不幸の連鎖 2
リビングのテーブルの上は整理されていた。上に置かれていたゴミの山は片付き、床の片隅にまとめられていた。その上に数々の品の食事が置かれていた。色彩豊かな野菜炒め。この世界の野菜扱いの植物を適当にいためて、簡単な味付けをした品。肉を一口サイズに切り、これも軽く焼き、独自の調味料ダシをかけて甘辛くした生姜焼きもどき。生姜焼きもどきを使用する際に出た肉汁。それをベースに塩で整えたスープ。具材はない。パン3つ。
彼は食事だけを用意し、寝ている少女の部屋へと向かった。
先ほどの隣部屋。
扉前で軽くノックし、入り口付近で待つ。彼がノックをしてから、少しドタバタとし、急いで駆け寄る音が向こうから聞こえた。それを確認して、彼はその場を離れた。
あとは介護されている部屋へ赴く。
今度は扉をノックなどせず、勝手に扉を開ける。そこにはオークが監視をし、渋々おとなしくしている少年。および事態をしらないで寝ているだけの老人だ。この部屋は異臭が強く、彼もあまり入りたくない。彼でもきついのだ。華は彼より嗅覚が鋭い。仲間に自分が嫌なことをさせておいて、逃げることは心情が許さなかった。
彼は親指を肩越しの虚空に向けた。華に向けた合図は、理解されたようだ。華は大きくうなずき、ほっとした様子で部屋を後にした。苦痛な空間にいてくれたことに感謝しながら、次の仕事へ思考を傾けた。
彼は無言のまま手振りでオークに指示をする。軽く手をふるえば、オークはこの部屋を後にした。
「・・・食事です。来なさい。・・・」
彼は一言つげ、少年に背を向けた。
これ以上は必要ない。
なぜならお互い慣れない空間にいて、慣れない人間を相手にしている。
精神疲労はお互い一緒。少年をこれ以上追い詰めると感情を暴走させる心配がある。これでも我慢したことだろう。彼は少年を一巡するだけで、どこまで耐えれるかを図っていた。少年から異物を感じる空気、邪魔者だというチラチラとした視線。彼が軽く視線を合わせてみれば、おどおどした態度で床に視線を下ろす。そのくせ何度もチラ見してくる。
言葉に出せないか、その勇気がなく、臆病な人間の特徴。身内にしか感情を発揮できず、外ではおとなしいタイプ。それでいて外の姿はおとなしい分、第三者からは評価がある程度高い。第三者に対しての態度、身内に対しての態度。その差に大きなギャップがあり、もし少年を身内が叱れば第三者が抑制の声を出すほどには良い子を演じる。
それでも限界は来る。
常人が耐えれるレベルを耐えれない。それが少年の持つ特徴。
彼は背中越しに語る。
「・・・僕が邪魔でしょう?・・・僕の前では良い子になったところで何も変わらない・・・・貴方の努力は・・僕に届かない・・・おとなしくいることです・・・さわいだところで何も変わらない・・」
少年は彼の背中を見ているだけ、視線の気配を感じたまま続けた。
「・・・ディシアさんがいるから騒いでも何とかなると思わないことです・・・ディシアさんの言葉すら・・・貴方のことであれば無視をします・・・この家に僕を止められる人は誰もいません・・・・」
彼は顔だけを後ろに向けた。チラ見をする少年の視線にわざと合わせ、口端をゆがませてみせた。
「・・・僕が一番強くて、偉い」
そして、部屋を後にした。扉をそっとしめ、丁度隣部屋から出てきたディシアと遭遇した。おびえるよりも彼の姿を見た少女は大きくはねあがった。出会いがしらで、予想外の展開に驚いたのだろう。
リビングには悪臭を消すため、ハーブを焚いている。本来ならアロマを焚き、環境を整えるのだろう。だが彼の手持ちにはアロマは一切ない。持続性がない香りのハーブを使用していた。
少女の驚く姿すら彼の足を止める要因にはならない。
「・・・食事は用意してあります。暖かいうちに食べたほうが味はましだと思います」
少女に視線をむけることなく、指をテーブルに向けた。少女が彼の指示にそって視線をむけ、そして一瞬硬直。すぐに動き出し、どこか興奮したような、希望があふれたような、子供のようにその場を小さく跳ねた。
大きくおなかが鳴る音がしたが彼は無視。
自身が向けた背中から聞こえるか細い声。
「すごい、料理がある」
