その後/不幸の連鎖0

 カシックスの森の先には鉱山がある。巨大な鉱山であり、金属、魔結晶などの資源を採掘し、王国の金属歳出数パーセントを賄っている。その資源供給および、調達を維持させる拠点がベルクでもあった。平原にトゥグストラという脅威を抱えながらも、王国がベルクに気を配るのはそういった意味だ。




 また別の意味もある。




 もともとベルクは中継地点にすぎない。




 本来の資源採掘の拠点は森の中にあった。いくつかの村が森に点在し、それぞれ木材や食料、ベルクからの生活物資を補完するなど、一つの役割に特化した村々があったのだ。そのため砂利で敷かれた道なども整備されていた。




 今では村は一つ。




 整備された道は森の中を超えるためだけにしかほとんど使用されなくなった。






 それら村などが廃村になった理由。




 ベルクが資源調達および、防壁が強固な理由。正しくは強固になった理由。




 平原に生息するトゥグストラの脅威から守るためも前提。それだけでなく、本来はもっと大きな存在のために備えられていた。






 魔王ニクシェル。




 カシックスの森の奥、鉱山付近にて存在を発見された猿王。六つの剛腕をもち、四つの足それぞれ馬のごとき生やす巨体。ケンタロスにもよく似ているが顔も上半身も猿人そのもの。人の何倍もの図体をもち、トゥグストラですら子供のごとき体格をもっていた。




 また3つの目を持つことから3眼王とも呼ばれた。人間と同じく両目と額に一つの目。




 ニクシェルは非常に機敏であり、駆ければ一つの村から別の村へ数分もしないうちにたどり着く。人間が補助魔法をかけて一時間弱の距離すら物ともしない。またニクシェルは魔法を使用することもできた。それらの魔力の原点は目であり、右目は風の刃を。左目は竜巻を。額の目は大気から魔力を抽出し、吸い取る力。




 ニクシェルが暴れまわった結果、村々は滅んだのだ。




 人の匂いをたどり、食べ物の匂いをたどり、生活音を聞き分け、特定。村の位置も人々の営みによって特定されて、殺害。凌辱などはなく、ただ殺して食らっただけの終焉でしかない。




 村の壊滅をすぐ察知したのは、奇跡としかいいようがない。




 たまたま村へ生活物資を送る者たちの帰りが少し遅れていたこと。現状の報告が1,2時間ほど遅れているだけのこと。鉱物などがベルクに届くのが遅れていたこと。




 カシックスの森には魔物がいる以上、そのぐらいは普通であること。1,2時間ほどの遅れなど当たり前で、下手をすれば半日ほど遅れることすらある。部署が違うため、全体が遅れていても、担当の遅れしかわからないこと。




 それらをまとめてみる立場の者がベルクにいたこと。






 それがマッケン、のちの奇跡の剣と呼ばれた男だったこと。




 さまざまな奇跡が重なり、全体的な遅れを異常事件と認定。探索にすぐれるものたちを派遣、村の被害状況、および異常な魔力が森に漂っていることを発見。即座に対策班を作り、半日もせずに部隊を展開したことだ。また、王国に援軍を要請し、断らせないよう何かあった際の責任を取るなどの書類を作成。






 マッケンの異常な判断によって、被害は村だけに抑えられた。また一つの村だけとはいえ、残すことに成功もしている。






 マッケンが部隊を展開したのは森の手前の平原だ。森から異常な気配によってベルク側にあふれたものを駆除するための防衛部隊であった。その際、マッケンは村は全滅もしくは、全滅する予測をたて、切り捨てている。援軍もなしに、ベルクだけの武力で対抗するのは難しい。




 森という環境は人間にとって不利で、魔物にとって有利なフィールドでしかない。人は森では暮らさず、開けた環境によって生息する文化生命体。森で狩猟生活を営む魔物にとって、環境は武器と防具なのだ。




 異常な魔物。森の中の魔物。それらを判断し、村を切り捨てた。




 援軍が近場の集落、および町から続々と集まったことを確認し、森の中に進軍を開始。ただし村付近まではいくことはせず、いつでも平原に戻れるような距離までだった。やがて大きな援軍も到着。首都から到着した魔法使い部隊を後報に配置し、ベルクの部隊、近場からきた武力たちを前線に立たせ、村付近まで進軍を開始したのだ。




 マッケンは森の中にある異常な魔力を直接肌で感じとり、村の被害状況を把握するため部隊をわけた。その際周囲に異常な魔力の持ち主がいないことは調査済みだった。村の被害を把握するにつれ、一つを除きすべて壊滅。残っていた村は呑気に日常を過ごしていた。




