第9話 

草を採る作業から次の日。彼を出迎えるような声が玄関先から聞こえた。




 明るく透き通った音程のものだ。




 朝の目覚めからぼっとしていた彼にとって新鮮な経験ともいえた。




 面倒であるが、ひたひたと玄関口へと彼は向かった。扉を開け、外を見る。宿の通路とともに一人の騎士が目の前に立っていた。彼も相手が騎士かどうかは一目見ただけではわからない。だが相手が金属の鎧を頭部以外装備しているならば、それは騎士としかいいようがなかった。そしてわかるように扉から一歩離れた位置。開いても当たらない位置に立っている。扉をたたいてから、彼の歩く音を聞いて一歩下がったのであろう、その気配り。








 身長は彼の胸部ぐらいに当たる。とても小さい騎士さまだった。




 彼の視線が騎士に向けられた瞬間だった。




「自分はレイン・アーバクイスであります。貴方様をお迎えに上がりました。」




 敬礼のような形で右手を小さく上げ出した。それは真剣な様子であり、任務に付随する大人の姿ともいえる。




 詐欺だ。




 子供が大人の形を示している。




 一言で言おう、詐欺としか言いようがない。




 もしくは騎士の格好をした営業の人間か。






 悪い犯罪者かもしれない。




 実家に誰かが来るのはわかるが、宿に来るなんて思わない。きてもオーナーだけだろう。オーナー本人じゃないし、どこの誰かもわかったものじゃない。




 彼の面倒かつ、へたれな頭脳が答えを導き出した。その速度一瞬。




 


 思わず扉を閉めた。




 彼は言葉をかけない。面倒ごとから逃げる、面倒な頭が行動を起こしたのだった。








「え?」




 出会ってすぐ、目もあってすぐに閉められた。どういうことといった反応をしているのだが、彼は一向に気にしなかった。






 扉の向こうからは戸惑う声。




 職務を果たそうとしたら、相手から職務を放棄させようとしてきた。子供のような騎士が仕事を果たそうとしているのに、大人のような無職が仕事から逃げようとする。




 鍵をがちゃりと閉め、朝食を取ろうと部屋へと戻ろうとしている点。






「えええええええええ」


 ワンテンポ遅れ、騎士が声を上げた。予想外といった表情と驚きと戸惑いと仕事への責任からの慌てた声。




 悲鳴にも近い声は宿屋の通路に響き渡る。






 どんどんと扉を叩き、騎士は中にいる彼にうったえかける。思わず行動させるぐらいに彼の行動は予想ができないのだ。




 どんどんと叩けば叩くほど、鎧の金属音がガチャガチャとなりたてる。






「あ、開けてください。何で閉めるんです!自分は自分は」




 悲鳴のような訴えと扉をたたく行動をもって、騎士は訴え続けるのだ。




 彼からすれば怪しい奴がいれば扉は閉める。変なやつがいれば見ようとしないのは当たり前だ。




 見なかったことにして、答えを作らない。




 彼は日本にいたとき、押し売り営業の経験からそれを学んでいた。




 奴らはしつこい。相手も生活がかかっているから生半可では来ない。社会の厳しさがあるのか、上司からの圧力があるのか。想像もできない焦りが営業にはあるのだろう。客という相手を倒してでも売り込もうとする気概がある。




