第3話 2、3、4日
彼は何故か3という数字が好きだった。カップラーメンしかり、花見の季節とかいろいろ3という数字が関わっていたりする。円周率3.14とかも3が関わっていたりもするし、何事にも3はかかわっていた。
3がなければ始まらないのだ。
だが、彼は三日で月が落ちてくる冒険ホラーアクションゲーム、貴様はだめだと否定していた。トラウマになっているからだ。
ゲーム自体はプレイをしなくても、CMだけで彼は怖かった。何せ空に浮かぶ月が落ちてくるという発想が、子供の時の彼にはなかった。
そして彼が最初に3を取り上げたことから、想像はつくかもしれない。
牛さん救助作戦から3日がたった。手を擦りむきながらも、木によじ登って確保した金のりんご。そのりんごを確保してから3日がたった。
彼が珍しく本気で行動した。
その甲斐もあり、結果として牛さんは元気になった。
三日間の救助作戦。
今は四日目。
四日目の夕方。牛さんから包帯をはずした。彼にとってこれは長い悪夢だ。夢の世界のくせに、現実のような時間が流れているように感じた。
寝ても起きても、変わらない現実が突きつける。いつもいた自宅でなく、車のエンジンや近所の会話といった外の音もない。
早くさめてほしいと本気で彼は願った。
救助作戦の3日間、彼は野宿をしていた。
平原の地面に草をまとめた簡易ベットを牛の隣に作る。屋根を作りたかったが、彼にはそこまでの技能は無い。
技術も職も何もない。あるのは無事な体というものだった。
ただ彼には度胸がある。無駄に積み上げた意味のない度胸。人に対する度胸ではなく、自身に対する行動への度胸だ。
屋根が無いところで寝るのは慣れていた。
意外だと思うだろう。根暗ぼっちの引きこもりボーイがアクティブな行動を取れることが。されども、どんな人間にも趣味と、特技があったりするものだ。
彼には一つある。
旅だ。
彼は愛用のワゴンRにテント、食料、水、生活用品を載せドライブに行き、冒険するのが趣味なのだ。未知の場所をしるということより、既存の道を当たり前のように進む。難解な答えはいらず、あって当たり前の答えだけを求める旅ではあるが。
無職の彼がもつその車は祖父が成人祝いに買い与えた車だった。
彼の愛車にカーナビはついていない。カーナビを本来つけるところには何も無い。大きな空間があいていた。
何もしらぬ土地を地図ひとつで旅をして遊ぶそれが彼の唯一のオアシスである。だが、地図というものがある時点で、未知な旅ではない。
彼が知らないからこそ、自身への未知として旅をする。それが趣味なのだ。わからなくてもいい、理解できなくてもいい。他人には理解されない、敷かれたレールを進むという旅。就職と同じであり、どうせ一人だから時間はありあまっていたのだ。
単位もさっさととり、夏休みで遊ぶことを計画していた。他の人間は友達といろいろ遊んだり、彼女、彼氏といった恋人とうふふきゃははと楽しむような展開は彼には無かった。その為、たくさんの暇があった。
旅を好きになったのはごまかすためだ。
彼は人に関わるのが嫌いで、他人と比較するのもされるのも嫌いだった。自身をだます理由を作る為に旅をしていたのだ。旅をしていれば夏休みぼっちでも馬鹿にされはしない。
夏休み、誰かに聞かれたときのために頑張って理由をつくる。長期休暇をゲームでつぶしたり、家で過ごしたりしていると素直に答えたら馬鹿にされるからだ。青春まっさかりな人間は自分と比較し馬鹿にしてくる。他人否定主義者から身を守るため、崇高なことをしようと考えた。
誰もが行い、馬鹿にできないこと。
恥ずかしいことを我慢できない彼が必死に考えた。
底辺に位置する彼は必死に探した。
見つけたのが旅だった。
社会底辺に属する彼は免許を取ってから毎年長期休暇のたびに旅に行っていた。最初は嫌い、プライドの高く面倒くさがりな彼はすぐに挫折しかけた。
それでも彼なりに頑張った。
何回もやれば嫌なものも慣れた。嫌いが、普通になり、普通から好きかなといった曖昧な答えになる。それでも続けば楽しくなってくるのだ。
嫌いなことを好きに変換する。その考えと答えに導き出した、ただ一つの才覚だといってもよい。底辺が底辺なりに成り上がる手段を一つ手に入れているのだ。
馬鹿になんかさせない。馬鹿にさせてなるものか。