 その呑気さを見て、マッケンは一つの仮説を立てた。




 ほかの村の状況を知らないがゆえの呑気さ。




 つまり滅んだ村の生き残りが逃げきれなかったことを意味する。もし生き残りがいれば危機を伝え、隠れるなり逃げるなり、パニックを引き起こしていたことだろう。




 それがない。




 森の中の村たちには鉄則がある。他所の村の危機は自分たちの危機。魔物たちに囲まれている以上、連携をしなければ生きられない。だから嘘だと論じるほどの愚か者はいない。






 人間の逃避行動よりも早い虐殺。




 王国からかき集めた援軍到達の時間よりもだ。




 この援軍到達はどれもが王国の一流の馬、馬車を使用している。通常の馬車よりも魔力をこめられ、速度上昇の車輪、真下からの風の噴射によっての重量軽減。馬には疲労回復の治癒魔法を常時発動。




 これらによって2日ほど、休みなしの到達なのだ。






 その2日の間に殺し切った事実をマッケンはかみしめた。






 次はこの村である。




 また相手の速度から見て、村人を逃がす暇はない。




 逃がして、追跡された場合、矛先はベルクにたどり着く可能性。




 それらを加味し、防衛線を構築。








 マッケンの判断が功をとり、読み通りニクシェルは現れた。防衛線はベルク側の入り口以外できる限り、防衛する壁を構築。貧弱でもないよりはまし。またがら空きなのは森奥側の入り口のみ。その先にマッケン率いる騎士団が部隊を展開。




 一か月にも満たない戦闘時間を浪費、ニクシェルを撤退にまで追い込む。




 またベルクに訪れた新たな援軍たちを即座に引き寄せ、それらを連れニクシェルを追跡。地面に垂れた血液、魔力の残り香をたどっていく。鉱山に敷かれた道から外れた横穴を発見。傷つき休むニクシェルの不意を打ち、殺害まで追い込んだ。その際、副官であるボルガンが傷をおったりもした。






 ランクとしてはSに到達したぐらいであろう。




 魔物がSを超えれば魔王にも近い存在であり、人間がSを取れば英雄にも近い存在である。この際被害、討伐費用の大きさからか、魔王と認定されていた。






 だがSランクの魔物は脅威だ。




 マッケンがいなければベルクは壊滅しているだろう。そこから連なる道の先の町や集落が被害を負っていた。








 この事件は彼が来る前に起きた事件である。またニクシェルは人間だけでなく、森の中の強者位置にいた魔物たちも殺しきっていた。弱肉強食の流れが壊れ、弱者が繁殖し数の脅威を発生。ゴブリン増殖事件なども発生した。人間や本来強者であった魔物を数で殺すゴブリンたちの増殖ぶり。それらを駆逐するため再びマッケンが指揮を執り、駆逐しきった。






 これはベルクで語られる英雄伝だ。










 その英雄伝の場を、別の意味で上書きした奴がいる。








 それが彼だった。




 暴力も政治も経済力も全部まとめて吸い上げる構造を、恐怖と弾圧、そこから生まれた安定と安心。怪物に逆らうやつもおらず、圧倒的な名声がさらなる基盤をつみたてる。




 人形使いを殺害後、怪物はベルクに影響力を行使。ニクス大商会の資本力によって、人形使いの被害を受けた土地、家屋、風評被害などに対し保証を開始。止めていた店の利益、雇用の流動化を再生するための資金を流し始めた。全額を保証するのでなく平時の利益最大4割ほどだ。




 だが誰もが畏怖をした。




 店を止めるのは、雇用するのも、されるのも自己責任。




 死ぬのも生きるのも自己責任。




 病気であろうと、健康であろうと、生まれにおける差別であろうと自己責任。




 そんな世界における保証制度だ。現代人の感性でいうのであれば、雇用保険に似た制度なのだ。その似た制度は店も人も土地も技術者も冒険者も金持ちすらも例外はない。等しく保証された。むろん収入が変わらない者に対しては特に何もしない。文句を言おうが、反感を抱こうが、少ない強者より多い弱者を抱き込んだほうが使いやすい。




 少なくてもこの国に保証制度はない。




 だから人々は怖いのだ。ベルク一つをとっても、最大4割までの保証をするといっても数が違う。圧倒的財力を見せつけた形。こういう事態の場合、さらなる弱者を絞り上げて利益を拡大するのが悪というものだ。




 怪物は悪らしく君臨しない。




 本来ならば国がすべきことですら、ニクス大商会が救いの手を差し出した。




 ほかの商人どもより金をもち、他の犯罪組織よりも悪名が高い。




 そのくせ、金の使い方を知っている。これで影響力を拡大しないわけがなかった。もとはといえば、人々が集めた利益の中から吸い上げた金なのだ。商売するための代金として、取り立てた金を返還しただけのこと。暴利に近い商品価格の一部を返しただけのこと。




