ローレライの火種 2

侯爵の娘は突然起きた出来事に納得ができなかった。王立学園にて、現実の重みに耐えかねていた。。ローランドの王都の1割をも学園の敷地にした巨大施設。その中には独自の図書館、植物園、魔物の飼育、体育館といった様々な施設が立てられている。食堂などは貴族と王族と平民の区域がされてはいるものの、生徒ならば誰でも使用可能。必要なものを必要以上に揃えた有名な学園だった。下手をすれば、他国からくるほどの生徒がくるほど、名前を売っていた。






 侯爵の娘は、教室の窓から外を見下ろしていた。






 眼下にあるのは、ローランドが花壇の前のベンチで座っていることだ。それはいい。誰にでも一人の時間は必要だ。王子として平民にも貴族にも好かれる男だ。気疲れのようなものがあり、一人で休みたい。そういう思いがあるのであれば納得できた。






 しかしローランドの隣に座る者がいた。くせっけが強い髪、おどおどしたかのような女性だ。ローランドが笑いかければ、慌てたように体を硬直させる姿。二人でいて、二人の世界に入り込む姿。ローランドは楽し気であり、女性も楽しげだ。おどおどしながらも、会話を振るタイミングが上手いのか、ローランドは会話を促す仕草すらしていた。






 侯爵の娘は、唖然としていた。眼下に広がる光景。気付けば右手は握りこぶしを作っていた。だが、ローランドは人気者。女性とはいえ、異性とはいえ、話しかけられもすれば答える王子だ。きっと無視できなかったのだろう。そう勝手に解釈したかった。




 しかし娘の女の勘がつげている。




 そういう現実逃避的、楽観的な相手じゃない。






 まだ授業がある。この先、侯爵の娘とローランドには特に必要な授業が。くせっ毛の女性が貴族ならば、ローランド共に現れる。平民であるならば来れない。その正体を暴くのに次の授業がある。




 ローランドと結ばれるのは侯爵の娘。貴族の社会でもバルキア王にも認められたことだ。




 奪われることはない。




 そういう確信があったからこそ、侯爵の娘には余裕があった。だからか、握りこぶしをとき、その手で前髪をさらう。




 気にしすぎだと自分に言い聞かせ、くせっ毛の女性に対し心で謝罪した。勝手に色恋沙汰に変換し、嫉妬した。自分は王妃になるための努力をし、その隙に伴侶を奪われる恐怖。それが娘の汚い心理的要因。






 自分は優れている。努力を惜しまないからこそ優れている。そう侯爵の娘は必死に思い込んだ。眼下で繰り広げられる花壇前の会話劇。






 時間に余裕があるが、次の授業のために必要な教室移動をした。その際通り過ぎた平民から挨拶をされ、すぐさま貴族らしく、人間として挨拶を返した。










 貴族と王族の中で許される、高等教育のなかでの特別教室。貴族と王族は平民とは違い、授業の一つに支配者教育というものがあった。その間平民は休憩か自習となる。平民に必要以上に労働は強いられない。勉学も同様。貴族以上の階級のみが、必要以上に強いられる。その姿をみせて、平民に納得させる。




 そういう意図もあった。






 しかし、侯爵の娘は気が気ではない。




 授業が始まる数分前にも姿はない。ローランドはいつも数分前には必ず来る。準備の時間、また王族としての時間の価値を知っているのだ。時間を甘く見るものは、時間によって謀られる。外交と軍事による小国ならではの価値観。




 大国と軍国は時間が有り余るが、小国には時間すら惜しまれる。




 教室の席がいくつか埋まっていく。侯爵の娘が座り、他の貴族たちも集まりだした。そして適当な席に座っていく。侯爵の娘は窓際を常に選択。その隣はローランドのものとの暗黙のルール。だから誰も座らない。






 いつもの貴族のメンバーが座った。この際、侯爵の娘に対し会話を問いかけるものはいない。別に権力が強いから話しかけづらいでもない。気がたっているからという理由でもない。




 無駄口を叩く者がいない。




 小国は、そういう余裕を持つならば次の手を考えるのが美徳とされている。その考えをしないのは平民だけなのだ。だから平民は侯爵の娘に対し、挨拶をし、それが次の手につながるから娘は挨拶を返す。




