第10話 現代の闇
この空気どうしたものか。
彼は凄く悩んでいた。自身が作り出した、このきまづい空気。
森の調査結果を報告するにしても、何とかして会話がしやすいものに持っていかなければいけないのに、コミュ症の彼は一切浮かばない。
この前は考えようとしなくて、たまたま浮かんだ。
今回は考えても浮かばない。
二人の反応が気になる。
両隣をちらりと見てみれば、マッケンもレインも固まっていた。二人とも何もいえないそんな顔のようにみえる。
自分の会話のおかしさが二人に言葉を失わせてしまった。気を使わせてしまった。そう彼が思うのは無理は無い。
本当どうしよう
真剣に頭を回転させていた。
ただ、二人は彼の心配を他所に別のことを考えている。
レインは、あの隊長と一切仲良くしようとしない人間というのを初めてみた。そんな驚きから声がでなかった。
隊長は人たらし。元々、綺麗な顔をしているというのもあるが、人は顔だけでついてはこない。いくら整った顔であったも理不尽だったら従いたくは無い。マッケンはそれがない。いつも明るく、大変でも、どんな状況でも部下達をはげまし続けた。常に皆の先頭に立ち、道を示していた。
輝いている。
夜の燭台に引かれる虫たちとたとえるとしっくりくる。燭台の灯をマッケンとしたら虫はレインたちみたいな人間だ。
誰でも、惹かれるのだ。その明るさに。
レイン自身、騎士を目指し、なろうと努力したのはマッケンという光にあこがれたからだ。
実際、騎士になってみれば大変でやめたいとは思ったことは何回もあった。だが騎士になれてよかったと思うし、自分の選択に後悔はしていない。
町の人間からも好かれ、マッケンの部隊というだけでも集まってくる。本人でもない。残り火みたいな存在の自分達にさえ、人気にあやかれた。
だからこそ、レインは信じられない。
隣のやつは一体なんだ?
隊長が迎えにいけといった人物は一体。
いつもは優しく、余裕を見せる団長も仕事のときだけはせっかちだ。余計なことをしようせず、部下からの報告を聞くときも答えだけを聞く。質問するときも簡潔だった。
そんな団長は今回だけは世間話という遠回り道をした。それを冷たく、はらった男。
そのときの彼は無表情だった。
迎えにいったときも、そう。
ここまでくるときも、そう。
ずっと無表情だった。
人形みたいに、少しもかわらない。
馬車に乗り込んだときも、常に無表情。歩いているときも、いつの間にか前にいて、後ろにいて、突然消えて、どこともなく現れた。いても、いなくてもわからない。人間なのに、幽霊みたいに気配が薄かった。
光に惑わされない、惹かれない彼。
不気味で。
怖くて、しょうがない。
マッケンの隣には怪物がいる。
おそろしいなぁとマッケンは心の中でつぶやいた。
初めて出会うタイプの人間。それが彼だ。
民衆はマッケンを光としている。
その意識からマッケンを光とするならば、彼は闇だ。
己の対極の人間。
あくまで民衆意識から考えればの話だが。
マッケン自身は、己を光とは思っていない。黒に近いグレーゾーンな考え、徹底的な効率主義者だと思っている。マッケンが余計な、優しさ、笑顔をみせるのは、人に好かれる為にやっていることだ。人に好かれなければ、誰も本気で従ってくれない、ついてきてくれない。
人は感情で動く生物だ。
規則やルールだけで人は動かしても、どこかで手を抜く
人は耐え切れない。
いきぬきが必ず現れる。
縛りはどこかで怠慢をうむのだ。
マッケンはそれがいやだ。
どうしたらいい?
