ローレライの火種

 小国ローレライは、王政である。それは彼が住む王国と同じ政治体制であり、また法も似たり寄ったりの部分があった。民衆の意識も文化も全て似たり寄ったり。されど圧倒的なものがローレライと王国にはあった。彼のいる王国は強国であるのに対し、ローレライは小国。




 規模が余りにかけ離れていた。領土もローレライの9倍以上の王国。人口も経済も貴族の数も圧倒的差があった。数が多いからこそ、余裕がある。その余裕は日々、国力を高めんと使われていた。ローレライは国家を維持するのと、敵対者への抵抗するための防備で精一杯。必死にやりくりして、僅かにできた国力の余裕は、危機への対策への準備に使われるのみだった。




 文化も法も金も軍事に対する方向性は同じでも、王国は数倍以上に上。ローレライは王国の片隅においやられるような領土であった。領土にも似たようなものがあり、平原へと領土を治めていた。ローレライと同じく、王国は平原への領土を多くおさめ、それは人々の活動に勢いをつけるものだ。過酷な環境でなく、恵まれた環境。土地ボーナスを多く付けた王国。その隣の片隅の平原だ。右には王国。左には領土的中小国家であり、平原と渓谷を挟んだ軍国がある。




 軍国は、軍事に国力を全部注いだ戦闘国家だ。渓谷と平原に領地を持つ。平原への領地はわずかであり、山と山に挟まれた川が人の住む環境だ。モーラヴェント山脈と呼ばれる連鎖した山群。その西から東を流れる巨大な川から取れる潤沢な資源、山から取れる鉱物資源と恵みによる食料。自然からもたらされる資源を売ることで生計を立て、軍事に極ぶりという捩子曲がった国家である。




 自然主義者でありながら、軍事的国家。平原に覇をなし、人口数、経済、軍事にバランスよく振った王国。王国と軍国は互いに敵対し、戦争に何回か発展している。しかも全部引き分けだ。領土を失うこともあるが結局幾たびの戦争で戻ってくる。金と命だけで失われていく。王国は大国であり、軍国は中小国。王国は国力を適度に分けた軍事力。軍国は軍事に傾倒。




 軍国は平原に進出するために王国が邪魔。王国はモーラヴェント山脈の資源が欲しいため、軍国が邪魔。どちらも戦争は強く、どちらも大陸全体に名前が知られている。資源を自前で両国とも取れ、人口も自前で高められる。自給自足ができる両国の果てのない戦争。






 こんな両国に挟まれた平原の小国。




 それがローレライ。




 外交と軍事に技術を磨き、ローレライは王国と軍国の狭間にゆられて生きてきた。




 王国に睨まれたときは軍国に外交力を注ぎ、資源と軍備を格安で入手。その際、軍国には、なけなしの資金を送り付けてもいる。




 軍国に睨まれた場合は王国に外交力を注ぐ。危機の時は微力ながら協力とするアピール。その際、軍国はローレライを狙っているという事実を、軍国は王国に進軍するとねつ造もした。




 そうして互いが争う際に、ローレライを狙わない勢力に対し力を貸す。今日の敵は味方。今日の味方は敵。多方向への外交を持って、生きてきていた。危機管理が上手くできていた国だったのだ。






 しかし小国ローレライ。




 外への危機管理は万全でも問題があるのだ。外から見ればローレライは曲者だ。王国と軍国の経済活動をローレライで行おうと拒否しない。しかし、どこから現れた監視が経済活動を見守っている。敵対行動をした際、一瞬で排除するといったものだ。




 あくまでも外。




 問題なのは内。






 この小国は大きく揺れている。王国と同じ、絶対王政。君主制にして、バルキア王7世が治め、国民の支持も高い政府。他国がそう簡単に揺らすことのできない固い地盤。その固い地盤はバルキア王7世がいるからこそのもの。貴族もバルキア王7世に忠誠を誓い、今まで裏切りを出していなかった。




 外交に軍備にといったバルキア王の方針は国の生存を未だに保ち続けた。小国の中の偉人。王国から見ても軍国から見てもバルキア王は優秀だった。もしローレライを支配しても、従うのであれば、裏切らないのであれば、辺境伯の地位を与え、領土を減らしつつも存続を許すほどのだ。中途半端な有能は殺されるが、とびっきり偏った有能さは生かされる。バルキア王を排除すれば、民衆が蜂起し、貴族が暴れ出す。そのあたりも考慮された、有能さ。






 何よりバルキア王7世は、自分から約束を破ったりしない。そういった信用もあった。あくまで王国と軍国がいちゃもんをつけ、対処してきた結果、蝙蝠外交に見えるだけのことだ。ローレライは信用によって、生かされ、外交によって生きている。






 そのバルキア王7世は完ぺきではない。外が完璧でも王が偏った有能でも、人間は完璧じゃない。人間が同じ文化を持って、共通の認識を持って住むのが国だ。国の支配者はあくまで人間。人間は必ず弱点を持つ。