美味しそうという反応でなく、まずそうという非難でもない。
料理があることだけを反応する時点で環境など深堀できてしまう。
この言葉の重さを考えたくなく、彼は適当な調理器具をつかんだ。
そのまま彼は調理器具を運び、入り口のほうへ向かう。
むろん外で洗うためだ。ここのキッチンは水を使えるほどの環境ではない。物が散乱しており、食べかすのついた皿がいくつも重なって放置されていた。悪臭がひどいものを優先的に清掃はしてあるが、あくまで対処のみ。根本的な解決には至っていない。
彼は少女の姿を見てなお作業を続行、扉をあけ布のマスクをし、口元を隠すリザードマンに調理器具を手渡した。同時に彼は訪ねていた。
「用意はできてる?」
「ぐぎゃ」
彼の言葉にリザードマンは首肯する。
掃除を始める際、魔物たちに指示を出していた。それは掃除を一段落したあとにすべき、健全な行為。
風呂の準備だった。
ここは村。
水道なんていう高等なものはない。村の井戸水をくみ上げさせ、廃墟から手にした小奇麗な桶を用意させた。その桶をできる限り清掃し、井戸水をくみ上げていく。あとは適当な入れ物を二つ用意する。井戸水を簡易的に入れるためのものが一つ。それは金属製であり、彼の馬車に積んでいたものを使用している。
体を洗うための小型の桶一つ。合計二つ。
彼は静に案内をさせ、後ろをついていく。少女の家の後ろへ周り、棒が四本たち、3方を遮る布のカーテン。簡易的な壁代わりのカーテン。
ここに風呂を設置した。視線も遮る壁も布とはいえ用意した。
それは少女の家の近くに設置した。井戸からここまで魔物たちを使っている。牛さんも華も静もコボルトも全員駆り出している。ゴブリンにおいては周囲の監視。何かあれば彼に情報を伝える役割。魔物たちに情報を伝える役割を与えておいた。
風呂の周りに四方に棒を立て、布を棒にくくりつける。四方からのぞかれないカーテンを設置、ただ一か所だけは今はふさがれていない。中には金属の桶がたっており、彼の腰ぐらいの高さだ。その桶には水がたまっており、足元には薪代わりの枯れた木々が敷かれていた。
彼の持つライターも残りわずか。
新品状態のものが一個、容量が半分を切ったものが一個。3個入りお得パックのライターも貴重だ。
無駄に減らさないよう、桶の下の木々に火をつける。
着火した後は、ライターを懐に戻し、立ち上がる。
「・・・そのうち、火をつけるのも人力なのかな・・・文明が惜しい」
現代の能力を異世界では愛おしくてたまらない。文化も人の価値もすべてが愛おしいが、この世界なりのルールがある以上口は挟まない。
髪をかき上げて、死んだような目が静をとらえた。
「必要なものがある・・・とってきてほしい」
彼は静に新たな指示を与える。食料調達だ。この村近辺でとれる食料をできる限り確保するよう指示を出した。植物も肉も対象は選ばない。ある程度なら保存する加工処置はできる。前の世界でなんとなく手に入れた保存知識を実践にて経験。修正しながらも実務に落とし込めるほどには数をこなしている。
行けと手で合図をすれば、静はすぐさま行動を開始。彼の元を急いで離れ指示に着手することとなった。
「・・・この村の状況はわからない。下手に手薄にするのも怖い、だけども手を空かせるのも時間がもったいない」
この村の治安は正直わからない。彼という部外者がいるから平穏かもしれない。いるからこそ排除に出るかもしれない。されど魔物という武力がいる以上、平和かもしれないし、暴力的に出るかもしれない。それらは彼次第。
弱みを見せれば、相手の思うがまま。
この世界の常識通りに強さをアピールし、弱者の形をした我儘な者たちを跳ねのける傲慢さを作るべきだ。ここは演出するため、魔物は一匹を残し仕事をさせる。
見た目も能力も強者たる牛さん。静に華もだ。コボルトは華につかせた。
手元に残すのはゴブリンだけでよい。人形使いの件以降、なぜか基礎能力が格段に上がっている。思考能力も増えたのか、彼の話す言葉にも適切に表情や態度を作ってくる。仕事も成果を出していた。
急激すぎる進化。
まるで種族の見た目そのままに、人間の力でも埋め込んだかのようだ。
彼が授けた聖剣も無事使いこなしており、襲撃者も撃退している。
