不幸の連鎖 4
時刻は昼。曇りがかった空の下、木々に背中を預けて待っていた。村の外の森は魔物がいつ現れるかわからない危険地帯。魔王ニクシェルの暴走のあれかはわからないが、木々の隙間が大きくあり、上空は大きく開けて地を照らしていた。折れた木なども腐敗し、わずかな悪臭を漂わせていた。
そこにゴブリン一匹を連れて待機。ほかの魔物には仕事を与えている。
普通の彼であれば、このような場所にゴブリン一匹でいるなどありえない。必ず華と静を引き連れるか、牛さんがいなければ訪れないだろう。
腕を組み、目を閉じる。横のゴブリンは彼を見ることなく周囲を警戒。
ほかの魔物の姿はない。ゴブリンなど弱者であるがゆえに絶好の獲物に見えるはずだ。だが何もない。村から外れた以上、ここに魔物がいないということはない。だが彼が少し視線を横に向ければ何かの視線がそれたのを感じた。
人間ではない。
その視線はゴブリンを一瞬とらえ、彼を次にとらえて固定されたものだ。
この場所において彼だけが獲物であり、ゴブリンは獲物にならないと思われている。野生の魔物は本能が基準だ。その本能をもってゴブリン一匹の環境を責められない。それを見れば、やはり誰の目に見ても力を手に入れたことがうかがえた。
ただゴブリンが発する聖なる波動。聖剣の契約者たる波動が魔物を跳ねのけている。並大抵の魔物であれば息をするだけで苦しい思いをする。それだけの退魔の力。野生の魔物は彼を狙っているが、ゴブリンが邪魔で手を出せない。同時に頭の良い野生の魔物は、彼に対し手を出す気もない。あくまで観察するだけの様子だった。
聖なる力を持つ、森の中でも最弱の魔物。
いびつな存在は野生にとっても興味深き危険生物なのだった。そんなやつを支配下におく彼は化け物でしかない。それにこの森において現在の支配者は彼だ。一人だけならば襲われるかもしれないが、トゥグストラにしては異常な気配を持つ牛さん。リザードマンにしては技術が高すぎる静。オークにしては周りによく気づく観察性。アラクネにして、理解できる残虐とそれを実行できるほどの高い実力。
これらの魔物は大きく森で暴れ、においと気配を刻み込んでいる。
彼が仕事に出るたびに、魔物を引き連れ、自由行動させている。そのさなかに彼の匂いをつけた状態で、存在感を発揮。つまるところ暴れまわっている。
むろん、彼は一切知らない。
勝手に魔物たちが生存戦略を繰り広げただけだった。
攻撃されれば一定数の数を残して、殲滅。殲滅されて残されたものが、後日復讐しようものでも、一定数だけ生かして、残りは殲滅。血と暴力をもって、存在感を発揮してきたのだ。
彼の匂いをつけたままでの行動だ。
同時に生き残っている野生の魔物たちは、元凶が彼に従う姿を見ている。圧倒的上位者であり、ときに彼が元凶たる魔物たちに教育と称した躾もしている。それにたいし元凶たちは怯え震え、媚びを売り続ける姿を森の中で晒してきた。
だからわかるのだ。この森は現時点において彼の支配下なのだと。
ただ、森全体を支配下におけるほど、森は狭くない。ベルク側の森の範囲だけだ。その範囲はとてつもなく広いだけだ。
彼はその野生の魔物たちの視線を受けながら、煩わしく思っていた。
だが口に出すこともなく、黙ったままだった。
時間は少し過ぎた。だが足音はしないが気配がした。彼の他者反応する感覚がわずかに反応し、目を開いた。
「・・・よくきてくださいました」
彼は無表情のまま歓迎する。腕を組むのをほどき、両手を広げて口を開く。
「…リザ氏」
音もたてず、常人であれば気づかない気配を察知する底辺。その彼に対し、微笑みをもって返す淑女の姿。彼の正面にいた。何もない空間から突如姿を現すかのように気配を出した。ゴブリンの反応が大きく後れ、すぐさま警戒の念をリザへ飛ばす。見えないし、わからない。
「こんなところで油をうってどうしたのでしょう?」
微笑みを向けた淑女でありながら、右手は背後に隠している。その手に握るのは武器の類。
そのくせ微笑みは崩さず、暴力性のかけらも一切見せないリザ。
「余裕すぎて飽きてしまいましたか?たかが少女一人連れてくるなんて簡単すぎですか?貴方に任せることでもなく、ほかの人間にやらせておけばいいとか思われましたか?」
リザは畳みかけるように問うてくる。
微笑みながら。
