第5話 4日 夜 嫌な出会い

  3人の登場人物がいる。プロボクサーのように恵まれた身長と鍛え上げた肉体を持つのがフランクといい、小柄でありながらも筋肉の隆々が見てわかるのがペストという名前だ。そして絡まれていた少年がフーリという名前だった。






 少年の職業は薬剤師だという。成り立てらしい。


 全力を込め話を聞いた結果、職業がわかった。


 二人の男も冒険者という何をするかは彼にも大体、想像がつく。ラノベ読んだ知識からどういうことをするのかはわかる。




 すんなり話してくれて意外だった。彼の認識では他人は嘘をつく、正直に答えるわけがない。もしくはいう事を否定するのが常であるという常識を強くもっていたからだ。




 だが、何故だろうか。彼を除く3人の表情がひきつるように固まっていたことに気付いた。視線が一点に全員見つめており、視線と同様に肉体も硬直をしていたのだ。




 その視線の先をたどれば、答えは見つかった。




 黒い巨躯を持つバッファローのような牛、それがいたのだ。町中で人が生活をこなす日常に、大型の獣を連れてくる。疎外感だけでなく、別の問題があったわけだった。






 彼と三人の視線を集める当の存在たる、牛さんは、彼の右手側におなかの側面をすりすりとこすり付けていた。それだけならともかく、こすりつけながらも横目で彼と話し合う三人を片隅にとらえていた。








 


 横目で見つめる牛さんの表情、生物としての格上の存在が睨み付けているかのような表情に彼は自然と納得した。






(顔が怖い)




 彼も表情にでは出てないが、内心の感情ではひきつっていた。されども表に出てくることはなく、当たり前のように接するかのごとく、変化はない。




 そんな獣を引き連れる彼。




 彼のほうが怖がられているのは理解していない。




 冒険者、薬剤師、三人にとって目の前にいるのは危険人物そのものだ。この町では子供でも知っている城壁発生源モンスター。そんなのを従えた人間を恐れないはずが無い。




 モンスターは弱者には従わない。


 それが暗黙のルールだ。人間ですら、種族が同じであろう弱者の人間に従わないというのに、魔物が従うわけがない。




 それが常識であり、当たり前の法則なのだ。異世界であろうと前の世界であろうとそれは変わらない。常に同じく、等しい常識として世界を巡っている。




 だからこそだろう。






 この場にいる人間には、牛さんより強い化け物と彼は認識されていた。




 その証拠に彼本人は気配が薄く、話しかけるには重い。彼本人の他者拒絶反応が、なるべくなら関わりたくないという一面が雰囲気の悪さとなって周囲に放出される。






 それが強者のプレッシャーという感じに演出させられていたわけだった。




 見事に誤解されていた。






 


 現代社会が生み出した化け物。


 子供でも簡単に倒せる弱者な彼が、この場では誰よりも強いと勝手に思われている。中身や内容が貧弱なものであっても、魔物や獣が強者に従うという常識が彼の実力を過大評価へと昇り上げていく。








 数々の修羅場を潜り抜けてきた冒険者達も、彼には一切の隙が無いように見える。






 ただ、影が薄いだけだった。隙はたくさんあるが、空気が重いためそれに気づけない。






 そんな彼がようやく、こぎつけた話の内容。






 薬剤師は冒険者達に薬を頼まれていたそうだ。近頃、冒険者達は森、カシックスの森で大規模ゴブリン掃討を行うらしい。増えすぎたゴブリンが生態系を壊し、森から這い出ているそうだ。森からこの町より更に近い村の人、通りがかった旅人が襲われているとのことだ。




 通常ならば、ゴブリンより強いモンスターがゴブリンを減らしているとのことだ。だが今はそいつらをゴブリンが打ち倒し、逆に餌にしているらしい。




 下剋上というものが出来上がっている。




 その現状は好ましくなくなかった。放置すれば近いうちに町に被害が出てしまうと危惧した冒険者ギルドと領主軍は両方で協力してゴブリン退治を判断したそうだ。




 ゴブリンの森の勢力と人間が築き上げた勢力。その過程があまりに類似しているために、即座にギルドと領主軍は行動を開始したようだった。




 人類は弱い。ゴブリンも弱い。強大な魔物相手ですら一対一では敵うことはない。それを武器や魔法やチームワークといった集団リンチによって、必死に対処してきた。それをゴブリンが同様のことを繰り広げているのだから、最悪らしかった。






