不幸の連鎖1

 村はさびれている。廃墟と思わしき建物が並び、それらの大体はどこか破損具合が見て取れた。壁に小さな穴がある家、屋根がはがれて一部が地面に転がっていた家。無事なような建物があったとしても、そこには何も気配を感じない。




 廃墟のように見えても人は住んでおり、建物の中にいる誰かの気配を彼は感じ取っていた。それも自分からさらけ出すような気配の仕方。






 誰かの視線が彼をとらえていた。複数の視線が警戒のためか強く射貫くような形。






 彼は気にしない。煩わしそうに指先を気配の先に一つずつ向けていく。差された先にある気配が動揺し、一瞬身を隠す。それによって監視の視線が一つ消えていく。別の視線へ指を向けていき、監視の目を消していった。




 姿を隠し、監視するということは弱者のものだ。それも一方的に弱者なのでない。相手を確かめて、一対一で勝てるかどうかを見極めている段階だろう。一対一で勝てないならば数の差で押し切る。それらは暴力などでなく、陰湿な策謀によって平和的にいたぶってくる。陰口しかりだ。






 相手が監視という観察を行う時点で、意思表示をしておく。少なくても手を出そうとはしてこない。




 人間は基本的に初対面の印象を強く大切にする。初対面で印象が自分にとって都合が悪いのであれば表立って関わらない。ひそかに影のたくらみに尽力するのみだ。逆に都合の良い相手と見下されれば、とことん介入してくることだろう。奴隷扱いか、都合の良い人形扱いか。自身にとって楽なほうへ利用されることに違いない。それと陰でたくらみに尽力される。






 弱者とは基本的、影によって動くもの。表立たず動かないから、非常に厄介だ。




 影の監視の視線を指先でけん制後、彼は前髪をかきあげた。




 現状の酷さもあるが、復興する気配が見えない。資材も運ばれず、管理する意志もなさそうだった。普通なら自宅や土地の損害を修復したりするものだ。




 資金不足か人手不足か復興しない理由は定かではない。




 ただ村の歴史を思えば彼としては納得することもできた。災害のあと、復興するなど安定した行政や国家のみが行える。金がない地域にも税金を投入し、意地でも元通りにするなど正気の沙汰ではない。この世界は誰かの面倒を見れるほど成熟していない。




 そう考えれば前の世界など、この世界から見てみれば異常であろう。切り捨ても当たり前、弱者は自己責任。環境が押し付けた役割を選択しても自己責任。拒否しても自分勝手とののしられる。前の世界の悪いところとそれに対しての見返りが一切ない異世界。




 この世界は非常に生きづらい。やりたくないことをやり、自己責任を押し付けられる代わりに、保証がある前の世界。その強さを思い知る。






 彼は目的地に進む。歩みを辞めず、見えない誰かの視線を指さしていった。






 目的地は村の中。




 村における住宅密集地から離れた環境、周りにかつては住宅であった残骸に囲まれた一軒家。木材で建てられた平屋。ログハウスの一軒家は村の中では比較的奇麗であるものの、外から異臭が鼻についた。人間である彼程度の鼻でも異臭が届く以上、ほかの魔物など更につらいことだ。魔物を見ることもなく、指で地面を軽く差す。






「・・・ここで待機して」






 そう指示をし、魔物の反応をまつことなく平屋のほうへ一人行く。




 さなか牛さんはついてくる。彼の指示は命令でないため、護衛のためついていくことを判断したようだった。それを彼は理由も気配も感じ取りながら反応しない。








 やがて彼が平屋の扉に手をかける。そこで牛さんは入り口付近で腰を下ろし、彼の背中を見守った。待機の意志表示を見せつけ、ここでも彼は反応しない。






 ぎぎと耳障りの音を立てながら扉を開いた。




 悪臭。




 アンモニアを放置した刺激臭、排泄物による不快なにおいが外へあふれ出す。物は散乱し、入り口から見たキッチンは食器などが所狭しと転がっている。床にも落ちた割れた皿など、キッチンから対面の本棚からは書物などがこぼれおちてもいた。管理は一切されていないように見えた。




この家は入り口からすぐにキッチンが壁側にあった。右手に引き戸が一つ。奥側に部屋を示す扉が2つ。この平屋は大きく部屋をとっているのはキッチンの広さから見て取れた。だから右手も奥の部屋二つも相応に広いのだと予測




