不幸の連鎖 3

 少女と弟たる少年が食事を終えている。二人とも腹部を撫でており、満腹をしめす表情をしている。ただ彼が家の中に姿を現せば、弟のほうが表情をこわばらせた。そして障害が発動しかけた。他人に対しての発狂準備。だが彼が軽く視線を交えれば口を閉ざして足をばたつかせた。




 知能はあるのだ。障害が邪魔をしている。また彼の経験におけば、これは障碍者だからといって何もされてこなかったものにも似ている。ただ無関心だったわけでなく、少なくても姉であるディシアのいうことはある程度聞く。




 このことから見て、親は関心がなく、姉にまかせっきりだったということがうかがえた。これは親が怖いのでなく、姉のほうが強いという理解の中での反応だろう。現に親が寝込んだところで逆転しても、知能がある程度残っていれば、多少は親には配慮する。親と一緒の部屋で暴れたり騒いだりしない。






 親が何もしなく、ただ無関心。そのうえでいて時折何か問題を起こせば、姉が怒られたというパターンであろう。そして姉が弟を叱り、その叱りを親が何もくせして、口をはさんだか。だからか親は味方として見ているのか、強者である姉の上に君臨している存在として見ているか。どちらか定かではない。ただ介護されたとはいえ身内の前で騒ぎ立てる以上、味方として見られているかもしれない。




 障碍者とはいえ幾つのパターンがある。知的障碍者の場合や身体障碍者の場合、精神障碍者の場合など幾つもだ。




 彼が過去の知識を頭で探る。このような姉と弟の関係をきょうだい児と世間は呼ぶ。健常者である兄弟、姉妹の誰かが、障害を持つ兄弟、姉妹の面倒を見させられる。家族というベースにあぐらをかき、健常者の人生をむさぼる呪い。




 彼は側頭部を指で刺激を与えていく。




 この状況は彼にとってもあまり例にはない。一応観察記録はあるだけだ。




 また未成年においての親か祖父かわからないが身内の介護をしている。ヤングケアラーと呼ばれるものだ。未成年の子供が身内の介護をし、人生を奪われる。思春期もなく、ただ身内に搾取される。人生に希望も持てず、学業にも集中できず、己の不幸を呪う。もしくは不幸すら気づかず、時間を殺していく。




 きょうだい児にしてヤングケアラー。




 これらの環境は非常に子供に悪い。勉強に費やす時間もなければ、人生に感受性を高める娯楽もない。ただ生きて、心を老化させていく。この環境の子供は時間を理解せず、気づけば年を取ることが多い。






 現代であれば、介護はしないことを進めた。もし相手が子供であれば逃げる手段を伝え、行政に連絡したことだろう。しかるべき人権団体がこぞって動き出し、子供の人権確保に動いてくれただろう。誰もが過剰に人権を主張する奴らを否定するが、こういう立場の子供に手を差し伸べるのも過剰な奴らなのだ。




 きょうだい児なだけであれば、義務教育終了後か高校卒業後か大学卒業後かわからないが逃げることを進める。基本身内に問題がある場合は逃げることを進める。




 大した手取りもなくても現代社会は結構手ぬるい。同居さえしなければ逃げれる。法律は家族ベースで扶養や介護を求めるが、同居さえしていなければ拒否しても罪には問われない。あとは親の死後、相続でも放棄すればいい。下手に財産を手にすると厄介なことになるためだ。財産があるからそこから身内の面倒を見ろという命令すら来る。また持ち家などの環境維持であると、相続した際、固定資産税などをきょうだい児が支払い、その場所には障害を持つ兄弟が住み込む。逃げることもできず、人生の幅が狭くなる。生存権が現代において強すぎるため、相続した家から追い出すことは不可能だ。家賃を払わないやつが賃貸から追い出せない理屈と一緒。




 どんな事情があっても、弱者は保護される。




 ときにきょうだい児の人生を奪っても弱者は保護される。そのため相続放棄だ。いくら財産があってもだ。自由のためには財産などくれてやればいい。身内が保護しない弱者は自治体の長が成年後見人を選出するための動きをし、第三者がしかるべき機関の監視のもと保護してくれる。その費用は財産からだ。財産がなければ年金や生活保護などだ。決してかかわらなければいいのだ。






 彼は逃げる道だけは確保している。知識は武器だ。人権屋は防具だ。宗教団体ですら彼にとってはオアシスのようなもの。過保護な組織も過激派な組織も彼は都合よく使うことを日々考えている。