その表情は本心を笑顔で隠そうとする人間の姿。
「たかが少女です。無理強いしても連れてきてかまいません。権力もありませんし、無理強いしたことによる反撃もありません。たかが少女です。簡単な仕事です。報酬も高くはない以上、これ以上の時間をかけることはないでしょう」
この依頼の報酬は実は少ない。もともと高い金額であったのだが、それを彼が勝手に削って下げたのだ。彼自身金に執着するほど欲深ではなく、金があればあるほど短絡的になるか、冷酷になる投資家になるかの差でしかない。あるだけうれしい金銭を彼はあまり好まない。必要以上はいらず、求めない。与えられたとしても勝手に拒絶する精神防衛。
歓迎する形をとりつつ、彼は黙って聞いていた。
ただ視線は鋭く、淑女の微笑みの仮面を貫くほどの冷たさがあった。
「いつまでかかりますか?何もない少女の人生を騙し、自分の意志で連れてくる時間は?もしくは無理やりわれわれのもとへ連れてくるのは?」
要件だけだった。
その仕事における要件は少女のみ。ほかの家族ではなく、少女のみ。親も弟もない。彼ができる限り調べたうちの情報にも何もない。権力者の生き残りでもなければない。財産もない。
少女が体を村の男に売り、村の中で居場所を作っているだけだ。
それも村の中にいなければ好きでもない男に体をうる必要もない。
村に拘束する理由も家族のみ。一人だけじゃ生きられない、哀れな弱者たちのために健常者が犠牲になる流れでしかない。情によって自分を売り、自我を殺し、今を消費する。心が老いた子供の姿でしかなかった。
だが彼は今まで現代でも異世界でも観察してきた。
色々なパターンを頭に叩き込み、情報を文字化する訓練を子供のころからしてきた。
少女のもとにあった家族には、リザたちが求めるものはない。
少女だけにあり、ほかの家族にないもの。性別女性。誰かの財産の相続権でもあるのかもしれない。だがそれ以上のものを与えるにはあまりに貧困すぎた。だからその線は低い。
そうなると別のことしか浮かばない。
女性という部分が彼の頭に引っかかっていた。
男にできて女性にできないもの。
女性にできて男性にできないもの。
それらの情報をもとに、過去の情報を頭から引きずり起こす。
子供。
体を売り、生きる少女。きっとそこで金銭か食べものをえているに違いない。
「・・・そんなに女の部分を見るのが嫌ですか?リザさん」
それ以上に畳みかけるリザの態度がいつもと違う。彼に対し、ここまで圧迫的に隠しながら言葉攻めをする人間ではない。
それも頭から引きずり起こせば、おのずと情報は出てくる。
「・・・貴女はあの子を軽蔑し、仕事に対しての対象物に嫌悪を抱いているように見えます・・・」
むろん、そんな風に見えない。
ただのあてずっぽう。
だがリザは表情をいっぺん、頬をひきつかせ、眉間にわずかなしわを残した。一瞬で、元の微笑みに変わった。
その一瞬でもあれば彼のパターン分籍が活躍してくれる。
「・・・貴女は女性の部分が活躍するのが嫌い・・・ということは少女の現状を知っていて、それらも理解している・・・そのくせ、女性らしいことができることを嫌悪している・・・もしくは女性であることを否定したい・・・そこの部分を考察するに・・・なるほど・・・」
彼は軽くうなずき。
そして口に出した。
「・・・少女、ディシアさんが宿した子供が目的ですか。・・・女性が子供を産むのは普通のことですから・・・その子供を産む行為…女性らしくある生きる流れが・・・リザさん顔が少しいら立ちを起こしているようにみえます・・・その変化をみれば・・・女性であること、女性らしく生きること・・・それらが貴女は嫌いということですか?」
彼の会話中、一瞬リザは軽蔑の色も出した。女性が子供を産むのが当たり前といわれることに対し、表情の色を変化したのもしっかりととらえている。
女性が女性らしくあることに対し拒絶するリザ。
彼の思考がかちりと音をたて、物事を組み立てていく。
リザはあくまで少女ディシアのみが目的しか答えていない。それは女性が子供を産む行為に対しての嫌悪があること。また彼に対し目的を話したくないということ。幾つもの理由があって、それに準じて、秘匿性という言葉でごまかした結果。
目的は少女ではない。
少女が宿した子供。
「…仕事だから我慢するが、貴女は希望をもつ人が嫌い」