 同時に彼は人の気配を感じている。




 扉があいたことによる緊張からか、家に隠れているであろう住人の息をのむ音が聞こえた。それと同時に気にもせず暴れまわる音すら人の気配も感じた。住人は一人じゃない。また床からきしむ音が足に伝わる以上、住人滞在の振動も届いていた。






「・・・こんにちは・・・ディシアさんはいらっしゃいますね?」




 独特の間をもって彼は訪ねた。本来ならば扉を開ける前に尋ねるべきなのだろう。だが悪臭とこの村の惨状などを思えば例外もある。






「・・・・」






 帰ってきたのは沈黙だった。




 だからか、本来の彼ならば一切しない行為をした。勝手に中へ入り、扉を閉めた。






 割れた皿など気にせず靴裏で踏み、散らばったものを物ともしないで奥へ入っていく。一階建ての平屋だ。部屋を一つずつ覗けば相手は見つかる。右手の引き戸を開ける。物が散らばっていて開けづらい。中には日用品だったものが置いてあった。羊皮紙であったであろう残骸。食料品であっただろう腐りかけた野菜。掃除用具。取っ手のとれた籠。






 物置であったようだ。




 彼はそっと扉を閉める。




 そして少し目を閉じ、沈黙の中のわずかに聞こえる暴れ音を感じ取る。その暴れ音も本来ならもっと騒がしいのであろう。だが何者かに必死に抑えられているように、必死に動きを静かにさせた気配。襲われているような気配ではない。理不尽な行為による静寂ではない。








 そして気配を頼りに奥側の右手の扉を開けた。






 そして中に視線を張り巡らせる。






 年齢が2ケタに乗り出したであろう若年の少女とそれよりも幼い少年。横には床に寝たままの老人一人。若年の少女は疲労が顔にありありと出ており、特徴的な赤髪は寝ぐせのごとき立ち上がりなどをしていた。また少女は目元が寝不足のようで少し黒く変色していた。少年を必死に抱きかかえ、抱えた少年の口元を抑えていた。抱えられている少年は少女と同じ赤髪。見た目もそっくりで姉弟という関係性を推測させた。




 二人は服装すらまともでない。服がほつれて破け、年頃の少女であったら恥ずかしい格好をしている。それなのに、恥ずかしいというそぶりを見せていない。第三者である彼の視線を前にして、抑制を最優先させている。




 少女の抑制を拒絶し、少年はじたばた暴れようとしている。




 その姿に理性はあまり感じられない。




 感情が本能が命じるままに暴れようと動いている。






 床に寝転がった老人は男性だ。赤が多少のこっているものの、老化による白髪が全体を占めた髪質。意識がないのか目を閉じていびきをかいて寝ている。こちらの老人は寝不足などはあまりなさそうに見えた。




 穴の開いた布団から綿がこぼれだし、部屋中の片隅にまで届いている。






 悪臭もこの部屋が一番きつい。




 布団もそう、布団から染み出す液体のようなもの。これは排泄物であろう。また紙で包まれたものがいくつか転がっているのも、それを掃除したものであろう。少女の疲労困憊具合は逆に、少年も老人も環境はひどいものの、体調に悪影響は見られない。






「・・・ディシアさん、こんにちわ」




 少女に向けて彼は挨拶をした。勝手に上がり込み、環境を予測。状況を把握。こんな第三者がいるためか、少女は硬直し、少年の抑制を開放。その瞬間、飛び出した弾丸のごとき立ち上がる。そして床を何度もジャンプし、部屋を駆け回っている。彼の様子を見てもいるが、それよりもしたいことをする








「・・・なるほど」




 彼はこの少年の様子を見て判断。




 自閉症。それも軽度から中度のレベルに相当するほどのもの。知的障害はあるのかは不明。だが少なくても誰かに危害を加える様子はない。自閉症の特徴として環境における不備がある場合暴れだすのが大体の例だ。この家の散乱具合は少年が起こしたものであろう。特定のパターンから外れても暴れ、思い通りにならなければ暴走する。




 勝手に納得した彼の様子を見て少女はようやく硬直から立ち直った。




「・・だ、誰?」






 おびえる形にも見えるし、状況判断を必死につかもうとする姿にも見える。ただそれは子供が最初にするべきことではない。子供は子供らしくいなければいけない。子供だけの特権。今だけの権利。勝手に成長して大人になって、勉強の有無すら無視され、見た目で周囲の圧力が変わる大人。その大人になるまでの過程はわがままであるべきだ。大人の態度をとるべきではない。