 生半可な気持ちでは対抗すらかなわない。




 いつも大変だと他人事当然に見ていた。家族がいつも苦労していたのを思い出したのだ。


 彼がインターホンとかで出るわけ無かった。


 いつも居留守しかしないのだ。






 今回は寝ぼけて出てしまった。




「あけて!あけて!自分は、マッケン隊長から貴方様から調査の、森のことについての重要なお話が!」


 マッケン隊長。




 その言葉が彼の記憶から、昨日のことを引きずり起こした。




 森。昨日のことの話。




 そういった場合において、不誠実なのは彼である。要件もなしに騎士が早朝に尋ねれば、詐欺としてみる彼だ。だがそれでも仕事ということになれば話は別である。






 無職は仕事を知らないから、仕事を厳しくみる癖があった。




 口にパンを放り込み、水で流し込む。




 そうなると成りいきとはいえ、行った仕事の報告をしないといけない。




 仕方なく、入り口まで向かう。




 鍵を開け、扉を開いた。




「ぜぇぜぇ、じ、自分はマッケン隊長からの命でお迎えにあがりました。レインアーバクイスであります」




 なんかあれだった。




 半泣きだった。




 目に涙をため、必死に訴えかけていた。




 さすがの彼も詐欺とか押し売りとか思い込んで、扉を閉めたことに罪悪感を感じる。






「・・・どうぞ」




 彼は酷い大人であると自覚せざるを得ない。職務を果たす子供と職務を放棄する大人。絵面が酷くて、言葉にしたくなかったのだ。








 騎士を部屋に招き入れた。テーブルを挟んだ、手前側の椅子を勧める。騎士が座った対面側、おくの椅子に彼は着いた






 テーブルの上におかれた野菜スープはそっと自分側に寄せておいた。




 彼が朝食をとっていたときに、客人がきてしまった。




 そのため、片付いていなかった。






 中途半端に片づける作業の合間、騎士が口を開いて会話が始まっていた。






 聞いてみれば、レインはマッケンの部下らしい。




 詐欺ではなく、本物の騎士。




 比べてみれば、マッケンと着ている鎧は良く似ていた。




 マッケンと同じ鎧かと思うと少し違うようで、胸の部分が膨らんだタイプの鎧だった。金属であるからこそ重みがあるはずdさ。それを全身にまとう子供の騎士。




 ショートヘアの髪型。




 背は小さく、顔はいまだ幼くみえた。騎士の体は小さかったため、立ち上がると見下ろさないということがネックだった。




 フーリと年齢は変わらないと思った。若すぎるし、たぶん子供であろうと彼が思い込むことにしていた。






 胸元の膨らんだ鎧。その装備の形状を見れば性別も判断できる。女性といったものだ。彼の人生に異性と絡んだ記憶はない。それどころか同性と絡んだ記憶すらない。




 誰かと絡んだ記憶が曖昧でしかない。




 だからこそ人生には経験が必要ともいえる。






 女性で騎士か。




 異世界ファンタジー特有の女騎士。それが子供であったという現実。




 こんな子供が、だ。現実の世界であれば底辺の大人にも負けてしまいそうな身長。だが現実の底辺が着込めるわけもない装備を見れば、弱くはないと判断もできる。




 彼はふと思った。




 子供の騎士と自分はどちらが強いのかとか、そういうもしも、こうだったらとかいうのを考えた。




 すぐにわかった。簡単だった。




 一瞬だ。




 彼が一瞬で負けるだろう。




 相手が子供でも、騎士だ。絶対勝てない。ぼっち、属性闇のひきこもりが、騎士という前衛職業と勝負するのが間違っている。RPGの鉄則として後衛職業が前衛職業に戦闘で勝てないのに、後衛職業にもなれない無職が勝てるわけがなかった。




 彼は自身の実力をしっかり理解しているのだ。皆、自分より強い。遥かに強いか、差にならない強さとか自分以上と考えるのは当たり前だった。




 自分より弱いとは一切考えないネガティブシンキング。




 騎士は強い。




 荒事得意。




 彼は背筋が寒くなっていた。




 底辺が分をわきまえていなかった。その事実に対し、恐怖を覚えたのだ。




 結構失礼なことをしてしまった。ただのチンピラならぼこられるだけですむかもしれないが、相手は騎士様だ。彼の貧弱な記憶にある、騎士とは偉い人間がなるという偏った知識。その知識から相手がどう出るか悪い想像が働いたのだ。