 上から目線であるが、下に対し無視はしない。






 しかし、侯爵の娘の懸念は当たる。不幸な予測は正解へと成り果てた




 その支配者教育の授業で伴侶たるローランドが現れなかった。貴族の娘、将来の王妃とし、努力を励む娘にとって、これは由々しきことだった。




 隠した努力。それは図書館で、自宅で学んできた努力。その血もにじむ努力を隠し、華やかな結果のみは表に出していく。結果は隠さない。






 いつもならばいるはずのローランド。いや、最近はローランドと会話をした記憶がない。それは侯爵の娘にとって、衝撃の事実に思えた。努力に夢中になるばかりで、肝心のローランドと会話をした記憶が少ない。今も子供であるが、もっと子供のころ、立場をあまりしらないとき無邪気に話し合ったときぐらい。それが今でも思い出せるほど、最近の娘とローランドと会話がなかった。




 侯爵の娘は努力に夢中だった。しかし、学園にいる際、極力ローランドに従うそぶりはみせていた。適度に話しかけ、必要以上には踏み込まない。政治の話を持ち出すときも、貴族対立の話を出すときも、状況が悪化する前。事前にローランドへ通知し、それを侯爵の娘かローランドのどちらかが対処してきた。




 どの立場に対しても無駄口は叩かない。平民がやることに口も手も出さない。間違っている際は口を出すが、それ以外は平民の方が完璧なのでいう事が無い。




 平民をほめることはした。その際、平民は照れくさそうと人間臭かった。






 侯爵の娘は、そういった事実を認識し。次なる手段へとして考えた。ローランドが貴族として必要な授業を出ない。出ないなりの理由がある。問題が起きたのであろうと必死に取り繕った。






 その際、己の心にできた違和感がある。




 理由。問題。




 それは何なのか。




 ローランドに直接聞くこともできる。しかし、未来の王妃が聞くということなどできるわけもない。自分から察していかなければいけないのだ。だが、ローランドが話した場合は、侯爵の娘自ら動ける。あくまで侯爵の娘として、完璧な姿だけを見せたい。




 これは支配者の感情であり、侯爵の娘のプライド。




 いや、違う。




 侯爵の娘が持つ、女性としての誇りが持つ強さだ。








 しかし、次の日もローランドは授業に出なかった。支配者としての授業に出なかった。また侯爵の娘とローランドは同じ教室である。隣同士の席でもある。姿を見せる機会が減った。学園に来るのも遅刻ぎりぎり。授業の行動もギリギリ。かつてのローランドにはなかった特徴が現れた。






 それどころか同じ教室にいることすら減った。




 理由は何か。




 問題は何か。




 聞きたいが、女性としての誇りがそれをさせてくれない。








 そうして、一か月がたった。




 もはや侯爵の娘は、教室にローランドが来ないことのほうが多くなった。いることよりもいないほうが多い。それに対し他の貴族は何も言わない。






 ときおり、娘に対し、同じ教室の平民が挨拶をしに来るだけだった。それに対し、心地よく上から目線の挨拶は返した。その返しに平民は緊張したかのようでありながら、嬉しそうに席に戻っていく。






 そういう日々を繰り返したからか、精神が摩耗していった。だからか珍しく体調を崩した。ほとんど教室に来ないローランド。体調を崩しても、いつもならばプライドが学園と行くことを決定づける。しかし、体調を崩した日だけは無理だった。




 ローランドのいない教室。




 無理していく必要はない。




 その考えで、一日休んだ。










 しかし、次の日、侯爵の娘は信じられないことを耳にした。






 侯爵の娘が休んだ日、ローランドは遅刻しながらも来たというのだ。休みの連絡を入れる使用人を学園に送り出した。その数十分後にローランドは学園に訪れた。まるで娘が休んだから、ローランドが来たみたいだった。






 有能な娘は理解する。




 避けられていることを。






 同時にローランドが来たという情報を伝えたのは平民だ。どの平民も人間は違う。しかし、娘に対し色々情報を流してくれる。聞けば娘の使用人が学園に訪れた際、学園に待機していたローランドの使用人がわざわざ男子寮まで訪れたという話を流してくれた。




