第4話 4日 夜

 白い建造物。それは森から出たときに、城壁だと思ったが、まさにそのとおりだとはおもわなかった。

 巨大な石の城壁。ただの町を囲むだけでこのようなものを作り上げるような暇人はいないと推測。きっとここは大切な役割をもった重要な町なのだろう。

 ベルク。

 この町の名前だ。人口三万で立派な城壁を持つ割には、彼みたいな不審者が簡単に入れてしまう、適当なところだった。

 冒険者ギルドからの圧力と経営者側の都合もあり、柄の悪い奴でも簡単に入れる町。だが、そのおかげで彼は町に入れた。


 




 頑張ってたどり着いたのだ、隣にいる牛さんと一緒に。


 ただし、いつもの彼ではない。




 

 鋭くとがり、突き刺すような視線。それは彼が周囲に向ける目だ。元々、活気のある町だ、今は夜といっても住人の足は途絶えない。住人は不躾な目で彼を最初に見ていた。自分達とは違う格好をする人間というだけでも興味の対象なのに、隣に凶暴な顔した牛が頭を彼にこすりつけて愛情の表現をしているのだ。誰だって見るに決まっている。

 しかもただの牛ではない。

 化け物の一角。モンスターに詳しくない住人ですらこの牛の正体をしっている。

 平原上位モンスター トゥグストラ。

 危険生物Aランク 凶暴な四足の化け物。

 この町が最低限の門番と、強固な城壁を持つのは単純にこのモンスターから身をまもるためなのだ。

 モンスターのためだけに作られた壁。

 その町の住人がわからないはずがなかった。


 でも悲鳴は聞こえない。

 沈黙。

 普段は騒がしい町並みも今だけは虫の声のほうが良く響いていた。




 



 

 何だ貴様ら文句があるのかといわんばかりに細くした目で睨みつけていた。激しい息遣いと赤い顔、周囲を見渡している危険人物に誰もが目をそらした。しかし注意は最大限に行っている。

 Aランクモンスターなんかよりも彼のほうが怖かった。


 何をしでかすかわかったものではない。



 見た目が暗く、冷たい印象を持たれる人間は更に評判が落ちていく。初めてこの町に着たが、印象は最悪。

 人間関係は第一印象から決まるといわれているのはご存知のことだ。外見第一、中身がどれだけ素晴らしくても、関わらなければわからない。人と関わることが難しい彼に、普通の関係を築くことはこの町でできそうに無かった。


 何より彼は今の状態の自分をわかってはいないし、そんな余裕もなかった。

 自覚なし、救いようがない。


 

 目はうつろ、乱した息と真っ赤な顔が、元々暗い雰囲気を持つ彼をさらに危ない人物へと進化させていた。

 息と失った体力を回復させるため、他の動作は最低限に減らされる。まぶたを開き続けるのすらコストカットされていた。

 視線さえもその対象だ。

 視界も最低限確保できる程度に縮め、ありとあらゆる行為が削られていく。まるで嫌っていた社会と同じようなことを彼もしていた。

 働いたことは無いが、生物としてコストカットは当たり前。


 

 平原を突破したのだ。

 2時間ぐらいの歩みだ。

 森を抜けるときの2倍。

 運動不足底辺男には大変であった。

「・・・・・・・」




 知らない場所に町に着く。

 知らずと彼の心は明るくなってくる。

 彼は元来、ぼっちで、旅好きだ。今回は牛も一緒にいるが、どうせ夢の中の住人第一号だ。人の心なんかわからない動物と曲解、彼の拒絶範囲には含まれない。

 余裕がでてきた。

 疲れが大分落ち着いてきたせいである。そのため、彼は自己陶酔をする時間をえたのだ。

 達成感。

 なぜば、なる。

 普段の彼ならば、周囲の目におびえ、すぐ逃げようとするのだが、今だけは自身に感動をしていた。

 酔いしれていた。

 そのため、回りが見えていない。

 周りがおびえているのなんか、しらないし、牛がもーもー頭がこすり付けてても知ったことではない。

 今はただ喜びを感じていた。



 町中を突き進み、求人つまりハローワーク的なものを探していた。夢のせかいだと思っているくせに、なんだかんだで日本にいたときと同じことをしようとする。

 そんな彼が余計なものを発見した


 絡まれていた。

 彼ではない。

 二人の男が子供にやたら絡んでいた。、男達は一人は体格が大きく、プロレスラーみたいな男と。もうひとり体は小柄だが溢れんばかりの筋肉がやたら主張した男。危険人物みたいな二人は冒険者だった。

 冒険者ギルドに登録し、そこから紹介されたモンスターとか盗賊とか護衛とかそんな危険仕事を行う使い捨て派遣社員。

 それが冒険者だ。

 手当てなんかない。

 保障がない。

 有給ももちろんない。

 日本ではブラック企業とされ、嫌われる。それが冒険者ギルドの実態。

 そんな派遣社員が二人、子供・・・美少女ではなく、少年に絡んでいる。

 残念定番どおりには行かない。

 ここは美少女で宿ゲットという素晴らしい定番がおきなかった。


「・・・・」

 彼は目立つのが嫌いだ。

 牛さんいる時点で目立っているのだがそんなのは知ったことではない。スルーだスルー。

 彼は立ち去ることにした。


 巻き込まれたくないという一心で彼は動いた。

 右足を軸にくるりっとまわると踵を返す。

「助けてください。」

 背にかけられた悲痛な声はさすがの彼も足を止めた。

 周囲の人間に呼びかけたのだろうと判断しよう。

 あちらこちらにいる人間も、少年の状況を遠巻きに見ていて、何もしようとしない。

 彼は自身に投げかけられた言葉だとはわかっている。しかし彼は弱い。


 そんな人間が何ができるというのかと思った。


 歩き出した。

「助けて!!!」


 最悪。

 気づけば周囲の人間が僕を見ているのにも気づいた。

 皆冷たかった。

 彼自身に恐れていたのもあったが、彼にはこう見えた。

 自分達は何もしないが、助けを求められ、逃げようとした彼を非難しているようだ。それは間違いではない。

 自分から面倒ごとに関わりたくない。

 人間の当たり前の感情。

 さっさと片付けろとまで、恐怖の対象の一つである彼に向けていた。

 民衆意識はどこまでいっても恐ろしい。

 彼が嫌った世界がそこにある。


 さすが異世界。

 さすが夢の世界。


 他力本願とはまるで現実と一緒ではないか。

 自身と同じ底辺が集まった町。

 このまま逃げれば、どちらが恥ずかしいのか天秤にかけた。

 彼はため息をつき、少年のほうへと向き直った。

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