 下っ端の冒険者達も強制的に借り出されると危惧した状況で、二人は早めに準備をしようとした。武器や防具などは揃えられた。食料もなんとかなったそうだ。




 だが肝心の保険がない。薬だ。傷を治癒する、最大の保険が二人にはなかった。




 探しはしたらしかった。




 町の薬剤師に片っ端から声をかけたそうだ。だが、考えることはみな同じだった。




 他の冒険者達も二人より大金を出し、薬を作ってもらっているとのことで暇が無い。もっと大金を出せばよいと思うが、予算オーバーだった。迷いにまよった二人は薬剤師になり立てて、経験の少ない少年に最後の願いを託してお願いしていたそうだ。




 圧力をかけ、暴力的になりながらも要求は薬を作れということのみ。






 薬剤師としては聞いてあげたいそうだが、他の薬剤師が材料をたくさん買いすぎていて、調達できない。表向きはそうだが、きっと本人のプライドとして最後の最後でという防波堤みたいな扱いも気に食わないのもあって、受けたくないのもあるだろう。




 最後のは彼の勝手な解釈だった。なぜなら、少年の表情はあまり乗り気でなさそうに見えたのだ。プライドを僅かに踏みにじられたかのような不服顔。




 それもそうだろう、最後の最後でお前でいいから作れと言われれば、誰だって良い顔をしない。子供であっても人間なのだ。プライドだってある、感情だってある。やりたいこと、やりたくないこともあるだろう。




 それを彼は理解したうえで、逃げたかった。




 だが逃げられないからこそ、偽りの行動を起こすのだ。




 腕を組み、あごに手を添える。




 悩むふりだ。形だけでありながらも、周囲の誤解を作り上げる、最強の技。




 これが案外役に立つのだ。こういうごまかしは覚えておくと良い。皆だってやっていることだ。




 彼が学生だったころの話だ。小学、中学、高校、大学、周りの人間が友達と楽しく会話している中、一人でいると馬鹿にされるという面から無駄な努力を行ってきた。


 それは誤魔化しだ。




 自分をだますのと他人をごまかす、適したのは何か。




 寝たふり。




 考えたふり。




 隠れる。これは学生時代の体育の時間のときに使われた技だ。だが、今語る場面ではない。思い出す場面でもない。ここでそれを思い返せば、彼の心に再び黒歴史の閉じた傷が開く。




 目の前のことにだけ彼は集中を行った。




 彼の考えた振りは長年行ってきたこともあり、さまになっている、暗い顔ではあるが、真剣に作り上げた形は今この場にいる三人をだますことに成功した。




 一体何が。




 固唾を呑み、彼を見る三人。




 そういう誤解をわざと作り上げる才能。






 大して、何も考えず、回りが勝手に発言するのを待つ彼。自身は何も考えずとも、周りが答えを導き出すまでの時間稼ぎ。




 時間はたっていく。




 誰も、わからずそのままどうなるのかと思った。そのときだ。




 彼に一つ考えが浮かんだ。






 何も考えるつもりはなかったのに、出てきてしまった。




 気付いたのであれば、答えるしかない。




 開きにくい口を僅かに開く。その間に一呼吸を挟んだ。






 そして発言した。




 そのとき、必死に話す内容を脳内で繰り返し、つっかえないように本気で頑張る彼。






 声が小さくなっても恥ずかしい、口はなるべく大きく開き、間はあけない。




「なら、えーと派遣社・・・冒険者のおふた方が、材料を取りにいき、薬剤師の少年に渡せばよいのではないでしょうか?」




 すらすらといえた。間も空いてない。




 最初派遣社員といいそうになったのは内緒だった。




 彼は正社員希望なのだ。無職が派遣やパートを馬鹿にしているつもりはないが、将来が不安というのもあり、いつも正社員を探してきた。




 パートや派遣は嫌だ。




 安定がほしい。




 ただ夢の世界で、派遣社員を冒険者と名をかえただけだ。そんなのにだまされる彼ではない。




 そのため、いいそうになった。


 ただそれだけだった。






 せちがらい世の中だと彼は嘆きたかった。 




 夢の世界のくせに夢が無いなんて涙が出てきそうだ。




 