 ローランドの使用人は学園滞在の護衛だ。その護衛が学園から離れることはない。




 何か問題が無い限りは。






 だから侯爵の娘が休んだということ自体が、問題なのだろう。その情報は娘が一人の教室で、数人の平民がわざわざ伝えに来た情報だ。夕暮れに近い、オレンジが教室を包む環境で行われた共有。








 同時に侯爵の娘が休んだ席にある者が座ったという。




 くせっ毛でおどおどしたかのような女性。容姿も可愛らしく、小動物を思わせるかのような美少女が侯爵の娘の席に座る。






「そう、貴方たち助かったわ。貴方たちのおかげで、必要なことを知りましたわ」






 平民に娘は感謝をした。上から目線であり、支配者であろうとした虚構。平民たちは大げさに娘の礼に対し、手を小ぶりで振っていた。同学年の男子も女子もいる数人の平民の群れ。




 その中で、こじんまりとした女性が口を開いた。






「侯爵様の席に座った御方、伯爵様の地位の娘らしいです」






 そう、貴族。




 貴族の伯爵が貴族の侯爵の席に座る。




「そう、ありがとう」






 しかし、侯爵の娘は次なる手を考えていた。平民に対し、必ず礼を、謝罪を、挨拶を。どの貴族もしないからこそ、した際に目立つ礼儀良さ。平民からもたらされる情報を知り、表面上は感謝の表情を浮かべ、内心では嫉妬に狂う姿があった。




 女性としての誇りが汚されているのだ。






 ローランドはくせっ毛の娘。カルミアにほだされている。その感情は恋愛によるものだろう。そういう教育をされ、人間による統治の問題点の教育をされたからこそ知る。








「許せないですわ」




 一人ごちた屈辱の声。その声は平民にも聞こえた。だがどの平民も侯爵の娘に対し、同情の色を見せていた。だからか、侯爵の娘は決して八つ当たりなどしない。






「貴方たちに感謝を。少しばかり用事が出来ました」






 そういって軽く会釈し、娘は教室を後にした。残された平民たちが、娘を心配そうに見送るが、どうしようもない。












 次の日。




 侯爵の娘の机に、花瓶が置かれていた。枯れた花が飾られた花瓶だ。椅子も廊下に投げ出され、座る場所などない。侯爵の娘は自分の席を廊下から教室内に取り込んだ。




 いつもの日常が始まった。






 次の日。




 侯爵の娘の席がなかった。侯爵の娘の机は廊下に投げ出されていた。それを自分で元の位置に並べて授業が始まった。






 次の日、侯爵の娘は早く来た。




 侯爵の娘の席が落書きされていた。娘が早く来るより先に落書きがあった。それを必死に消し、皆が来るまで教室で待機した。






 その日、少し遅く侯爵の娘は待機した。自分の教室に学園が閉まるまで、待機。その後閉まる直前で寮へと戻る。




 次の日、自分の机は無事だった。




 しかし、ある者の席が無事ではなかった。同じ教室でないが、別の教室で騒動が起きた。






 ある女性の席が落書きされ、上に枯れた花の花瓶があったという。その日女性が、教室に来ると酷い有様になった自分の席があったようだ。大泣きしたかのような悲鳴が廊下にまでつたわり、騒動となった。




 侯爵の娘は一切気にせず、自分のことだけを考えた。平民からされる挨拶だけは必ず、返した。






 次の日も早く、その前の日も遅く残る。




 自分の席はぶじだった。




 別の教室の女性の席だけが被害にあっていた。廊下に出され、落書きもされていたという。その教室の皆が手伝い、落書きを消し、廊下から教室へと戻したという。






 二回も続けば、犯人探しが始まる。






 アリバイがどの教室から探された。どの貴族も平民も誰かがアリバイを証明した。しかし、一人だけ証明できないものがいた。






 侯爵の娘だ。




 自分の席が被害にあっていたからこそ、自分の身を守った結果。誰も来ない時間にいたのだ、誰も証明できるわけもない。






 アリバイがない侯爵の娘に対し、疑う空気が出来た。しかしそれども侯爵の娘。決して折れず、自分が被害になったことをアピール。だから一人で犯人を待ったという主張。されど被害にあったことを誰もが知らなかった。それもそのはず、侯爵の娘は誰よりも先に来て、誰よりも環境を整える。