その褒美ではないが、聖剣に合わせた鞘をベルクの職人に作らせて、ゴブリンに渡している。抜き身の刃は見た目の脅威になりえる。魔物が武器を持つのをよしとしない勢力に対しての配慮だ。
あと雲とゴブリンはものすごく仲が悪いように見えた。人形使い以前では雲の下についていた印象。それが今では、警戒するかの様子を時折見せる。彼に雲が近づく際、ゴブリンは物凄い視線を一瞬雲に向けていた。彼が視線を向ければ何事もなかったかのように取り繕って入る。だがそれでも雲が近くにいる際、雲と彼が接近している際は凄まじい警戒の仕方だった。ほかの魔物の前でも隠そうとしている節があった。
ほかの魔物には気づかれていない。そこまで偽装技術が上がっている。
気づいたのは彼だけだ。
それについて指摘する気もない。隠したいのであれば自由にさせる。秘密を探ることに何ら利益はない。関係が悪化する可能性を思えば、問題を起こすまでは放置するつもりだった。
それにゴブリンは最弱の魔物とみられている。魔物同士の序列からみても最弱の部類。人間から見ても最弱の部類。
この隙を村人はどうするかだ。
ほかの魔物を恐れて何もしないか、もしくはゴブリンだけなのを隙として襲ってくるか。どちらでもよい。襲ってきたとしても彼のゴブリンの前では村人では無力だ。最弱であれども強者になりえる事実を見せつけるのもよい
彼はどちらに転んだとしてもかまわない。
村人にどう思われてもだ。
火によって、桶の水が小さな泡が徐々に作られていく。ぶくぶくとした音が小さく、桶の底から表面へ押し出されていく。
それを確認後、多少薪を抜き取り、火の調整をしていく。抜いた薪は地面に転がし、砂を足でかけていく。完全に消えるまで砂をかけ終えたあとは、その場を後にした。
家の中に戻れば、少女が席に座り、わくわくとした様子を食事に向けている。
テーブルの上の食事は少し冷めている。できたときは多少湯気のようなものが出ていたが、今は出ていないことを視認。
「・・・食べてもよかったのですが・・・」
彼はそこまで言い、少し考えを改めた。もともと劣悪な環境で生き残り、誰かの施しを受けた様子が薄い子供。生き残る以上、何かしらの戒めがあることを理解したのだ。
まともな両親もいない。動けない介護状態の大人と障害を持つ弟。
それらを制御とはいわずとも面倒を見ている子供にルールがないとは限らない。そうでなければ無法者として村八分になることだ。いや、村八分にはなってはいるが、実力的な排除には至っていないと考えるべきか。
彼は脳裏でいくつもの観察経験を重ね合わせ、パターンを組み合わせていた。
彼に他人を見抜く能力などない。過去の法則や経験によって推測を立てているだけだ。いくつも観察してきたのだから、似たようなものはいくらでもある。ただデータ通りに人間はいかないというのも経験している。あくまで対策でしかない。
この子供は独自のルールを持っている。
与えられたものにすぐ手を出すほど無作法ではない。
関係のない責任を背負い、ストレスをため込んでいる
責任感があるようで、実は逃げれないだけかもしれない。渋々面倒を見ているかもしれない。自分の人生の自由さを知らないがゆえに、苦痛こそが人生と思い込んでいる節がある。
この少女は勇気がない。逃げる勇気、ルールを破る勇気、責任を逃れる勇気。
つまり我儘になれない子供ということだ。
「・・・少し、僕はこの村に滞在します。・・・その間といってはなんですが・・・ルールを設定しましょう・・・食事は席についたら食べていい。・・・暖かいうちの食事は、今の貴女が得られるものよりは幾分かましだと思います・・・」
少女はルールを破れない。責任から逃げれないのだから、あくまでルールとしてそれを設定。
別に少女は悪いことをしていない。ルールがあって、勇気がなくて、でもやることはやる。社会人であれば素晴らしい特徴だ。だが社会人で起こす行動が、子供の時に押し付けられるものは同等であってはならない。
子供のうちに感性を育まなければ、大人になっても何も成果を残せない。
生きるだけの人形でしかない。
少女は彼の言葉に戸惑いながらも、ゆっくりとうなずいた。
