんかより画面が小さく、触ったところで動かない。下部の無数のボタンを用いて情報や指示を与えるタイプ。






 この世界に飛ばされる前、満タンだったバッテリーも残りもとない。この携帯の主要充電器も電源もない。異世界に来てそれなりの期間立つが、いまだ空にならない。電源を落としていても、時間が立てば必ずバッテリーは空になる。






 電源も充電もできないが、バッテリーがあるのには理由があった。この携帯は太陽光をもとに充電できる機能をもっている。だからちょくちょく日光にあて、バッテリーを充電していった。そして携帯で悪戯の証拠として写真に残し、音声は録音したのだ。






 教室の会話を聞き出すため、生徒は教師がいる場面では重要なことは話さない。だから太陽が当たる窓際に携帯を隠し、休憩時間中は生徒のみの環境にもした。録音機能だけを起動させ、放置。あとは授業が終わるころ、隙をみはからって回収。彼が動かずとも証拠はとれる。後で確認し、再び設置の繰り返し。






 悪戯は声として必ず、誰か話す




 悪戯は嫌われ者相手であれば自慢になる。






 その癖は何処の子供も変わらない。大人でもするのだ、子供ならなおさらする。そして、彼は証拠をかき集めては、指導したのだ。集めた証拠をもとに、該当する生徒のみの空間になったら暗闇を発生、証拠再生を闇から発動。いきなりの先制攻撃をもって、精神を慌てさせてからの指導。証拠と絶対にばれない内容、消えて当たり前の、悪戯する際の声が呼び起こされれば誰でも怯えるのだ。






 秘密にする代わり、アーティクティカに対し悪戯しない教育。実はアーティクティカは良い人だという噂をさせることで、一切不利にさせないという取引。其の取引を断られたことは一度もなく、断ろうとしたものも一人もいない。






 彼は学園で、暗闇の亡霊と仇名がつくほど。






 嫌われた。








 彼が廊下を歩けば、彼からの指導を受けた生徒たちは道を譲った。何もしらない生徒からすれば、指導を受けた生徒たちの行動が理解できない。その道を譲ったものが貴族であれば猶更。彼は平民、生徒は貴族。彼を見て視線を泳がせ、体を震わす姿をしているなどありえない。貴族が平民に対し道をどかすことはあるのだ。平民に道を譲る貴族様の姿を見れば、彼が異常なのは理解されることだろう。






 アーティクティカ侯爵。その娘ベラドンナに立場を保証された彼。その彼は一人で学園に来たときから、噂の変化が訪れた。カルミアが仕掛けたアーティクティカの貶め策、それが別の勢力との戦いとなってきたのだ。アーティクティカが悪い説と実は悪くない説。前者の勢力が8割、後者の勢力が2割を占める学園たち。アーティクティカ領から訪れた平民と一部の貴族が2割の勢力。その他大勢が8割までに占めた。




 元々はアーティクティカに味方はいなかった。




 その味方が2割も増えれば別だろう。






 同時に指導された生徒たちも、実は悪くない派閥に所属している。所属した理由は彼であり、証拠を消したといっても、未知な手段で証拠をよみがえらす彼の前に敵対したくない。生徒たちは携帯など知らない。だから彼が持つ魔法、スキルによる技術だと思われたのだ。




 また中には彼に対し、暴力を振るう生徒もいた。貴族だから多めに見られると思ったのか、いきなり物を投げつけたり、魔法を放たれたり。それをした生徒の攻撃は全て、彼の眼前で消され、効果を発揮することもない。




 あとは指導。




 そして、弱みも証拠もつかめていない生徒からの理不尽な攻撃に対し。




 彼は狐顔の男を使用し、弱点を把握。その中でばらされても影響が少ないものを耳元で囁いた。もはやそれほどのことをすれば、彼に対して怯えるもの増加。未知の手段で声の再生、攻撃が無効。人の癖を知り尽くしたかのような対策。証拠も弱みないのに、いつの間にかばれている。






 こんなことを彼がしてれば、生徒から嫌われる。






 依頼主であるベラドンナ。そのベラドンナに対しての悪いものは、排除していった。逆に増えるように彼への恐怖と被害報告のみが学園に挙げられていった。しかし彼を排除しようと学園が試みれば、すかさずアーティクティカに連絡がいきわたる。