 誰かが気付く前に、対処してしまう。




 侯爵の娘が被害にあったことを誰もが知らなかった。




 自作自演、すぐばれる嘘をついたという風潮が出来た。表だって言われないのは、侯爵の娘だからだ。相手が格下の貴族。被害者は泣き寝入りするしかない。




 侯爵の娘は気にも留めなかった。






 その日、誰も表だって挨拶に来なかった。






 しかし陰では平民が挨拶に来ていた。それを上から目線であれど、返事はする。立場が悪くなりかける娘に対し、平民は無実なのにどうしてと訴える。表だっては誰も動かないが、同じ教室の平民は影ながらかならず、一度挨拶に来る。






 無実であろうと、何であろうと。疑いは疑い。






「疑われる隙はあった以上、仕方ないわ」




 未来の王妃として、そういった工作になれなければいけない。子供としての感情は屈辱まみれだが、未来の自分がそれを理性として抑え込む。








 次の日。




 自分の席は無事だった。違う教室の被害者の女性の席も無事だった。








 しかし、事件は起きた。被害者の女性が階段から落ちた。それだけならばよいが、足を怪我したらしい。ただの平民であれば次注意するだけで終わる。されど貴族が被害者の場合話が変わる。




 事故か。




 事件か。




 貴族の場合、事故でなく事件を疑われる。たとえ事故であったとしても、前提が事件から始まるのだ。




 犯人探しが始まった。被害者の女性は貴族であったのだ。




 そのとき、誰もがアリバイを探ししていた。このとき、侯爵の娘にアリバイはなかった。それもそのはず。お昼時だった。




 侯爵の娘はかつてローランドと数人の貴族で食事した屋上にいた。その屋上は貴族以上のものに開けられた特別席だ。しかしローランドがいなくなり、侯爵の娘だけとなったとき、誰も来なかった。






 アリバイが無いのが二度目。




 疑いは更に深まっていく。




 そのとき被害者の女性の証言があったらしい。






 誰かに押されたと。




 断定する空気が訪れだした。






 侯爵の娘は理解した。誰かが嵌めてきたと。侯爵という地位に歯向かうものなど現れない。そういう予測の裏をかくように、歯向かう何者かが現れた。屈辱が己を支配しかける。しかし理性が勝った。






 その日の放課後間近。




 誰もが束の間の休息を味わう、授業終了後。






 事件は再び起きた。








 侯爵の娘が暴言を言ったらしい。それも最近、同じの被害者だ。疑われる風潮が前提にできてしまっているがゆえに、本質を見抜けない。否、見抜こうとしない。空気が出来た以上、何かあれば、侯爵の娘が疑われるのだ。






 言った記憶など何もない。




 そもそも最近は平民ぐらいしか、話をしていない。




 侯爵の娘は自分が無実だと主張をつづけ、その証拠を出せないでいた。










 次の日。




 最近の教室には珍しい人がいた。この王国の後継者と呼べるローランド王子がいたのだ。誰よりも先にくる侯爵の娘。その早朝間近の教室で先にローランドが自分の席に座っていた。隣の娘の席には誰かが座っていた。




 教室の入り口付近で固まる娘に気付くと、ローランドが振り向いていった。






「最近、この女性を虐めているそうだね」




 聞けば、人の心を掴みに来る声。爽やかでありながらも、怒りに震えた声が娘を出迎えた。ローランドが示す女性の正体。髪はくせっ毛で、おどおどした表情を娘に向けて怯えている。






「無実です。誰かが嵌めようとしているのですわ」




 状況証拠は残念ながら、娘を有罪としていた。ローランドの貴族は次なる手を打つ義務がある。だから有罪になりかけた者に対し、次の手として誰も援護しないのだ。だから自分の主張は自分で守る。