 底辺とは常に今ある利権を否定しないことだ。利権を否定して潰してしまえば、今ある逃げ道をふさぐことになる。決して利権屋をつぶしてはいけない。奴らの活躍は知らないところで自分に深くかかわ


るところで防壁となっているからだ。




 わからない。




 彼の無駄な思考力をもってしても、逃げるしか道は残されていない。ディシアたる少女の未来は一人だけ生き残るだけしかない。ここが現代であれば、逃げても弱者は生き残れる。強い行政がしかるべき仕事をし、人権屋が監視をするため手抜きなどされず、しっかりと人権を維持したまま生活できる。




 ここが異世界であるためわからない。




 介護される男性も障碍者も生きる道を彼ですら探れない。王国には現代のようなシステムは一切ない。死ぬ奴は死ぬし、生きる奴は生きる。






 彼は少女を一瞥し、彼に対しびくつく弟を見た。






 この少女の人生は積んでいる。現時点において幸せの道はない。






 彼は額をたたくのをやめ、口元に指を運ぶ。軽く折り曲げた一指し指は思考する人形かのようだ。このパターンにおいて現代でも逃げるしかない。逃げて自分の人生をつかみ取って、家族の存在を忘れる。それが一番手っ取り早く、罪を背負う可能性はない。








 彼は思考しつつ、次の動作に移る。テーブルまで歩み、二人の子供がきれいに食べた食器を重ねていく。片付けることは簡単でも、環境を変えることは非常に難しい。食器ががちゃがちゃと音を立ててまとまっていく。




 まとまった皿たちを持ち上げ、外へ運び出す。






 子供二人が満腹をかみしめ、弟はそのうえで彼を凝視し監視。少女はそんなことを一切気にせず自分の今をかみしめている。これすらも彼は見ることなく気づいていた。






 少女の人生を搾取することで、残ったものの人生を充実させた環境だ。




「・・・外にお湯が入った桶を用意してあります・・・周囲から見えないように簡易的ですが、壁も作ってあります・・・お風呂に使ってください。・・・むしろ入ってください」




 視線もあわせず、告げた。




 相手の反応はわからない。だが気配は彼の言葉に反応した二つの気配。一つは喜びのごとき反応。一つは停滞の気配。何をいっているかわからないのか、もしくは面倒のため動きたくないのか定かでない。前者が少女で、後者が少年であろう。








 だから彼が邪魔なのだ。少女を自由にさせようと動き、それを達成させれば残るのは弱者だけ。少女がいなければ、生き残れないし、自由にふるまえない。少女の人生を奪っているからこそ、その分人生は充実するのだから。それを悟っているのか、身内に対して離れたくない意志の表れか。もしくはただ彼が気に食わないだけか。だが強者として彼が君臨する以上、この家の誰もいうことを聞くしかない。






 入り口の前で待っていたリザードマンに食器を渡す。扉のわきにはゴブリンが仁王立ちし、こちらに視線を向けることなく警護についている。




 先ほどの彼の指示を終え、再びタイミングを待ちリザードマンが待機していたのだろう。ゴブリンと会話することなく、ひたすら待っていたのかもしれない。彼が指示を出さずとも魔物は勝手に動き、判断をしてくれる。いわば彼も同じ。彼も魔物の自由を奪い、その分己の人生を充実させている。






 似た者同士である。




 だからこそプライドを刺激されるのだろう。






 人間でない以上、魔物であるがゆえに罪悪感は薄い。彼とて人間。相手が同じ人間なら自由を奪うことを躊躇う。だが魔物である以上、彼がいなければ自由どころか命はない。人間社会は人間の命を保証するが魔物の命は保証しない。彼の持ち物として生かされている。それにつけこみ、彼は魔物を搾取している。




 両手に皿を抱えたリザードマン。彼の指示が終わればすぐさま役割を果たすことだろう。




 だがその前に彼は手を伸ばした。




 リザードマンの頭部を優しく撫でた。




 ぎょっとしたようにリザードマンは表情をかえたが、すぐに敬うようにし、器用に片膝をついた。






「静、君には感謝をしている。・・・だけど君を自由にすることはない・・・ほかの子もそう。華も牛さんもだ。小鬼くんだって子犬たちだって、自由にはなれない・・・きみたちを放すことだけはない」