そうプライドをもつぐらいの趣味を手に入れたのだ。
彼は理由作りのために、趣味を作り出すことに成功した。
一種の天才だ。
他の人間はなかなかできたものではない。
ネガティブ人間の努力は身を結んだのだ。
おめでとう 底辺と彼は自分をほめた。
他者が彼を認めなくても、自身が自分を認める。その有様は無様であろう、みじめであろう。だが何もしない奴らよりかは若干上にたっている。
自分で自分をほめる姿はどことなく滑稽とは思うが、それでも上は上なのだ。
彼は当時の感覚を思い返している。
ドライブ中、音楽はならない。ただハンドルを握った。信号で止まるたび、ドアの内装をさわって感触を確かめる。名道ではない、平凡な道。信号がちかちかと点滅し、車のエンジン音が外からも中からも振動で伝わってくる。
日常だ。
旅という非日常さの中にある、日常。
そういう楽しみが彼にはあった。
どんな人間にも明るいものがあったのだ。
これも全て、大学生のときのお話だ。
就職活動前のお話。
無職じゃない、まだ今よりは明るいときのことだ。
長期休暇のすごし方を誰かに話しても恥ずかしくないように作った趣味。結局、誰とも話さなかったのだから理由作成という点で、頑張った彼は意味がなかった。
だがこの救助作戦では役に立った。
食料、火、水、とトイレの確保。ありとあらゆることに彼の趣味が役に立つ。
食料は森だ。木の実や虫のようなものたちを捉えるだけ捉える。生きているものはなるべく楽に命を殺め、木の実なども木に登るのではなく、木の下に落ちたものを拾う。
火はライターで済んだ。その火の着火地点たる、枯れ木などを食料採取と一緒の森で手に入れる。
水は森の中にあった湖から、木の実の殻などで掬う。そしておなかは壊さぬように火で沸騰。
理由作りで失敗した趣味だが、その経験が彼、いや一つの命を救うことに成功した。
知識だけではだめなのだ、どんな行為でも経験が要る。
車の運転と一緒だ。
アクセル踏んで、ハンドル握って、ブレーキを踏む。
無免許でも知っていること。だが無免許の人間にいきなり運転しろといってもできるわけがない。必ず、練習という経験が必要だ。
努力というものが無駄だと思わる現代において、必ずしも無駄ではないと証明する。考えること、努力すること。何事も効率のみで考えるのではなく、あえて無駄を行う。
それが結果として良いものになることだってあるのだ。
この経験はよいものだったと思っている。
自分のネガティブ思考が役にたったと感謝していた。
牛さんは今は元気である。手に入れた金のりんごを見せたとき、牛さんの沈んだ目が少し希望を取り出したように見えた。反応をみた彼は金のりんごを牛さんの口元に持っていき、ゆっくりとだが怪我の身で必死にくらいついた。
唾液と果汁によって手がべとべとになった。糖分を含む果汁がべたべたと手にひっつき、牛さんたる黒い獣の唾液が、それをねっとりとして手のひらごとなめ回す。
だが彼は無事だ。べとべとでありながらも、怪我はなかった。
噛み付かれたりはせず、食いちぎられることも無かった。
野生動物は意外と頭がよい。恩を仇で返すということをされることなく、命の恩人にはそれ相応の表現を持つことをしっているようだった。
平原の草は食べなかったくせに、りんごは食べる。
わがままな草食動物だった。
無事だったからこそ、思うことがあった。
彼は悩んだ。
助かったあとから思う事柄なのだが、こうすればよかったという出来事の対処法。それらを彼は思い返していたのだ。
それは救助作戦のお話。
包帯が第二に悩み、第一に悩んだのは傷の回復具合だった。
一日目
服を包帯にし、りんごを食べさせた。服をもって止血させ、適当な素人知識で栄養を取らせるための、りんごを食わせる。点滴などがあれば、よかったのだが。彼に点滴を扱う技術もなく、そんな設備もない。ないない尽くしの異世界住人が出来ることといえば、この程度の対処でしかなかった。
二日目
出血場所にあたる箇所に汚れていない部分まで服をずらし対処した。彼の知識と経験のなさからこういう対応をうんだ。明らかに悪い手ではあるが、他にどうしようもなかった。
彼は無職で、無能。能力不足でありながらも無駄な努力を積み上げていたのだ。