彼はここでまた特徴に気づく。少女は意識をもってルールを作ったわけじゃなく、行動のパターンを無意識化で行っているのだ。これは年老いた大人の新しいことに挑戦できないものに似ている。覚えられないのもあるが、動きたくない。変わりたくないけれど、変わりたい。
それは子供が覚えてはいけないパターン。
つまり少女の心は老いている。
事態は思った以上に深刻だった。
少女は食事に手を出す際、はっとした様子で席を立つ。どたばたと駆け出し、隣の部屋の扉を開けた。ふてくされた弟が床を跳ね、いろいろなものが散乱した部屋だった。せっかく掃除したものを汚くされていた。
少女はため息一つついて、諦めたように何事も口に出さなかった。
跳ねる弟の手を引いてリビングへ。その際抵抗はなく、素直だった。
ただ彼の眼光は鋭くなっており、リビングにきた少女がびくりと反応し、弟が一歩ほど身を引きそうになっていた。自閉症の特徴が発動する瞬間か、部外者に対しての拒絶反応が出る前。
「・・・暴れていいとはいっていません・・・貴方が暴れれば暴れるほど、誰かの負担が増えます・・・いってもわからないと思いますが・・・わかるようにつたえましょう・・・そのままではこの家から出ていくはめになります」
その瞬間弟が爆発し、少女の手を振りほどき、床に転がった。
背中を床につけて、その場でじたばたと体を動かし拒絶反応を大きく示す。
「あああああああ」
ひたすらに高い音を口から出し、感情のまま爆発していた。
現代社会はこれらを見て、対処の方法をしっているが何もできない。
言葉ではない。
理性では動けない。そういう障害なのだから。
差別をしてはいけない。区別をしてはいけない。だから普通の人間と同じようにし、結局効果がない。
騒ぎ出したとたん、少女は目の光を消し、両耳をふさいだ。
彼は手をたたく。
弟たる少年は一切目を向けない。
効果はないわけでない。彼という部外者が自分のエリアにいるからこそのもの。
「・・・しっていますか・・・こういう場合、落ち着かせる方法がいくつかあるんです」
少年を無視し、その身内の管理装置となった少女に対し、彼は語り掛けた。
「・・・言葉で説教しても効果はありません・・・でも特定の相手には暴走しないのです・・・先ほど見せたように、・・生存本能を刺激するパターンだと大概の自閉症、・・・障害者には」
耳を抑えていても、完璧に遮断などできやしない。騒ぐ声と同時に彼の静かな声が少女の耳に届いている。
その中でわからない言葉があるのか、少女は首を傾げた。
「・・・障碍者、自閉症をこちらの言葉でいえば・・・無し人には言葉は通じない・・・でも完全に通じないわけじゃない・・・わかるひとにはわかるんです・・・弟さんは都合のよいことに言葉は理解できるようです・・・」
なればこそ。
彼は手をたたき、家に招き入れた。
玄関の扉を開け、入ってきたのは先ほどの魔物とは違うゴブリン。
魔物最弱であっても、一般人が一対一で勝てるほど甘くはない。むしろ弱小の魔物だからこそ、醜悪な行為をすることはこの世界の誰もが理解している。少女はゴブリンを見て、目を大きく点にし、逃げようとする。少年は暴れるのを一時やめ、ゴブリンに視線を異常に向けていた。
わめくか、どうか。
彼が指を少年に少し向け、ゴブリンに目を合わせた。彼の目配りにゴブリンは一瞬で把握したのかうなずいて見せた。
そして殺気を少年に向けていた。
暴れるのをやめ、おびえた様子で立ち上がる。
小鬼といえど、小柄な体に現れる筋肉の形は子供にとっては大きな脅威だ。しかも彼のゴブリンは通常とは違う。なぜか発達した知性と器用性があるため、無自覚な自身などはなく。あくまで謙虚にそれでいて場面に合わせた演技を作れる。
過剰なほどの暴力性を表に出すことで、少年の視線はゴブリンにくぎ付けだった。
彼は手をたたく。ゴブリンは殺気を収め、彼に対し敬意を示すかのように膝まづいた。
今度は少年が彼に視線を向ける。非常におびえており、少しでも状況を打破せんとした逃げの様子。
「・・・僕を見ても変わりません・・・」
彼はテーブルの上の食事に手を向けた。