 少女の環境を知り、それらが彼の現状に似ていると気づかされた。




 だからこそ魔物に対し敬意を示した。同時にこの状況の打開はないことも伝えた。






 だがリザードマンは一切拒絶した様子はなく、敬意のみを示す。とくに彼が放さないこと、自由になれないことを言ったあたりからは体を大きく震わせた。ここで彼は実態をかみしめ、不幸を理解したのかと考えた。だがそれでもかまわず、恨まれても構わない。己も魔物なしには生きられないし、魔物も彼無しには社会では生きられない。お互い一蓮托生なのだ。




 だが彼の観察は事実を暴く。




 リザードマンは喜びに満ちているように見えた。






 撫でるのをやめれば、彼の手に頬を擦り付ける静。まるで飼い主に媚びをうるペットのごとく、彼の手に頬をこすりつけ、そのぬくもりをかみしめているようだ。






「・・・君たちは僕のものだ。・・・悪いが自由になれない」






 それを伝えた以上、彼は静に用がない。手を上げ、ほおずりから逃がした。その手で虚空を指でたたくように振るった。仕事に戻れという合図だった。一瞬で表情を真剣そうな形に戻し、すぐさま静は仕事に戻った。踵を返し、彼に背を向けて去っていく。






 その様子を護衛のため家の前で待機していた小鬼に見られていた。




 凝視されていた。






「・・・なに?」




「があ」




 すかさずゴブリンは視線を正面に戻した。だがちらりちらりと彼を見ていた。催促するものではない。興味深いものだったからだろうか、好奇心が満ちたものだった。だからか、そばによると彼はぽんとゴブリンの頭を撫でた。






「・・・君も知恵をつけたね」




 小鬼の顔付近に、息がかかるほどまで顔を向け、彼は評価する。彼の表情は無だ。だが人形ではない。少しばかり頬がゆるみつつ、恥ずかしさを隠そうとする人間のもの。微弱な変化でしかないが、牛さんなら余裕で気づく。






 牛さんが気づくがほかの魔物は気づかない。それを小鬼は気づいたのか、目を一瞬そらした。だがすぐさまごまかした。誤魔化されたことは彼も気づいた。




「・・・ふぅん」






 彼の中で小鬼の観察評価が変わる。今までは雲の影に隠れ、ほかの魔物に従っていた弱者。同じ弱者にして、時折彼自体を観察していた臆病者。




 もはや過去のもののようだった。






 思わず小鬼の顎に指をかけた。




 そしてわずかに指で持ち上げた。顎をくいっとして彼の視線と小鬼の視線が交わる。






「・・・強い目だね」




 かつての小鬼とは違う。強い目。彼と直接視線を合わせれば、即座に弱者のごとく下に向けてきた魔物。それは今彼と対等に視線を合わせられる。






 ほかの魔物は触れ合いを求める。肉体的接触や精神的つながりを求めるのが静や華。彼に迷惑をかけず、邪魔をせず、かといってほかの魔物以上に触れ合いを求める牛さん。近くにいたがるコボルト、彼に関心を持つがゆえに近寄ってくる雲。彼の近くじゃなければいけない天。






 このゴブリンだけが違う。




 ふれあいも馴れ合いも求めない。






 これを確認したかったから今触れていた。




 何も求めない変わり者。






 人形のような目がさらなる深みを覗こうとゴブリンに近づいた。さすがに彼の顔と接近するのは刺激が強いのか緊張が走るゴブリンだった。だが逃げる様子はない。






「・・・君は、今を生きているようだ」




 彼はそう告げて、顔を離した。彼から見ても小鬼は今を生きている。誰に頼らず、触れ合わず、そのうえで生きる環境を認識し、両足で地面にたつ。






 ほかの魔物とは違う。雲と似たような空気すら感じる。






 彼は思わず、腹を抱えた。




 小声でありながら、背筋を震え上がらせる冷笑。




「・・あっはっは」




 そのくせ冷たい眼光は小鬼だけをとらえている。蛇ににらまれた蛙のごとく、小鬼は硬直していた。おびえた様子はないが、だが様子の変化に対し、観察の目を彼に向けていた。




 彼もまた小鬼に対し、興味深くとらえている。








「君は人間のように道筋を立てれるようだね。まさか・・・人間以外に・・・人間と同じ思考を手に入れる存在がいるなんて・・・犬でも猫でもできないのに・・・まさか魔物が・・・まさか評判の悪かった種族が・・・・雲だけだと思ってた。・・・魔物なのに人間くさいなんて・・・」




