第7話 鬱憤
マッケンは終始笑顔だった。
森で回復薬の材料をとることを半ば強引に推し進められ、勝手に話は進んでいた。こうなってしまえば、へたれの彼は口を出すことはできない。
回復薬の材料である薬草の回収。それが頼まれたことだ。どういう草なのかはわからないと聞くと、フーリは腰のポーチから出したものを彼に手渡した。
草だ。
しいて言うならばヨモギのような形をしている草ともいえる。茎などが似ているのではなく葉の形がよく似ていた。
彼には見覚えがある。
これは牛さんに大量に使った草だ。
なるほどと納得した。これは回復薬の材料だったのか。そのまま使っても、効果はあるらしいが、効き目は薄いとフーリがいった。
言わなくてもわかる。
実際に効果は試しているからだ。
それだけではなかった。
マッケンは彼にもう一つ余計なことを提案した。
「森の状態を調べてほしい。一度自身の目で確かめて、危険なのは確かめた。だが私からみたのと、君から見たのは違うだろう?」
いたずら小僧みたいな恐ろしい考え。
もちろん、ただじゃないと一つ付け加えた。他に何かを含むような表情をもってマッケンは懐に手を入れていた。
懐からだしたのは金に輝く硬貨。
金貨だった。1枚。
彼の手のひらにのせ、無理やり閉じさせる。
「むろん、これは前金だよ。君のような人間に頼むんだ。報酬は弾むさ。前金一枚。終わったらまた一枚渡そう」
人差し指を自身の顔の前で立て、ウインク。いたずらが成功した子供のように笑顔なマッケン。
イケメンがやればここまでさまになるのか。
くそっと毒を吐きたかった。だがそれは表向きにの流れでしかない。
さすがに我慢した。思わずとも流れ出した川のながれは彼にはせき止められない。例え嫉妬をしていても形だけの嫉妬でしかない。本当に嫉妬しているかどうかは難しい、判断が難しい。
彼は自分を理解しているようで、理解していないのだ。
勝手におしつけられた仕事。
それが彼が人生で最初にするお仕事だった。
だが仕事をするには最初に一番知らなくてはいけないことがある。
仕事の内容も大切だが、一番は違う。
報酬をしることだ。
金の金額もそうだ。
だが金だけでは意味が無い。十円で百円のものはかえやしない。十円は十円のものしか買えないのだ。それは当たり前のことだ。
しかし、十円を知らない人に、十円玉を見せても価値はわからない。
使うには十円はどのくらいのことができるのか、ということを知らなくてはいけない。
何が言いたいのかといえば貨幣の力を知らなくてはいけないのだ。
金貨ってどういう価値があるのかわからない。それが一番の悩みところだった。
金貨を指で挟んではくるくる回し、光にあてて輝きもみた。彼は金貨のことがまるでわからない。この夢の世界での力がわからない。
疑問を口に出したかったが、薬剤師も冒険者も金貨なんか始めてみたと揃いも揃って驚いていた。マッケンにしてはさすが私といわんばかりに胸をはっていた。
聞けなかった。その態度と変化の有様を見て口を閉ざすことにしてしまった。
自分の無知を人前で晒すことができなかった。
皆の態度から見てすごいのはわかった。
安い感覚でありながらも、すごいという表現のみが彼の心に突き刺さった。
彼の知識でいうならばこれは5千円か。一万円か。あるいは千円か。だが理解しようにも答えが無いから答えようがない。
そんなのいったら馬鹿にされそうだった。
夢の世界で現実の貨幣価値をいったところで意味がない。
彼は口を小さく開いては閉じ、何回も悩んだ。
聞くか。
聞かないか。
思いついた結果。口を閉じた。結局最初の行動に戻ってしまうのだった。行動するよりも悩み続ける道を選んでしまったのだ。
こんな場面で聞けなかった。そういう度胸は持ち合わせてもいない。
金貨をしまい、いつのまにか下げていた顔を上げる。
向き直った彼にマッケンは大丈夫、大丈夫と適当に言葉を継げて、この場は引き上げとなった。
その前に。
全員が立ち去ろうとする背中に彼は声をかけた。
「・・・このあたりの安い宿を教えてください」
金貨の価値は聞けずとも、宿を聞くことならできた。ついでに聞けばよいのに、きこうとしない。なんとも面倒な精神をもった彼である。
ただ、少し心に違和感が残った。
貨幣の価値とは別な何か。
冒険者達から聞けば、ここの通りを右に歩き、ずっとまっすぐいくと小さなぼろい宿があるらしい。その宿のオーナーにフランクからの紹介だといえば安くしてくれるそうだ。
だが、本当に安い宿なだけで寝るだけと考えたほうがよいとのことだ。食事なんか頼んでもまずいものしか出てこず、皆金がないやつしか泊まらない。そこですんだ冒険者達はランクが上がればすぐに出てしまうとも言われた。
彼は見つけた。
見た感じはぼろい。確かにぼろい。壁なんか少し、崩れかかっている。だが建物自体は外から見て3階ぐらいはある。意外と大きかった。
中に入れば、右手に受付があった。おくには階段。店内は薄暗く、中を照らすのは壁にかけられた松明の火だけだった。ちろちろーとばちばちという音がわずらわしい。
受付に座っていたのは一人の男性。
白髪が生えかけ、目は視点がおぼつかない。何か危ない薬でもうっているような人だった。
第一印象は危ない人。
なぜだろうか、彼には凄く親近感が沸いた。
いや。本当なぜだろうか。
まっとうな人間に見えることはない。だがまっとうに見るしかない。あくまで彼の心は他人の事を知るほど余裕がないからだった。
8号室 彼にあてられた部屋だ。
牛さんは厩舎であずかってくれるとのこと。その言葉を聞き入れ、彼は行動に移している。