彼の言葉に対しリザは変化をしない。その様子を見て彼はアプローチを変えた。
「・・いや、女性という同性の場合のみ貴女は大きく拒絶すると見た」
小さく眉をリザは細めた。だが一瞬であり人の表情に意識を向けない人間であれば気づかない。そもそも常人や詐欺師相手でも隠せるほどの能力をリザは持っている。だが相手が悪い。底辺として生き、他人を観察し、気配を殺してきた彼は見抜いていた。
「・・・今のでわかりました。・・・貴女は同性を許せず、希望を持つ人間をもつものを許せず、女性らしいことをする女性が嫌いで、女性であれば子供ですら嫌いだということが」
彼はリザの相手を今までしてきておいて、おかしいと思ったことはあった。子供であり同性である女性であれば多少は優しさをみせる余裕があるはずなのだ。グラスフィールのときもそう。名も知らない少女が家族を殺され、学業と仕事を専念すべきか迷う時期もそう。仕事を優先して中途半端を許さないから、少女に対し冷たかったと思った。学業と仕事の両立など夢のまた夢。
そういう理想なのかと思った。
だがリコンレスタにおいて狐顔の男に対しては甘さを見せた。異性が相手なら甘くなるのかと推測もした。だがリザという人間が仕事に悪影響を及ぼす危険性の男に甘さを見せるか。それはあり得ない。釈放という手段はあくまで男だからか。危険であっても彼なら制御できると勝手に思い込んだ。
そういう建前もあることだろう。
だが彼は人間の心情を重んじる。
人が仕事を続けるとき、辞める時、人生の決断を迫られたとき、その先を進むのは理屈ではない。
感情だ。
感情が人の決断を要求してくる。
リザは女性でありながら、女性に対し厳しい人間である。
それも自分より若く、希望があり、人生にリスクをとれる人間に対してより冷たくなる。
「・・・貴女は嫉妬しているのですか?・・・貴女は実力もあり、権力もあるようにみえる。・・・それなりの部下を率い、それを束ねるほどの力もあるというのに?・・・貴女の実力は高い。僕から見ても・・・すごく努力してきたのだと思います・・・・なら、一体何が原因か・・・」
リザの表情は険しくなり、彼に対し鋭い眼光を突き付けている。
「・・・なるほど貴女は今でも若く見えるが、それ以上に若い時・・・幼少かもしくは大人になる過程で女性として幸せを手に入れられなかった・・・・恋愛もしてこなかった・・異性とかかわることもなかった・・・きっと束縛されてきたか・・・自分の進みたい方向とは逆方向へ突き進んだ」
彼の背筋に突如として冷たい寒気が走る。棘が背中に刺さったかのような殺気。
リザからだ。
リザはいつもの笑みすら放棄し、彼を軽蔑し、憎悪し、殺気まみれの眼光をもってにらみつけていた。
「・・原因は親・・家庭環境・・・いや・・貴女が誰かの手を借りたいとき、誰も手を貸さなかった。・・・その際きっと女性に対しても助けを求め、無視されたか。・・もしくは単純に、自分とおなじ女性が自由なのかが許せない・・・それか助けてくれたのが男性で・・・その中でも過酷なことをしてきた・・・だから自分が重ねてきた辛さが人生の基軸となった。・・・いくつものパターンが頭の中で浮かびますが、一つ言えます」
「貴女は不幸だった」
彼の眼前に靴裏が迫っていた。翻した黒の布。それは淑女が来ている服の帯だ。廻し蹴りをされていたこと、その一撃が当たれば彼の顔面は砕けていた。それほどの破壊力。気づかないうちに接近され、攻撃されかけていた。
だが彼に当たるまでもなく、即座にゴブリンがそれを迎撃。拳をもって足を打ち上げ、照準は彼の頭上を過ぎていった。
ゴブリンは体制を低くし、迎撃の構えをとっていた。
リザは無言で殺意を用いて彼をとらえていた。
周囲は静まり変える。彼の周りを囲む野生の魔物たちの気配ですら静まりかえり、己の気配を押し殺していた。リザの殺気は野生の魔物を脅かすほど濃密なものであった。彼がおくびにも出さず、立ち向かえるのはすべての存在が彼より上位のものだからだ。
彼より弱い者はいない。
皆彼より強い。
その開き直りは強者ごときでは揺るがない。
どうせ殺されるのだから堂々と抵抗しない。生きられる状況であればそこにすがる。