 学園が彼に弱弱しく注意しても、彼はベラドンナにそのまま報告。ベラドンナ側から学園に対し苦情。実家の権力は学園に持てなくても、影響力は常に残る。ベラドンナの言葉は王族より弱いだけで、強い力を持つのだ。




 たとえ学園の嫌われ者だったとしても、それは強者の証。強者は他人から好かれるほど強いし、強者は他人から嫌われるほど強い。人から善悪のどれかの感情を叩きつけられても、両足で立てるものが強者なのだ。






 弱者は何をしてもいいわけじゃない。強者のやさしさで生きているだけなのだ。それを確認させていった。強者のやさしさを、強制してはいけない。強者のさじ加減一つで、いつでも排除できる。






 彼はこの世界の文化を尊重したうえで、其のやり口を基準に優しく手心を加えていった。実際、彼のやり方は精神に来るだろうが、生ぬるいものだ。大体が処罰されることを考えれば、本当に手ぬるくしてある。






 だが生かしたからといって生徒は優しさとは思わない。学園側も優しさとは思わない。悪意を上から潰されれば、次第に鬱憤がたまっていく。其の鬱憤はアーティクティカに向ければ、指導の元。だから指導する者、彼へと恨みがたまっていった。










 自分の不幸も自分の環境の不安定さも、自分の成績も。己の実力が悪いことに関してや、己が身近に感じる辛さは、他人へ当てる。他人へあてて、そのストレスを解消しているのだ。人は他人を叩き、自分が惨めだと自覚してても、それを上回る恨みを他人にあてる。






 理由はどうだっていい。




 この際、目に見える敵が変わったのだ。




 アーティクティカでなく、彼へ。




 アーティクティカへの悪意は、相手が高位な貴族のため実は抑えられていたほうだ。処罰を恐れるあまり、悪戯程度ですまされていた。だが彼の場合は平民。いくら叩いても報復は少ない。アーティクティカからの保証があったとしても、呼ばれた以上責任がある。仕事への責任である以上、生徒から恨みをかって報復されたとしてもアーティクティカに泣きつけるわけもない。






 ずるく賢い生徒たちは、次第に数を増やしていった。彼を知らないものたちが陰で先導し、直接彼と対峙したものは関わらないように避けた。その動きは王族もベラドンナも知らないうちに、弱者たちが形成していった。






 彼アンチ勢力。




 その勢力のほとんどが、アーティクティカが悪い派閥。一部悪くない説派閥もいるが、誤差。






 そして、彼は呼び出された。






 昼休みの校庭にて、彼は生徒たちに囲まれた。学園生徒数の中でも発言力があり、それなりに目立つ貴族と平民が並んで囲んでいる。その囲む貴族のなかでも立場が低いものほど、彼へ近い立場にいて、立場が高いものほど後ろに並んでいた。前列は低位の貴族と平民が並び、最後列になれば平民の数は少なかった。








「先生にいいたいことがあります!先生、噂は」






 抗議する声は一つ。事前に決めていたのか、生徒たちの声が重なって主張される。一人は怖くても多く居れば怖くない理論。






「・・・僕が色々頑張っているのは本当です・・・全部認めます・・・どうせ大したことはないのだから・・・」






 そして彼は懐から布袋を取り出した。その中に手をいれ、外に出したのは一枚のクッキー。




 それを生徒たちの前で気にした様子はない。




 口に含んで、音が鳴るようにかみ砕く。






「先生、学園から出ていってください」




 再び生徒たちの声が重なる。平民も貴族も関係がない。だから声を合わせて、彼という外敵を叩く。大人が暴力を振るうわけがない。貴族は自分たちが被害を受けないことを確信し、平民も同様に確信している。根拠はない。






「・・・いやです・・・仕事なので・・・それより・・・皆さんに仕返しがあります・・・。今から・・・僕は・・・ここに訪れた中の生徒の秘密を一つずつばらします・・・ばらされたくなければ・・・さっさとお昼休みを堪能しに戻ることをお勧めします・・・意見は聞きません・・・」