 それは成長して勝手に学んで得る能力だ。






「・・・貴女の保護の依頼を受けた者です・・・」




 彼は依頼を受けた。この村にディシアという少女がいる。その少女をベルクまで安全に連れ出し、ハリングルッズに報告。その報告後、別の都市に連れていくといった内容。依頼主はハリングルッズ。




 ただものではない少女なのだろう。




「あたしは・・・誰の保護も・・・いらない」




 ためらいがちに、それでいて義務を背負ったような大人の姿。若年とはいえ、現代でいえば中学生ぐらいの年頃であろう。それらは大人に上り始めただけであって、大人ではない。大人のような汚さも正しさも学ぶ段階のもの。




 正しさだけが見て取れた。




 見た目の汚らしさはあるものの、社会的な汚れがない。なのに責任をもったかのようにふるまう。




 一瞬で彼は推測。






「・・・この方たちが貴女を縛り付けている・・・だとすると貴女はここを動けず、僕も依頼を達せられない・・・」




 彼は寝ている老人に手のひらを向けた。




「・・・貴女は一人でこちらの方を介護をしている・・・それは誰かの手を借りれる環境でない。・・一人でやらなければいけない義務で、そうするのが当たり前だからしているといった様子・・・」




 部屋で暴れまわる少年に掌を向けた。






「・・・貴女は一人でこちらの少年の面倒を見ている・・・見た目だけで判断するなら弟さんでしょうか・・・理性が乏しく、気に入ったことがあると暴れだす。もしくは決まった法則に少しでもずれると暴走する・・・本能や感情が強く、理性の力を身に着けていない・・・正しくは学びたくても学ぶ能力を得られない障害を持っている・・・・そんな環境なのに、両親の手は借りれない状況。・・・親戚はきっと何もしてくれないか、もしくはいない。・・・この家の散乱、管理具合や貴女方の様子を見れば・・・・」






 彼は推測して勝手に話だす。だが少女からすれば怯えが見えた。少女は一人であるし、介護も一人でやっている。弟である少年の面倒を一人で見ている。それもただの弟でなく、この世界では理解が一切ない自閉症。勝手に暴走し、自分勝手なルール通りに動くものは、わがままと判断される世界。






「・・・貴女に味方はいない・・・周りが責任と義務を押し付け、貴女の自由を奪ったというところでしょうか・・・」






 その特徴も。




 両親も親戚も誰も助けてくれない環境を。




 見抜く彼の観察力を前に怯えと沈黙を返すしかない。






「・・・逃げたいけれど逃げられない・・・家族である以上、家族だからと周りに押し付けられたか…勝手に学んだ独自の縛りか・・・・あなた一人なら幸せになれるというのに、幸せになれない環境だと勝手に思いました・・・」






「・・何者なの?」






 無機質な人形のくせに、死んだような目。そのくせ片目は煉獄を思わせる赤。人形が知能を持っただけの姿たる彼の姿。それでいて、一目みただけで状況を把握する能力。事前知識があったのか、環境を調べたのか。だがそれにしては、断言などはしていない。だます気があるのであれば、断言などをして相手の判断状況を逸らしたほうが良い。








「・・・何者でもない・・・ただの一般人です・・・」




 ただの一般人であれば、そこまで読めない。この世界においてそこまで他人を見る者はいない。それも家庭環境という日常に落とし込んだ推測。








 彼はいろいろ見てきた。前の世界での人々の姿も、この世界での人々の姿も。




 現代の悩みは命の危機や食料、水、住居などといった問題は非常に少ない。それより高度で文化的な悩みだ。




 学歴を得なかった大人の悩み。進むべき将来がわからない子供。将来よりも今が危うい人間。家庭環境が複雑な人間。生存は当たり前で、そこから派生する文化によって現代人は悩まされる。そういう悩む姿、田舎も都会といった人となりを勝手に観察し、推測してきた。得た情報を必死にインターネットなどで特徴をあてはめ記憶に入れていく。思ったパターンと考えたパターンから外れた答えなどもよくあった。