「・・・食事があります・・・食べなさい。・・・ディシアさん、貴女もです。・・・このゴブリンはすごく優秀なので・・僕の命令なしでは問題を起こさない・・・だから安心してください」
彼が視線でも行動でも促せば、少女は動き出す。弟の手を引き、テーブルの前に行こうと動き出す。だが弟の視線が彼とゴブリンを行き来し、足が止まったまま。
彼が指をならせば、片膝をつきながら、ゴブリンは再び殺気を向ける。
それどころか立ち上がり、弟のほうへ歩み寄った。その瞬間、少女が両手を大きく広げるようにして、間に立ちふさがった。
それを見てか、ゴブリンは足をとめ、殺気のみを少年に向けていた。
少女には向けられない殺気であろうと、残り香のようなものに震え上がる。
この場の誰よりも強い存在の目。
「・・・食事をしなさい」
食事をしなければこの状況は変わらない。我儘をいえば殺気を飛ばされる。本能を刺激するやり方の前に、少年は暴走をできなかった。
彼が再び指をならせば、ゴブリンはもとの位置に戻る。片膝をつき彼に敬意を示す。
この敬意の示し方は彼は教えていない。勝手に覚えて、この場合における最善の手でもある。
少女は大きく開いた手を収め、ほっとしたようで安堵の息を吐いた。
そして、少年の手を取り、今度こそ連れていく。少年の足は素直だったようで、席に着いた。
あとは本能が行動を決めてくれる。子供二人の食欲が目の前の食事を前に発動。あとはルールもくそもない。食事が始まり、無言で食べ物を口にいれていく。その表情は味の反応かしらないが、二人とも驚愕したような様子でばくばくとあさっていく。
「おいしい」
彼はそこまで見たあと、静かにゴブリンとともに踵を返す。物音たてず、気配も残さず静かに家から離れた。
物事は反省の連続だ。
本来ならば障碍者だからといっても、こういうやり方は好まれない。
されどそんな非難の反応は、余裕があるからこそできるだけのこと。障碍者が身内になれば、身近にいれば、そんな理想論もなれの果て。現代の場合は福祉が強く発達し、社会に適応するための心掛けがなされているからこそ、出る言葉。しかも出すのはいたって普通の家庭以上の立場の方たち。
でもそんなきれいごとが通るのは素敵なことだ。
社会に余裕があるという証拠。そのうち、余裕がなくなれば、自己責任が強くあふれ出す。障碍者を生み出した親が悪い。家族なのだから兄弟が面倒を見ろという言葉がだ。社会に迷惑をかけるなという圧力。
家族が何とかするといった、きれいごと。
社会が何とか受け入れるといった、きれいごと。
きれいごとを切り捨てれば、弱者は捨てられる。低年収の人間の切り捨て、片親の子供、病気持ち、無職、実家暮らし、介護する家庭環境など、事態はそれぞれ。弱者の基準は家庭ごとに変わる。障碍者を捨てれば、介護の環境も捨てられる。次に病気持ち、その次に片親の子供、その次は低年収の人間といった徐々に基準が下がっていく。
捨てられたものたちが大きく反発し、ほかのものを引きずり落とすからだ。
だから、捨てないためにきれいごとは必要だ。
彼はそこまで理解しておいて、拳を握りしめた。
子供が親を捨てる。姉が弟を捨てる。
これをさせようとする、切り捨ての押し付け。
家族が家族という成り立ちでなく、個人として分離する。
彼は己の行為を非難し、されど少女がこれから歩む冷酷な道を称賛する。家族をすてた子供、弟をすてた姉の姿は社会的にみれば我儘、自分勝手。残される家族を気にせず、自分だけ自由になる最低な人間。
社会は少女を、きれいごとの基準で圧迫してくることだ。
押し殺されてきた自分を取り戻すだけなのに。
少女は親ではない。弟を生み出した親でもなければ、親の面倒を見るための親でもない。
子供でしかない。生み出したものと、生まれてきたものを面倒見るための存在じゃない。
少女は過酷な道を歩む。だから彼だけは称賛し、尊敬の念を抱かせる。そうじゃなければ、少女のことをしるものたちは皆、敵に回るからだ。それに耐えられないのは余りに不憫。
頼りにならずとも、理解者がいることを己が実践する。
彼は頭を振り、握りこぶしを解いた。
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