「・・・よほど女性にたいして、女の子に対して許せない思いがあるのでしょう。・・・自由があるくせに、幸せになれるくせに、弱いことが許せないとか?・・・自分よりましなのに誰かの助けを求めてるとか?・・・自分は助けられなかったのに、お前だけは助けられるとか・・・複雑な思いがあることでしょう・・・お察しします」
銀色に輝く奇跡が彼へ飛来する。すべてゴブリンが拳、裏拳にて迎撃。彼へ届く前に地面へ突き刺さっていた。
「サツキ様・・・いえ、お前はよく人の心を暴けますね。どこまで見抜いたつもりでしょうか?仕事というのはそういうものじゃないでしょう?依頼主がいて、仕事を与えられて、それをこなせばよいだけでしょう?私を暴いて何になる?人の心に触れて何が生まれる?お前はやるべきことをやればいいんです。得意でしょう?そういうのは。お前はあの子供ディシアを連れてくればいい。それ以上のことはいらない。そうすれば私もお前もお互い幸せでしょう?仕事があり、こなすだけ。こなしたらお金をもらえて、立場が安定して、出世もできる。ほかに何が必要なのでしょう?お前はお金だけじゃないと?確かにそうでしょうね。お前はお金じゃ動かない。なぜかお金を手放す動きもし、権力を求めたりする行為も積極的にはみせない。そのくせ確実な安定した手段を裏ではとっています。お前は一貫性がなさすぎるのです。でもその一貫性のなさのくせに、自己利益の取得率は認めます。・・・サツキ様、お前の頭は少し異常です」
冷酷に、殺意をまとった淑女が語る。
片手には短剣を握り、左手は虚空を指さしていた。
「・・・私はお前みたいなやつを見たことがありません。・・・人のことをわかった気でいるやつかと思えば、嫌なところで本心を見抜いてきやがります。わかったつもりでなく、本当に私という存在を暴きやがる。
ああ、本気で気に入らない。私は確かに女が嫌いです。それは自分より若いのもあります・・・なにより気に入らないのが自由であること、幸せであること、幸せであったこと。・・悲劇があるまえに人間らしい生活をしてきた人間が何より嫌いです。そういうやつはどこかで希望があると逃げ道を宿していますから」
リザの左手は額を抑え、それでも湧き上がる怒りを前に震えていた。
「仕事をすれば今なら殺しません・・・それ以上に求めません・・・ディシアという子供を私に連れわたせ・・・それでいいでしょう・・・サツキ様・・・・・貴方様が減額した分を取り消して元の金額を渡しましょう・・・それ以上にほしければくれてやる・・・だからですね」
彼は懐に手を入れた。その動きを過剰に反応したリザが持っていた短剣を投擲。むろんゴブリンが拳にて地上に墜落させた。
そして取り出したのは二つの小瓶。
赤色の液体がつまった小瓶
青色の液体がつまった小瓶。
それらを指ではさんで持ち上げた。
「・・・これは何かご存じでしょう・・・リザ氏」
彼が持ち出したのはハリングルッズが新開発した薬。
その小瓶の色を見て、リザの表情は激しく怒りの色に染めあがった。
「お前の仕事は、そうすることじゃない!!!なぜわからないというのです!!!」
「・・・貴女はディシアさんが宿した子供が必要・・・そこにディシアさんの意志はない。・・・そこにディシアさんが維持した家族はない・・・どうせ子供さえ手に入れればあとは用なし・・・捨てるのでしょう?・・・あの少女が宿した希望すら奪いさり、残るのは自由を奪う家族のみ・・・」
ならばと彼はつづけた。
「・・・少女が宿した子供を殺してしまいましょう・・・そうすれば希望も何も残らないが・・・利用されることも一切ない・・・どんな形であれ命を産むのは素晴らしいことです・・・だけれども・・・ろくでもない人生が約束されているのであれば・・・・自我を産む前に降ろすのも選択肢・・・子供にとって苦痛でしょう・・・だが僕にはそれよりも今を生きる命のほうが優先される・・・未来の命より・・・今の命です」
少女が宿した子供がいる限り、未来は暗闇だ。子供が子供を産むのは地獄だ。自分の食事、宿した子供の食事も水もそろえて整える。女性一人で子供を育てるのは非常に難しい。まともな価値観、倫理、学力などなど、個人の親ではそろえることはできない。
協調性は、一人では無理だ。社会的生活が必要だ。その社会的生活を営むにも必ず自制心が必要だ。その自制心を育むには時間がかかるし、その分金もかかる。その金を稼ぐには仕事をするしかない。