 生徒たちが次の言葉を放つ前に。




 彼は再び懐に手を入れた。






 指先が触れるのは携帯のボタン。その中であらかじめ設定し、あらかじめ編集された音声のデータ。それの決定事項を発動するためのボタン。それを押した。








 その瞬間、音は広がった。






「・・・音を広げて・・・天・・・」




 その彼の声はか細くも、たどたどしくも、拒否を許さない絶対の命令だった。ただ目には死んだ魚のごとく感情が無い。その表情には人形のようであるが、虚勢すら見透かす冷酷さがある。生徒の数にも怯えることなく、彼は両足で立つ。








 その命令は彼の携帯の音を広げるように、風がまった。空気が循環し囲む生徒たち全体に広がった。流れたのは生徒たちの悪口。アーティクティカに対してのものではない。それは同級生の嫌なところを陰で言うだけのもの。学園の生徒たちが日々過ごす中での愚痴を集めて、再生しただけのこと。




 校庭で、体育館で、教室で、裏庭で、職員室で。






 彼はひたすら音声を集積し、いらない音声だけを消して、必要な箇所のみを残していった。同時に声を多少、加工し特定しづらくした。本人が本人とわからずとも、そのとき愚痴りあっていた内容を聞けば嫌でもわかるだろう。




 平民が平民の悪口。平民が貴族の悪口。貴族が平民の悪口。貴族が貴族の悪口。






 この内容は加工され、ばれずに、されど本人たちに気付くように広がった。






「・・・声は弄ってあります・・・でもわかるんじゃないですか?・・・誰がいったか、どれが自分がいったことか・・・ぼくはわかります・・・わかったからこそ・・・声をよみがえらせた・・・一度言った発言って消えないんです・・・声って記憶に残るだけじゃなく・・・記録されるんです・・・」








 彼から直接指導された生徒たちは彼へ絶対に敵意を向けない。未知なる手段をもって、弱点をさらけ出されるから。






 また彼は全員を相手にしたわけじゃない。口が多少軽くても重要事項はもらさない生徒のみを指導してきた。自分は有能でないが、実は頑張ればすごいと思い込む系の生徒たちのみを指導した。そういうものたちの増長した精神を叩くことによって、矯正させた。でも環境に流され、自分はすごいと確信していると思い込む生徒には手を出さなかった。






 とにかく噂で囲み、彼は自分が悪役になることを辞さない。勝手に自分はすごいと思い込むのだ。誰が何を言っても意味がない。どうせ言葉で反発され、一対一では話すら聞く耳を持たないだろう。そういう環境に流される人間は、環境をもって叩くしかない。






 彼の経験だ。






 だから彼はアーティクティカが悪くない説を唱えさせる中で、彼が悪い説も流した。それは指導した生徒たちでなく、指導しなかった生徒たちの前で嫌われることだ。嫌われたうえで、とにかく悪役の役割を演じきった。






 一人では動けずとも、人は団結する。一人の悪を追い出すのは皆の力。皆の力は、自分の力。勝手に思い込む、数の力が個人の力だと妄信する者たち。






 そのものたちが集まって囲んでくる中。校庭を埋め尽くすほどはなくても、大きな範囲を人の波でふさぐ環境は校舎内にいる生徒たちの視線。校庭で食事を嗜むものたちの視線、運動するものたちの視線をかき集めた。






 その視線を団結する生徒たちは、応援する者たちの視線と思い込む。または団結した生徒たちで彼を敗北させ、その姿をさらす処刑台としてイメージにあてはめた。






 それをそのまま、彼は利用した。








 彼への悪評。平民への悪評は、大体が本人に聞こえるようにいうやつがいる。そういった奴らの言葉の数が少なくなってきたと感じた途端、情報を収集しだしたのだ。元々集めていたのもあるし、更なる情報を集めるために色々活躍した。その声の記録、狐顔の男を動員したうえでの計画の情報引き出し。狐顔の男の心を読む技術は、彼に聞こえるよう悪口をいった生徒のみ使われた。






 彼は肩をすくめた。






 生徒たちは言葉を失った。






 再生されていく、悪口の数々。






 どうでもいいことから、生徒の名前に対する悪口。この場にいるものたちの名前が悪口でいわれ、いない者たちの名前もそのまま垂れ流す。一つ一つは大したことのない悪口でも、集まれば巨大な暴言。指導してきた生徒への悪口は全部消した。ただ、この計画を始動したものへの