 敵意はなく。




 冷徹なほどの無が小鬼を貫いた。それに対し一歩も引くことなく視線をぶつけてくるのも小鬼。






「…何があったんだろうね。君には一体。・・・強さを手に入れたのかな?・・・言えない力でも手に入れて、思春期の子供が思い描く夢物語でもこれから作るのかな?・・・まあわからないし、教えなくていい。・・・だけど原点があるはずなんだ・・・力を手に入れる場面がきっと・・・覚えているのは聖剣を君に渡したことだけか・・・いやそれだけで・・これほどの人間らしさがつくわけがない・・・本能が強いと評判の種族・・ゴブリン。君に武器を与えるのは正直不安だった・・・強さを手に入れて、君にとって強い魔物に囲まれた環境なんて閉塞的だ。・・・弱者が力を手に入れてすることなんて・・さらなる暴力の上書きでしかない・・・でも君はしない。・・・ずっと見ていた」






 彼はおかしくなったのか、冷笑をさらに深めた。




 底辺は常に常人とは異なる視点を持つ。




 彼の問いに小鬼がためらいがちに口を開きかけた。それを彼は手で制した。






「答えなくていい。言いたくないことを聞き出す趣味はない」




「があ」




 その指示に小鬼は頭を下げて応じて見せた。王国に頭を下げる文化はない。彼が時折他者にむける行為そのもの。それもあまり頭を下げることは王国でしていない。なのに知っているし、彼に対しマネして見せた。




「…ずっと見ていて、なお君は君らしく立っている。・・・すごいよ。・・・本当にすごい。・・尊敬する・・・弱者でありながら、力を手に入れ、知恵も手に入れ、なお理性を保つ。・・・君は魔物らしくない」






 それは彼らしくない毒気があった。




 魔物の前では彼は感情を出すときがある。弱みも強みもさらけ出すときがある。普通に怒りもすれば、弱さも態度で示す。






 だが毒はない。




 毒を向けたのは彼が覚えている限り、雲だけだ。




 それも警告にとどめたようなもの




 ここまで彼の好奇心をくすぐるものはない。人形という仮面が割れたように、彼は自分を出してしまっていた。






「・・・この村にきて、複雑な家庭環境を知ったときの後悔の念が消えた気分だ」




 彼はこの仕事を受けたことを後悔していた。子供にしては重い家庭環境。少女の人生を守れば、ほかの家族が守られない。少女を犠牲にすれば家族は守られる。この連鎖の被害をいかに減らすかを必死に考えていたのだ。




 そのストレスが彼の無を暴き出す。




 彼の心はねじ曲がり切っているがゆえに、答えなど見つかってしまっている。






 家族を捨てさせる。これ以外に道はない。それを彼はさせる気でいた。だができる限り残されたものも生きる道筋ぐらいは残しておきたい。これは家族のためでなく、少女の罪悪感を減少させるためのものだった。






 家族を捨てる。言葉では簡単だし、行動もしてしまえば何とかなる。




 問題は別のところ。時間がたった際、自分を得るために身内をすてた罪悪感。




 これが本質なのだ。罪悪感は時を経るほど重さを増す凶器。




 子供の時の行為は、大人になって激しく後悔する。これが人間の善性なのだ。








「・・・君のおかげで久しぶりに心が躍った」






 彼は底辺。未知を既知にすることを非常に好む。その未知は科学的なものでなく、生物のもつ本質や精神におけるパターン性に重きをおく。






 小鬼の状況は彼にとって非常に好ましかった。




 だから普段は隠した好奇心が表に現れた。しかも相手に言わせることを拒否させ、かといって探る気もない、ひねくれ具合。




 未知を未知のまま、既知にしたい欲望。






 小鬼は頭を下げた。おびえもなければ逃げもない。暴力性すらない。






「・・・決めた。・・・君は真と呼ぶ。・・・まこととかいて、しんとよぶ。・・・文字にするのはしない。・・・僕はこの文字が一番嫌いだ。・・・だけど読み方は好きだ。意味合いは好きだ。・・・だけど嫌いな文字なんだ。・・・君は理解できるかな?・・・この矛盾が人間なんだ・・・」