時間を消費し、金銭にかえる。金銭を消費し、今を生きる。
少女ディシアにそれを補える能力はない。仕事も家事も育児も補える人間がいるとするならば、それは正真正銘の化け物だ。人類の枠組みに加えてはならない。必ず一人の親での限界があり、その分子供の教育が遅れていく。学力だけではない。教育は社会的に住む能力も必要だ。人間性もそう。
仕事する時間の中で、育児する時間など作れない。
彼はシングルの家庭を観察している。都会も田舎もどのパターンも実際に観察し、資料などをネットから拾い上げ、記憶している。
親の能力が子供の未来を変える。貧乏でも両親がいる家庭は非常に優れているし、それより収入の高いシングルの家庭よりは、社会性はある。稼げるシングルの子供のほうが能力は高くても、結局人の生活に適すのは貧乏でも両親がそろう家庭だ。
シングルの家庭の子供は問題を起こす率が高い。子供が幼少期であればあるほど非常に難しいのだ。
家庭ではおとなしくても、外では問題を起こすし、外ではおとなしくても家庭では問題児もいる。その比率が残念ながらシングル家庭のほうが大きい。常識は異なる二つの視点をもって、子供という一つの枠に収まる。父親、母親の二つの視点や価値観を子供は無意識に選択し、自分に都合の良い部分を取り入れていく。
二つの視点を取り入れた普通の子供。
一つの視点しかわからない偏った子供。
そのためシングルの家庭の子供に対し、片親という侮蔑の言葉がかけられる。その侮蔑の言葉の数が多ければ多いほどゆがみもする。シングルは社会的に区別されるし、子供も侮蔑されていく。
彼はそれを恐れている。現代社会ですら片親差別をするのだ。この世界ではもっと厳しいことだ。生きられればいい。差別されたうえで生きられれば御の字。ここは異世界。現代社会とは大きく違う。
そのため二つの小瓶を見せつけた。
ハリングルッズが限定的に販売する商品。
中絶薬。赤色の小瓶だ。
排出薬。青色の小瓶だ。
中絶薬は言葉の通り、体内に宿した子供を殺す薬だ。この世界は時折現代より優れた薬を生み出す。魔力を媒介とした薬は、体内の魔力に同調し、ある変化を起こす。それは宿した命に対し、眠る指示を出すものだ。ただ眠る。栄養を受け取ることすら忘れるほどに眠らせる薬。そのまま眠ったまま、痛みもなく栄養失調として殺す。安楽死する。痛みを感じることもない強烈な睡眠欲。
排出薬は死んだ赤ん坊を疑似出産させるものだ。体内の魔力に薬が同調し、疑似的な出産としての運動を引き起こす。その際出産の痛みを伴うが、通常時より痛みは緩和されている。死んだ赤ん坊を外に排出し、きれいな形のまま死体を墓へいれられる。現代社会ですら持たない薬。現代社会ですら生きたまま体内の子供をバラバラにして外へ引きずりだす。それに比べればこの世界ではきれいな形で外へ出る。
「・・・あらかじめ予測してました。・・・女性一人・・・しかも女子です。・・・どこかで行為の中で今を生きるこどものことぐらい・・・頭にはありました・・・だから念のため持ってきていました。・・・」
彼は比較的には善良だ。
赤ん坊の命を奪う行為には心が痛むし、できる限りしたいとは思わない。されど必要だと思えば心を鬼にもする。その残酷さの痛みは彼が半分背負い、残りは少女ディシアが背会う。一人ではない。あくまで責任は半分。
その際、彼の能力ではわからないが、足元の短剣の数が増えた。いつの間にか投擲され、それをゴブリンが迎撃する形。
リザの全身が震えは大きくなった。かつての淑女の姿はない。苛烈さだけが残る殺気があった。
彼に対し、憤激の色を込めた視線を向けるリザ。
「・・・お前はわからないでしょうが、あの命には価値がある。・・・あのディシアなんかより、あの家庭よりも、この村よりも大きな価値があるのです!!!使えない命なのだから最後に大きな花を残すぐらいはしたほうがいい。そうすればガキの命は価値があったことの証明にもなることでしょう!!!」
短剣が飛来、彼も一瞬だけ銀色が閃いたのは見えた。
それは緑が足で踏みつける形で地に沈んだ。急速に飛来する短剣の腹を足裏で地面に落とす能力。
「忌々しいゴブリンが!ただのゴブリンのくせに私の技を止めるものじゃないでしょうが!!お前みたいな最弱の魔物はさっさと死んで人間様に死体をさらせばいいんです!!」