 悪口だけは残した。




 名前も声もわからないよう加工した。




 その計画を始動したものが残した愚痴も集めた。




 それも再生した。






 貴族と平民が手を取り合って、彼へ団結する図はない。お互いがお互いをけん制するように睨みあっていた。再生も中盤になれば、名前が呼ばれないものが半分程度にまで下がった。再生時間が長くなれば、長くなるほど、生徒たちが勝手に仲たがいする。






 己はすごいと確信するタイプのものは、大体が自滅する。




 努力すればすごいと思い込むタイプは、大体が努力せず勝手に人生の道をせばめていく。






 彼は悪役になった。だがそれ以上に、生徒たちの団結を打ち砕いた。






 自分の悪口を言ったのは誰か。その特定まで生徒たちはするようになった。最前列の貴族と平民、最後列にいる貴族同士。もはや平和ではいられない。








「・・・皆さん・・・どうしました・・・笑顔・・・笑顔・・・」






 再生時間が終わるころを見計らい、彼は懐に手を入れた。






 そして別の音声を再生。






「新しい先生、死んでほしい。消えてほしい・・・うちらで先生を追い出そう」






 それは生徒たちによる彼への暴言集。男子生徒も女子生徒も関係ない。彼への暴言と悪口が特定できる範囲で流された。今度は加工されず、彼への暴言が自然な音声で流された。








 そのうえで彼は笑顔を作った。




 屈託のない自然な笑み。




 その笑み一つ作るのに、どれほど練習したのかを悟らせない。






「・・・悪口言われた程度で・・・笑顔をやめるなんて・・・みなさん・・・」






 彼は自分への悪口が再生されても、怒る様子はなかった。子供はそういうもの、人間はそういうもの。彼の精神構造は、他人にかかわれることを強く拒絶する。しかし一度言われたからといって、そこで気にするほど弱くもない。




 そんな弱弱しさを見せる自分はとっくに卒業している。






 どうせ会わない。これっきりの関係だと必死に自分を思い込ませた。クッキーに含んだ精神安定薬の力を借りて、彼は平静を装った。






「…この声の持ち主は・・・」




 彼を強く罵る声。その声の持ち主がたまたま目の前にいたため、指さした。




 声が変わり、別の生徒によるものだ。その生徒は特定できなかったため指さした。近くにいたものから罵られた場合、音声で特定できる。だから指させる範囲の生徒には指をさした。




 指をさされた生徒は顔面を漂白したように感情が抜け落ちた。






 集団でいるから生徒たちは個人ではないと確信した。個人の強さを思い知らせるため、集団で力を団結した。集団の力は個人の力であると確信し、彼へ挑んだ。






 だが集団なんてものは、些細なきっかけで仲たがいする。






 ちゃんと彼は生徒のことは考えている。生徒が生徒の悪口を言う際は、加工した。特定できないようにした。同時に彼を叩く声に関しては加工しなかった。生徒たち同士の犯人探しは始まるだろうが、わざわざ自白するものはいないと予測。うやむやでおわる。内心に残した含みをもって終わる。彼への敵意を見せたのは、生徒だけ仲たがいさせたという推察するものたちへの牽制。




 彼本人への悪口をさらして、大人の対応をすることで生徒たちの示しにもなる。








「・・・皆さん・・・皆さん同士の悪口を言った相手を特定するのは不可能です・・・探したところで誰も知らない・・・・僕の悪口をいった人なら皆さんでも特定できるようにしてあります・・・皆さん・・・他の友達の悪口をいった皆さん・・・自白しなければばれません・・・自白しないように」








 生徒たちは彼の言葉に頭を混乱させた。犯人は特定できない。自分の悪口をいった犯人を特定できない。同時に自分がいった悪口も特定されない。






 ただ彼への悪口のみは特定される。




 その彼への悪口をいったところで、生徒たちからの復讐はない。






 あるとすれば彼本人からの復讐だ。彼へ向けた集団の力はもはやない。彼と一対一で対峙する。たかが昼休みのうちで、仲間としての意識を個人としての意識に作り上げた彼と一人で戦うしかない。