 されど。その貴族に対し、一方的に証拠もなしに裁ける者がいる。






「嘘をつかないでほしい。君がそういう苛めをするのにも理由があるんだろう。でも、いじめはよくないだろう。皆気付いているんだ。それを嘘ついて誤魔化そうとするなんて」






 ローランドは悲しげだ。事実、悲しいのだろう。侯爵の娘、一度は恋した女性がこういう見苦しさを見せていると。状況証拠は有罪。だが実証した証拠はない。




 誰かが証人でも立たなければ意味がない。




 そんな王子に対し、寄り添うかのように声をかけたものがいた。おどおどしつつ、自分の意見をはっきりとのべる。可愛らしい声だ。くせっ毛の女性、カルミアだ。






「ろ、ローランド王子。侯爵様は、その疲れているんだと思います。日々の努力や、その貴族としての責務が追い詰めているんだと思います。だから、その。私が。私が全部我慢すればよいのです」




 おどおどしつつ、自分を犠牲にしていく。そういった内容の発言。ローランドはその女性に対し、深い感激を覚えたのか。ぽつりと小さな涙をこぼし、カルミアの肩を軽く掴んだ。






「いいや、駄目だ。こういうのは対処しておかないとね。次がどうなるかわからないんだ」




「お、王子。で、でも」




 自分の世界に入り込む二人。




 硬直しかけた娘は、そこで気付いた。






 自分が嵌められている。




 ならば、教室から少し離れた。開けた扉をそのままに一歩下がる。そして隣の教室を覗き込むように顔を伸ばす。誰かが隠れていた。見ればわかる同じクラスの貴族が隠れていたのだ。その貴族は侯爵の娘に気付かれたと否や硬直した。動けず、発言もできない。




 王子と女性が二人の世界に入り込む中。




 別の隣のクラスを見た。




 今度は平民が隠れていた。




 貴族と同じような対応だった。しかしほとんどの平民の表情に、渋々といったものがあった。貴族の誰かに命令され、無理やり従った風なのだ。それどころか娘に気付くと、軽く謝罪のように拝む仕草を平民が何人かしていた。






 そう嵌められた事件。




 ローランドとカルミアに対し娘が何かをすれば、両隣の貴族と平民が急いで姿を現し、糾弾する。






 この環境。




 この罠。




 侯爵の娘は嫌でも気付く。






 はめられた。




 証拠も関係ない。証言も関係ない。被害者だけが正しい世界の完成だった。








 これは侯爵の娘が悪役になるために、仕組まれた罠。娘の女としての誇りが告げる。






 相手はくせっ毛の女性カルミア。仕組んだのも奴だ。しかしこの場において、発言すること自体無意味。決まった罪に、決まった敗北。






 だからか。






 先ほどの開けた扉まで戻る。二人の世界が終わり、娘がいなくなったことに慌てている姿だった。






「ええ、仰る通りですわ。わたくしが仕組んだことです」






 罪をすぐに認め、即座に反撃の狼煙とする。次なる手を貴族は打つ。しかしながら相手の方が上。






 ローランドが娘の態度の変化に対し、訝し気になりながらも言う。




「貴方がそんな女性だと思わなかった」






「王子、お気を確かに」




 落ち込む王子と支える女性。おどおどとしつつ、決して自分の主張は隠さない。だからか、娘は尋ねた。




「貴女、少しばかり匂うわ」






 娘の発言に対し、女性が少しびくついた。だが、途端に女性は大きく泣き出した。






「臭いって酷い。わ、わたしそんな言われることしてないです!」






 状況にたいし、適切な対応。この悪役にさせられた娘に最も効果的な手段。両隣のものたちが急いで駆けつけ、後方を囲むように現れた。貴族も平民も。それぞれ侯爵の娘が相手ということを忘れ、睨みつけるかのようだ。






 学園は治外法権。




 貴族と平民に差はあれど。




 王族と貴族に差はない。貴族と貴族に差はない。その環境に数年以上もいれば、染まるのが人間。




 だから権力によって教育を受けた娘と、権力でなく学園の環境で育てられただけの者たちと意見が異なった。






 誰もが敵。






 そんな状況で、その日、娘はその場で帰らされた。






 次の日。




 娘の席は一番後ろだった。窓際でなく、入り口付近の後ろ。勝手に場所を移動させられ、自分が席のあった場所には見知らぬ席があった。また、娘が近くにいる入り口は誰も使わず、あからさまな遠い方の入り口から人が集まった。