大きく息を荒げ、両目は赤く染まっていく。眼の中の血管でも破けたのかリザの目は赤くそまっていた。怒りのために血管を破くほどのもの。
その怒りの様子を見、彼は冷静さは強まっていった。
「・・・・ディシアさんが宿した子供・・・偉い人間の子供でしょうか・・・それも一つの村の少女の人生をゆがめても、なお達成しなければいけない・・・ならば偉い人間には余裕がない・・・ほかに血族がない・・・なら作ればいいはず・・・作れない状況にある・・・突発的な病による子供が作れない・・・いや、もしくは・・・ほかに血族がいない・・・早急に対処が必要になった・・・それで動き出すほどだろうか・・・」
彼は次第に脳内のパターンが一つの答えを導き出す。これはリアルの観察によるものではない。ネット上のものでもない。snsでも掲示板でもない。あくまで本の中の話。物語の中でのパターン。
「・・・そのえらい人は貴族・・・それも最近死んだ・・・絶滅危機にある・・・病気・・・いや違う・・・急すぎる。あくまで妊婦になった以上、最近の話。・・・まだ出産はしていない・・・ここ最近・・・王国と軍国の戦争」
軍国と王国は現在小競り合いを開始している。隣国同士のいつもの争いだ。王国内の資源地帯を求めての軍国の侵攻。それに対し王国は片手間で迎撃し、ついでにそのまま軍国の領土まで奪おうとする動きもあった。
だがそれには時期が空きすぎている。少女の腹部は正直一目見た程度では妊娠しているかは不明。その場合、時期を考えるとおかしくなる。そうなると別のパターン。この森で起きた事件の中で貴族と少女に接点ができた。ただ少女には相手が貴族かどうかはわからず、相手が求めたから対応した。貴族は少女に対し、性的、もしくは愛情による情欲を抱いたか。それは森の事件以前から、最近にいたるまでの関係。
その結果妊娠。その後、戦争によって貴族が死亡。断絶するほどのものかはわからないが、後継者は何かしらの要因によっていなかった。
「・・・とてつもなく不運な貴族ということは予測がつきました・・・残った血族が少女の中の赤子だけとなれば・・・それは非常に大変なことでしょう・・・」
その最後の言葉にリザは、身をたじろがせた。むろんわずかにだが、彼ならば見抜ける。
「・・・ディシアさんが宿した子供・・・その命一つで村を超える・・・よほど高名な貴族さまなのでしょう・・・だが・・・それは正式な依頼じゃない・・これは貴女方が起こした自主的な奉仕活動によるもの」
彼はそれでも変わらない。
たとえば国が命令で血族を探せというものであれば、彼は一切その選択肢を取らなかった。
だが自主的な奉仕活動であるならば、どうでもいい。
彼もまた自主的に少女の自由を取り戻す。
リザがする行為は赤ん坊の命を生かすものであるが、彼の場合は殺すものだ。
彼は未来のために今を捨てる行為を毛嫌いする。心の底から吐き気すら及ぼす。
「・・・なら変わらない。・・・僕はこの件において・・・貴女の敵だ」
「なら殺してやります。敵なら容赦なく殺す。我々の、いや私の未来を阻むものはすべて殺す。この仕事をもって私は一つ位を上げるのです。貴方は今まで価値があり、問題は起こしてきましたが、結果として私の立場を引き上げてきました。そのため多少は我慢しました。要望も要求も必要以上にとるお前の手段を呑み込みました。結果を残したからです。その結果を帳消しにするほどのことをお前はしようとしています」
「・・・殺せるとでも?」
「お前の周りはゴブリンだけです。少しは使えるようですが、その程度です。ゴブリンごときで私を止められると思うな!!ほかの魔物がいるならばともかく、この程度なら軽く片がつく!!!」
彼は無表情のまま挑発し、リザは冷酷に返す。
「・・・ご自由に」
彼は小瓶を片手に収め、背をリザに見せた。
「・・・邪魔はさせるな・・・」
彼はゴブリンに指示を出せばあとは動き出すのみ。彼が行動に移る際それを止めようとリザが阻止せんと迫る。だがゴブリンがすぐさま牽制の掌底によって妨害。
彼にとって今が全て。未来も過去も今の価値と比べれば大したことはない。今だけがすべてなのだ。今しかできないことをする。そのためには未来の希望も殺すし、過去の絶望すら放棄する。
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