 バルキア王7世は意識を持ちながらも、寝た切りの状況が続いていた。病だ。贅沢に体を動かすこともできず、かといって頭が回らないほどではない。国政に関しては、忠誠を誓う貴族がある程度采配してくるが、決定権はバルキア王だけが持つ。




 この場でバルキア王を裏切る貴族はいない。バルキア王なきローレライは、貴族ごとつぶされる。君主制にしては理想の形であるかもしれない。






 バルキア王が動けない今、後継者がその重荷を徐々に背負わされて来ていた。後継者は二人。ローラン第一王子。精悍な顔つき、目元が軽く開かれ、鼻は少し高く、口元は爽やかに主張しすぎない。光を集めたかのような華麗な金髪を持つ、高身長の王子。明るい印象が強く、会話をするたびに人の視線を集める。女性も男性からも人気が髙かった。賊に言う格好いい王子というやつだ




 ローギニア第二王子。暗黙そうな、伏し目がちな目元。自分の殻に引きこもりがちであり、顔こそローランド王子と似たりよったりであっても、人気はない。ローランドとローギニアは双子である。兄がローランド、弟はローギニア。頭の出来も同じ。違うのは人気でしかなかった。






 同じスペックなら、同じ双子なら、人気の高いものを選ぶのが人間だ。






 ローランド第一王子が国を引き継ぐ風潮が出来ていた。むろんローギニアは納得済みのものだ。ローランド王子はとにかく人前に出ていくスタイル。ローギニアは人前で出ない、引きこもりスタイル。ローギニアがローレライの後継者として、重荷を負わない代わりに、ローランド第一王子が受ける。




 この二人に仲たがいはない。






 されど後継者が国を揺るがす火種となっていた。第二王子は問題ではない。






 第一王子が火種の一つだった。






 ローランド第一王子は人前で目立ち、人気のある王子。また頭も容姿もよいことや、次の王とある風潮もあり、貴族からのアプローチがあった。そのなかで貴族と王族をつなぐ、政略結婚なるものがあった。ローレライの有力貴族、侯爵からの政略結婚の話だ。ローレライに侯爵は二人しかおらず、どちらも仲たがいせずの方針。順番通りの政略結婚で王族と貴族はくっついてきた。






 風潮には文化の継承がついてくる。






 ローランド第一王子と侯爵の娘との結婚話ができたのだ。侯爵の娘はローランド王子と同じ映える金髪を伸ばす女性だ。目元が多少鋭いところ以外、女性として必要以上の容姿を持っていた。丁寧に手入れをされた肌には染みもニキビもない。若さをしりつつ、おろそかにしない侯爵の娘としての立場をわきまえていた。侯爵たる貴族の娘は、人前で関心を集める。見た者から不快と思われない努力が必要だった。




 その努力をし、王国を継ぐローランド第一王子のよき伴侶の道を突き進んでいた。ローランド第一王子の邪魔をしないようにしてきた。二人で国民の前に立つ際、お似合いの支配者夫婦の姿にするための努力。ローランドは王子が人気だ。そのローランドの隣が、努力もせず、若さにかこつけただけの異性であってはならない。




 ローランド王子への強い愛情を隠し、ひたすら貴族の義務と王に相応しい王妃へ突き進んでいたはずだったのだ。




 まだローランドも侯爵の娘も学生の年齢。




 共に16という年齢。




 二人はローレライの最も巨大な学園で過ごしている。王族であろうと貴族であろうと寮生活を強制的に強いられる。共同で住む訓練。その学園には平民すらいる。下の姿と上の姿。支配者と被支配者にとって、どちらの姿を見るために許された環境だ。






 王族が子供をつくる情報を得たとき、大体侯爵級の貴族も子供を作り始める。侯爵と王族は常に共有された関係と信頼を持たなければいけない。子供のころから培った関係がそれに繋がるのだ。だから王族と侯爵級の貴族は大体子供の年齢が一致する。




 たまたま侯爵の子供が娘で、王族の子供が息子だった。




 だから政略結婚なのだ。




 侯爵の娘は、親から王族に関係する地位になると告げられて育ってきた。そのなかに男親が持つ独自の感覚もあっただろう。恋愛観を抜きに、仕事への努力への義務が教育された。自分を押し殺してでも、尽くす義務。その教育の中で振ってきた結婚の話。それから娘はローランドのために頑張った。努力はいつしか、本物のものになる。義務から生じた思いが、恋に変わる。








 ローランド第一王子は、侯爵の娘は。貴族と王族の関係が見て、理想の政略結婚だ。










 しかし。




 火種とはくすぶるものだ。




 娘は思いを恋に変えた。ローランド王子も確かに娘に恋をしたかもしれない。自分の為に頑張る娘、配下の娘とはいえ、必死に努力する姿。失敗しても、めげずに励む姿。それを必死に隠し、大人であろうとした娘に強い感慨を持つだろう。






 だが、若さだけはどうにもならない。若さは常に選択肢がある。一度選んだ道を外れ、寄り道をしたくなるときがある。選んだものが気に食わないから、別のに変えたいという選択肢がある。