 切られる。




 剣でずばりと首を跳ね飛ばされる。






 ぞくりと震える生命の危機。不安が彼の心を侵食した。


 だらだらと心の汗もでている。。


 しかし、見た目には反映されず、暗くて冷たいままだ。




 先ほどの謝罪として野菜スープでも差し出したほうがよいだろうか。でも、これなくなったら食べるものなくなってしまう。




 苦渋の選択だ。




「えーともしかしてお食事中でしたか?」




 問われたので彼はうなずいた。




「も、申し訳ありません。お食事が終わるまで、外でまっています。終わったら、よんでいただければ!」




 そういい、立ち上がろうとしたレインをとっさに手を前にだし、ストップの合図をだした。




 どうせ、すぐ終わる。




 その後、呼ばないといけないなんて面倒そのものだ。




 天秤にかけるまでもなく、彼は野菜スープを手に取った。




 一気に飲み干した。




「.....終わりました。」




 終了の声を上げ、レインを見る。




 彼なりに、考えた結果素直に従うことにしたのだ。




 騎士に対し、これ以上の無礼はしてならない。底辺という存在は上に対し滅法弱いのだ。勝てるかもしれないではない。従えば酷い目にあわされないかもしれない。






 お上の立場の存在の僅かな希望を信じて、従うことにしたのだ。






 そういう謝罪を心に秘め、彼はレインの反応をまった。














 宿の前に止まっていた馬車に乗り、レインと彼は対面の形で座っていた。自室での対面する形で馬車に乗りこんでいる。




 走り出した馬車はものすごく居心地が悪い。道を走れば車輪と地面の跳ね返りが全部乗員に跳ね返ってくるのだ。車とは大違いに居心地も乗り心地も悪いのだ。




 彼一人で騎士と同行していた。相棒たる牛さんは連れてきていない。馬車に乗れないし、乗せれたとしても狭くなる。だから彼は連れて行かないのだ。








 連れて行かれたのは王国騎士のこの町における本部。




 その建物はこの町の領主についで二番目に大きい建物だ。何十年もこの町を表で守護してきた盾の拠点。




 中に入り、会談室まで案内された。部屋の扉を開ければ、笑顔で出迎えたのはマッケン本人だ。




 会談室は大きな丸いテーブルが中心にあって、それを囲むように椅子がおかれていた。




 そのひとつにマッケンは椅子を引いて、彼に座るようにうながした。




 彼は軽く会釈後、座った。




「隊長、自分はどうすれば?」




「レイン、君は彼の隣に座るとよいだろう」




 指示に従い、レインは彼の隣に座る。




「どうも、悪いね。私自身が行きたかったんだが、少し忙しくて」




 言い訳をしながら、マッケンは彼の隣、レインとは逆側の隣の席に一つ分あけてすわった。彼を中心として右にレイン、左にマッケンが座る形となった。




 マッケンは懐から羊皮紙を取り出し、自身の目の前に置く。彼はそれが何かの資料だとはわかったが、文字が読めないため内容はわからない。




「これは、私が見た森の実情をまとめた資料だよ」




 彼の視線が資料に向かっていたのに気づいたマッケンは資料が何なのか説明してくれた。


 笑みは崩さず。




「さて、森のことをきこうかな」




 マッケンは、少し一呼吸をはさんだ。


 そして内容を切り替えた。




「っとその前に世間話でもしようか?」




 にこり。




 彼は今すぐにも宿に戻りたかった。




 だが、一つここで彼は致命的なミスをした。




「......いえ。.....それよりも森の調査報告を」




 世間話すら切り捨てて、帰りたいと強く願うのはぼっち由縁の特徴だった。ここで彼は森のことをきこうかなというマッケンの言葉にどう言葉を返すか頭がいっぱいだった。それに夢中だった為、切り替わった内容まで反応が追いつかなかった。




「ああ、その前に茶ぐらいのんだらどうだ?この間いい葉が手にはいってね、きっと気に入ると思うよ?」




「.....森はとくにもんだいありません。」




 話は聞かなかった。


 取り付く島も無い。




 必要最低限のことは話そうとしない。馴れ合いが嫌いなタイプとここにいるレインとマッケンの両名は断定した。




 そのころ、答え終わった彼は、気づいた。




 会話がおかしい。




 また。


 また、ずれてしまった。




 彼は会話が苦手だった。




 コミュニケーションが苦手だ。




 かみ合わない。




 声に出すだけで精一杯な彼は、必死に思ったことを伝えることに夢中になってしまって、他のことが考えられなかった。そのため、相手の声を聞いて理解するのにワンテンポ遅れてしまうのだ。




 遅れた答えと相手の話。そういう会話の歯車は少しずつ、ずれていく。




 気づいたときには、相手の話した内容、聞いた内容、それに対して彼が答えようとした内容がぜんぜん違うものとなってしまっている。




 会話がまともに行えなくて、人と仲良くもできない。直したくても、会話をしないと練習はできないのに、話す相手がおらず治療が行えない。




 それが今の彼の現状である。




 牛はしゃべれないから、練習にもならない。




 気まずい空気がこの場を包んだ。




 もう、わかっていた。




 死にたい。




 本気で思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る