 彼は冷たく笑う。




 相手に対し敵意はない。一切ない。小鬼も彼に対し敵意はない。これほどのことを受けてなお、一切ない。






 だが小鬼は顔をあげ、真剣なまなざしで彼を凝視していた。






「いやならほかの名前にしてもいい。・・・僕は正直、君に対し嫌いな文字の名前をつけるとは思わなかった。正直、僕はこの件において何も思わないし、この名前ほど君にあうものが見つからない。・・・自分の中に理由を見つけようにもわからない。・・・どうする?ほかの名前にする?」






 膝をまげた中腰にて視線を合わせた。




 小鬼は即答するかのごとく、首を横に振った。






 彼は冷笑を残したまま、毒気のある含みをもたせた。






「ほかの名前?」




 確認のためでもあるし、小鬼ならきっと受け取ることを確信していた。




 案の定小鬼は首を横に振った。






「真でいい?」




 小鬼は即答でうなずいた。躊躇することなく、主人の嫌いな文字を名前にしたのだ。






「・・・君は素敵だ。・・・雲のような気配もするくせに、人間らしく理性的。・・・よくその名前を受け取ったね」






 彼は小鬼に対し、触れ合わない。




 見下したわけじゃない、相手が求めていないからだ。






 彼の毒気を見ても、そこに立つ。ほかの魔物ですらこうはいかない。彼の毒気の前に感情的に動く魔物が多い中、小鬼だけは違う。






「真」






「があ」






「本当に嫌いな文字だ。呼び方は好きなのに、文字が本当に嫌いだ。呼ぶたびに嫌いな文字が頭に浮かぶ・・・でも好きな読み方でもあるから非常に難しい・・・それを知ったうえで、これを受け取った君は、格好がいい。・・・」








 ひねくれもので、ねじまがりもので、最底辺。






 小鬼に与えた意味合い。






 彼自身の矛盾。嫌いだけど好き。この矛盾を進化した小鬼に明け渡した。




 雲には悪意交じりの毒を飛ばすが、小鬼に対しては彼本来の毒をぶちまける。




「・・・君は離さない。絶対にね」






 彼は毒気を用いて、小鬼、真を所有する。この感情は牛さんに向けるほどの強い感情。




 独占欲。




 彼は非常に面倒な人間であった。






















 布のカーテンで囲われた風呂場。そこで二人が体を洗い終え、自宅に帰る。その行動から数時間後、少女が家から出てきていた。時刻は深夜であり、周りに人気はない。真っ暗な世界が村全体を闇に覆う。




 周囲をきょろきょろと見まわし、誰もいないことを確認。




 少女はやがて闇の中を歩きだした。






 そして家の影に隠れて覗く無の視線。彼がただ無言で、暗闇に消えていく少女をとらえていた。






 牛さんが一匹ほど彼の隣にたち、気配をたっている。






 ほかの魔物は休憩中。牛さんの額をなでながら、彼はただ冷静に物事を見つめていた。






「・・・予測が正しければきっと・・・いやなことか」






 彼は気乗りしない。気落ちだけするが、重い脚は次第に動き出す。彼の片手が牛さんの背中に当たりながら、ゆっくりと少女から見えぬ位置、彼からも見えない暗闇。牛さんだけがとらえているため、牛さんの案内のなか追跡していった。




 そして、少女の足が止まる。






 止まった先は、一軒家。




 村の中では無事なほうの一軒家にて、扉を少女がノックした。




 数分の時間がたち、扉が開き、姿を現したのは男。






 その男の表情はわからないし、暗闇で物事はわからない。だがなんとなく察していた。






「・・・」






 ここは異世界。現代の常識が通じるわけがない。現代人がもつ常識を異世界人に求めることが間違っている。人は誰も生きたいし、そのためなら手段を択ばない。






 男は少女の手を引き家の中へ。




 やがて少女の姿が家に引き込まれて、扉がしまる。






「・・・生きるためとはいえ」






 言葉に出せない重みが彼の心を締め上げる。






 少女が生きられてきた理由。誰の手もなく、飯を食えて、家族を守れる理由。村のなかで、誰も助けない環境の中、生きられてきた。いや、違う。村の中で生存する場所を邪魔されなかった理由。本来弱者を守るなんて能力は、村にはない。あの村は魔王に襲われ、余裕がないはずなのだ。余裕がない家庭を生かすのにも、場所を置くのにも理由があると思っていた。






 少女は女性という部分を売り、飯にありつけて、居場所を手にしていた。




 国の力は強くても、行政の能力が低い。そのくせ権利は弱い。






 現代ならありえない現実は本当に好まない。






「・・・早く動かないと」


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