第2話一日目 中
男は全ての行動を闇の中で行う。
近所の目が怖かったため、深夜にいつも動いていた。散歩やら必要最低限な行為は全て人の目がなくなる時間帯でしか動かない。
人間と話すのが怖いのではない。馬鹿にされるのがいやなのだ。そういうふうに自分に言い聞かせてはいた。コミュニケーションをとるのが疲れてしまうのが嫌だった。結局のところそれが一番の理由だ。
かかわるのが相手にも自分にも負担がかかるだけなのだ。意外と面倒くさがりやである。
そんな男の属性はリアル日常、リアルコミュニケーションだけではおさまらない。
顔を見せずに他人とやり取りができるネットでもそうだ。掲示板、動画、小説ありとあらゆる場面ですら彼は一切言葉を交わさず沈黙を示す。面白いと笑うことがあっても、掲示板でこいつの意見はおかしいと思っても一切、キーボードもたたくことは無かった。
他人のやり取りをみているだけだ。自分から人と関わるが面倒だと逃げる人間の癖に、人と距離を離すのが嫌だと思うくらいには寂しがり屋なのである。
彼は今、森を抜けた。歩いて一時間ほどだ。
一時間ぐらいの運動で息をはぁはぁと乱していた。別にひどく険しかったとか、魔獣に襲われたわけでもない。
ただの運動不足である。
人は昼間動いて夜寝る生物だ。彼も例外ではなく、夜動くといっても少ししか行動をしないのだ。
仕方ないこと。
森をぬければ目の前には平らな平原が広がっている。薄暗い森から明るいお日様の元に出たことにより、目に刺激が発生し、思わず目を伏せた。
それだけではなく、お日様ダメージは彼に深刻なダメージを与えた。
二週間。
二週間だ。
彼は自室を全て締め切っていた。近所の視線、家族の哀れみ、日光を全てシャットアウトした。人工的に作られた電気様だけは彼に負担をかけなかった為、例外処置として除外した。
そんな彼に久しぶりの太陽はまぶしすぎるのである。
仕事。
近所づきあい。
えとせとら
明るいものをみれば、まぶしいことを思い出してしまう。
「ぐふっ」
思わず、ひざをつき、うずくまった。
ギャグではない、彼には深刻なダメージなのだ。
日光破壊光線にもなれ、だんだんと心を落ち着かせたことにより、彼は今の格好が凄く恥ずかしいものと気づいた。
すぐに立ち上がる。
太陽に苛められて気づかなかったが遠く、彼の視力で見える奥に白い建造物がみえた。よくは見えないが城壁みたいなものだろうか。
「ここは本当にどこだ?」
記憶をたどっても何も浮かばない。
ここは日本ではない。
異世界なのだ。
彼が愛し、リアル生活を充実させたかった日本という世界ではない。現実逃避の末に迷い込んでしまった別の世界なのだ。
だが彼は気づかない。
当たり前だ、現代社会に生まれ夢と希望を早々に打ち砕いた彼がそのような摩訶不思議現象を信じるわけが無いのである。
悩み続けた結果、夢だと思い込むことにした。
いまある疲れも全て夢だと思い込んだ。
そうなっとくさせた。
再び歩き出した。無駄な行為で時間を消費してしまった。まだ、お日様は頭上にあるので夜になるまで余裕がある。夢であろうと、何であろうと今ここにいる彼は妥協を許さない。
目指すべきは先ほど見つけた真っ白い建造物。
そこに向かえと何故か思った。
人とあうかもしれないという恐怖は何故か無かった。
夢だ。
夢なんだ。
だから大丈夫なはずだと思った。
何回も、彼は自分に言い聞かせた。
そして彼はまた立ち止まる。
仕方が無い、目の前には見たことが無い生物が横たわっているのだ。鋭くとがった牙、目つき、頭部左右に生えた巨大な二本角。
日本で言う牛だった。
ただ色は黒かった。もふもふしていた。
人間社会の牛さんよりはふた周りぐらい大きい。
闘牛なのだろうか。もしかしてバッファローに酷似していた。
バッファローなら仕方が無い。
でも、彼がネットでみたバッファローと比べてもやたら筋肉がむきむきだ。筋肉がむき出しの巨大な牛。そんなマッチョマンの牛さん、日本の常識でも当たり前だが、草食動物界でかなりの力をもつ牛さんが側面の腹部から赤い血を流し続けている。
こんな牛さんに傷つける存在がこの平原にいる。その事実を彼は考えようとしなかった。
頭が真っ白、浮かんだ考えがすぐに乱れてしまう、すなわち混乱。
びくりと動いた。
彼ではない、牛さんのほうだ。
びっくりした彼は考えを放棄、牛さんに視線をむけた。
牛さんはもひどい息遣いをしながらも頭を上げて、彼を見やった。
おっかない。それが彼の第一感想だった。
死に掛けた生物とかおいつめられた奴は何か健常なものとは何か違う。
何をするかわからなかった。
そんな動物が、元から怖いのにさらに鋭い目をさらに細めたのだから小心者の彼は心臓が止まりそうなぐらい怖かった。
襲われてしまったらどうしようかと内心びくびくしていた。
彼を見て牛さんはまた頭部を地につけた。満身創痍の身の上で吐く息は多い。
彼も息は荒い、だが牛さんはもっとだ。
もはや襲ってくる体力すらないのだろう。
ふと思った。
彼は健康だが社会で死に掛けていて、牛さんは満身創痍で死にかけている。
似ていた。
いや、社会で死に掛けるほうは頑張れば何とかなるし、平和的で比べ物にないぐらい牛さんのほうが大変だ。
だが思った。
比べてはいけないが、似ている。
追い詰められたもののことは、追い詰められたものにしかわからない。そんな彼だからこそ、わかったのだ。
牛さんはひどい悲しい声を出していた。
助けてほしいというふうな声に聞こえた。
彼は寒がりだ。服は何枚も着込んでいた。ダンゴムシとかザリガニとかみたいな生物が強固な鎧をかぶるのと一緒のように、厚着が鎧なのだ。
そんな彼は今、薄着だった。
牛さんの全身にぐるぐると巻かれた布、彼が着ていた服の数々だ。こういうのは応急処置でしかないし、一日ぐらいで交換しないとばっちいものだ。消毒もしてない状態で止血なんてばい菌が入ってしまうかもしれない。
でも、消毒をしたくても道具が無いし、今見捨てれば牛さんはお日様ステーキになってしまう。
わずかな延命。
牛さんはただ大人しかった。布を巻くときわずかながら体を浮かし、作業を手伝ってくれたのは一体なんだったのかと疑問に思うことすらなかった。
牛さんは助かりたかったのだろう。
彼が助けてほしいのと同じものだ。
誰にも関われない彼が初めて他人から頼まれた。
ただ一つの希望を牛さんは彼に託した。
体は自然と動いていた。
彼は森にもどっていた。
食料が必要だ。彼も必要だが、牛さんの食料もだ。
最初草原に生えていた草を適当に引き抜き、牛さんの前にもっていったが食うことは無かった。怪我をしているのだから食えるわけが無いのだが、彼にはそこまでの余裕が無かった。
彼は来た道の地面に、足で穴を掘りながら突き進む。帰り道のシンボルマークをつけながら木の実やら草やらありとあらゆるものを探し続けた。
探索途中で一つの食べ物を見つけた。木の実だ。上を見上げ枝にぶらさがった実。
つるつるとして真ん丸。臍の緒みたいなもので枝につかんでいる。
その姿はりんごだ。
りんごと違い、色は黄金。
黄金のりんごだった。
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