 学生なのだから、悩むのが仕事だ。






 問題は。




 貴族の責務、王族の責務に対し、何でも疑問に思う年頃の王子なのだ。敷かれたレールをそのまま進むこと。それに疑問を途中でもったローランドが問題だった。初めからもった疑問であれば、敷かれたレールを進むうちに、勝手に時間が殺してくれる。しかし途中で持った場合、厄介だ。




 人格が形成され、文化も知った。自分の役目を知ったうえで、自分が出来る自由への想い。与えられるだけでなく、自分から作りたいと願う思い。






 その願いは何事もなければよかった。






 しかし、ローランド第一王子は人気があった。会話をしていても、権力者としての地位も。貴族から見ても国民から見ても優れた王子だ。しかし人間。人間は必ず弱点があった。






 その隙間を、隠した内心に漬け込む第三者が現れた。




 ローレライの貴族にして伯爵。その伯爵の娘、カルミア。くせっけが強く、気が弱そうな印象の女性だった。常におどおどするかでありながら、動植物に対し優しさを見せる。花壇に植物に水を与え、動物たちに餌を与える。学園の平民にも笑顔を見せる、貴族にしては異端の娘。










 そういう風に偽り、そういう風にローランドの前で演じる。くせっけが強く、気が弱そうなイメージを与える演技。しかしながら実態は違う。ローランドをコレクションのように思い、手に入れようとしていた。蛇のようにローランドが隠す弱点を探っていた。貴族の義務、王族の義務、平民の自由。ローランドの心に突き刺さりそうなものをひたすら、劇場として作り上げていた。




 優しさを見せた瞬間にローランドの視線がカルミアにくぎ付けだった。それに気づいた瞬間、カルミアの戦略がそういったものにかわった。侯爵の娘と一緒にいても隙だらけ。その隙は思春期特有の悩みからなるもの。カルミアは数多くの男を篭絡した経験から、理解していた。




 そうしてカルミアの牙が、ローランドへと迫っていく。








 初めはローランドもカルミアと二人で話すのは拒絶した。だから平民も貴族も混ぜての複数による会話から関係を持った。ローランドが興味をもつ反応をした内容。その内容を、後で独自に調べ、必死に知識にした。次の会話では、それを生かす。またローランドが興味を持つ、あとで調べて、次へ。次第に二人の共有の中身ができていた。それらは二人だけの世界。




 複数の対話では、その興味の世界に浸ることなど不可能。誰かが遮り、誰かの世界が広がってしまう。しかし二人きりならば、二人だけの興味のある世界を作れる。






 そうやって、二人だけの対話となっていく。




 その際侯爵の娘は貴族としての義務をひたすら学んでいた。貴族が女性が持つ魅力の力を高める努力をしていた。ローランドは誠実な王であると信じ、隠して努力を励んでいる。ただの貴族が培った知識を、本物の自分にいれるため。一人、常に努力したのだ。






 その侯爵の娘の努力を、陰で知りながらローランドはカルミアとの会話にのめり込む。ひたすらのめり込む。






 いつからか王族としてのものも。




 貴族との関係も。




 薄く途切れて、知識としてだけ持っただけの者に成り下がった。








 ローランドが一度は恋をした侯爵の娘。貴族として、未来の王妃として頑張る娘より。






 カルミアが好きになっていった。カルミアが仕掛けた毒の罠。それにまんまと引っかかり、自分から抜け出せないよう、侯爵の娘のことをどうでもよくしていった。










 問題とはローランド第一王子が引き起こしたものだ。






 女性関係。




 恋愛関係。






 どの為政者も、どの貴族も、どの平民も。それこそ前の世界の一般人ですら、その問題からは逃げられない。男性と女性。もしくは同性同士。






 一人だけなら、自己満足。二人そろえば夫婦。では三人そろえば、三角関係となる。






 ローランド第一王子、伯爵の娘カルミア。侯爵の娘。






 大きな火種だった。




 侯爵の娘は何も悪くない。しかしローランドとカルミアが本物の二人になるために、障害なのだ。障害とは恋愛に必ずあるもの。障害があった恋愛となかった恋愛。どちらがドラマチックだろうか。






 どちらが印象に残るだろうか。




 その障害が。




 良い奴であれば、誰もが泣くかもしれない。




 その障害が。




 悪い奴であれば、誰もが泣くかもしれない。








 前者は、第三者の誰かが障害であった良い奴に対し泣く。後者は悪いやつであれば、そいつが泣く。






 だから、泣かす。




 カルミアはそういう戦略をとった。手段はあるが、最低なもの。 




  貴族は王族に忠誠を誓う。あくまで裏切らないし、歯向かわない。ただ少し順狂わせをしただけなのだ。忠義のため、ローランドの悩みのため、そこに自分の欲望を突き詰めただけだ。






 建前は十分。あくまでローランドの悩みのため、忠義を尽くす。それがカルミアという貴族が出した、欲望の計画。






 そして侯爵の娘の立場を悪くする策略が始動した。




 王子のため、自分のため、侯爵の娘は悪役がふさわしい。


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