 死体を見に行ったぐらいだ。生きている人間だって見てきた。コミュニティ能力などはない。人込みが苦手であれど、経験としてかかわらなければ何も変わらない。






 勝ち組も負け組も挑戦しない中立組も幾つも見たのだ。そこには障碍者が身内にいたものや、介護に悩むものもいる。社会問題になりつつあることへの対策すら頭に叩き込んだ。




 前の世界は皆が真面目過ぎた。正しくは、常識という形に惑わされ、本質を見失ったものたちだ。




 人生は己のものだ。家族のものではない。家族のためにやる奉仕は、自分のために行うものであるならば問題はない。家族のために自分の意志を無視され、時間を消費させられるのは、問題がある。親であろうと子供に干渉してならない。強要してならない。




 干渉も教養も許されないのに、されているのは常識が惑わした逃避行為だ。




 家族だからという常識。法律が扶養義務があるからといった常識。しかし常識など開き直って非常識になれば、いくらでも逃げれる。法ですらよく読めば、親や兄弟に対しての扶養義務はあくまで努力義務。余裕がある場合、それも文化的な生活をしたうえでの余裕での扶養でしかない。介護義務などではない。




 逃げづらいのは同居している場合。実家暮らしをしている人間などは扶養義務も介護からも逃げづらいだろう。無責任に逃げれば責任保護という問題に突き当たる。絶対的にあたるかといえば、しかるべきところに連絡し、その場を離れた場合は保護責任になりづらいのだ。




 また独り立ちしたものを無理やり強制など現代はできない。日本国はそういった行為を強要する能力を持たない。






 切り捨てて構わないのを、常識によって、まじめに自分を浪費する。




 家族内での絶対義務とすれば、未成年の子に対して親は自分の生活を削ってまで、扶養しなければいけない。生活保持義務という形にあたる。これですら曖昧な形で放置されている。人に対し強要できるほど法律はできていない。相手の権利を奪ってまで、利益を伸ばす手段を憲法が認めていない。






 扶養義務、生活保持義務。よく似たルールは王国にもある。




 王国は扶養義務は平民に課していない。貴族のみだ。生活保持義務も平民には課していない。貴族のみだ。貴族だけが強制的な身内に対しての義務があり、平民は形だけの文章化されたルールでしかない。平民は破ろうが、罪など問われない。




 少女は常識によってとらわれ、惑わされている。




 家族を捨てられない思いを消せば、いつでも自由になれる。現代人が抱える扶養問題、介護問題とよく似た環境でしかない。彼からすればよく見た問題。






「・・・ただものとは思えないよ。だって」




 少女の視線が弟であろう少年に一瞬向いた。だが無意識における視線移動だったのか、すぐに彼のほうに戻されていた。いろいろ思うことがあるのか口をぱくぱくと小さく開く。






 少女が続けるため口を開くが、先に口をはさむのは彼のやり口。




「・・・だって、貴女の弟さんは普通の人とは違う。・・・それを誰かに理解されたことはなかったから・・・でしょうか?・・・貴女の周りの人は、弟さんを見て、普通じゃない。おかしいと判断した・・・それを偏見の目でみて、貴女はとばっちりを受けるようにみられてきた。・・・弟さんがおかしいから・・・おねえさんである貴女もおかしいのではないか?・・・とかですか?」






 息をのむ少女。過去に言われた言葉や記憶が彼の言葉によってフラッシュバック。




「・・・周りから弟さんが家族でかわいそうという意見も受けたかもしれません。・・・もしくは弟さんの面倒をよく見ろと押し付けられましたか?・・・貴女の子供でもないのに・・・貴女に責任が押し付けられた・・・自分は関係ないのに、自分は自由になれない・・子供心における傷」






 口元を結び、呼吸すら忘れたかのごとき少女の姿。くやしさよりも悲しみよりも記憶が頭で再現され、必死に耐えているように見えた。




 それを気にすることなく好き勝手に飛び跳ねる少年。自閉症のなかでも他者排斥の思考がないパターン。自分のルールで動くタイプ。自閉症にしては比較的社会には住みやすいタイプではあるかもしれない。






 だが彼は少女を追い詰めたいわけではない。




 依頼のため少女を連れていきたいだけだ。そこには少女がいなくなった場合の思考はない。それを考えるのはあくまで、残されたものであって彼でも少女でもない。だがこの場合は厄介だ。




 残されたものに、考える能力がないからだ。






「・・・なにせ、自分がいなくなれば、・・・残されたものの生活が成り立たない。・・それだけならいいのかもしれない・・・でも、処罰があるかもしれない・・・自由がなくなるかもしれない・・・一生懸命、まじめに生きていたのに・・・頑張ってきたのに・・・耐えてきたのに・・・なぜ?自分だけがこんな目にあうのか・・・・・・・こういった考えを持っているのなら無駄です」