 まぁパートも派遣社員も社会の荒波で短期間の冒険をしているという意味では、冒険者だとも言える。






「それだとなー」


 恵まれた体格をもつフランクはためらいがちに口を開いた。まるで嫌ではあるが、強く言えないような反応だ。


「うん それだとねー」


 そのお仲間の小柄なペストも同様の反応だった。




 そわそわした二人に、彼は首をかしげた。まるで嫌そうなそぶりである二人。回復薬がほしい、材料が無い。






 彼が思うのはただ一つだった。材料がなく、作れない。






 なら頑張れという一言のみだ。




 それ以外彼にはいうことが無い。




 だが、以外にも二人ではなく、少年・フーリが援護の声を上げた。




「それが・・・いつもなら平原にあるのですが・・・・今はなくて。森にいかないとたぶん・・・ないです・・・それでゴブリンがいるのは・・・その」






 彼は納得がいったように、なるほどと思った。




 うだつの挙がらない理由はこれか。


 それはそうだった。


 ゴブリン退治の準備に回復薬がほしいのに、ゴブリンがいる森に直接いったら意味が無い。


 本末転倒というのか。






「・・・あきらめましょう」




 どんなものにも引くべきところは引くべきだ。彼はそう思った。




「ふざけんな!」




 間髪いれずに荒い声が入った。荒げたのはフランクだ。フランク自身、状況はわかっている。いつもなら断っている。




 だがこれは強制だ。




 近頃、発令する依頼。




 経験則がそう語っているのだ。




 逃げれるなら逃げたい。だが、強制依頼は断りきれるものではない。ならば、生死がかかっているこの状況、どう解決するのかが問題なのだ。




 すでに時間もないことだ。




「・・・・では・・どうするのですか?」




 彼はただ、変わらず、問う。




 何もいえない。




 いえなかった。




 ここでがむしゃらに怒鳴っても意味は無い。目の前の彼には責任なんかないし、八つ当たりをするほどフランクも馬鹿ではない。




 だが抑えきれないものもある。




 少しフランクもペストも彼の発言に苛立ち、にらみつけていた。自分でもわかっているが、どうしようもない諦めが二人を追い詰めていた。




 


 突然、額から冷や汗が噴出した。




 だが、フランクが怒鳴り散らしたときから、寒くなってきた。仲間であるペストも気付いたのか、同じ反応をしている。




 みれば彼の雰囲気が変わっている。




 なにがなんだかわからない。


 彼をみても先ほどと変わらない、ここにいる人間をどうでもよさそうにしか見ていない顔だ。しかし、先ほどはあった僅かながらの優しさが消え、ただ冷徹さだけがここにある。




 面倒くさいなぁと顔に出して思っていただけで、そんなのはこの場にいる人間にはわからない。




 全員体が震えていた。


 いつのまにか周囲人間はいない。


 野次馬のような人間も雰囲気がかわった瞬間、消え去っていた。




 


 背後にいるトゥグストラも愛情表現をやめ、フランクをにらみつけている。猛獣が口をゆがめ、開いた口から鋭い牙がちらついた。自身の主に声をあらげた無礼者に容赦はしない、かみ殺す。ぐるるとうなり、目つきは鋭い。




 だがそんな魔物を前にしても、目の前の人物のほうが怖かった。


 最初に見たときと一緒だ、彼には隙が無い。


 先ほどよりも気配が薄くなり、油断をすれば見失ってしまいそうだ。




 静寂だった。


 ずっとこの居心地の悪い状況が続くかと思った。








 そんな地獄の時間が続くわけが泣く、救助はどこからか出てくるものだ。




「きみが助けてあげればよいじゃないか。」


 優しく、温かみがある声が彼の背後からかかった。


 三人の顔は彼の背後から来る声の主に、視線が向き、彼も振り向いた。


 目の前に立ち下がるのは彼が忌み嫌う明るい存在。


 顔だけ出し、鋼鉄の鎧につつまれた、男がこちらに近づいてきていた。


 根暗と光。


 この場合の君というのは自分のことをいっているのだろうか。疑問におもった彼ではあるが、目の前の男がやたら心的にまぶしそうだったため、聞くことはできない。


 明るいのは大嫌いだ。


 ただ見ていた。


 伺うように見る鎧男と彼。


 二人の視線が絡み、衝突していた。








 王国の英雄 マッケン・フリード。.体は細く、引き締まっていた。精悍な顔つきが特徴、イケメンである。また、整った顔もあるが、普段の優しい行動が人から好かれ、おのずと女性人気も高かった。


 王国に剣と忠誠をささげたものがなれる騎士団の団長格。魔王軍の進行を何度も防ぎ、王に奇跡の剣とまでよばれた男がそこにはあった。




 彼とマッケン。


 二人はお互いがお互いを見て、驚愕した。


 初めて出会う、自身と間逆の存在。


 彼からすれば 忌避すべき存在。


 マッケンからすれば興味のつきない対象。




 


 二人は出会うべくして出会い、衝突するかもしれない。


 そんな出会いだった。

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