それでも神は彼を見捨てなかった。
包帯をずらしたとき彼は気づいた。傷が明らかに小さくなっていることに。切り開かれていた肉体の損傷が、袋を縛るかのようにくっ付いていたのだ。
普通の動物であったらここまで回復が早いわけが無い。手術もなしに大きな傷が治るわけが無い。自然治癒では、ありえない回復の仕方だった。
人間の技術、彼のもつ知識と経験が語る。
ありえない。
これはなんだと。
その前に死ぬ。
絶対に死ぬはずだった。
今やっているこれは延命処置なのだ。助けたいとは思うが、助かるとは思っていない。素人が重症患者を救えるとは思ってはいないのだ。
ただ、傷口を押さえて、食事と水を与えているだけのはずだった。
増えていくなぞに彼は頭を悩ませたが、まぁよくなっているからよいかと頭の片隅に置いた。諦めというか、頭がパニックになってしまっていたのだろう。そのときにおいても、彼のキャパシティは非常に狭かった。
だが片隅でも疑問は増殖していった。
夢だからしょうがないという自己逃避をもって、考えを打ち消しながら救助を行った。
三日目
傷は良くなってきている、だがまだ少し残っている。もし助けられるなら、早く何とかしたいと彼の本心は常に思っていた。
どうにかしようと考えたとき、彼は森から確保した草を見つけた。擦りむいたとき、たまたまその草を手にしていたら何故かすぐに回復したのを思い出した。
なぜ今まで思い出さなかった。自分を叱咤するとともに、行動を起こした。
その草を、出血を抑える部分の包帯もどき内側に入れ込む。
夢なら早く覚めろ。
夢なら早く直れ。
夢ならこれは薬草に違いない。
現実を夢と思い込んだままの彼は必死に祈った。
そして四日目だった。
救助にあけくれて、気付けば草原に寝込んでいた4日目。極度の睡眠不足からか、意識とは別に地面に横たわる自身の体。頭は寝ぼけていた。曖昧な処理、自身の持っている状況も考えも理解できない、どんよりとした意識の中。
「もーもーもー」
陽気な声が近くでなっている。人間のようなハッキリとした発言方法ではなく、獣のような鳴き声のものだ。
その音に気付き、彼は上体をあげた。
そして、上げた瞬間に彼の腹部へと衝撃が走った。
牛の押し付けられた頭部とその両角の間に挟む形で彼の腹部が捉えられていたのだ。結構な衝撃があり彼の普段とは違う、大きな悲鳴をあげていた。精神的恐怖もあるし、押し付けられたごつごつの頭から繰り出される衝撃は彼を追い込んでいた。
痛かった。
単純な言葉であれば、それだった。
「痛い!」
思わず声に出していた。彼は半泣きである。肉体的にも精神的にも彼は貧弱。そんな彼に耐えれるわけが無いのだ。考えても見てほしい。彼より体が大きく、従来の牛よりもでかい生物の攻撃に人は耐えられない。常人に耐えられないものが彼に耐えれるわけが無かった。
だが牛は頭が良い。
彼の悲鳴を聞き、暗く悲しそうに目を下に下ろし、頭をどかす。落ち込むように縮こまった牛さん。
罪悪感が彼をおそった。
しょうがないので半泣きという見っとも無い顔ではあるが、必死に笑みをうかべた。彼が久しぶりに作った笑顔はぎこちがなく、壊れかけののろわれた人形と同じくらい気味が悪いものであった。
そんな苦笑いを浮かべながら牛の頭部をなでる。
彼なりの譲歩だ。
最初はぎこちない手つきではあるが、何回もなでた。落ち込んだままの牛をなぐさめ、気を取り戻すまでしっかりとなでてやる。
顔を上げ、うれしそうに尻尾をふる牛はまるで犬だ。
犬の牛だ。
牛の犬。そういうジャンルもあるのかと彼は新たなものを発見してしまっていた。
「もーーーーー」
落ち込んだあとから、急激な感情の高ぶり。落ち込んだ自身を励ます彼という存在に喜びとなって、先ほどの彼の悲鳴を忘れた。そして頭を押し付ける。
勢いよくきた突進のような頭突きが彼の腹部に捕らわれた。痛みと衝撃をもって、彼の感情は一点となる。
痛みによる。
「ぎゃあ!!!!!」
薄汚い悲鳴だ。
それを何度も。
先ほどのことを同じことを繰り返した。悲鳴を上げ、牛が落ち込む。それを必死に慰める。
今日は何回も行った。
そして。
彼に初めて友達ができた日だった。
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