 人が集まり、かつてあった娘の席の場所。






 そこに、カルミアが座っていた。








 悔しいことに、味方はいない。閉じられた環境で、閉じられた教育。権力の差がないという建前を誰もが信じた環境なのだ。他の貴族は娘に話をかけず、カルミアの女性へと話をかけにいく。




 娘がいたときは誰も話に来なかった。




 このとき理解する。




 貴族は無駄口を叩かないようにしたのでなく。




 敗北が決まった侯爵の娘にかかわらないようにした。






 貴族は次の手を打つ。無視するのも次の手なのだ。








 こうして味方がいないまま、終わりかけるかと思った日。




 転校生が来た。








 教師が全員に気を遣うかのように、挨拶をしたのち、転校生の話がされたのだ。そんな話は誰も聞いておらず、そんな内容は誰も知らないようだ。ざわめく教室。慌てふためく教室。娘はどことなく他人事のように感じ、その教師が教室に入れてくる転校生を待った。




 教師が言っていた。




「この転校生は、急に学園に転校が決まりました。他国の人、あの王国から来たそうです。地位は平民ですが、有力な財閥の一人息子だそうです」






 一度話を始める教師。平民と聞いたのか、貴族たちの慌てる様子は収まった。平民に価値なしといった判断。逆に教室の平民が少し慌て始めた。






「転校生の実家の財閥は、大きな勢力だそうで、この学園に多額の資金を投じてくれました」




 こういう生臭い話をするには理由がある。本来、教室であるならば話してはいけない内容だ。しかし他国の人間。しかも平民が関わる際、有力者だった場合、敵対印象を持つことを避けたいのだ。だからあらかじめ平民であるが、有能なところがあるといって箸をにごすのだ。




 汚い内容であれど、身を守るため。転校生のみを。ローレライの身を。






 貴族の一人が手を挙げた。身なりの良い男子の貴族。






「どのぐらいの資金ですか?」




 教師も貴族であるがゆえに、敬語の質問を生徒はしている。その会話に教師も適切に返事を返す。




「学園が一年全体でかかる経費全額とそれと皆様のご実家が寄付をする1割ほどのものです」






 その発言。その瞬間、貴族も平民も慌てた。




 学園の一年全体の経費全額。それは平民が出せるどころか、ローレライにおいて貴族ですら出しづらい多額の資金だ。小国はぎりぎりで生計を立てている。その学園の経費は貴族からの寄付、王政からの予算、商人からの投資で賄っている。それは国家全体で振り分けられた義務みたいなものだ。




 それに上書きするように1割の増加。






 それを他国の財閥とはいえ、平民が出す。




 王国の平民の財閥。




 小国と王国の差は歴然である。






 だからか、貴族の目が損得の計算にうつる目になっていた。平民も玉の輿かもしくは友好的になって保護を狙う気か。欲望によって動く目となった。






 侯爵の娘は変わらず。敵対者だけの世界に、新たな敵対者が訪れたのだろうと予測した。








 教師が教室の大半が納得した様子をしたのを確認。そして、扉に声をかけた。






「入ってきなさい。入ってきて、自己紹介を」






 教師の指示があり、その者は姿を現した。男子が着る制服を着こなしている。性別は男子ではある。しかし容姿は少し子供のような印象を持った。身長も同学年の男子より少し低い。しかしながら少し柔らかさがある顔だちは、見ていて人の心を落ち着かすかわいらしさがあった。




 子供でないが、青年になりかけた子供のような姿というのが第一印象だった。






 また特徴的なのが人の目を引き付けるかのような蒼い両目。その爽やかな蒼は人の心をいやすかのように澄んでいた。侯爵の娘が思わず、見とれるほどに澄んだ蒼。恋愛ごとでなく、単純な印象の差。何一つ苦労もしていない子供らしい青年。






「初めまして、皆さん。王国から来た平民の、ソラと申します」


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