第8話 五日 完了

  森に着き、町を出る前にかっておいた皮の手提げバックから草を取り出した。しなやかに伸びきった弦のような草。色は枯れ木のような茶色。ヨモギのような草とは別のもの。これは昨日の夜フーリから渡されたサンプル品だ。一度、町を出たはいいが、準備不足だと気づいた。それから急いで戻って、準備したものだ。




 現状とる必要があるものがヨモギのような草と弦のような茶色い草という二点。






 日帰りで帰るつもりだったため、バックと木で作られた水筒しか持ち込んではいない。




 遠足みたいだ。


 仕事なのだから嫌々でもまじめにやるべきで、ふざけたことを考えるなとは思う。


 ただ、彼は少し気を紛らわすという意味でも思った。




 おやつはもってくるべきだったろうか。




 必要はないか。自問自答するまでもなく、答えはすぐに表れた。彼はそういうやつであり、そうやってすぐに諦める。ふざけることをしようとして、ふざけられない人間でもあった。




 まじめにやることにした。正しくは考えることを放棄したというのが正しいが。






 気持ちを入れ替え、中に入る。




 相変わらず、薄暗い。最初入ったときは薄暗くて草木がただ生えた平凡な場所だと思ったが、実際は凄く危険らしい。そういった事前情報を与えられた。






 鬱蒼とした緑地。砂利道から外れた藪の中を彼は突き進んでいる。




 ゴブリン達が頑張って力をつけている。その情報をあっても実際見ることすらない。藪の中、草木の中に潜むすべてに彼は気を配る。あたりを見回しても敵などは見つからない。時折藪が鬱陶しく払いのける牛さんの姿しか見えなかった。








 危険だといわれ内心怯えている。だが何もない状態が続けば大したことが無いと思いこみ始める。人間は危険に慣れる駄目な生物でもあった。彼という存在ではなく、人間の存在全てが危険なことでも仕事として割り振る。頭のいかれた種族なのだ。






 自分には牛さんがいると人便り。この場合は魔物便りか。牛さんが通れるほどには道が出来ている。人間が管理しない森林はすぐに魔境みたく歩けるスペースすら自然が覆い尽くす。されどこの森にはそれがない。




 何かはいる。何かが生活をして普段から歩いている証拠でもある。だからこそ彼は怯えてしまうのだ。




 彼は何回も心に言い聞かせ、おびえをおさえる。




 やらなければ後が無い。




 サンプル品を手に、草木をかきわけながら先に進む。途中、草木が押し上げられ、作られた簡易的な道に遭遇した。人間の手の物か別の手の物か。実際はどういうものなのかはわからない。




 だが見つけた以上、見なかったことにできやしない。




 どうしたものかと思ったが、他の道は酷い荒れ具合だ。先ほど通ってきた道よりも自然が蔓延している。そこを通るとなると服が汚れるだけでなく、危険も多いだろう。自然が強ければ強いほど、危険生物も隠れ潜むのが定番である。






 面倒くさがりな彼は少し悩み、作られた道を選択した。




 道なりに歩く。変わり映えもしないが、変化を望まない彼からすれば問題はない。










 そして、見つけた。




 長く歩いた先、ようやく発見した。




 大きな木の下に生えていた。木の根元に包まれるように生えた弦のような茶色い草。これがお目当てのものだと彼は思った。




 前かがみになり、サンプル品と下に生えた草を見比べる。見た目は素人目で同じようにみえた。




 これでたぶんよいはずだ。似たものかもしれないが、これ以上危険な場所とやらにもいたくない。だから彼はこれを答えとして諦めた。




 採取。




 土を手で落として、バックにいれる。


 見渡す限り、同じ草みたいなのでバックに入るだけつめこむことにした。数の指定はされていない。できるだけ多くという要望。






 単純作業。




 せっせと彼はバックに入れていった。






 ここに生えていた草を全て回収することはかなわなかったが、それなりには集められただろう。膨らんだバックが限界だと主張している。これ以上は不可。重量的にも彼の力では限界のものでもあった。