 その事実が生徒たちの心を苦しめた。






 生徒たちの彼を見る目が、化け物でも見るかのように固まっていた。その様子に気付いた彼はわざとらしく大きくうなずいた。






「・・・・僕への悪口程度で怒ったりしません・・・どんどん言いなさい・・・・友達への悪口も陰でどんどん言いなさい・・・自白しなければいいんです・・・ばれない自信があれば構いません・・・自分の言動に責任がもてるなら好きにすればいいんです・・・今回のはほんの遊びみたいなものです・・・・目に余る悪戯への手遊びです・・・・皆さんが僕を囲んで虐めようとしたんです・・・そのぐらいされてもおかしくないでしょう・・・」






 彼は近くにいた生徒を指さした。






「・・・どんどん、悪口をいいなさい。どんどん他人を傷つけなさい・・・・その代わり・・・他人も貴方の悪口をいっています・・・」




 隣にいた生徒に指さした。






「・・・嫌いな人の嫌いなところをどんどん言いなさい・・・陰では貴方の嫌いな人が、貴方の悪いところをいっています・・・」




 隣にずれていく彼の指。






「・・・僕の悪口をどんどん言いなさい・・・なあに・・・どうせ大したことはできないので・・・ただ、いつでも・・・指導してあげます・・・」






 彼はそうして、目の前で囲む生徒たちに指をさしていった。








 指をさし終えれば、あとは彼は再び脱力したように肩をすくめた。








「・・・自分がしている行為は・・・他人が必ず自分に対してしています・・・やめろはいいません・・・やめられない人間には・・・どうせ同様の報いが帰ってくる・・・今日みたいに・・・それがいやならば・・・人のよいところをみつけなさい・・・そしてほめなさい・・・一人がほめたところで変わらないとおもわず。よいところ・・・すばらしいところ・・・まねすべきところ」






 彼は声は通常であるが、前列から後列まで声が響いた。空気が舞うように、彼の声は広がった。






「・・・人に対しての好印象は、誰かが自分に対し好印象を抱く。・・・・人の悪口をいうやつは・・・大体・・・別の誰かに対し自分の悪口をいっています・・・そんな人は・・・いずれ人の信用をうしないます・・・どうせ、自分の事もいっているんだろうなと思って、避けられます・・・でも、人の良いところを見つけられる人は?・・・同じような反応が返ってきます。・・・でも・・・信用が帰ってくる・・・人の良いところを見る人に対し・・・この人に自分の良いところも見つけてくれるといいなと思い出すんです・・・・嘘だと思いますか?・・・嘘じゃありません・・・すべて真実です」








 彼は指を立てた。








「・・・あえていいます・・・まだやりたいですか?・・・・まだ昼休みを無駄に使いたいですか?・・・ところで皆さん、友達の悪口・・・皆さんが特定できなくても・・・僕は特定できます・・・その事実を前に・・・・どういたします?・・・昼休みを今から堪能したいならば、きっと秘密はまもられます・・・」






 彼はそうして、生徒たちに出来る範囲で視線をまじ合わせた。生徒たちが納得している様子はない。事実確認とその恐るべき証拠を前に彼へ口を出せないだけだ。自分がいった悪口と、自分が言われた悪口。その彼の論への証明を自分がして、自分がされている。






 隣にいる生徒同士が信用もできない。






 だから、あきらめた生徒のみが立ち去り出した。引き留めるものもいなかった。








「・・・・みなさん、・・・人の悪口に左右されない大人になりましょう・・・。今は友達を信用できなくても・・・その経験はいずれ・・・役に立つ・・・子供のうちに言葉の怖さを噛みしめてください」






 立ち去る生徒の後ろに、いまだ彼を視界にとどめる生徒の前で、彼は教育する声を残した。








「・・・じゃなければ、・・・・つぎは・・・」






 その含みは彼の別なる教育の手段。平和的に指導への言葉。だがその言葉を生徒が感じ取ったのは、次は容赦がない。そういう風に感じ取れる言葉であった。






 だから立ち去るものたちの足が一瞬とまって、背筋が大きく震えた。そして、慌てだすように速足でさっていく。この場にのこっていた生徒も彼から逃げだすように踵を返し始めた。






 校庭から人が消え、彼はクッキーを口元に放り込む。






 人前に立つ思い。精神負担。その思いをクッキーで誤魔化した。彼はどうせ見られていることを知っている。この場で休憩などするのは論外。彼は大人。一度子供になめられれば、それが続く。子供が大人になるまで、過去に見下した大人を記憶で嗤い続ける。






 だから彼は余裕をかました態度でクッキーをほおばって、その場を後にした。

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