悩みに悩んだ結果、一つ思いついた。
自身を偶像、象徴と、人気者になること。
自身を集客箱として、集まった人間は、マッケンに気に入られようと本気で動く。動いてきてもらった。
だから、マッケンは人をたらしこむ。そういう方法しかマッケンにはわからない。
だが、無理だった。
取り付く島がなかった。
隣の彼は正反対だ。
たらしこめようにも、彼は近づかない。距離を縮めようとしても距離を離してくる。
必要最低限のことは行わない。
それが怖かった。
マッケンは無駄なことを行って、人を集めてきた。
彼は一切、無駄なことはせず、人を寄せ付けない。
人間は一人で生きてはいけない。
手を取り合って助け合わなければ日々を生き抜くことすらできないのだ。群れなければ、一人になれば、そこを狙われる。
それを知っているからこそ、マッケンは人を集めるのだ。
だが、隣の彼は違う。
一人だ。
誰も寄せ付けない
一人でも、彼は生きている。外に出ても、今の森に入っても。
彼は五体満足でここにいる。
だから、恐ろしい。
「すまない。森の報告をきこうか?」
取り繕った。
マッケンは自身の内心を悟られぬよう注意を払って。
彼はうなずいた。
ごめんなさい、きまづくしてごめんなさい 心で謝って。
「.....森は何もありませんでした。危険と呼ばれるものは...」
ここで一呼吸を挟む。
彼は一度に話せない。
「....現れませんでした。」
彼の報告を聞き、マッケンは本格的にどうしようかと悩み始めた。今の森に入って何もなかった。というのは、だ。
ゴブリンは彼を狙わなかった、ということか。
やはりか。
なかば予想していたことだ。
マッケンは崩れそうになった表情を必死に維持し、静かに立ち上がった。
彼はどうせ、これ以上何も話さない。
これで、お開きだろう。
長い時間かけてつれてきた割には少ない時間で終わった。本来なら、もう少し時間をかけるものだ。だが彼は望んでいないし、マッケンも望んでいない。
「さて、申し訳なかったね。ここまできてもらって、すぐおわってしまった。用件はこれだけなんだ。」
彼は必死に何かをいようとおもったが、なにもおもいつかなかった。
呼び出したのは向こうだ。だが、来たのは自分だ。
そして自分がめちゃくちゃにして、早く終わったことなのだ。
すっごく、きついです。
相手がめちゃくちゃにしたなら、まだわかる。
自分が自分のミスでこなごなにしてしまった。
「....また、何かあれば」
いえたのはこれだけだった。
彼はもう、どうでもいいやという心境におかされている。
あきらめよう。
いつもやってきたことだ。学生時代に何度も繰り広げてきたこと、それが夢の世界でもでてきたこと。
ただ、それだけである。
本当に自分が嫌になる。
これだから自分はいつまでたっても、ぼっちで、無職なのだ、と追い詰めていた。
「これが報酬だ、金貨5枚だ」
マッケンはそういい、彼の前においた。
「...一枚のはずでは?」
「いいや、覚えていないな。こちらのミスで簡単なことでも手間をかけさせたんだ、手間賃としてもらってほしいな」
彼は一枚だけ自身の懐に納め、残りの4枚はつき返した。
「...いりません」
金貨がどれほど凄いのかは今のところわからない彼は、金の魅力にまだ取り付かれてはいない。
もし、金貨が一万円ぐらいの価値があるなら遠慮なく受け取ったかもしれないが、それは今わからない。
第一、自分のせいで気まづくなったのに、簡単に受け取れるほど、彼は腐ってはいなかった。
お話は終わり、彼は立ち上がる。
申し訳ないと思いながらも、表にはでてこない。
元々、暗い顔なのに無表情だから、誰にも彼が考えていることは予測が立てられない。
入り口まで、いき扉のノブに手をかける。
「そういえば、君、名前は?」
声をかけられた。
名前か。
あぁ、そういえば夢の世界で誰にもいってなかったと今更ながら彼は思った。
学生時代だったら、クラス替えをしたとき、学年があがったときに自己紹介は何回かしていた。
聞かれたのは、初めてだ。
彼は今度こそ、失敗しないように頭の中で構築。
「...さつき、真鱈意 皐月」
告げて、振り返った。
振り返った先。
目の前にはするどい剣の切っ先がつきつけられていた。
会話のワンテンポ遅れる習性は何があっても発動する。
たとえ、目の前に危険がせまっていてもだ。
言葉は必ずいい、そこから彼は反応する。
自身の現状に。
眼前に突きつけられていた剣。わずかでも、前にいけば突き刺さる距離。
しっかりと、自分の名前をいってから、遅れて気づいた。
「まさか、ここまでとはね。」
「......」
言葉が出なかった。
なにこれ?