 回復薬とやらが草をどのぐらい使うのかはわからず、バックに入れた分で足りるだろうかと悩んだ。




 考えたが、わからない。




 それは知らない。




 素人に任せるのが悪い。どのぐらい集めるのかは教えなかったフーリが悪い。




 聞かなかった彼も悪いのに全て人のせいにした。彼はあきらめるのも逃げるのも得意であった。




 


 残るものは後一つ。




「・・・あとは調査」




 ここまで来て、特に危険といわれることには遭遇することはなかった。彼なりに、必死に注意しながら来た。だがゴブリンはおろか、動物にすらあうことは無かった。




 特に問題はなさそうだ。




 マッケンは言っていた、私のみたものと君がみたものは違う。マッケンが見た実情と、他者がみた実情は違う。それだけでは判断がつかなくて、自分の意見だけではわからないから、他人の意見も取り入れたかったのだろう。




 それは彼でもわかる。




 彼が見たのは平和なところ。




 何も無い。




 もっと、長くいて、奥に進めばわかるかもしれないが。いっても無意味かもしれない。




 それに、体力の限界だ。




 息が凄く乱れていた。




 自身のことは自身が一番よくわかる。




 どんな人間もリミットがあり、彼は極端に少なかった。




 これでは肉体労働は無理だな。




 彼は自覚した。






 木の根に腰を下ろし、少し体を休めていた。乱れていた息を整える中、時間だけがすぎていく。


 休んでいると、何もすることがなく暇だった。


 息を整えることも大切だが今回は余裕がある。その余裕を生めるためかどうかはわからないが、自然と今までのことが脳裏に浮かんだ。




 初めての仕事、彼なりに努力をしたつもりだ。一生懸命やったつもりだ。それは彼に肉体疲労とは別な疲れがでていた。それは精神的な疲労である。


 森に入ってから、下を見ながら見逃さないように必死に探した。見つけて、同じものか観察して、たくさん集めた。




 誰でもできる、単純作業。




 子供でもきっとできる、簡単な仕事。




 それでも始めての仕事だ。彼が始めておこなった最初の記憶。何事も最初が肝心というのはそのとおりのことだった。




 保障も安全もないけれど、最悪の気分で初めた仕事であったが。




 それなりに心はみちていた。




 町についた。知らないところについた。そういう達成感とは違う何か。


 彼は労働をし、前金とはいえ金をもらった。




 これが仕事。


 面倒だけれども、大変だけれども、面白くはないけれども。


 それなりに彼は満足していた。






 立ち上がり、先ほど来た道を戻るように歩き出した。ベルクへと帰るためであった。長居は無用。彼は自宅以外に長居をする癖はなかった。




 町に着いたころには夕方だった。オレンジ色の光は初めての仕事を歓迎するかのように輝き、彼の背中を後押ししていた。




 途中、フーリの背中を発見し、声をかけて草をわたした。量はこれで十分とのことで彼に救っていた不安が解消され、よかったと安堵。


 そして報酬をもらった。別にマッケンからもらっているからと何回も断った。だがマッケンの依頼とは違うと何度も説得され、なんだかんだで受け取った。




 宿の近くまで一緒に行動していた。その間フーリは昨日のこと、マッケンのこと、今日のこと、ありとあらゆることを笑顔で話していた。


 昨日は怖かったとか、マッケンさんかっこいいとか今日は今日で大変だったとかそういう何でもないことを嬉しそうに語っていた。




 会話中、彼は相槌だけだ。


 普段なら、明るい人間からは距離を離して、話も聞かずに逃げたりするが今日は。




 今日だけは逃げようとするのを我慢した。




 フーリが語りたいことを語り終えるまで促して聞く。彼とは昨日初めてあったばかりの人間だ。一度は逃げようとした相手に笑顔で語ってくるものだから、驚きつつも、彼は全力で耳をかたむけた。






 彼が初めて仕事をして。


 人から始めて逃げなかった。




 そんな一日だった。


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