寂しそうにしていたが、笑顔 笑顔といってそのまま厩舎まで一緒に歩いて、分かれた。
二階まで上がり、まっすぐ歩き、見えたのが8号室。渡された鍵に8と書いてあるが彼には読めない。カギに刻まれた文字の形を見て、たどり着いた。
今日はいろいろあった。
いろいろあり、部屋に入るとすぐベットに横たわった。
疲労もある、だがこの4日間。ろくに休めなかったのもあり、すぐ意識はやみに落ちていった。
目が覚めればまだ夢の中である。
窓から差し込む晴天の光が彼の状況を理解させる。
いいかげん目覚めてほしい。そう思ったが口に出すことはない。
桶に汲まれた水で顔を洗う。両手でつくる小さな癪のようなもので、何回もぱしゃぱしゃと顔を洗っていく。その後、下に降り朝食を頼んだ。頼んで数分、自室に戻っていると宿の主人が訪れ食事を持ってきた。
パンと水それと野菜スープみたいなものだった。味は薄く、水は少しくさい。パンは固い。現実世界のものよりも格段に質が悪いのが伺えた。
確かに金があれば出て行きたいものだ。
それと金貨はなくなって、目立つ硬貨は銀貨8枚と銅6枚。手のひらに乗せた全財産の貨幣たち あと色々こまごまとした小銭がいっぱいある。それだけしか今のところ理解ができやしなかった。
よくわからないので、財布にいれ戻す。
元々、空の財布だ。現実世界の貨幣と混じることすらありえない。この世界専用の財布として機能させることにした。
町を出て、平原に出た。
心地よい風ではない。不快さと緊張さをはぐくんだ彼にとって、不愉快な感触だ。丁度よい案配の湿気とさらっとした風の感触。足元に生える植物、生物の営みの臭いが彼の鼻孔をくすぐっている。
そんな環境でありながらも、その環境を噛みしめることすらできやしない。
だが一人ではないことが救いだった。
隣にはバッファローよりも大きな黒い闘牛がいるのだ。巨大な肉体。筋肉があふれんばかりに視聴する四駆の足。シンボルとして作られたかのような頭部の左右に生えた巨大な角。
牛さんだ。
厩舎から牛さんも連れてきた。
当たり前だ、こんなになついているんだ、きっと守ってくれるに違いない。という逃げの精神から牛さんもつれてきていた。生物は肉体差をもって、戦闘力とみなす。
一目見た感じでいえば、強いだろう。その感覚でしかない。
大丈夫。彼は思いこむことにした。大丈夫、きっと。
気分がはれない。
重いままだ。足取りは重いが、進むしかない。
彼のはじめての仕事は今始まるのだ。
ナレーションをつけてみたが、結局意味が無い。
心は沈み、欝である。
森は危険だという話だ。どうしよう。たまたま運が良くて自分は襲われなかっただけだったと彼は悩んだ。
仕事は請けたし、前金は使った。
もはややるしかないのだ。
逃げる道は無かった。
最悪だった。
気分がのらない。
彼が望んだのはこういう危ない仕事じゃない。確かな保証と有給。当たり前のことが当たり前として保障された仕事がしたかった。
工場でも、しっかりとした安全なルール、社会保障があれば別にかまわない。ただこういう死んだら自己責任、休んだらその分給料なし、社会保障なんかない。
行き当たりばったりなものではないのだ。
正社員 ただそれをのぞんでいた。
安月給でも生活と貯金が少しできればよかった。
人は皆夢を持つ。
人は皆働きたくない。だが、国が定めた義務は労働だ。その中で人は最低限行うなら好きなことを仕事にしたいと思い、希望をはせる。
それが夢なのだ。
夢は夢。
かなえられる人と、かなえられない人。挫折した人、失敗した人、成功、妥協いろいろある。
彼は何回も失敗して、あきらめた。
結果、望んだものじゃないものが彼の仕事となった。今回のことは一過性の仕事だとはわかっている。だが違う。言いたいことはそこじゃない。
彼は望んだことじゃないことをしている、それが問題なのだ。
他の皆もかつて思ったことと違うことをしているのかもしれない。
フランクもペストももしかしたら冒険者じゃなくて、もっと安全な仕事につきたかったかもしれない。かつてあった教師達も、本当は別のことをしたかったかもしれない。
そう考えれば皆妥協している。
あきらめて、自分がいまできる最大限のところをえらんでいるのだと思う。
なぜなら今の彼も望んでいないことをしているからだ。状況に流されたというのもあるが、そのときの彼は仕事がほしかった。そういう感情もあり、否定の声を出さなかった。
決まってから心に沈めてきた闇が吹き出てきた。
人は身勝手な生き物なのだ。
甘い考えをすて、妥協して他の人たちは仕事をしている。
吹き出た感情を理性で抑えて皆頑張っているのだ
だから彼自身そうしないといけない。
同調意思とまではいわないが、そういうあきらめもひつようだ。
必死に他人もそうだから自分もそうしないといけないと必死に抑えていた。
頭の中ではわかっていた。
そうわかっていたはずなのだ。
でも。
他人がそうでも、じぶんはそうなりたくない。
そういう感情は強く、根深く心に残っている。
もし。
もし、だ。
やり直せるなら。
かなえられるなら。
この夢の世界だと勘違いしたところでもかなえられるなら。
保障がほしい。
安全がほしい。
他の人から見れば小さい願いかもしれない。だが、彼にすれば大きい願い。それは決別することができるかわからない。
行き場のない感情は足に力を込めて、押し込めた。
強く、大地を踏みしめる。
将来はいまだまっくらだ。
ただ、大人になるしかない。そうしないと先は見えないのだ。
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