 たったそれだけで、人々は感謝した。






 この条件として支給された金は使い果たさなければならない。貯金は許されず、もし隠しもっていたとすれば調べ上げられて、次なる災害のとき支給されない。










 この保証のおかげが雇用を停止されたものは少ない。雇用を停止された人もいるが、再就職を容易とさせた。再就職させない環境において、ニクス大商会は睨みを利かすため、半ば強制的に雇用の場はあった。






 常に恐怖はあるが、常に安心も生まれていた




 これが怪物の経済圏である。




 自由貿易などは一切ない。価格はニクス大商会に統制され、物流すら握られている。勝手に値段を上げることも下げることも許されない。代わりに安定はある。成長もある。ニクス大商会が定めた経済成長の基準をもとに作戦は開始されている。




 統制経済というやつだ。




 他所のものたちが商売を怪物の経済圏に持って来ようとも、人々自体が排除しだすことだろう。




 怪物の影響力が下がることは、自分たちの不安定さを引き起こす要因となるのだ。










 この保証の裏におけるメリット。弱者を切り捨てると、強者は逃げ出す。弱者になった瞬間殺されたり、人権をはく奪されるのであれば、強者は強者のうちに逃げ出すのだ。誰だって常に強いわけじゃないからだ。またそういった環境は弱者が開き直り、犯罪を行使する。強者も開き直り犯罪を行使。お互いがお互いを消しあう最悪の場が生み出される。




 だからといって強者を守り続ければ、弱者は搾取され続ける。




 そうなると弱者が逃げ出し、強者は弱者になり下がる。




 弱者を保証し続ければ、それを補填するため強者の負担が増える。そうなると強者は逃げ出し、弱者だけになり世の中回らない。どれもが平等にはならない。公平にならない。強者も弱者もそれぞれの意見を抱えて生きている。






 これを制御したのは怪物である。




 実際制御したのは彼の意見だ。彼がこぼした意見を参考に雲が策を練っただけだ。保証制度すら彼の独り言から始まったこと。事件を解決後、ゴブリンの目覚めを宿でまつさい、部屋にいた魔物たちに語りだしたのだ。




 これからベルクは失業者であふれかえる。




 この事件が起こした経済停滞の波が失業者の拡大を呼ぶだろうと嘆いた意見。そこから必要な物資の上昇か下落か、どちらにしても急激に変化する世の中がおとずれる。




 まるで未来でも見たかのように展開を独り言で展開。それを雲が盗み聞きして対処をした結果のすえ。




 今回においては彼の功績でもある。




 対処法すら彼がこぼした内容だ。資金の投入、保証制度の拡充。とくに経営者側に対して安心感を与え、成長があると見込めるほどの資金投入がなければいけない。その次に労働者側に対しての支援。強者に負担を強いつつも、なるべく少なくする。弱者が強者に寄りかかりすぎない程度に、補助をする。




 この流れを彼は語ったのだ。




 全額でなく4割。4割だけでは生活できないだろうから労働をする。その労働の場を作るためにも解雇しない企業に対しても保証。保証をし続けて生活できるのであれば、それは経済の流動化にならない。ゾンビ企業になっても、健全な環境は生まれない。むしろゾンビ企業が健全な企業の利益を食いつぶしていく未来すらある。




 結局働かなければいけないと潰れる環境だけは維持する。




 このぎりぎりさを攻めた手こそ4割保証。その数字は止まった経済の日数によって定めたものだった。一時的でも出せば、安定した雇用は流れ続ける。






 保障の使い方、そこから生まれる精神的安定における余裕。ぎりぎりの中の余裕は希望を見出すには十分である。結局は国家が金を生み出し、市場に流さなければ回らない。だが国家は金を出さないし、自己責任によって各自が蓄えた貯金の消費を国は待っているのだ。




 これから起きる不況は自己責任によって生み出されるとすら語った。






 そんな彼の独白に対し、雲は手をうって対策。




 大規模な財政緩和に踏み切ったのだ。結果が失業者の緩和、再就職の容易さなのだ。




 怪物の支配力向上、ニクス大商会の影響力拡大にもつながった。




 ベルクは怪物のものだ。




 ベルクに住む人々が心の底から認めたのだ。怪物のものであると。畏怖だけでなく感謝によって怪物は真の支配者として認めさせた。










 そんな誰にも認められた彼は魔物を率いて、カシックスの森へ訪れていた。ただこの魔物の群れに雲だけはいない。雲は雇用の場および市場の監視で忙しいからだ。居留守を彼に要求し、彼も承認していた。お互い事情は聴かず、勝手にやりたいことをする。




 彼は森へ、雲は保証制度の一刻もはやい展開を。




 魔王ニクシェルの被害から生き残った村へ足を進めていた。砂利の道を進み、枝が道半ばに伸びており、時折邪魔に感じながら進む。手でよけつつ、彼は先を急ぐ。






 彼にとって最悪な形で現実を直視する。そんな出会いが待っているともしらずにだ。




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