 少女が思わず顔を上げ、彼は告げた。


「え?」






「・・・だって、貴女には関係がないことなので・・・介護も姉弟間の扶養も義務はあっても、貴女の権利を侵すほどのことじゃありません・・・だから考えるだけ無駄・・・そうといっても家族間ならば・・非常に難しいことでもあります・・・だけれども貴女にとって、その考えは無駄と断言はできます・・・無駄です」








 現代の場合、思考能力があって働けない場合。扶養してくれる身内がいない場合は生活保護。




 考える能力がない人間を身内が捨てた場合。行政による代理人の選抜だ。身元引受もおらず、身内の誰もが拒否した場合、行政が動く。行政の代表である市長か町長、村長などが責任を負い、成年後見人を家庭裁判所に申し出る。家庭裁判所がしかるべき後見人を弁護士、司法書士などから適切な一人を当てる。




 後見人はその考えられない人間の代わりに最大限本人の利益のために思考してくれる。不利益を与えず、資産も極力手をつけてはいけない。ただリスクもある。介護する身内と成年後見人の間に衝突する場合がある。面倒を誰も見ない孤独な弱者と、身内が見てくれる家族の場合、異なった問題が発生する。身内が被後見人の介護費用を本人の口座から引き出そうにも後見人が阻止してきたりと非常に使いづらさもある。本人が金を使いたくても、使わせてもらえない制約もある。




 判断能力がない人間は社会によって過保護に扱われる。




 時に本人の意思を無視してだ。だが本人の最大限の利益になると後見人は判断をしている以上、裁判所はそれを支持する。




 問題はあるが、誰もが生きられる社会は現代なら揃っている。






 この世界には成年後見人などない。思考ができないなら、そのまま死ぬだけだ。本人のために、最大限思考する代理人がこの世界にはいない。




 だが少女には自由に生きても罪は訪れない。




 誰もが保護しない以上、誰もが自由に生きる究極の自己責任社会。




 それが王国だ。




「・・・少しばかり時間が必要なようです・・・」






 彼は少女を責め立てる気は一切ない。あまりにも読めすぎたため、早回しで口を開いただけのことだ。






「・・・今すぐとはいいません。・・・時間が必要でしょうし、いろいろ考えてください・・・そのうえで、判断してください・・・僕はそれを尊重いたします・・・」








 今回、彼は依頼を失敗しても構わないと考えている。非常に難しい問題である。介護が必要な高齢者。保護が必要な弟。常識的で自己犠牲を周りから押し付けられた姉。姉一人を保護するのが目的で、ほかは必要ない依頼。




 家族を自分のために捨てられない我儘さが人間にはある。




 彼が踵を返し、背中を見せて足を止めた。






「・・・その前にこの家は汚すぎる・・・一緒に掃除しましょう。・・・その後睡眠をとったほうがいい。・・・その間、僕はこの家に勝手にいるので、多少は貴女の悩み事二人をみておけます・・・まずは掃除。・・・汚い環境は睡眠を妨害し、健康を侵害する。精神を汚染し、正気を失う。・・・食事は作っておくので食べてください・・・この家にろくな食べ物はないのは予想しているので、勝手に用意します・・・嫌いなものがわからないので、食えなければ残してください」




 そういい、彼は扉を開けた。開けたまま、先ほどの物置部屋にいき、箒を手に取り姿を現す。




 少女が動かず、彼を驚愕したように見上げている。その反応すら彼は無表情に見下ろしていた。予想外といった反応。彼に対する警戒心もあるが、展開が予想外すぎて素の反応が出ていたのだ。






「・・・いつまでも汚臭を放置するわけにもいかないでしょう?・・・」




 彼女が奥の部屋で彼を見上げ続けるのを、彼は無表情で制す。




「・・・その部屋の窓をあけて、充満した汚臭を外へ。完全には消えないですが・・多少はましになります・・・貴女はごみを拾ってください。・・少なくても一人では手が回らずとも・・・二人ならまともな家事もどきはできます・・・弟さんが面倒を見てない間、暴れるか逃げだすか心配なら問題はありません・・・外には僕の仲間がいる・・・指示は出しておくので、逃げたら保護させます・・・貴女の今の仕事は掃除です。介護も今は貴女の仕事じゃない」