突然の出来事ゆえに、彼は固まっていた。
いつも無表情。ここでも無表情。
はたから見れば、いつもとかわらない。
相手の様子を見るための博打は、失敗したとマッケンは判断した。
化け物め。
マッケンは剣を彼に向けるのをやめて、下げる。
笑みを浮かべ、
「手がすべってしまった。申し訳ない。慰謝料として何をしたらいいかと考えたんだが、金貨4枚で済ましてくれないかな?」
謝罪した。
白々しかった。
剣のかわりに、何ももたないほうの握り拳を彼の顔の前につきだした。
じょじょにひらかれていく。
開かれた手のひらの上に4枚の金貨があった。
かたくなに渡すつもりらしいが、彼は反応できなかった。
手に持った剣が怖いというのもあるが、先ほどのことが今だにはなれない。
やはり、気まづくしたのがわるかったのか。
そのことばかり考えていた。
小心者の彼としてはもう泣き出したかった。
でも、残念。彼のなみだは出てこない。
人形のように無機質で、無表情の彼は、何年も泣いていないため、泣く方法をわすれてしまっていた。
結局、受け取った4枚の金貨。
今、宿にもどるところだった。
帰りの馬車が用意されていたらしく、レインが案内してくれた。
中ではレイン、彼、最初にのった対面の形で座っている。
がたがたとゆれ、騒がしいことだが、ここにいる二人は静かだった。
息苦しい。
そう、レインは感じた。
外の音がなかったら、この静けさには耐えられなかった。
すぐ前には彼がいる。
恐怖の象徴が目の前にいる。
思わず、口を開いた。
彼の名前。
たしか サツキ マダライ。
「サツキさん 本日は申し訳ありません」
とっさに出たのは謝罪の言葉。
マッケンが最後に剣をつきつけたこと。
上司の責任が部下の責任になるわけがない。マッケンは自身のミスはしっかりと認める理想の上司だ。
彼が何も反応しなかったとはいえ、しっかりと形として謝る。
マッケンも金貨4枚渡して、謝ったが、連れてきたレイン自身も謝罪した。
この重い空気を打開するため、少しでもましにするため、きっかけとして口に出した。
それが謝罪だった。
それだけだ。
「....いえ、別に」
会話が終わった。
本当につらい。
宿の前に着き、馬車は止まった。
居心地の悪くて重い時間から二人は解放された。
すぐに馬車を降りた。
「...ありがとうございました」
降りて、すぐ彼は頭を下げる。
「いえ、こちらも本日は申し訳ありませんでした。」
形式美での礼と謝罪。
王国では頭を下げて謝罪をする習慣はない。
だが、目の前の彼が下げたため、レインもさげる。
相手の習慣に合わせた。
二人とも堅苦しかった。
馬車は再び動き出す。
彼は宿に戻り、馬車の中にいるのはレインだけだ。
彼の故郷。それは頭を下げる習慣があるところ。
自身の体を用いる、礼儀がある。
この国の人間ではないのは見た目でわかる、近隣諸国の人間でもないこともわかる。
だが、どこだ?
謝ること、礼をいうこと、必要最低限の教養。
独自の礼儀とはいえ、ちゃんとした文化の恩恵を受けている。
そういうしっかりとした環境で育ちながら。
どうして あんな不気味なのができるのか。
レインはわからなかった。
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