 そうして彼は慣れた手つきで箒でごみをはじく。紙袋に包まれた腐臭がするものなども気にせず、箒を駆使する。






 彼が動き出せば、少女も時が動き出したように、窓を開け始めた。




 突然現れた第三者。勝手に状況を推測し、まともじゃないくせに、まともなことをする。




 状況が呑み込めずとも、役割を果たそうとする子供。暴れまわる弟を無視し、ひたすら窓を開けまわり、終わればごみを拾い出す。汚物に包まれた紙を捨てようとした際は顔をしかめた。だが拾わねばならず手に汚れがつかないよう必死に拾い続けた。その際一瞬、彼の姿が外に消え、すぐ戻ってきたりもした。




 拾ったゴミは彼が外から持ってきた紙袋などにまとめた。




 暴れる少年を無視し、掃除は続行される。時折まとめたごみを散らかされたりもした。自制が収まらず、自分のルールに取り動き出す。それもすぐ止まる。なぜなら彼が手を軽くたたけば、入り口の扉が大きく開いた。




 この村において真新しい記憶の加害者。




 魔物オークが入り込んできたからだ。鼻から口元を隠す自作のマスクをつけたオークはすぐさま対処に移る。暴れる少年を凝視。凝視もされれば、いくら自閉症でも気づく。彼というひ弱な存在でなく、肉体的、人間の常識が届かなそうな相手を前にさすがに本能は抑制された。




 身内相手ならいくらでも暴走しても構わない。また相手が貧弱ならば、本能は続行してきたのだろう。身内が勝つ相手ならいくらでもしてもよい。なぜなら自分のルールがあるからだ。




 だがこの場にはない。




 本能は生存本能によっておとなしくなる。




 その姿を見て、少年には知能があることを確信。




 知能はあり、感情が抑えられないタイプと判断。




 少年がおとなしくなれば、オークは持ってきた紙袋を彼に手渡そうとする。それを彼は首を横に振り、少年に指を向けた。その無言の指示をうけてか、オーク、華は少年に紙袋を差し出した。凝視をし続けながら、紙袋をぐいぐいと向けていく。




 見た目も怖く、暴力的な存在たる華の圧力に耐えれない。




 少年は紙袋を受け取り、困惑した様子。




「・・・掃除をしなさい。・・・貴方が散らかしたのでしょう?」




 華の凝視と彼の無感情な視線。死んだ人形のごとき冷徹さは暴走の熱を覚めさせていった。




 頼りになるというべきか、身内に頼ろうとしたのか。少年は姉のほうをみるが、一切気づかず掃除に夢中。言葉でわからない。怒ってもわからない。どうにもならず、本能のまま叫びだそうとしたのか。口を大きく開く。




 彼が指をならせば、少年の眼前には華の顔が肉薄する。




 凝視。




 こういう形は正直育児の場面、および障害がある場合の子にはよくある。思い通りにならない場合叫びだすことがただある。環境認識能力及び、他者の被害を同調する能力は子供に備わらない。その機能を持ち出すのは実は年齢が2ケタになり始めてからが大半。




 やられて嫌なことという思考は、一桁の年齢では持たない。親が子供に加害をしたら被害者がどう思うかを聞いたところで、それで怒られているから、だめだという一時的認識による返答のみだ。状況認識は一桁代の年齢には備わっていない。






 こういう場合は本能を刺激するしかない。もしくは極力避けるべき暴力的行為かだ。




 わがままが通らず自分のルールを発動すれば、痛みが生じる。その危機感によって、少年は本能を抑制。




 掃除のほうへ渋々思考を変えていく。




「・・・掃除をしたことがないのなら、ディシアさんに聞きなさい。・・・やらないという選択肢は許さない・・・そのときはお姉さんがいくら止めても・・・そこの強いオークが怒ります」




 彼自身の言葉などどうせ届かない。強者の圧力のほうが有効的。また言葉が通じる以上、知能はある。




 少年は無言のまま、姉のそばへ行く。しゃがみ、掃除の仕方がわからないのか姉に無言で尋ねる姿。その姿を見た際の少女、ディシアが仰天したような表情を向けていたのが印象的だった。弟たる少年を一度見し、彼を二度見。華を5回ほど見てから、掃除に戻る。




「・・・無理に考えず、掃除をしなさい・・・そのあとはディシアさんは寝ることを優先しなさい・・・弟さんは強い魔物に見てもらいます・・・寝ている間は暴走はさせません・・・ただ暴走しないのを永遠に続けることは不可能なので・・・起き次第暴走する自由を与えましょう・・・」


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